第148話 モンスターの降り終わった後に
(別視点:ラース・ミッタライ)
個体名ラース。家名にムサイは付いていないがこれでよい。
私の母は彼の剣王の末裔であると、ステの語る真実のみで十分だ。
ひたすらに謙って父王の靴を舐め、多少の無理を通してヤマト国の剣術道場へ入門し、成人までの束の間を過ごした。
ミッタライの名を継ぐ者がミッタライ流を扱えぬではお笑い種だからな。そのために邪魔になる誇りなど、羊に食わせてしまえばいい。
皆伝を得て、世話になった道場に別れを告げ、亡き母の気性とはイマイチ合わない国を後にした。食い物は奇妙なくらい口に合ったが、その辺りの摩訶不思議は歴史の闇に埋もれているのだろう。
ともあれ、私にはミッタライ王家の真実を掘り返す気も無ければ、真名を誰かに明かすつもりもない。
私と同じように、いつか出会うであろう我が子が誇りの種とすればよいのだ。
「……なかなか来ぬな」
今宵、暗い曇天を見上げて落涙の災禍を待つ気分は誰にとっても憂鬱だろう。
デフコン1の発令に伴い、1号機に搭載されていたガトリングレールガンが全門使用可能となった。他のサンドモービルの現在位置も確認済みで、主要なオアシスの近傍に満遍なく散っている。
「ムサイ広しとはいえ、ここまで降らないもので?」
「いや、通例であればもっと降るがな」
カリギュラとシグレの報告にあった、バラバラに引き裂かれた状態で落ちた異様に大きな個体。それが答えだろう。あの竜甲冑とてそのような真似はできまい。
「天空で一体何が起きているのやら。落涙対策……軽く聞かされただけだが……凄まじいな」
イアン領のバトラーとは旧知の仲であった。かつて彼が企んだ謀反に協力してやっていたくらいの深い仲だ。
水面下で静かに機を待っていた男が、急に手のひらを返して表舞台へ上がり、動かぬ領主を押し退けて鉄道に本腰を入れ始める姿を目にし、初めは何事かと警戒した。
イアン家中で浮いた存在となり、当然のように男爵との不仲も極まった。使える手駒が全員出奔したので護衛だけでも貸してくれと頼まれた時には驚いたものだ。
「飛行船もシキ様の御手によるものだろう?」
「アレの開発者はサバッハ技術大尉でやしょう」
「彼は技術局長に格が上がったそうだ。工廠の頭らしいぞ」
「ほう。そりゃスゴい。さすがは世紀の天才様だ」
アニキン。この男は器用なようで本質的に不器用だ。多才であるが故に見えにくいがな。
奴隷として飼っていた女に逃げられるだけならよく聞く話だが、それを自ら探して回る主人など居ない。
ただの奴隷と割り切れば他の手段も取れただろうに、怒りなのか悔しさなのか、愛憎いずれか知らないが、妙なところで意地になって、あまつさえシキ様の下命に背いた阿呆である。
私はそんな阿呆が嫌いではないがな。
「ところでそなた、どうするのだ?」
「どう……と言いやすと?」
わかっているくせに不器用なことだ。この様子では目当ての女と寄りを戻すこともできていないのだろう。
「私が召し抱えてやろうかと思ってな」
「……はい?」
「ちょうど中間管理職が欲しかったところだ」
シキ様の元配下という立場は今後のキョアン家との付き合いにおいて有用だろう。
件の女は伝手も無く単身ムサイ砂漠に入り、売られもせずに生き残った悪運の持ち主。だから何だと言えばそれまでだが、私はそういうじゃじゃ馬も嫌いではない。
「有難いお申し出ですが、シキ様が何と言うか……」
「まったく気にしておられなかったようだがな」
「…………」
本音を言えば元の鞘に戻りたいくせに、不器用なことだ。
**********
(別視点:プラトン・クレーター)
「ラキ! ちょっとコッチ手伝っとくれ!」
「はーい! 今行きまーす!」
上手く逃げ切ったと思ったのに、なんで追いかけてくるかな。
「ちょっとラキ……あの男、またアンタのこと見てるよ?」
「え〜。なんか怖ぁ〜い」
