第144話 モンスターの降る前に
(別視点:イリア)
数名の騎士が兜を脱ぎ、この身に対する不義を詫びて騎士団を去った。
ある者は白鎧を黒く削って三等兵となり、ある者は鎧兜を売り払って得たゼニーを元手に学校へ通っている。道は違えど、いずれもキョアン領に新たな何かを求める点は同じであった。
ウィンダムを始め、引き続き忠誠を誓ってくれた騎士たちには申し訳ない限りだが、もう何をする気も起きない。考えていたようでいて、何も考えていなかったこの身の浅はかさに気付いてしまったからだ。
よく考えれば自明のことであったのに、ベールと兜に甘えて周囲に目を向けなかったが故の因果だ。彼らを責めてよい道理など無い。
この身の抱える大きすぎる矛盾を瞬時に見抜き、一言でしがらみを引きちぎった彼は、日毎にこの身を訪ねて菓子や果物を献じ、話し相手を買って出た。
自責の念でもあったのだろうか。祭壇塔の定礎を求める狙いが有ってのことだと理解していたので、3日目には塔建設の許可を出して駐在司祭の打診を正式に受けた。
翌日も現れた彼の目の前でテルルを通じて総本山へその旨を伝えたのに、それでもこの身を訪う意図がわからない。
「おめでとう御座います。正式に認められました。あとは祭壇が届けば建国も成りましょう」
「う、うん……ご助力に感謝します」
「もったいないお言葉です。この身は残った騎士らにせめてもの償いをせねばなりません。何卒、ご高配のほどを」
「その……こちらこそ、よろしく頼みます」
その後も彼はやってきた。時間帯はバラバラで滞在時間もマチマチ。何処かコソコソしている印象を受ける。
クリームの盛られたシフォンケーキがスコーンになり、レーズンケーキがクッキーになり、クッキーが朝食のクロワッサンになり、甘味の類が果物のみになり……徐々に持参品が貧相になっていくのは何故?
「調子はいかがか?」
「……気を使って頂かずとも結構です」
「そうは言っても貴賓室から出て来ぬと聞いた。その……気になるじゃないか」
「……この身が駐在では不安でしょうか?」
「そんなことはない! 巫女の務めとやらも関係ない!」
騎士たちの近況を教えてもらい、どうでもよい世間話に花を咲かせ、持ち込んだ遊戯盤で対局し、暇を潰して去っていく。
そんな彼の来訪を心待ちにしていることに気付いた時――、
「あ」
ステのスキル欄に『恋愛LV1』が加わっていた。
その日の訪い、話が弾んだところで我慢ならずにベールを取り去り、わざわざ化粧を施した素顔を晒してみた。
この身の顔を見て目を見開き、ガックリ膝をついた彼は、信じられないことにオイオイと声を上げて泣き崩れた。
そして、寝台の上、野太い腕に抱かれながら。
パメラの名を叫んで果てる彼の声を聞き、この身のスキルレベルは1つ上がった。
『刑死者』と『恋愛』が両方とも上がったのだ。
姉の献身の上にあった私の無為な半生は、無駄ではなかったのだと認めてもらえた気がした。
しかし、やはり人神様は甘くない。
荒く息をつく2人の枕元で、テルルが鳴り響いた。
**********
(別視点:シグムント)
山間部の塔が完工を迎え、人月教会の認可を受けて、要となる祭壇の到着を今か今かと待ち侘びていた。
紆余曲折を経てイリアの真実も知ることができた。思わずパメラの名を口にしてしまったが、彼女は笑って許してくれた。
懐かしきパメラ。本当の名前はアリアというらしい。
「……ぐすっ」
「あなた? 何かありまして?」
「ん? 何のことだ?」
いよいよ俺の国が建つ。シキの動きが早過ぎて当初の目的からズレている気もするが、一国の主となれば少なくともピックミンに気兼ねする必要は無くなるだろう。
キョアン領にとって大きな転機となる、そんな時期だ。
「あなた、しっかりしてください。落涙ですわよ」
テルルの緊急伝もそう告げている。間違いはない。そのはずだ。
「落涙? これ落涙か? ……え〜?」
「落涙……だと思います」
獣月が潤んだ。それは確かなこと。その後に生じた現象もいつも通り。
明らかに落涙であろうが、しかし今この時、獣月モンではなく血の雨が降っているのはどうしたことだ。
眼下に見える花壇の薔薇は益々赤く、キョアン家自慢の白亜の城は薄紅色に染まっている。なんと悍ましい光景か。
「あっ! また打ち上がりましたわ!」
「…………」
「ボカンと爆ぜました……アレは一体……?」
ザビーネとサニアに挟まれるようにして立ち尽くす俺だが、本来ならこんな風に呆けては居られない。
一刻も早く軍を編成してモンスターの落下地点に駆け付けなければならないのだが、近隣の武官らも同じように空を見上げて呆ける様が目に浮かぶようだ。
「……シキか?」
「そうとしか思えませんわ」
「まず、間違いないかと」
軍議の席を儲けるため、屋敷の広間の窓辺にいたのだが、落涙が始まって暫く経った頃、要塞の方から夜空に向かって何かが飛んでいくのが見えた。
その何かは降ってくるモンスターに直撃し、轟音を響かせて大輪の花を咲かせ、数分後には鮮血がバラバラと降り注いだのだ。
出陣に向けて敷地内を駆け回っていた兵らは竦み上がり、相次ぐ爆音と血の雨に怯えて悲鳴を上げ、とりあえず屋根のある場所へと殺到する始末。戦支度どころではなくなってしまった。
「気に食わぬ!」
「気に食わにゅ!」
その時、広間の大扉を叩き割るように押し開き、らしくない大声を張り上げるアニェスが小脇にイニェスを抱えて入ってきた。
「これを見よシグムント!」
「見よ父上!」
小脇のイニェスが突き出したものは屋敷の文官が使っているラップトップ端末だ。その画面は赤色に明滅して如何にもな危急を告げ、真ん中に大きな文字で『デフコン1、発令中』と表示されている。
デフコンって何だ? 発令って……俺は命じてないが?
