第145話 張り切っていってみよう


(別視点:カリギュラ)



 なんだアレ? デカい箱が降ってきやがった。


 停止したサンドモービルと村の男たちの中間地点。


 飛行船でもいるのかと思って空を見上げても、月を覆い隠す薄ら青い曇天と、その向こうにチラチラ見える獣月モンの光跡だけだ。


「マジぃな。こう曇ってると何処に落ちるかわかりゃしねぇ」

「カリギュラ殿。今は目先の四角モンにござる」

「四角モンって……そんなモンスターはいねぇよ」


 油断なく刀を構えるシグレが妙なことを言っているが、十中八九シキの仕業に違いない。


「カリギュラ殿! 不用意に近づいてはならん!」

「大丈夫だって。向こうからも近づいて来てんじゃねぇか」


 サンドモービルのサーチライトが照らし出す砂漠を走ってくる2人の男。うち1人はアニキンだ。おそらくヤツらは何か知っている。


 箱の真ん中辺りがパカっと開いて、何処ぞで見たことのある画面が出てきた。


『デフコン1、発令中』


 なんだコレ? 絶対シキだが、どういう意味だよ。


「おおっ! やはりシキ様のご手配であったか!」

「……アンタ誰だ?」


 ムサイ人の若いのが一足早めに到着した。箱をベタベタ触って画面を見つけて唸っている。


「細かいことはよい! デフコン1が発令されたのだぞ!?」

「だから、なんだよそりゃ」

「王子。さすがに不用心でやしょう?」

「王子? おいアニキンさんよ、このお人は誰だ? デフコンってのは?」


 そうこうしているうちに画面の表示が切り替わり――、


『選抜搭乗者カリギュラ。認証を行いますので親指を押し付けてください』


 とか、意味のわからねぇ文言が出てきやがった。


「ひょっとして……人材育成プログラムを受講したか?」

「あん? あー、軍人向けのヤツか? 御当主が付き合えってんで、やったが?」


 兵士の力量にちっとも関係無さそうな座学やら身体測定やら、色々とやらされたな。


 動体視力だとか、右手と左手をバラバラに動かせるかとか……上下左右に動く椅子に座らされてぐるぐる回された時はどうなるかと思ったぜ。


「おれはやっていない。それで選抜されたんだろう。何にかは知らんがな」

「何たることだ! そんな試練を課せられていたというのに私は知りもせず! おお、シキ様! 申し訳ありません!」

「で? コイツ誰だよ?」

「さっさと認証しろ。落涙が起きていることを忘れるな」

「……オレがやんのか? 何されんだよ?」

「むむっ? 四角モンが人語を出しよったのか? 面妖な」


 アニキンに背中を押され、王子とかいう若造に妬ましげな視線を送られ、いつの間にやら背後に居たシグレに邪魔されながら親指を押し付けると――、


『選抜搭乗者カリギュラ。認証しました。続けて戦時規約の宣誓を行います。これに反した場合、死刑に処される可能性がありますので注意してください』

「おい! なんだよコレ!? 嫌だぜ、おれぁよぉ!」


 不穏な文言を見せられて不安しかねぇ!


 変な試験を受けさせられて、なし崩しに変なもので戦わされて、下手打ったら死刑ってどういうことだ!?


『なお、戦闘時のログはすべて記録され、戦後の報奨金算出および罰則適用に活用されます。個人のプライバシーは担保されませんのでご注意ください』

「なんと! このような形で一兵卒を統率なさるとは! 素晴らしい、嗚呼、妬ましい」

「んじゃあ、お前さんがやれよ!」


 そうこうしているうちに宣誓とやらが始まった。


『これは生きるための戦いである』

「…………」


『ハイ』か『イイエ』で答えろってか? そりゃあ……色んな意味でそうだろうよ。


『ハイ』をポチッと押すと――、


『指紋認証できません。右手の親指を正しく押し付けてください』

「うるせぇなぁ! ハイ! ハイハイ!」


 ピコンと音が鳴って次の宣誓へ。


『これは己よりも強大な者との戦いである』


 おれより強大? 獣月モンが?