結局、シキのよくわからない諸々はムサイ砂漠も飲み込んでしまったのだろう。砂漠を走る大きな船に囚われた私はもう打つ手が無い。
「アンタ、そんなにあの男が嫌いなんか?」
「顔もそこそこ。仕事もそこそこ。アッチの方もそこそこなんだろ? 何か変なことでもされたのかい?」
「裸の写真撮られてぇ……それをネタにおどされてたんですぅ〜」
「「「シャシンって何?」」」
そうだよね。それが普通の反応でしょ。
魔道具を作るとか普通じゃない。船が地面を走るのも普通じゃない。私から見れば魔法を使う人間は全部普通じゃないのだけど、その中でもシキは異様な人間だった。
「わかったよ。要するに変態なんだね」
「もったいないねぇ。王子様にも気に入られてるっぽいのに」
「ムサイの王族にしちゃ立派なお方さ」
「あの王子様の妾になりた〜い」
「「「高望みすんな」」」
シキは産まれた時からステを持っていたらしい。
ステを持つ人間はステに縛られ、一生を神様の監視下に置かれるんだそうだ。だからクレーターは鑑定をしない。神様の目から逃れるために。
どうして逃げ隠れしなければいけないのか、私は細かいことまで知らないし、母さんも知らなかった。
でもさ、普通に考えて気持ち悪いでしょ。神様とはいえ、いつも誰かに見られてるなんて。
「こそこそ見てきて超キモくないですかぁ?」
「お似合いだと思うけどねぇ」
「アンタ、実はスゴい床上手だったりする?」
「え? 普通にマグロですけど?」
「「「…………」」」
産まれながらに神様に注視されているらしいシキの不気味さは、他とは比べ物にならない。あの親にしてこの子ありとは良く言ったもので、パメラもステに雁字搦めで縛られていた口だろう。
あんなに優しい人間が居るわけがない。頼めば何でもやってくれるとか気持ち悪い。吐き気がするほど気持ち悪い女だった。
魔力欠乏になって可哀想? 自業自得でしょ。そもそも魔法っていうのが気持ち悪いし、MPとか言われても意味わかんないし、その数字が0になっただけで意識不明とか……そんな危ないもの、なんで有り難がってるの?
パメラの娘は死ぬほど賢くて、しかしパメラのように優しくはなかった。あんな子供が居るわけがない。母親とは方向性の違う異常さを持った子供だ。どうすればいいのかわからなかったが、何が何でも止めなきゃいけないと思った。
荒屋は予想以上に火の周りが早く、消し止められずに脅しの域を通り越してシキの怒りを買った。
怒ったシキが怖くて殺すつもりで襲ったけど、直前で怯んで中途半端に終わった。
敵わないなら逃げ隠れするしかない。アニキンは都合のいい隠れ蓑に過ぎなかった。
あのまま要塞に居れば楽できたんだろうけど、自堕落な生活を続けるうちに不安になった。
シキの巻き添えで、私まで神様に目を付けられるのではないかと。
「ところでこの船?って何処に向かってるんですか?」
「さぁね。あの男に聞いたらどうだい?」
目を向けると視線がかち合う。呼んでないのに近づいてきた。
「どうした?」
「アンタ、この船が何処に行くのか知らないか?」
目を逸らした私に代わって羊飼いのオバサンが聞いてくれた。
ひょっとするとシキの元へ向かっているのではないか。私はシキに近づきたくない。
人月の蝕のような黒目の向こう側には、神様が居るんじゃないかとすら思える。
「砂モグラ団のアジトだ。王子はデフコン1が効いてる内に制圧するつもりらしい」
「えっ!? やめときなって! 魔女が居るんだよ!?」
「魔女はもう居ない。幹部も無力化されている」
魔女とか、そういう特殊な人間にも近づきたくない。私は普通に生きたいだけなのに、周りは変なのばっかりだ。
アニキンの背後にはシキが居る。だから私と彼は一緒になれない。
**********
(別視点:スカディ)
迫り来るモンスターに向けて騎士たちの魔法詠唱が響いていた。
「――フレアバーストっ!」
次から次へと獣月モン! もう嫌っ!
