第147話 ボスの始末と今後の展望


『キョアン兵各位に告ぐ。直ちに退避したまえ。ソレはわたしが引き受けよう』


 上から見ればよくわかる。包囲が狭すぎて、このままだと周囲のドライを巻き込んでしまう。


 如何にアイギスでも重量級の一撃をまともに受けるわけにはいかず、せめてアレの手足が届く範囲からは退いてもらわなければ。


『……シキ様?』

『このお声はシキ様だ』

『おおっ……シキ様』

『シキ様は人神様の御遣いだったのか』

『なんと神々しい……』


 外部スピーカーで通告すると、どいつもこいつもその場に片膝をついて平伏した。


 そんな無意味なマニューバは組んでいない。


 マニュアル操作なの? 器用なマネを……どうでもいいから退いてよ、邪魔だから。


『ドライは50m級と戦えるようには設計していない。下がりたまえ』


 機体は無事でも搭乗者が衝撃に耐えられずに失神する。そうして沈黙した機体はマッシーに頼んで撤退を始めているのだ。


『やれやれ……もういい。では、こちらで別の戦地へ送ってあげよう』

『『『『『へ?』』』』』


 戦域一帯のドライ各機の自立制御を凍結し、遠隔操作で鉄道路線へ向かわせた。


『『『『『ギャアァアアア〜っ!』』』』』


 勝手に離陸速度まで加速させ、マッシーから送られる戦術情報を見ながら戦力が足りてなさそうな座標を入力して、1機ずつ飛ばしていく。


『このっ……ザンジバルぅううううう〜っ!』


 あっ。ザンジバルも居たんだ? マッシーの選抜に残るなんてやるじゃん、このザンジバル。


 ボス獣月モンの眼前に降り立ち、長い腕の大振りな薙ぎ払いを避けながら、勝手に機甲部隊を展開していく。


 今のところ一番キツいのはスカディのトコだけど、さすがはMPオバケ集団。マリーの馬の背中に設置しておいたドローンの監視映像を見れば、大規模な上級魔法でしっかりと固定砲台の役目を果たしている模様。もう暫く放置しても問題ないだろう。


 次点で厳しいのはボスが落ちたヤマト国だろうが、少しばかり遠すぎるし、彼の国の軍は精強揃い。ラング山への遠征に向けて大港に戦力を集結していたはずなので、こちらもおそらく問題ない。


「近場で言えば王都周辺とギャン伯爵領、あとはイアン領にも少々……こんなもんかな?」


 ギャン伯爵領にはまだ線路が通っていないので帰り道に難儀するかもしれないが、推進剤が尽きて飛べなくなってもパラジウムリアクターの電力が尽きることはない。


 コックピットには飲料水と高カロリーのレーションも常備してあるし、歩いて帰ってくればいいさ。


「おや? コックピットが開いてる機体が2機ほど……あー……マッシーめ。なんで選抜しちゃうかなぁ……知ってたけどさ」


 エロチックに身体の線を際立たせ、ハッチを開けたドライの肩で仁王立ちするアニェス様。


 微エロチックに身体の線を際立たせ、地面に蹲ってキラキラした何かを吐き出すサニア。


 どちらも微妙な位置取りだが、あっちに注意が向かないように避けていれば巻き添えにする危険も無さそうだ。


「あっ!? マスター、ヤバい!」

「――バヂっとぉ! フェイントとはやるじゃないか」


 危なかった。モンスターにしては賢い方なのかな? かなり強めの『雷遁の術』で痙攣させた隙に両眼に腕を突っ込んで視界を奪ってやった。


 ゴッドハンドのチャージ完了まであと少し。終われば決着は間近となる。


「ずっとバチバチしてれば?」

「それだと練習にならな……まぁ、慎重にいこうか。――バヂヂヂっと!」


 地面に這いつくばったボス獣月モンがビクビク震えながら跳ねている。ノックバックでエンペラースコーピオンをハメ殺した生前のミストレインのエンドレス・ロマキャンを思い出すね……懐かしいなぁ。


