第149話 これは虚妄なのか


 倒したボス獣月モンをこんがり焼いてマルっと灰にしてから、アニェス様とサニアを連れて樹海要塞へ飛んだ。


 ドライに乗って飛行中、サニアはパニックに陥っていたらしい。


 マッシーの選抜には心理テストから導き出されたストレス耐性も含まれていたはずだが、いきなり機動兵器に乗せられる原始人の情緒までは測り切れなかったようだ。


 というわけで、サニアはドライの搭乗者としては落第。本人も「もう絶対に乗りません」とのことだったので、仕方なしにアイギスのコックピットに2人追加されたのだが、2つしかない補助席には先客がいた。


「す、すみません……」

「よい。気をゆるりとせよ」


 アニェス様のお膝の上にはダミニ。先ほど乗り捨てたドライの3倍はある大型機に乗れて機嫌が良いご様子。


「結局飛ぶんじゃありませんか! どうして私がコレを抱いて座らなきゃいけないんです!?」


 すっかり飛ぶのが嫌になったサニアの膝の上にはマリーが座っている。


「わたしもアニェス様のお胸の方がいい感じ」

「小ぶりで悪かったわね!」

「して、あの魔女らめの処遇は?」


 全天周囲モニターの一画に映し出されるドローンの映像を見たアニェス様が根掘り葉掘り聞いてきたので、わたしが予想したスカディの企みを開陳してあげた。


「MPを底上げされた洗脳兵の量産は阻止しなければなりません」

「1人残らず屠るべきである」

「それも1つではありますが、今後のことを思えば妖精族のポーションに頼り切るのも問題でしょう」


 電力の恩恵を受けてキョアン領、特にヒョッコリー地方の領民のMPは上昇傾向にあるが、より大規模な工業化を達成するにはまったく足りていない。


「これは勘ですが、他にも気付いている人は居るんじゃないかと」

「血液によるMP回復か。賢き者は他言せぬ。愚か者は自滅しておろう」

「最大HPと過回復ダメージの相関を含む補正式が確立できなきゃそうでしょうけど、ちょっと試してみたいことがあります」


 この際、魔女や幹部らの持つ膨大なMPはどうでもいい。砂モグラ団の組織力とムサイ国内における中途半端な立場が役に立つ。


「人族によるポーション製造」

「――」

「アイデアはあります。開発段階では多少の危険を伴いますが……子供を使ってやるより遥かにマシなやり方です」


 一旦普及させてしまえば簡単に受け入れられると思うし、安価なポーションが大量に出回ればMPへの認識も大きく変わるだろう。


「MPはただの生産コストになります。半端な魔法使いの地位はガタ落ちでしょうけど、転職すればいいんです」


 周囲の魔攻が軒並み高くなれば、魔法を使った戦闘自体の有用性が大きく低下する。


 要塞の建造部隊を相手にした場合、軍属の魔法使いは無力なのだ。現在のキョアン軍には魔法連隊のポストもあるが、ボチボチ戦闘単位から魔法使いが消えるだろう。


「グラン帝国の魔法師団ってスゴいらしいですね」

「そこそこの使い手が数にものを言わせておる故に」


 今回の落涙はかなり楽なはずだし、ピックミン王家と辺境伯のイザコザは止まることなく加熱する。ひょっとすると武力衝突にまで発展するかもしれない。


「10年後にはどうなってるか見ものです」


 領主がそれぞれの立場で自分の領地を優先して牽制し合う体制では、何をするにも簡単ではない。辺境伯などは帝国貴族の自覚にすら欠けているところがある。


 最終的には高位貴族や皇帝が重い腰を上げるんだろうけど、果たしてそういう国がわたしについて来られるかな?



**********



 5分ほどで樹海上空に到着した。


「着きました」

「えっ!? それは……要塞にでしょうか?」

「はい。サニアさんのために、ゆっくり静かに飛ばしました」

「…………」

「その気になればサザンオルタまでひとっ飛びですから」


 流星雨の如く降ってくるモンスターを追い回し、落ちる前に墜とすための速さを重視しつつ、本物の竜が相手でも戦えるサイズを目指したワンオフの機体がこのアイギスだ。


 まだまだ改良の余地を残すわたしの愛機を持ってすれば、小国の辺境貴族の領地なんか猫の額ほどに狭い。


「初陣で無理させ過ぎました。ちょっと手当てしておきたいので工廠の設備を貸してください」

「量産は?」

「不可能です」


 アニェス様は全天周囲モニターがお気に召したらしい。


 量産の都合からドライには通常のモニターを採用しており、大人向けに設計したコックピットも狭苦しく感じるだろうが、そもそものコンセプトは甲冑、いわゆるパワードスーツだから仕方ない。