「サム! まだ抜け出せませんか!?」
「くっ……思いの外っ……地中では魔法も届きません!」
「荒縄なんかどうにかなさい!」
「暗器の刃が立たないのです! 妙に頑丈でっ!」
空からの襲来は落ち着いたものの、周囲に見える人影はすべて獣月モン。
いつまでこの状態が続くかわからない。自由な右手で砂を掘り進めているが、私の細腕ではなかなか捗らず、思うように脱出できなかった。
魔法による攻撃はできる限り騎士たちに任せているが、これではイザという時の供給源として私がMPを温存しても意味が無いではないか。
「くっ!? ――フレアバースト!」
「スカディ様!」
「貴方たちが揃って逆を向いているのだから仕方ないでしょう!?」
騎士たちは南向きに埋められ、わたしは彼らと背中合わせで数メートルの間隔を空けてポツンと埋められていた。
上から降ってくる分には首を反らせれば視界に入れられたが、真後ろから地表を駆けてくる敵に対してはどうしても死角ができる。
敵集団との距離は徐々に詰まっている。これ以上近づけたくない。
「あのガキぃ! 絶対に許さない! ――フレアバーストぉおおおおおっ!」
「スカディ様! 落ち着かれませぃ!」
獣月モンには火魔法だ。MPをじゃんじゃん注ぎ込んで消し炭にまで焼却すれば一撃で倒せる。
「団長! 右方より大型が来ます! 小物に釣られている模様!」
「相殺に注意しつつ一斉射で仕留めろ! 放てぃ!」
「――フレアバースト!」
「――フレアバースト!」
「――フレアバースト!」
「――フレアバースト!」
大きいのは厄介だ。巨体を呑み込むサイズの『フレアバースト』はMP消費も激しい。
「まだだ! 撃ち続けろ!」
「何処ですか!?」
「右です右!」
「見えません!」
「団長! 止まりません!」
「ふぅおぉおお…………――フレアバーストぉおおおおお〜!」
結構近くで轟音が響いた。騎士団長サムソンの本気の『フレアバースト』だろうが、余波で自滅しない程度に抑えなければならないので加減が難しい。
「団長ぅ! 奥に2匹目の大型が!」
「まだまだ来るぞ!」
「だから何処です!?」
「「「右でぇす!」」」
首を回しても右側には細かいのしか見えない。細かいのがかなり近い。これはマズい。
「――ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール! ファイアボール!」
「スカディ様! 逆ですっ!」
「こちらからも来ているでしょう!? ――ファイアボール!」
その時だ。目の前の砂がモコモコっと盛り上がり――、
「「「「「……オォオオオオオッ」」」」」
「――え?」
砂の中から子供サイズの獣月モンがボコボコ生えてきた。
「い……いやぁあああああああああああああ――っ!!」
魔法を! コイツらを一息で消し炭にするには!?
「「「「「オォオオオオオオオオオオ――ッ!」」」」」
ダメ! 近すぎるっ!
終わったと思ったところで、目前の小振りな獣月モンがビグンっと震えてバタバタ倒れた。
毛の無い皺くちゃな顔が私の鼻先に転がり――、
「あぁああああああああああ〜っ! ――ヒール! ヒール! ヒール! ヒール! ヒール! ヒール!」
剥がれる爪や捲れる皮膚を回復魔法で無理やり癒しながら、ひたすら右手を動かし砂を掘る。
「痛い痛い痛い! ――ヒール! 痛い痛い痛い! ――ヒール! 痛い痛い痛ぁ〜い! ――ヒール!」
一刻も早くここから逃げなければならない。何故倒れたのか知らないが、コイツらの狙いは私の身体なのだから。
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