第151話 崩壊と創出
「何と言うことでしょう……っ」
ザビーネは驚きながらも笑いを堪えている。
「お〜っほほほほほ!」
「堪えきれませんでしたね」
「何とでもお言いなさい! 我が方は圧倒的ではありませんか!」
落涙から3ヵ月が経過した頃、魔幻4023年8月末――ピックミン王国が体制崩壊した。直轄領では10万人規模の反乱が起こり、王派閥の貴族は次々と謀反に走って歯止めが効かない。
謀反人たちの掲げる建前はギャン伯爵の窮地を無視していることだったが、王都近郊でモンスター狩りに勤しむドライの勇士を見せつけられてビビった王は我が身を優先し、キョアン兵の他領侵攻を見なかったことにした結果だ。
『王政復古に助力して欲しい』
その王様ピクミンが一族郎党を引き連れやってきて、そんな情けないことを宣ったのは一昨日のこと。
時は群雄割拠(ピックミン国内に限る)を迎え、各地で様子見していた貴族たちは各々に御家の舵取りを迫られていた。
「よもやラモン侯爵が臣従して来ようとは思いませんでしたわ」
「臣従ではなく同盟であろう」
「そんなもの、言葉の綾に過ぎません。早く国名を決めねばなりませんわね」
王家の権威が完膚なきまでに失墜した原因は様々であるが、寄せ集めた情報をマッシーが分析したところ、諸悪の根源は辺境伯であることがわかった。
王国民の煽動、役人の買収、情報操作、離間工作などなど、鉄道路線を通したいが為だけにやるには過剰な干渉が行われており、当主が唐突に代替わりした貴族家も1つや2つではない。
「……解せぬ」
「この結果がですか?」
「辺境伯に利が無い」
数々の謀略の結果はお粗末なもので、的にされたピックミン南方の貴族たちは最終的に帝国御三家のいずれかに臣従した。辺境伯にとっては目の上のタンコブの政敵である。
そもそも属国の貴族が帝国貴族に鞍替えできた前例は無く、これが王家と辺境伯家の双方を切り捨てた貴族たちへの餌だったと思われるが、国境線を変えるほどの大きな計略を皇帝が知らないはずはない。
派閥貴族の離脱も相次ぐ辺境伯の立場は非常に悪く、守護すべき属国を崩壊させてまで何をやっているのかと、中央から責任を問われる始末だ。
「マッシーの分析結果、可能性は有りますよね?」
「国捕りを画策して敗れたと……? やはり解せぬ」
アニェス様は先の魔月モン戦で辺境伯に会っている。あの時はそういう種類の人間ではないと感じたと言うが、最低でも王都周辺さえ奪ってしまえば祭壇塔が手に入るのだから、あり得ない話ではないだろう。
ピックミンを大きく切り取って自分の王国を創ろうとしたとして、もし成功していたなら、やり過ぎた切り崩し工作が後で生きる目もあったはずだ。
「ザビーネ様? 辺境伯領に技術支援はしてるんですか?」
「するはずがありませんわ。辺境伯はピックミン王家を敵に回していたわけですし」
周囲からそっぽを向かれた辺境伯に貸しを作っても仕方ないか。やり過ぎたジャイ〇ンの末路はこんなものだろう。
はて? ジャイ〇ンって誰だっけ?
別にわたしが気にすることでもないのだけど、辺境伯の運命や如何に。
「キョアン伯爵家とて王の臣下ですからね。今はまだ」
「もう祭壇は到着してますけど?」
「当主が御不在の折です。鉄塔が高すぎて持って上がるのも難儀しますわ。おほほほっ」
「……エレベーターに入ると思いますけど?」
いつぞやのように建国の時期を勝手に決めるつもりだろうか。
祭壇を護送してきたメイガス魔導国の使者や兵隊には樹海リゾートで羽根を伸ばしてもらっている。接待ってやつだ。
先方にもシグムントに直接伝えなければならない話があるとの事で、獣月モンを狩尽くすまでは待ってもらうよう言質を取ったらしい。
豪華な馬車で運ばれてきた祭壇は彫刻が施された木箱に封じられていて、その時が来るまで開けてはならないのだとか。
「箱の中身、見ちゃダメですか?」
「何やら儀式があるとのことで、絶対にダメだそうです」
「……儀式ですか?」
「ダメですよ? 本当にダメですからね?」
何だそれは? 振りか? やっちゃえって振りなのか?