 サイズによるだろうよ。若い頃は5m級ぐらい1人でやれたが……今は……残念ながら強大だろうなぁ。獣月の落涙は数も一番多いし……ハイっと。


『これは人道に背かぬ戦いである』


 人道? 人の道って……考えたこともねぇよ。そういうのは教会の考えるこったろう?


 まぁ、カイゼル法国がモンスター狩りをやってんだ。背いてるわけがねぇわな。ハイ。


『これは真実のための戦いである』


 真実? 何だそりゃ!?


「んなもんのために命張れってか!?」

「まぁ、そう言うなカリギュラ殿。よいではないか。敵を斬り伏せるに何の偽りがあろうか? 負ければ死ぬ。これぞ唯一無二の真実なり」

「……微妙にズレてねぇか?」


 まぁいいや。もう面倒くせぇから……『ハイ』っと。


『これは愛する者との戦いではない』


 獣月モンを愛するような変態は人間じゃねぇ。ハイ。


 いつまで続くのかと思ったらこれで終わりらしい。箱が「Pi――」と鳴って、天井が反対側の壁に向かって迫り上がっていく。


竜甲冑三式パンツァードラッヘ・ドライの封印が解除されました。デフコン1の発令中に限り、当該機体はカリギュラの制御下に置かれます。ご武運を』


 恐る恐る箱の裏側へ回り込んでみると、5mほどの大きな人型が寝そべった状態で鎮座していた。



**********



(別視点:シグレ)



「急げ! 獣月モンが来る前にハンガーへ!」

「メェエエエエ〜!」

「そこぉ! 羊を逃すな! ……何? オスか? ならいい! 女子供を急がせろ!」


 落涙に怖気付いた村長たちはサンドモービルに避難することを決めた。


 この1号機は居住性に特化した特別機とのことで、羊を含めて村を丸ごと収容しても十分な環境が確保されていたのだ。


 あのラースという王子はこのデカブツを手に入れ、方々を巡って行き場の無い遊牧民らを匿っておったそうな。


 立ち姿を見ただけでわかる。あれはミッタライ流を会得している。それもかなりの使い手であろう。


「ムサイにも傑物はおったか……愉快愉快」

「シグレ師匠!」


 ギルバートが男児を引き連れてきた。


「オレたちも戦う!」


 全員がフード付きの古びた外套を羽織り、首からゴーグルを下げ、粗末な剣で武装している。ギルバートの騎士剣だけは異様な存在感を放っているが、他の子らの眼光も負けてはいない。


