第146話 ボス獣月モン、現る


(別視点:サニア)



 まったく、まったくまったく。


 酷い、これは酷い。


 デフコン1とやらは、まぁ、百歩譲って良しとしよう。


 イザという時に備えるという意味ではこれ以上に無い、合理的で迅速な対応を可能とするものだ。


 念のため法務の文官に確認すれば、別件の細かな法改正が以前から行われており、そのすべてにシグムント様の承認を得ていた。


 それらにはデフコン発令時の個々人の超法規的な活動を条件付きで容認する解釈が盛り込まれている。一方で軍全体の統制も乱さないどころか、根本から塗り替える大きな変更があった。


『閣下。モッコリー郊外の農村部が手薄です。マッコリーの守護から10機回します』

『承認する。鉄道で送ってやれ』

『はっ!』


 この無線通信という技術。凄まじい戦果となって歴史に残るだろう。


 各地の竜甲冑部隊から上げられる情報が要塞の司令室に集約され、今この時点の敵の現在地や戦況が1つのモニター上に表示され、しかもすべての竜甲冑に共有される。


 こんな事が可能なら戦争のあり方が変わる。竜甲冑の戦闘力を加味すれば、数の力が意味を成さない局面も出てくるだろう。


『閣下……マッコリーの部隊に増援派遣を拒否する搭乗兵が……』

『……はぁ?』

『自分は宣誓したと……自分にとっての真実はマッコリーの街にいる家族を守ることであると……だから、この場を離れることは真実に背く……と』


 真実って……人によりけり、どうとでも読み換えられる言葉だ。


 あの宣誓が全軍指揮より優先されるのは如何なものか。


『そうか……ならば仕方ないな。他の者を行かせろ』

『はっ!』


 ところが、シグムント様はアレに大いに感動していた。これで我が軍から狼藉を働く輩は一掃される。一兵卒が一端の騎士足りうると。


 例えば、戦時下に略奪を行う兵が居たとする。それを見つけた竜甲冑の搭乗兵は人道に則り、蛮行を止めるだろう。何故なら、その状況はカメラで記録されていて、見過ごせば自分が処罰される可能性があるからだ。


『とはいえ、最も数が多いのは中央だ。俺たちはそちらへ回るが?』

『よろしいかと存じます。ヒョッコリーは要塞の対空防御が有りますれば』

『アニェス、サニアも良いな? 本邸方面へ向かうぞ』

『……構わぬ』

「……異存はありません」


 私たちの駆る3機は線路を辿り、一路西へ進出していた。


 竜甲冑の両脚には車輪が付いていて、鉄道の線路を挟み込むように滑走することができる。これによりあり得ない速さの陸上移動が可能になっているのだが、搭乗者に加わる加速と微振動は地味にツラい。


 これに耐えられるか否かを測るための回る椅子だったのだろうが、こうして長時間揺られているとどうしても我慢できないものがある。


 ザビーネ様は自分が選ばれなかったことに憤慨していたが、そもそも育成プログラムを受けていないのだから仕方がないし、むしろ受けなくて正解だった。


「うっ……くぅ〜」


 搭乗時に着用を強要されたパイロットスーツの採尿装置が勝手に排尿を促してきた。許せない。これは酷い。


 たしかにこれが無ければ頻繁に外に出なければならず、大きな隙を生むだろうが、魔力欠乏でもないのに尿道カテーテルの世話になる人間の気持ちを無視している。


 そもそも何故こんなに胸や尻を強調する扇状的なデザインなのか。アニェスと比べられる私の身にもなれ。


『やり口が……気に食わぬ!』


 アニェスは一連の備え自体にも思うところがあるようだ。今どこにいるのか知らないが、落ち着いたら尻叩きは確定。おそらく私が叩くことになる。立候補してやる。


「動きすぎです……一旦止めなきゃいけません」


 だが、果たして尻を叩いたくらいで止められるだろうか? 魔法を使って抵抗されたら私でも厳しい。


「何やら急に老成したような……相変わらず不気味な子供です」


 どうにかして引き戻さなければならない。


 このまま放置しては人外の化け物と化すのではないかと、そんな不安まで首をもたげるのだから。


『閣下!』

『……どうした?』


 要塞で全軍指揮を執る参謀から鬼気迫る通信が入った。何か予期しない事態が起きたことは声音から察せられる。


『マッコリーに大型が落ちました! 途轍もなく巨大な……治癒速度も常軌を逸していると!』


 獣月モンは大きな個体ほど治癒スキルに優れ、しぶとい傾向がある。それでも竜甲冑で囲んでレールガンを浴びせ続ければ封殺できると思うが、なんと墜落直後に5機が沈黙したと言うではないか。