**********
やったよ。やってやったさ。造作もない。
遠くから双眼鏡で覗いて『――分解』し、箱の隅っこに小さな小さな穴を空け、そのためだけに作った羽虫型ドローンをリモコン操作で潜り込ませ、中を撮影してから回収しただけだ。
「……どうなってんの?」
ムサイ砂漠のとある座標に向かってシキちゃん専用可変機、
「もしかして囮? 盗賊や他国を警戒して……?」
箱の中身は空っぽだった。穴は念のため塞いでおいたが、空の木箱を祭壇と称して運んできたことになる。
「いやいや、そのための輸送兵団じゃん。他にそれらしい物は無かったし……」
駐在司祭となったイリアと共にメイガス魔導国からの使者を出迎えたウィンダムの見立てによれば、兵はいずれも手練れ揃いで、使者自身もかなり強いと言っていた。
使者は物静かな女性。女王の側近のような地位にいる人物。留学先(予定)の権力者と顔を繋ぐチャンスと思って挨拶したが、軽く会釈を返されただけで詳しい話は聞けていない。
「儀式ねぇ……」
シグムントの帰還を待つしかないようだ。ギャン領の侵略は順調に進んでおり、ギャン伯爵は西へ西へと追い込まれている。
我が物顔で公共事業のお触れを出したシグムントは早くも鉄道の敷設工事を始めたとのこと。獣月モンの駆逐もほぼ終了し、デフコンは段階的に3まで下げた。
キョアン領の門出は順風満帆に思える。
中長期で見てもマッシーの演算能力があれば立ち行かなくなることは無いはずだが、この世界には科学的に説明の付かない事象が存在する。
そうした変数はマッシーには理解できない。
「そこはわたし次第かな」
魔法や識術に代表されるスキル、個人の真実を語るステータス、人にステータスを付与する端末と、その大元と思われるMUNDUS由来のナニカ。
「あんまり考えたくないけど……イザとなったら切り捨てなきゃ」
ステータス無しでも生きていける状態にまで社会を発展させること。きっとこれはわたしの人生を賭けた最大のタスクとなる。
もちろん使えるものは何でも使う。魔法やスキルも利用させてもらうが、わたしは転生神の公正さを信用しない。
「着いた」
そのためにも必要となるのがMPの回復手段。眼下に見える砦が次なる一手の最前線である。
ブ男の鼻先で大地を抉った亜光速砲の跡地。硬い岩盤を貫いた先には地下水脈があり、クレーターの底を少しボーリングするだけで小振りなオアシスとなった。
周囲をぐるりと囲む壁を建設し、そこに砂モグラ団をまとめて放り込んで占拠させたのだ。彼らは豊かな水源と新たな職を与えられて、わたしは足りない人手を補うことができる。
まさにウィンウィンの関係になれたわけだが――、
「おっと、手荒い歓迎だね」
高度を落としたわたしの進路上に馬鹿みたいな数の『ファイアボール』がバラ撒かれた。
明季の空は快晴。雲1つ無い青空の中で黒光りする機体は目立つだろうが、
「やめてよ。当たりゃしないんだから」
魔族のスクロールで習得する中級魔法は、わたしのようにフレキシブルには行使できない。1つ1つ「――ファイアボール!」と詠唱しなきゃいけない彼らは早口言葉の達人だ。
「も〜う。しょうがない人たちだな」
裸に剥かれて砂に埋められ他人のパンツを食わされモンスターを嗾しかけられたことをまだ根に持っているとは。
オッサンの生き血が混じったミルク粥を食べさせられたダミニは、恨みを忘れて読み書きと算術を学んでいる。ちょっとだけ追い込みを掛けたとは言え、9歳の子供が将来を見据えて頑張っているのだ。見習ってほしい。