「マスター、チャージ完了まで10秒」

「わたしはこのまま痺れさせておく。両腕のスーパーチャージャーも使っていいから」

「はーい!」


 チャージが終わったゴッドハンドを射出して両腕のマウントに接続。両肩部の直列リアクターから電力を強制注入すれば――、


「ハイパービームサーベルぅ〜! イっくよ〜!」

「はい、イっちゃって」


 通常時の3倍ほどの長さに延長された光の刃が動けないボスの首を切り離し、側頭部に回し蹴りを見舞って胴体から遠ざける。


 同じ要領で徐々にダルマにしていくマリーの猛攻はボスの息の根が止まるまで続いた。


「……MPとは何処に宿るのだろう?」

「また難しいこと考えてるの?」


 首を切り離されても切断面から頸椎の神経が伸びて、再び繋がろうとする異様な生物。


 治癒スキルの恩恵であることはわかっているが、その際に消費されるMPの主体は何処にあるのか?


「魂とか……そういうものなのかな?」


 頭部を破壊されても治癒スキルは発動するのだから、少なくとも脳みそではなさそうだが、獣月モンがわたしと同じ魂を持つとは到底思えない。



**********



 どうしよう? ボスは倒したけど……ここはテキトーに逃げておくべきか?


「…………」


 相変わらず無言のまま仁王立ちするアニェス様。控えめに言って超怖……くもないな。不思議だ。


『……ジュワッ「待て!」……はい、何ですか?』

「そこから降りよ」


 アイギスから降りろってか? まぁ、別にいいけど。


「ご機嫌よう、アニェス様。ご無沙汰しております」

「…………」


 ふわりと飛んでドライの前に着地してカーテシーを送ると、アニェス様もピョンとわたしの前に飛び降りた。


「此度の差配……見事であった」


 お? てっきり怒られるかと思ったのに、お褒めの言葉をいただいちゃったよ。


「信賞必罰は世の常である」

「ありがたく」

「そなた、何を欲しておる?」


 別に欲しいものなんか無いけどなぁ。敢えて言うなら――、


「不明の脅威に備えることでしょうか。例えば、どうして唐突にあんな超大型が降ってきたのか、その原因は知っておくべきです」

「……知れると思うてか?」

「獣月に行けば、ある程度は」

「月に行く……じゃと?」

「向こうは来てますけど?」


 来られるのなら行けるのが道理だ。誰でもわかる簡単な理屈である。


「今は手段が無いだけです。無いものは作ればいいと思います」

「人の身でムンドゥスから飛び出すと申すか」

「あっ、それ。なんで星の裏側を『ムンドゥスの外』って表現するんですか? 人月の監視が及ばない範囲という意味かなぁと勝手に思ってるんですけど、どうですかね?」

「…………」


 少し深読みすれば浪漫は至るところに転がっている。現段階で、一番近いところで、最も気になるものはと言えば――、


「祭壇を創る技術を有するメイガス魔導国。女王の名前はフォビドゥン・……一度お会いしてみたいです」

「よい。その願い、叶えてやろう」

「ありがとうございます」


 元からアニェス様はわたしを国外に出そうと考えていたそうだ。


 そのための布石として進行中の計画が、間もなく誕生するシグムントの国と他国との交換留学制度である。


「なるほど。パメラの街の学校はその前座でしたか」

「左様。建国が成れば、そうした一手も打てる故に」


 先見の明という意味では、この人は他者の一歩先を行く。


「将来的には他種族も留学できれば言う事なしですね」

「――」

「カゲンの人族を紛れ込ませる辺りから……でしょうか?」

「ふっ……然り。もう何も言うまい」

「それ、一番嬉しいです」

「ただし、そなたは学びの時期にある。ゆめ忘れるな」

「……はい」


 なかなか越えられそうにない、高い壁だね。


 とりあえずは建国。


 留学したあとは、イニェスを迎えられる程度まで整えておくとしようか。



**********



(別視点:シグムント)



『秘奥――絶対切断!』


 よし、出た! 竜甲冑装備で『絶対切断』が出た!


