第92話 親の心、子知らず
(別視点:カリギュラ)
無理を言ってヤマト国への空旅に便乗させてもらった。
そうでもしなければヒラリーが発狂しそうだったからだ。
「紹介された道場は……こっちか。キョウの道はわかりやすくて助かるぜ」
ギルバートには貴族の紹介状があり、往復して余りある旅費も持たせてある。途中で挫折しても帰って来られるように。
「……これで迷ったらバカだ」
だから心配しなくても大丈夫だと、便りが無いのは元気の証拠だと、いくら言い聞かせても女房のヒステリーは収まるものじゃなかった。
所帯を持ったことを心底後悔する瞬間だが、世の亭主ってのは皆ああいうのに耐えてんのか?
我ながら信じられない忍耐だぜ。ルリの時はこうじゃなかったんだがな……まぁ、あれは所帯とは違ったか。今になって思えば。
オレとギルバートじゃ育った環境に雲泥の差がある。身体の方は鍛えてやれたが、それも必要に迫られたわけじゃない。あんな修行はママゴトと同じだ。
「あっ。そういえばアイツ、屋敷の庭で迷子になったか?」
精神の鍛え方なんぞ知らなかったことに気づいて独りごちる。無性に不安になってきた。
「いや、3才の頃の話だしな……大丈夫だろ」
強兵揃いのヤマト国で傭兵の仕事は無い。オレも来るのは初めてだが、キョウの都の街並みはスッキリと整っており、街路は定規で線を引いたように真っ直ぐと伸びている。
御当主が紹介したのはミッタライ流を教える剣術道場の中でも5本の指に入る大きな道場だと言うし、実際、町人にちょいと尋ねれば場所はすぐにわかった。
「……ここか」
目抜き通りから逸れて北へ進んだ街外れ。広い敷地を囲んで延々と続く土壁に沿って歩いていくとデカい門が見えてきた。
見上げる軒先には古めかしい看板が据えられていて、極太の達筆で『真弦道場』と書かれている。門構えの造りからして無骨さが垣間見える道場の門扉を叩き、「頼も〜!」大声で人を呼んだ。
「ちと気恥ずかしいが……鑑定前のガキだ。大目に見てくれんだろ」
修行中の我が子を見舞う父親。オレだったら断固拒否するバカ親だが、甘ったれのギルバートなら喜ぶかもしれない。
数分後、大門の横にある勝手口がギィと鳴って中から開き、額に傷のある浅黒い髭面禿頭の男が顔を出した。
「「…………」」
絶対カタギじゃねぇだろ。客の迎えに用心棒を出すんじゃねぇよ。
まさかとは思うが……ギルバートのヤツ、初見でビビって逃げたんじゃねぇか?
「道場破りか?」
「いや違う」
おっと、オレも人の事は言えねぇか。だがいきなり道場破りはねぇだろ。
「門下生に用があってきたんだが、会えるか?」
「縁者か?」
「息子が世話になってるはずだ。ほら、最近ピックミン王国から来たガキが居るだろ」
「ピックミン? ……いや?」
「……は?」
ヒラリーは嫌な予感がすると言っていたが……まさか本当に迷子? あり得ねぇだろ。
思わず頭を抱えたオレは冷や汗を掻きつつ、背格好やら何やら、ギルバートの特徴を事細かに伝えても禿頭は知らないと言う。嘘をついている感じは無い。
「キョウで道に迷うことは無い。なら、まだ到着してないんじゃないか?」
「マジかよ……あんのバカ。半年以上も経ってんだぞ?」
「半年? ……ふむ」
この禿頭、肌の色からして産まれはムサイだろう。だったらムサイ方面の事情にも明るいはずだ。
「ムサイから来る商人は何処に集まる? 見知ったのがいるなら教えてくれ。誰か知らねぇか?」
焦茶の頭皮をペシリと叩いた禿頭は「ちょっと待て」と言い残して、現れた時と同じように敷地の中へ消えた。
「門前払いされないだけマシだが……こりゃあ手ぶらじゃ帰れねぇなぁ」
一人旅に出した息子が行方不明に。
そんな事になればヒラリーの発狂は確実。今度ばかりはカルラも味方してくれないだろう。なんだかんだでオレは殺されかねない。