「フレームの素材が極めて特殊でして、数を揃えるのは難しいでしょう」

「そういうことにしておいてやろう」

「……ホントですよ?」


 雲を抜けてゆっくり降下していくと、要塞のサーチライトが一斉にコチラを向いた。


「眩し……くはないんだなこれが」

「何故か?」

「周囲の光量に合わせて瞬時に入れ替わる色眼鏡を仕込んであるとお考えください」


 視界の確保は魔法を行使するための必要条件。モニターの映像は行使者にとって生命線となる。


 機体の各所に多数の小型カメラを仕込んであるが、これらは外ではなくて内側を見るためのもの。このおかげで動きながら応急修理ができる。


 幾条ものサーチライトの明かりがスポットライトのようにアイギスを照らし出し、防壁上から響く「神よ!」だの「新種か!?」だのと騒がしい声を集音マイクが拾った。


「眩しくはないけど邪魔だなぁ〜」


 マッシーがやるとも思えないので、これは壁上で持ち運び式ライトを構える凡愚たちの仕業だろう。着陸場所を確保するため外部スピーカーをONに――、


「アニェス様。第1ドックの草を退かしてくださいませ」

「そなたが告げよ」

「わたしが言うと角が立ちませんか?」

「今さら何を申すか。覚悟を決めよ」

「……何のです?」


 何が言いたいかはわかっている。もう3ヵ月ほどでわたしは10歳の節目を迎えるのだ。


 普通の貴族の子供であれば、鑑定後にステータスを申告し、その結果に配慮して決められた将来を見据えて準備し始める時期だ。


 少しばかり早熟なわたしの場合も何かが変わるだろう。


 周囲の目が先々の展望(悪巧みを含む)を交えて変化し、環境が次の段階へとシフトするからだ。


 要するに、表舞台へ立つための準備期間に入れば安易に隠すわけにもいかず、その子の立場に応じて盤上の駒に数えられるようになる。


『サバッハ技術局長。第1ドックに着陸します。人員を下がらせなさい』

「あ」


 アレコレと考えているうちにサニアが先に言ってしまった。


 眼下の騒めきはやがて歓声に変わり、飛行船建造用の大型クレーンがある第1ドックの作業員は慌ただしく動き始める。


「サニア、どういうつもりか?」

「あえて衆目を集める必要は無いかと」


 アニェス様から鋭い眼光を向けられたサニアは、その剣呑な威圧にも怯まず睨み返している。


 シドの出産を経て変わったように思っていたけど、まさか正面切ってアニェス様に立てつくとはね。


 彼女のわたしを見る目も変わったのかな? まぁ、どうでもいいさ。


「アニェス様? 建造途中の飛行船フレームの隣に降りますね?」

「よい」


 わたしに向けられるすべては虚妄である。


 わたしは彼らの同類ではない。


「はーい。あの辺にしますね」


 ハツネさんの忠告はただ事実を告げただけなのだと、感覚的にわかるから深読みはしないようにしよう。


 彼らとは一体誰のことを指す言葉なのか、それを考えると怖くなるから。



**********



 此処にあるのは賛美だけだった。わたしにとってはどうでもいい美辞麗句が並んでいるだけだ。


 サバッハを始めとした錬成部隊の面々は恭しく首を垂れて教えを乞うた。だからオーバーホールへの立会いを許し、参考までに図面も渡してやった。


「こっ!? こここっ! このフレームで立てるのですか!? 強度計算がところどころ無限大になってますが!?」

「普通の素材なら無理だよ。コぺ島にもあるはずだけど採掘できないからね」

「画期的な新素材です! 製法は!?」

「やめておきたまえ。わたしが作ったわけじゃないし、コレは特異点みたいなものさ」

「トクイテン……それは! 一体! 何ですか!」


 即席で作ったハンガーにアイギスを固定し、ドックのクレーンを借りて外装パーツを取り外していくと、徐々に露わになっていく超構造体フレームに興奮しきりのサバッハが暑苦しくて鬱陶しい。


