第153話 妖月モン狩り


 老いて卵を産めなくなった鶏を絞めて食べたところでMPは回復しない。


 サトウキビをしゃぶれば仄かに甘いが、当然のようにMPは回復しない。


 ムサイには羊の血を使った料理もあるが、年老いた羊のそれを食べたところで甘くはなく、普通にレバーのような味がする。


 あらゆる生命は魔力を宿すにも関わらず、捕食者より長く生きた被捕食者とて居るだろうに、その行いはMPの補給には当たらないのだ。


「飯食ってMPが回復するなら世話ねぇわな」

「そうだね。だけど、おじさん。自分より最大MPの大きい人間の血を飲むことで回復できるんだ」

「……は?」

「上限は吸血相手の最大値まで。相手との差異によってはHPに大ダメージを受けて死亡する。ねぇスカディ……そうだろう?」

「…………」

「MP過回復によるHPダメージは年少者ほど軽くなる。だから子供を攫って実験を繰り返し、成功した被験者に洗脳を施して最強の魔法部隊を作ろうとした。ねぇスカディ……そうだろう?」

「そこまで知って……本当に何者……」


 水辺に捕獲した妖月モンが並んでいる。枯れかけた植物系モンスターは乾きを癒そうと水中に根を下ろして大人しくしていた。


 目算の樹齢ごとに仕分けて並べられた比較的若い妖月モンたち。


 妖月モンは魔法を使わず、獣月モンのようなMPを浪費するパッシブスキルも持たない。


 したがって、MP自然回復式:∫(x)=a(1+r)^xがそのまま適用できるはず。


 現在、わたしの最大MPは5012380である。


「樹齢……21.25年ってトコかな」


 普通の樹木とは違い、自ら動く妖月モンの樹齢は年輪から測りにくい。幹の太さや枝振りの立派さから推測するしかないが、こうして横一列に並べてやれば比較的わかりやすくなる。


「――検証開始」


 それっぽい大きさの妖月モンを狙って『ウインド』で枝を断ち切っていく。大きい方へと順番に続けていくと「ソイツかな?」やがて魔法が無効になる個体に行き着く。


 その妖月モンはここに居る中でわたしの魔攻を上回る魔防を持ち、尚且つわたしのステに最も近い最大MPの持ち主ということになる。


「キミに決めた」


 四式フィーアに乗り込んで近づき、単分子カッターで表皮に切れ込みを入れ、ホース付きのシリンジを突き刺して離脱した。


「さて、準備完了だね」

「お、おい……? シキ……まさかたぁ思うが……」

「チュウゥウウウウ〜っ!」

「シキっ!?」


 ホースに口を付けて樹液を吸ってみた。


 通常の動植物やはぐれモンを食べたところでMPは回復しない。しかし人間の血にはMP回復効果があり、亜竜もまた同様だった。


 ならば、モンスターはどうなのか?


 これは……樹液の採取にポンプが必要かな。肺活量の限界に挑戦している気分だよ。


「ぷはぁ〜っ!」

「おまっ……お前! 何やってんだ!? おいコラ!」


 事前の成分分析の結果からモンスターの体液に毒素や有害物質は含まれていないことはわかっていた。


 獣月モンは動物との混血具合に寄りけり、はぐれモンとの閾が曖昧で今回の計画に不向き。


 魔月モンは食べられないし、冷却水は体液とは呼べないただの水だ。


 竜月の落涙は頻度が少なく、生きた竜のサンプルも得難いため除外。


 よって最適なモンスターは樹海外縁に棲息する若い妖月モンとなる。


「うん……ちゃんと仄かに甘い。MPもちょっと回復したね。HPには変化無し」


 やはり双方の最大MP差が小さいと回復量も少ないようだ。


 摂取量との相関関係など、他にもいくつかの法則を突き止めなければ既存のポーションと同様の製品化は難しいだろうが、現時点でもこの農園に来ればMPの回復が可能であることが証明された。