アニェスが卓上に放り出した紙束を手に取ると、最近お馴染みになったプリンターの印刷物であり、SHIKIが送信した現状説明が書かれていた。
デフコンとは『防衛準備状態』の略称の事らしい。何をどう略せばそうなるのか知らんが、デフコンには5から1までの段階があって、現在のデフコン1は最高度の準備を示す……準備?
「常在戦場が当たり前だ。SHIKIは何を言ってる?」
「其方の言うそれは心構えの話であろ。これは実力行使の宣言に他ならぬ」
デフコン1ではあらゆる兵器の使用が許可されるとあるが、意味がわからない。武器を振るうのにいちいち許可など要るものか。
「降ってくるモンスターを上空で爆殺する弩を大量に放つ許可を誰が出したか?」
「……え?」
「3ページ目に仔細が載っておる」
地対空ミサイル。
上空から飛来する危険物を地上から排除する目的で打ち上げられる炸薬式誘導弾。
用途の違いから高・中高度防空用、短距離防空用、近距離防空用の3種類。
現在、目に見えているものは短距離または近距離用のミサイル群の軌跡および爆発光であり、高・中高度用のミサイルを肉眼で観測することは不可能。
「この血の雨は遥か雲の上で弾け飛んだ獣月モンの成れの果てである」
「…………」
「他領どころか、近隣諸国の頭上にも降り注いでおろうな」
明らかに強過ぎる力……それを行使する宣言がデフコン1ということか? 何か言い訳を考え……無いわそんなもん。
「人神様の……なんだ……アレだ。きっとそうに違いない」
「では、コレは何とする?」
「……他にもあるのか?」
全高5mの機械式全身鎧であり、人が乗り込んで操作する半自立型の人型兵器。
魔月モン(クワガタ)を持ち上げて関節を捻じ切る膂力を持ち、大型振動剣、連射式レールガン、その他豊富な武装を有する対モンスターを想定した量産機。
鉄道路線を利用した高速移動および短距離飛翔能力を有し、デフコン1発令と同時に500機の兵装コンテナを選抜搭乗者の所在地へ向け、順次射出中とある。
「御当主! 御当主! 庭に! 庭に獣月モン……否! 四角いモンが落ちました! 四角モンです! お早く! お早くぅ〜!」
白目を剥いたレナードが飛び込んできた。四角いモンスターで四角モン……なんだそれ。
「モンスターが風船を背負ってゆっくり落ちてくるなぞ前例が無く! とてもモンスターとは思えませぬが落涙の最中に降るはモンスターが通例でありますれば! 風船を背負った四角モンに相違ない!」
「…………」
庭に出てみれば、たしかに風船のような……これはデカいパラシュートだな。飛行船に積まれているのと同じものだ。デカいがそれで間違いない。
パラシュートに繋がっている四角いものはコンテナだ。要塞地下で見たものより大きいが間違いない。こんなデカいものを一体どこに隠していた?
「シグムント……これを見よ」
「見よ父上!」
コンテナの側面が一部パカっと開いて、ラップトップと同じモニターが現れた。
『選抜搭乗者シグムント・キョアン。認証を行いますので親指を押し付けてください』
俺か? 俺がシキに選ばれたと? 悪い気はしないが……ん? だが、たしか500機もあるって……え? ま、まさか……コレと同じものがアチコチにバラ撒かれたってことか!?
「イニェスがやる!」
「あっ!? こらイニェス!」
アニェスの小脇から脱出したイニェスがコンテナによじ登り、迫り出したパネルに親指をグリグリ押し当てた。
「Pi――ッ」
「ニャニャ!?」
『指紋認証できません。右手の親指を正しく押し付けてください』
「右手だニャ! 右手の親指ニャ!」
『指紋認証できません。右手の親指を正しく押し付けてください』
「ニャニおぅ! このこのっ……ウニャ――っ!」
スゴいな。まだ鑑定前なのにあの文字が読めるとは……アニェスの英才教育の賜物か。
まぁ、それはどうでもいいとして、やはり俺じゃないと認められぬということだ。
なかなかどうして……面白そうじゃないか!
「ニャニャ!? もう2コ飛んできたニャ! 母上! あれ! あれイニェスのにする!」
『選抜搭乗者アニェス・グウィン・キョアン。認証を行いますので親指を押し付けてください』
『選抜搭乗者サニア・キョアン。認証を行いますので親指を押し付けてください』
新たに庭に飛んできたコンテナはどちらもイニェスの親指を受け付けなかった。
「ニャんでニャ――っ!? イニェスがやる! イニェスがやるのっ!」
どうやらいつぞやの軍人向け人材育成プログラムの結果から選抜されたらしいが、戯れにやってみるものだな。
「やり口が気に食わぬ!」
「舐めてますね。そろそろ尻叩きでは?」
「わたくしの鎧は何処? いつ飛んでくるのです?」
怒りながらも親指を押し付けるアニェスとサニア。自分のコンテナを探して空を見上げるザビーネ。
獣月モンは女の敵だからな。気持ちはわからんでもない。
3人の嫁は血の雨をものともしていなかった。
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