 気にするなわたし……どうせ虚妄だから。


 最大でも厚さ50㎜(クレーターの防護壁の厚み)しかない多数の棒を複雑に組み合わせて人型を形作っているのだが、各部関節や摺動部を保持して被覆するジョイントパーツの破損が多数見つかった。


 壊れやすい部品や重要な箇所には小型カメラが仕込んであって、戦闘中も継続的に直しながら使っていたのだが、それでもすべてを見切れるわけじゃない。


「椎間板の改良は必須か……。極圧分散機構の過負荷も何とかしなきゃいけないけど……さて、どうするかな」

「シキ様! 是非とも私をチームに加えていただきたく! 何卒!」

「何のチームさ? キミにはキミの仕事があるだろう?」

「アイギスの改修チームに決まっているではありませんか! 局長の仕事なんか――おい! お前がやっとけ!」

「それは命令ですか? 局長を辞めるなら聞けませんからね!」


 隣で自分と同じように興奮している部下に丸投げしようとして反発を買う技術局長。


「お前ぇ〜……抜け駆けする気かぁ!」

「アンタが言いますか!? ついさっきまで竜甲冑にご執心だったくせに!」

「アレも凄かった! でもコレの方が数段スゴ――げふっ!?」


 そこに1機のドライが突っ込んできて、コックピットから飛び出した人物の飛び蹴りがサバッハを襲った。


「許しませんからね。シキ様の邪魔になるでしょ」


 白いパイロットスーツに包まれた巨乳がブルンと跳ねる。どうやらサバッハの技術局長という肩書きは名ばかりのものだったようだ。


「シキ様ぁ〜♡ お久しぶりですぅ〜」

「むぐっ……や、やぁマシロ。対空ミサイルの実装は見事――むぐぐっ!」

「えへへ〜。シキ様ったらぁ〜。そんなに褒めないでください」


 凄まじい乳圧が顔面に押し付けられ、今にも頭皮を舐めてきそうな熱い吐息が死ぬほど暑苦しい。


 これも虚妄……きょ、巨っ……えぇ〜い! ウザったい!


「――ていっ!」

「あんっ♡」

「「「「「おぉおおお〜……っ!」」」」」


 豊かな谷間から顔を引っこ抜き、突風をぶつけて妄愛の抱擁から脱出すると、ピッチリしたスーツを中から押し上げるロケットみたいな柔乳がブルルンと暴れ回る。


「プ、プリン……っ!」

「プリンだ……おっぱいがプリンだ……っ!」

「プルプルプリン……っ!」


 周りの男どもは嬉しそうに響めいて腰を屈め、これ見よがしに、流れのままに平伏しながらパイロットスーツ姿のマシロをガン見してやがる。


 深読みしなくても考えていることが丸分かりの浅い連中だけど、これも虚妄に違いないからわたしはまったく気にしていない。


「あの飛び道具はそなたの仕業か」

「はい。シキ様のご命令で落涙に備えておりました」

「何故、報告を怠った?」

「申し訳ありません。以後、気を付けます」


 向かい合うアニェス様とマシロの間で男どもの視線が行ったり来たり。どちらのスーツを見るべきかで究極の選択を迫られている様子だが、時々わたしの方をチラ見してくる奴がいるのはどういうことだ。


 コイツら……視線がムカつくからぶっ飛ばして……って、待て待て。彼らのエロい妄執も虚妄なんだから大丈……って、何が大丈夫なの? 本当に中身が無いの? パイロットスーツに穴開けそうな視線は気にすべきじゃないの?


「ちっ……解散しなさい!」


 ちょっとキレ気味に発せられたサニアの命令で男どもは退散したが、ハツネさんの言っていた『彼ら』は彼らのことを指しているのだろうか。


 何か違う気もするが、問題の本質は他者とは異なるわたし自身の在り様だろう。


 ムンドゥスの人々が溺れる永遠に醒めないゲームとは何なのか。


 わたしという人間はその盤上に居るのか居ないのか。


 もし居なかったとして、同じ土俵に上がるべきか否か。


「悪かったわね……小ぶりで……」

「それぞれの良さがあると思うよ?」

「人形は黙ってなさい」


 此処に生きる人々の姿は当たり前にリアルで、とてもゲームに興じているようには見えない。


 普通に日々を生きている彼らに尋ねたところで首を傾げるだけだろう。


 よりわたしに近い存在、例えば転生者になら、この感覚をわかってもらえるのだろうか?


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