「実験は成功だ」


 イチゴ狩りやブドウ狩りの要領で好きな木を選んでチュウチュウとMPを吸える妖月モン狩りサービスの誕生である。最大値を底上げしたければ自己責任で少し大きめの個体をチョイスすればいい。


「妖月モン農園と名付けよう」

「「「「「…………」」」」」


 スカディも含めて、その場の全員が唖然としていた。


「砂モグラ団の諸君。キミたちにはこの農園を管理してもらう。子供を使った人体実験データも存分に活用して、樹液ポーションの開発を進めてくれたまえ」


 いずれこの人造ポーションはすべてのMP層の人々にとって高い信頼性を誇るものとなるだろう。何故ならば――、


「種子も用意してあるからね。芽吹きから育てれば樹齢は明白。つまり個体毎の最大MPを計算できる……聞いているかい? ねぇスカディ……キミがここの責任者なんだよ?」

「ヒッ!?」


 これは人族にとって、いや、ムンドゥスに生きる人類にとって必要なブレイクスルーなのだ。ビビっていてもらっては困るし、これは彼女のやりたかった事そのものだろうに。


「あー、それと、キミの子供たちだけど、こちらで保護させてもらった。段階的に洗脳を解いている最中だ」

「…………」

「随分と無茶な底上げをしていたようだね。全員MPが100万を超えていたよ」


 この女には一生ここでプランター兼、研究者として生きてもらう。人類のMP事情の改善に貢献することで贖罪としようじゃないか。


「よく聞いて、理解し、そして覚えておきたまえ」

「あ……ああ……」


 何を絶望顔を晒しているのか。そんな暇があるなら脳みそを回して考えてほしい。


「わたしはキミが嫌いだ」


 こんな面白い研究、時間があるなら自ら携わりたいものだ。



**********



 優秀な幹部を何人か選抜して妖月モンの管理マニュアルと実験方案を共有し、各種計算プログラムをインストールしたラップトップの使い方を教え込んで、成果に応じて待遇を改善することを約束した。


「そっか! リュカはその山に居るんだね!」


 そして現在、砦から撤収したサンドモービルはラース領へ向かって砂漠をひた走っていた。


「2世の回復魔法で怪我も完治したよ。今は入植組の子供たちと一緒に頑張ってる」

「良かった! シキ! ありがとう! 本当に……本当にありがとう!」


 ギルバートにリュカを保護した経緯を伝えた。


 その流れでラング山についても明かしたが、大口を開けて驚愕するカリギュラとシグレを他所に大いに喜んでいる。こういう素直なところは変わっていないようだ。


「獣族の鉱山を丸ごと乗っ取っただぁ……?」

「……大港に艦隊が集結しておるはずだ。乗組は王自ら選抜した強者揃い。落涙の被害にもよるが……程なく出航するだろう」

「商人ギルドはヤマト国にも進出してます。市場の動きからおおよその予定は掴めますよ」


 今は海峡を越えるのも容易ではない。ロウ族とコウ族の同盟が成ったようで、ロウ族がラング山の奪還を目指す以上、人族の介入を良しとしないはずだ。


「ロウ族とコウ族? なんだそりゃ?」

「おじさん、勉強不足だよ。狼と鳥の獣部族。どっちも獣族の中では最大級の勢力なのに」

「気にしたことがねぇ……」

「鳥獣族は厄介だ。飛ばれると絶対切断を避けよる」


 ヤマト国の船に大砲などは艤装されておらず、乗り込んでいる剣士の絶対切断が火力のすべてとなるらしい。大砲と聞いて首を傾げているシグレを見ればわかるが、ムンドゥスでは火薬を使った飛び道具自体が一般的ではない。


 一応、それらしき武器は存在するが、非常に精度が低く拙いもので、実戦では使い物にならない。


 おそらく過去の転生者が持ち込んだアイデアに由来するのだろうが、ご本人の知識不足か、あるいは周囲が興味を持たなかったか、いずれにしても銃器と呼べるまでには至っていない。