『すぐに向かう。2人とも、次のカーブを曲がったら飛ぶぞ』


 飛ぶ……飛ばなきゃいけないのか。


 飛翔機能は一度試したが、あれは飛行船で飛ぶのとはわけが違う。全身の血があらぬ方向に持っていかれ、臓物の重さが失せたかのような異様な感覚に背筋がヒュンとする。


『座標を合わせろ。本邸とマッコリーの街の中間地点だ』

「……うぅ〜」


 あれは飛んでいるのではなく、極めて長大に跳ぶと言った方がしっくり来る。


 予め着地点をモニターで指定して、加速後にタイミングよくスラスターのトリガーを引くだけ。後は機体が勝手にそこまで飛んでいくのだが、一度飛び立てば途中で戻ることはできない。


 いや……手動操作に切り替えれば自由が効くのでしたか……。怖すぎてやる気も起きませんが……。


 逡巡しているうちにカーブを曲がり直線に入った。


『今だ! 離陸速度まで加速しろ! 猶予は無いぞぅ!』

「……ぐぅ〜」


 向き不向きがある。先頭を走るシグムント様はこの飛ぶやつが大好きだ。飛びたくて仕方ない感じがする。


『征くぞ! トォウっ!』

「……あぁ〜」


 行くしかない。全部終わったら絶対にお尻ペンペンしてやる。


 シグムント様が飛び立ち、アニェスが飛び立ち――、


「えぇ〜い……ままよ!」


 スラスターのトリガーを引いた。


「アァアアアアア〜〜っ!」


 身体が背骨に押し付けられ、骨盤にガツンときて、胃の腑が喉元に浮き上がる。


「ヒィイイイイイ――っ!?」


 もの凄い速さで過ぎ去る眼下の景色を眺める余裕は無い。霞む視界の中でひたすら手元のモニターを見て、早く指定座標に、地面に足が着くことを願った。


『むっ!? なんだあの獣月モンは!』


 どうでもいいから早く終わってぇ〜!


『通常の大型の3倍はあるぞ!?』

『斯様な個体は知らぬな……大きすぎて立てぬようじゃが』

『だが、腕の薙ぎ払いだけで竜甲冑が吹き飛ばされている。レールガンもさほど効いておらんようだ』


 信じられない! なんでそんな落ち着いてられるの!?


『――っ!? いかん! 着地点にヤツが!』

『この速度でぶつかれば助かるまい。手前に降りて左右に散る。サニアも良いな?』

「えっ!? ええっ!? 何!? 何ですか!?」

『手動に切り替えよ』

「無理無理無理無理!」

『疾く!』


 前を飛ぶ2つの機影が足下に消えた。進行方向には地面に這いつくばって暴れ回るデカすぎる獣月モンの巨体が――、


「無理ぃ〜っ!」

『サニア! 手動に切り替えてスラスターを切れ!』

「アァアアアアア――っ!!」

『サニア――っ!!』


 あ……これ死んだ。


 あんなのを相手に生身じゃ無理だけど、この鎧は私の手に余る。


 そもそも私は暗部の裏方。手持ちのスキルはどれもガチンコの戦闘には向かないんだった。


 目前に迫る巨大な獣月モンの顔。


 なんて気持ち悪い顔だろう。微妙に人族っぽいのが余計に気色悪い。あんなものに激突して死ぬことになるとは思わなかった。


 脳裏に流れる私の人生……あー、これが走馬灯ってやつか。産まれたばかりのシドを皺くちゃな顔……可愛かったなぁ。


 あの獣月モンもよくよく見ればあの時のシドに似て……は? ふざけんな。なんで私の赤ちゃんに似てんのよ?


 もういい。その顔面に風穴開けてぶっ殺してやる。


 足元のペダルを踏み込めばさらに加速するはず……あれ? まず手動に切り替えるんだっけ? まぁいいか、もうぶつかる。


「シド……ごめんね」


 目の前が真っ赤な光に包まれて思わずギュッと目を瞑る。


「――っ!!」


 急に静かになった機体は激しく振動し、地の底に引きづり込まれるような荷重を味わいながら、命の潰える時を待つことしかできない。


「…………?」


 いつまで経っても意識が途切れない。死ぬとは、こういう感じなのだろうか?


 固く瞑った目蓋をそっと開くと視界は空に覆われ、曇天にポッカリと開いた大穴から差し込む月光の中に、黒い天使の姿を見た。



**********



(別視点:シグムント)



「サニア――っ!!」


 何故だ? お前は俺より機敏なはずだろう?


 何も難しいことはない。ツマミ1つで手動に切り替え、スラスターの噴気を止めて、あとは滑空しつつ高度を下げて着地するだけだ。着地時の衝撃緩和は機体がよしなにやってくれる。


 いつも冷静沈着……何でも卒なくこなせるお前が……何故だ!?


 いかん! ぶつかる!