ちょくちょく懐中時計を見ながら、30分ほど待たされたところで、先程の禿頭が袴を履いた女を連れてきた。カルラと似たような年回りの若い女だ。
「ハマド、この御仁か?」
「はい」
髪は短く切り揃えられており、シンプルな道着は男装をしているようにも見える。ゆったりした着物の上からでもわかる膨らみが無ければ男と勘違いしたかもしれない。
「お待たせして申し訳ない。某はシグレ・ミッタライと申す者。この真弦道場にて師範代を務めておりまする」
凛とした佇まいに、腰の得物は明らかな業物。オレみたいな男にも礼儀を尽くし、おまけに家名がミッタライときた。
マジかよ……下手なことすりゃ首が飛ぶじゃねぇか。
「こりゃどうも、ご丁寧に。オレはカリギュラと言います」
「カリギュラ殿。当道場にご子息を訪ねて来られたとは誠ですか?」
「はい、その通りです」
「お時間、宜しいか? 粗茶で良ければ出しますゆえ」
願ってもない。
ここまでたどり着けなかったということはギルバートの行方までは知らないのだろうが、今のオレにはなんの伝手も無い状態。心当たりがあるなら儲けものだ。
それにしてもあのバカ息子。何処で油売ってやがんだ。
**********
(別視点:ギルバート)
「おい、そっちじゃねぇ」
「あ。ごめんザイード」
ザイードたちに会ったのは3ヶ月くらい前になるかな。
「ホント方向音痴よね。ヤバい。ホントにヤバい」
「甘ちゃんだしな。世間知らずだし、甲斐性もねぇ」
「ザイ兄」
ホントに大変だった。こういうのなんて言うんだっけ?
そうだ。シキちゃんの言葉を借りると『かるちゃーしょっく』ってヤツだ。
「まったく……キョロキョロしないでよね。また迷子になりたいの? お姉さんがお手々繋いであげようか?」
「カフ姉もやめて。ギルバート君は初めてなんだから」
3つ年上のザイードとカフカ。1つ年上のリュカ。
一緒に行動するようになったのは砂漠の真ん中で、ザイードとカフカはキャラバンを襲った盗賊の仲間。
リュカは2人の幼なじみで、ボクがビンジョーさせてもらったキャラバンの商品だった。
「金持ってるから連れてきたけどよ。それ以外がテンでダメだなオマエは」
「だからやめて。ギルバート君のおかげでここまで来られたのに」
初めはわけがわからなかったけど、結論から言うとボクが頼った商人は悪い大人だったらしい。あっ。全員じゃなくて何人かの内の1人ね。
イゲートの街に着いたボクは砂漠に向かう商人に聞いて回ったんだけど、ヤマト国まで乗せてってくれる人は居なかった。
イアン領からヤマト国にユシュツする商品が無いから? とか色々と説明されたけどボクにはよくわからない。
親切な商人のおじさんにアドバイスを貰って、それぞれのオアシスで別々のキャラバンを探すことにした。お母さんが持たせてくれたお金があればウンチンには十分足りるからって。
「はい、ギルバート君。私と手繋ごう」
「うん。ありがとうリュカ」
「ヒューヒュー! お熱いねご両人!」
「カフ姉。やめてってば」
5つ目のオアシスだったかな。ボクはドレイ商人のキャラバンにビンジョーすることになって、乗せられた幌馬車の中に居たのがリュカだった。
ビックリした。シキちゃんのドレイさん達とは全然違ってたから。
「ギルバート君はさ……私に触られても嫌がらないね」
「なんで? 嫌がる人がいるの?」
「ほら……肌が黒いから……」
リュカの肌は焦茶色だ。ザイードとカフカも同じ。
「見たことあるよ。マシロさんって言う人」
「ムサイ人かな? 色黒なのに真白なの?」
「シキちゃんが名前をあげたんだ。白いイレズミがあったから。今は消えてるけど」
「……またシキちゃん? その子は色白なの?」
「うん。シキちゃんは色白だよ」
「ふーん。そうなんだ……」
「おい……リュカ」
ザイードが怖い顔でリュカを睨みつけた。
「色黒がなんだ。やめろ。誇りを忘れんな」
「……はい」
ザイードはムサイの『ホコリ』が絡むとすぐ怒る。肌の色も『ホコリ』なのかな? よくわかんないけど。