「皆、天晴れな若武者ぶりだ」

「じゃあ!」

「ならぬ。その気迫は後に取っておくがいい」

「何でですか!?」


 獣月モンは強敵ではない。10m越えの最大種は例外だが、それでも某ほどの腕があれば相対できる程度の相手だ。


「本当に厄介なのは細かい個体でな。体躯は其方らと大差無いが、人の婦女子を穢すのは大抵そうした小物なのだ」


 大中の脅威に隠れた小さな個体は数が多く、またモンスターにしては珍しいことに逃げ隠れする。落涙が終わり、粗方の討伐が済んで、忘れた頃に物陰から現れるのだ。


 そうした特性から獣月の落涙は他とは趣きの異なる怖さがある。


「多くは山林に逃げ込み獣に殺され、あるいは妖月モンの養分となるが、人里に出てきて婦女子が襲われる事件は毎年のように起きておるでな」

「そ、そんなの……どうすればいいんですか?」

「守り続けるのだ。其方らに守りたいものがあるのなら、常に隙なく剣を持ち、己を鍛え、皆で一丸となって強く在れ」


 とはいえ、最も多く被害が出るのは落涙の直後であろう。相対するは各国の軍や傭兵団だが、市井に流れる小物はその土地の民が鍬を持ち、棍棒を振るって倒すのだ。


 最も有効な戦法は女を一箇所に匿い、守りを固めて落涙の時期をやり過ごすこと。一般的に寡兵で打って出るのは下策である。


「故に、獣月の落涙以降、世間からは余力が失せて殺気立ち、治安が悪くなる。此度の旅路でよう思い知ったであろうが、敵はモンスターばかりではないぞ。わかったか?」

「はい! 師匠!」


 納得したギルバートは子分らに命じてサンドモービルへの避難を手伝いに行かせた。


 男児たちは大人の指示に則り、女子供を先に乗せようとして――、


「うるさいよガキども! 羊が先に決まってんだろ!」

「おばさんも襲われるんだぜ! 一応、女だから!」

「誰がおばさんだって!? 一応ってなんだい!」

「あいたっ!」


 羊飼いの中年女性にゲンコツを落とされよった。さすがはムサイ砂漠に生きる女だ。


「師匠も早く逃げ「なんだと?」……何でもないです!」


 某の心配をするなぞギルバートには100年早い。100年後には死んでおるだろうから一生心配される謂れなどないわ。


「ハハっ……腕が鳴る。さあさあ、早う来い。カリギュラ殿に負けてはおれん」

「……お父さんが張り切ってる」


 巨大な鉄の鎧の中に収まったカリギュラ殿は双剣を構えて砂漠を疾走し、時折り振るって挙動の具合を確かめておる。


「竜甲冑三式か……恐るべし。某も欲しい」


 1つ1つの身振りは大きく隙もあるが、人型でありながら疾走の速さは武浪疾無ぷろとんを凌ぎ、ゲルの資材を持ち上げ運ぶ膂力は圧巻だった。しかもアレは空を飛ぶと言うではないか。


 まともにやり合って負けることはないにせよ、彼の甲冑は量産されておると伝え聞く。凡百の兵を一騎当千に引き上げる、まこととんでもない力と言えよう。


「シキちゃ……シキが作ったんだって……やっぱりスゴいや」


 あの幼な子がアレを生み出した張本人であると……信じがたいことだが、不世出の天才の出現がキョアン家の大躍進を後押ししたとすればスジは通る。


「其方の守りたいものか?」

「……はい」


 ギルバートにもわかっておるようだ。某と同じく、あるいはそれ以上に、自分が心配する謂れなど無い相手なのだと。


「守りたいものが1つである必要は無かろう。ほれ、あそこにも」

「……はい!」


 羊を引いて四苦八苦しているカフカの元へ駆けていくギルバートを見送り、道場の門弟を教えるのとは一味違う感慨を得た。


「師弟か……強くしてやらねばな」


 今はサンドモービルの尻に開いたハンガーの出入口を守り、羊やゲルの搬入が終わるのを待つだけだ。


「……まだ来ぬのか?」


 そろそろ1匹、2匹、やがて10匹と降ってきても良さそうなものだが、曇天を破って落ちてくる個体は皆無であった。


 広大なムサイの砂漠。のべつ幕なし降りよるわけでもあるまいが……運が良かったのであろうか?


「――むっ」


 雲を破って8つの火の玉が固まって落ちてきた。こういう降り方は珍しいが、ようやっと来たか。


「カリギュラ殿!」


 すぐに駆け出し、竜甲冑の腕に飛び乗る。


『いくぞ! 振り落とされんなよ!』

「ハハっ! 投げてもらって構わぬ!」


 剣筋も生き様も、何もかも某とは違う男だが、肩を並べると小気味よい。奇妙な感覚だ。


「いざ! 参ろうぞ!」


 某の最も嫌いなモンスターが8匹。焼身の折の不意打ち、相済まぬ。ざんばらりと斬り捨てて進ぜよう。


『「……は?」』


 そのように息巻いたのも束の間、落下地点にたどり着いてみれば、これは何としたことだ?


 8匹ではなく、8つに分断された1匹の大型獣月モンの骸が転がっておった。


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