『大事ない』

「アニェス! 貴様は何を……っ!」

『来よったぞ』


 サニアの竜甲冑が獣月モンにぶつかる寸前――、


「なっ!?」


 天から赤い光が降り注ぎ、獣月モンに突き立った。


 大型モンスターの巨体は人神様の拳骨を食らったかのように地面へ叩きつけられ、対してサニアの機体は上空へ急上昇していく。


「あ、あれは……何だ?」


 赫光の余波で丸く穿たれた雲の大穴から、月明かりに青く照らされて悠然と降りてくる黒曜の人型。


 沈黙した獣月モンを包囲する竜甲冑の搭乗兵、その中の誰かが呟いた――『人神様の降臨だ』と。



**********



「はぁ〜、やれやれだよ」


 聞いてない。わたしは聞いてないよ。


 アイギスの倍以上もある超大型が降るなんてことは……しかも同時に7匹も。


「マスター! ダミニが気絶してる! キュ〜って言ってる!」

「かなりの高機動戦だったからね。1Gまでは軽減されるから死にはしないさ……たぶん」


 デカいから削り切れない。胴体がビームサーベルの刀身より太い。亜光速砲では面の破壊力に欠ける。ラング山のゴ〇ラと同じで頭部を破壊しても死なない。


 全長40m以上の巨躯が物凄い速さで治癒し続ける。そんな超大型獣月モンが観測圏内で7匹も確認された。


 自立できないという弱点は落ちてみないとわからなかった。これだけの大物を丸投げされたら大国といえども厳しいだろう。絶対切断(チートスキル?)を持つ国王がいるヤマト国は別として。


 まず、サザンオルタ公国方面にまとまって落ちていく3匹を体当たりで無理やり寄せ集め、虎の子の水爆ミサイルで消し飛ばした。


 続いてノーザンブルグ王国方面に飛んでいった1匹を追い掛け、ゴッドハンドと特大ウインドカッターでバラバラにしようとしたのだが、なんとコイツらの魔防はわたしの魔攻を上回っており、普通の魔法は無効だった。


 やむなく亜光速砲の照射時間を長く取って射角をズラし、これまた無理やり細切れにして、部位ごとに体当たりして引き離した。さすがにここまですればくっ付くことは無さそうなので次へ。


 この時点で残り3匹。それぞれの落下地点はピックミンの王都、ムサイ砂漠のサンドモービル1号機現在座標、ヤマト国の大港。


 とてもじゃないが全部は間に合わない。


 これまたやむなくピックミンに落ちる個体に体当たり。スラスター全開で軌道を修正し、とりあえずキョアン領の真ん中に放り込んだ。南無三。よろしくマッシー。


 ヤマト国に落ちる個体はマッツンのゴッドビームの集中砲火に晒されても健在だった。諦めて本家の絶対切断にお任せし、わたしは1号機に向かう個体を望遠観測ギリギリの亜光速砲で切り裂く。自由落下の風圧でバラけることを祈りながら反転180度。


 マッシーが何発かミサイルを叩き込んでも仕留め切れなかった個体がマッコリーに落ちた模様。


 全速力で落下地点に戻ってみれば、何故かサニアのドライが亜光速砲の射線を遮りながら特攻している。馬鹿野郎コノヤロウ。


 本当にギリギリのところで目標直上に到達し、ギリギリ残しておいた最後の超構造体粒子を使い切って亜光速砲を発射。同時にサニアのドライを遠隔操作で急上昇させ、加速Gの許容限界ギリギリで獣月モンの頭突きを回避。


 これがここまでの顛末だ。


 マッシーとマッツンとマリーのサポートがあったとは言え、これだけの大立ち回りを演じたわたしはかなりスゴいんじゃないか?


 さすがにオーバースペックかと思っていたアイギスだけど……作っておいて本当に良かった。


「まったく……ホントにまったくだよ。こんなのがちょくちょく落ちてたら大変なことになってるはずだけどなぁ?」


 わたし向けの悪意を感じる……転生神の。


 先達の残した情報を軽視する愚は犯していない。各月の落涙に関して手に入る限りの文献は調べ尽くした。


 歴史上、確認された最大級の獣月モンは大人の10倍くらいの大きさだ。これは人族の歴史書を元に獣族の伝承まで反映した上での推定である。


 もちろん正確な計測など為されておらず、樹木や祭壇塔などとの対比から得た目算だから誤差はあるだろうが、せいぜい15mから20m程度と考えるのが妥当なところ。


「自重に負けて立てなくなるほど育つなんて……自然の摂理に反してる。突然変異のイレギュラーにしても複数個体が同時発生するなんておかしい……むぅ」

「マスター、考えてるトコ悪いけど復活しそうだよ?」

「ドライの武装じゃ厳しいよねぇ。対空ミサイルも地上は狙えないし……」


 水爆ミサイルは撃っちゃったし、有ってもこんな場所じゃ使えない。超構造体粒子は尽きた。ゴッドハンドはチャージ中……チャージ完了まで800秒ちょい。


「趣味じゃない。趣味じゃないけど……仕方ないか」


 アイギスvsボス獣月モン(魔法無効&全長50mだけど立てない)の肉弾戦。


「マスター! ファイっ!」


 サニアとの組み手の成果が試されるのかな? 巨大ロボの操縦に関係あるかは知らないけど。


 謎の特攻を決めたサニアのドライは遠隔操作で静かに着陸させてあげた。


 あとで文句の1つも言ってやろう。


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