ピックミン人は白い。ヤマト人も白い。ムサイ人は黒いけど中には白い人もいる。
「ザイード。そこにこだわると小っさく見えるから」
「うっせぇんだよカフカ。別にこだわってるわけじゃない。王族が嫌いなだけだ」
ムサイ国の王様の肌は白いらしい。剣王の血が濃い証なんだって。よくわかんないけど。
「王族が気に食わないのは一緒だよ。でも、それと肌の色とは関係ないってだけ」
「こだわってんのは向こうだろ。あんな奴らがムサイを名乗ってるなんてムカつくじゃねぇか」
「大人の受け売りもいいけどさ、やっぱり私達だけで勝手するのはヤバくない?」
「知るか。せっかく金と武器が手に入ったんだ。今しかねぇ」
ボクのお金とボクのナマクラのことだ。
予備の剣を3人に1本ずつ分けたせいでボクの手元にはエクスカリバーとナマクラ1本しかない。
少し不安だけど、イクサをするなら武器が要るから仕方ないよね。
「よし、夜になった。行くぞ」
「ホントに見張りはいないの?」
「交代の時間なんだよ。下調べは完璧だ」
「それを調べたのはソムドさんでしょ。その上で砂モグラ団は無理だって判断して――」
「ここまで来て何言ってんだ。だったらカフカは待ってろよ」
「……行くわよ。行けばいいんでしょ。アンタに任せておけないしね」
砂漠を越えたボクらは今、ヤマト国の関所の近くまで来ていた。
「普通に入れないかな?」
ザイードは木柵を乗り越えるって言うんだけど、ボクは手形を持っている。
「お前だけ入れても意味ねぇだろ。例の奴隷商人の居場所も知らないくせに」
「あ。そっか」
「ギルバート……やっぱりアンタは止めた方がいいよ。私らだけでやるからリュカとここで待って――」
「嫌だ! ボクもやるよ! 攫われた子たちを助けるんだ!」
リュカはゆーかいされて売り飛ばされたんだって。
最近、ムサイ国では子供を狙った人攫いがたくさん起きているらしい。ザイードたちは盗賊……じゃなくて砂モグラ団(そう呼ばないとザイードが怒る)の大人に手伝ってもらってリュカを助け出したんだ。
あの悪い商人はヒョーザンのイッカクで、そういう悪い商人は他にもいっぱい居るらしい。
リュカは商人同士のおしゃべりを聞いていて、モトジメはヤマト国のドレイ商人ってことと、今この関所の街にまとまった数の子供が集められていることを知った。
「いい覚悟だ。甲斐性なしでもヘタレじゃねぇみたいだな」
「でもさ、この柵、結構高いよ? 大丈夫かな?」
「もたつくと見つかるかもしれない。手早く登るぞ」
そういうわけで、ボクらはゆーかいされた子供たちを助けに来た。
リュカが盗み聴きした予定日まではあと3日。港まで運ばれてしまったらキッタマエ船で遠くの国に売られちゃう。そうなったら手が届かなくなる。あまり時間は残っていない。
「斬れば?」
「はぁ? 切るっつっても斧なんか無ぇし、有っても音で気付かれるだろ」
「音が鳴らなきゃいいんだよね?」
木柵の丸太1つ1つはリュカの胴体くらいの太さだけど、妖月モンの幹よりは細い。
たぶん上手く斬れると思ってエクスカリバーを構えた。
「お、おい!? やめ……!」
「ハッ!」
横薙ぎの一閃で3本の丸太がスパッと斬れた。さすがはシキちゃんの作った聖剣だ。少しも刃こぼれしていない。
「「「……え?」」」
「あ。倒れたら音が鳴るね」
剣を鞘に仕舞ったボクはゆっくりと倒れてくる3本の丸太を受け止めて、そっと砂地に横たえた。ほとんど音はしていない。大成功だ。
「「「…………」」」
「3人ともどうしたの? 早く行こうよ」
できればヤシューがいいと思って急いで砂漠を走ったけど、残念ながら暗季が明けてしまった。明るいぶんだけ見つかりやすいだろうから気をつけないと。
3人ともボクより年上なのに足遅いんだよね。
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