 これでレールガンの弾切れを心配する必要もない!


『さすがは閣下! 大型振動剣によるデカい絶対切断! このザンジバル! 感服致しましたぁ〜!』


 いや……得物や威力がどうこうというより、操縦桿越しに剣技が出せたことを誉めて欲しいんだが……。コイツ……このザンジバル……声だけはデカいな。外部スピーカーの意味あるか?


 シキとは絶対に合わないと思いつつ輿入れの護衛部隊を任せてみたが、蓋を開ければしっかり心酔して今では第一臣を自称している。おそらく本人が自称しているだけだろう。


 そうでなければ、俺と一緒にテキトーな戦地へ飛ばされたりはすまい。


 現在地はギャン伯領領のど真ん中。人道に則して他領の領民を助けまくっているが、キョアン領の領主としてこれでいいのだろうか?


 なんかもうよくわからんが、シキが出張ってきた以上、領地の方は問題あるまい。


 いや……それでいいのか? 当主として、父として、9歳の娘に領地の守護を丸投げしてないか?


『……そろそろ帰投する。ついて来いザンジバル』

『否! このザンジバル! たとえ閣下のご命令であろうと否と言わせていただく!』

『……なんでだ?』

『このザンジバルの真実はシキ様の盾にして剣! この場へは剣として遣わされたのです! シキ様の剣たる者が敵を狩りつくさずして帰るなどあってはならない! このザンジバル! 真実のザンジバルぅ〜!』

『…………』


 意味不明……コイツの真実ってなんだ? なんで俺はコイツとここにいるんだ?


『ぬっ!? ハグレ娘が獣月モンに! いざ参る!』


 ハグレ娘って……ちょっと失礼じゃないか? まぁ、状況としてハグレてはいるんだろうが……。


 それにしても……ギャン卿の麾下は何をやってるんだ。獣月の落涙直後に村娘が街道を彷徨っているなど普通じゃない。ひょっとするとマッコリーより敵は多いぞ。


『閣下! ハグレ娘を保護しました!』

『……よくやった。ザンジバルに命ずる。できるだけ大型の荷馬車をかっぱらって……いや、代金は置いてこい』

『ハグレ娘を匿うのですな! このザンジバルにお任せあれ!』


 これは略奪ではない。ただの徴発……いや、少しばかり強引な購入だ。人道的に問題はない。


「あ、あのっ! 何処ぞの死ぬほど大きな騎士様!」

『死ぬほど大きなって……うほん。娘、怪我は無いか?』

「助けてください!」


 いや、もう助けただろ? 人道に則りこの後の面倒も見ねばならんし……あー、人道って面倒だな。


「村が盗賊に襲われてるんです! ただでさえ落涙で大変な時に!」

『ふむ……ギャン伯爵家も落ちるところまで落ちたか』


 これは末期的だ。落涙への対処が覚束ないばかりか、人類の敵であるモンスターを無視して火事場泥棒に勤しむ連中を野放しにするとは。


 平素の治安の良し悪しはイザという時に大きく響くものだが……はっきり言って胸糞悪い。


 こうなったらいっそのこと――、


『……やっちまうか』

「えっ!? え〜っ……で、でも……う〜ん……獣月モンにヤられるくらいなら……騎士様にヤられた方がいいかな? や、優しくしてください!」

『そういう意味ではなぁい!』


 そんな人道に悖ることをやらかす下衆は! 我が軍にはおらんのだからな! 決してカメラシキに見られてるからじゃないぞ!


『ここらでギャン家に引導を渡すと……そういう意味合いだ』


 いい機会だ。獣月モンを駆逐することを言い訳にして、ついでに俺の国の領土も拡げてやろう。


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