「例え海峡を越えたとしてもヤマト国の遠征は失敗します。ラング山にもドライを配備済みですから」

「見立てが甘い。常に飛べぬのなら波打ち際に並べるが関の山。よもや海を走るわけではあるまい?」

「母艦となる船を建造中です。ドライの海陸拡張パックは航続距離がイマイチなので」

「海の上も走れるってことかぁ?」

「問題はパイロットの不足かな。肉球持ち専用の操縦桿が難しくってさぁ」

「ねぇシキ? 何言ってるの? ねぇお父さん? 何の話してるの?」


 ギルバートには少し難しかったね。


 戦争なんて水モノだし、ここでごちゃごちゃ議論しても実際どうなるかはわからない。話題を変えよう。


「ところでさ、ギルは鑑定したんだよね?」

「うん。村でさせてもらった」

「どうだった? 目指した筋肉になってた?」

「えっとね、こんな感じだよ」


 ギルバートは汚い字でステータスを書き出し始めた。


 おう……素直に正直に自己申告するのね。わたしはどうしようかなぁ。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4023/8/15 昼

 種族:人族 個体名:ギルバート

 ステータス

 HP:4444/5555

 MP:105600/105600

 物理攻撃能力:4545

 物理防御能力:4848

 魔法攻撃能力:105600

 魔法防御能力:105599

 敏捷速度能力:4040

 スキル

 『戦車LV3』『剛毅LV3』『育ち盛りLV7』『剣術LV5』『体術LV3』『マスキュラーLV7』『毒物耐性LV4』『聖剣使いLV9』

――――――――――――――――――――



「おいギル! マジかギル!? お前さん11だろぉ!? 物攻・物防・敏速が全部4000超えだと!?」

「カリギュラ殿! それよりMP! MPが10万を超えておる! ギルバート……書き間違えたか?」

「えっと……ひぃふぅみぃ……。シグレ師匠、これで合ってます」


 色々と言いたいことはある。


『戦車』ってキミらしいねとか、『剛毅』が生えるほど我慢を重ねてたんだねとか、何十人もの悪漢を斬り殺したはずなのに『死神』が生えてないだとか、わたしに生えた『愚者』がなんでコイツに生えないのとか。


「ギル? どこかでポーションか魔法使いの血を飲まなかった?」

「え? 飲んでないけど? あっ……リュカの矢毒を吸い出した時にちょっと飲んじゃったかも」

「あー、なるほど。リュカも砂モグラ団の被害者だったね。甘かった?」

「すごく甘かった。毒って甘いんだと思ったよ」

「んなわけねぇだろがバカ! そんで毒物耐性って……えぇ〜い、このバカ!」

「その時のHPが気になるね。わたしの時は残り2で堪えたよ」


 まっさらの10歳児が、限界までMPをブーストされた子の毒混じりの血を飲んで生き残ったことになる。


 育ちまくったギルバートのHPは成人男性と大差なく、当時は傭兵に追われて逃避行の最中。HPにも相応のダメージがあっただろうに、ひ弱補正の恩恵無しで耐えるとは。本当に運がいい。


 あと『聖剣使い』って何? スキルレベルがカンストしてるけど……また転生神のジョークスキルかな?


「シキの剣はなんでも切れるからね!」

「そう? まぁ、使いこなしてくれてるなら贈った甲斐があったよ」


 あの剣は初期の作品なので性能的にはラースにあげた刀に劣るのだが、こんなに喜んでくれるなら言わない方がいいか。


「シキにお願いがあるんだ」

「何かな?」


 ギルバートはエクスカリバーをもう1つ欲しいらしい。ナマクラはすぐに折れてしまったが、二刀流で戦っていた時にしっくり来るものがあったそうだ。


「わかったよ。そのエクスカリバーは一旦預かろう」

「ダメ!」

「メンテしなきゃ「ダメ! シキでもダメだから!」……寸法と重量は同じでいいのかな?」

「うん!」


 あと、名前にも『聖剣』が付いてないとダメらしい。


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