弾幕を避けながら飛んでいると、目前に大きな空気の歪みが迫る。特大『フレアバースト』の面攻撃だ。
「こりゃマズい」
下方をチラ見すれば壁上に単身で立ち、肩を怒らせるスカディの姿。仲間へ気兼ねせずに全力を出せる位置取りで待ち構えていたらしい。
さらに背後からも同等の『フレアバースト』が飛んできた。こっちはサンソンとかトムソンとかいう最高幹部の魔法だろう。スカディと2人で互いの血を吸いながら乳繰り合っている変態野郎だ。
細かな弾幕はここに誘い込むための罠だったわけだが、魔法の戦術利用に関してはコイツらに一日の長がある。
「だが無駄なのだよ! 無駄無駄無駄っ!」
同時に爆ぜる2つの『フレアバースト』は互いに干渉しながらも相殺は起こらず、数瞬前までフィーアが飛んでいた空間を余すところ無く蹂躙した。
魔攻をキッチリ同じに合わせるとこういう結果になるのか。勉強にはなるね。おっと、また撃ってきた。
「当たらなければどうということはない!」
航空機にあるまじきアクロバット機動で、繰り出される乾坤の一撃を躱し続ける。わたしも楽しくなってきた。
飛行形態からホバー形態へ変形し、空力と慣性モーメントを活かしつつスラスターの噴射で制動を掛ければ、こんな変則機動も可能となる。可変機のみに許された醍醐味だ。
「さて……お仕置きだ」
『こんにちは』
「やっぱりお前かクソガキ!」
人型形態のフィーアは折り畳んだ翼を含めても全高4mほど。ドライと比べればかなり小さく見えるだろう。
「Pi――ッ! Pi――ッ! Pi――ッ!」
『こんにちは』
「止めろ! 早くコレを止めなさい!」
スカディはもちろんのこと、幹部全員に首輪を付けておいた。砦から一定以上離れるとピーピー鳴ってLEDがチカチカ光る特別な首輪だ。
「Pi――ッ! Pi――ッ! Pi――ッ!」
『こんにちは』
「止めろと言っているでしょう!? こんな卑怯な行いは人神様が許さない!」
当然ながら遠隔操作で任意にON/OFFもできる。
スカディは青くなって喚き散らし、遠くにいる幹部たちもキャアキャア泣き喚き、何人かは鼻水を垂らしながらコッチに向かって走ってくる。
「Piッ! Piッ! Piッ! Piッ! Piッ!」
『こんにちは』
「止めろ止めろ止めろ! もう止めて……このクソガキぃいいいい〜っ!」
「スカディ様! スカディ様ぁ!」
走ってくる幹部が大声で叫んだ。
「謝って! とりあえず謝ってください!」
「死ぬ! ホントに死ぬから!」
「PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiッ!」
「「「イヤァアアアアア――っ!」」」
さあさあ? どうするの? 爆ぜるよ? 首がボムっと飛んじゃうよ?
「こ、こんなものぉおおおおお〜っ!」
「BiBiBiBiBiBiBiBiBiBiBiBiッ!」
「ダメですって! 外したらダメ!」
「放しなさい! 邪魔しないで!」
『こんにちは』
「「「「「ごんにちはぁあああああ――っ!!」」」」」
本当に爆発するわけじゃないが、ピーピー鳴って最後には爆発してボンっと首が飛んだリアルなマネキンを見せてやったので、臨場感はあるはず。
『こんにちは』
「このクソ「Pi――――――」……こん……! にち……! は!」
勝手に激しさを増していく首輪の脅しに、スカディもようやく折れた。
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