第91話 大人な戦場


(別視点:モモ)



 パメラ運河の河口には新たな街が出来ている。


 山林を切り拓いて拡げた土場には続々とやってくる荷馬車の群れが駐車してあった。


 疲れた人足や馬を休ませるための宿場に馬屋、商人たちが歓談し情報交換するための酒場、彼らを相手にする飯屋や娼館など、人が集まるところには必ず金儲けのための箱が生まれるものだ。


「魔月モンの死骸を掘り集めて売る……ジャンク屋ですか」


 商人ギルド本部が置かれた此処は運河の名前に因んで『パメラの街』と名付けられたらしいが、シキ様のご機嫌取りにこれ以上のネーミングは無いだろう。


 この街をそのように名付け、取り仕切っている人物が応接テーブルを挟んで目の前にいた。


 キョアン伯爵家の御用商人として成功を収め、ギルド長に収まったエッチゴーヤだ。


「大昔に埋められた死骸まで含めれば、とんでもない量のジャンクが埋蔵されていると思いますわ。新たな職種としてジャンク屋の普及と管理を行い、また彼らが掘り出した品物の売買を仲介する組織を創ってはどうかと言うのが、シキ様のご提案ですの」

「相変わらずのご慧眼です。流石でございます」

「いや〜! それほどでも〜! あるかなぁ〜! あっははは!」

「「…………」」


 喋るなって言ったでしょ。不気味なんだから……クソったれ。


 マリーがケタケタ喋るたびに冷や汗が噴き出る。


 マシロは黙って笑っているだけで役に立たない。もっと若い商人が相手ならこの子のエロい身体を使って誑かす手もあるが、エッチゴーヤほどの大物となればそうもいかない。


「シキ様? お加減でもお悪いのですかな? 笑顔が……その……引き攣っておりますぞ?」

「……わたしは元気です!」

「……そうですか? お茶でもどうぞ。遠慮なさらず」

「ありがとう! お構いなく!」

「――ヒッ」


 そのニゴッ!って笑い方やめろ。不審に思われ……って言うか完全にビビってるから……クソったれ。


「マシロ殿……何かありましたか?」

「……シキ様はお年頃です。新たな自分を探しておられるのです」

「こんにちは! 新しいわたし!」

「そ、そうですか……」

「うほん! エッチゴーヤ様。ジャンク屋ギルドについてはウチに一任されてますから心配はご無用ですわ。詳細を詰めさせていただいて構いませんか?」


 ホントになんでこんなのを連れ歩かなきゃいけないの? マシロは偶にニヤけててキショいし……なんか変なことでも思い付いた? ったく……クソったれ。


「そのジャンク屋ギルドですが、商人ギルドの下部組織という形でよろしいのですかな?」

「当然そうなりますが、別組織として分けた方が賢明かと思います。取り扱いが増えすぎて本業が圧迫されては本末転倒ですもの」

「……それほど急成長する市場であると?」

「人族会議の結果次第となります。つまり、どれだけの国が飛行船を欲しがるか……という問題ですわ」


 欲しがるに決まっている。要らないという国は今後の人族社会のあらゆるシーンで出遅れるだろう。


「早急に立ち上げるべきです。ジャンクの目利きができる人材も確保しませんと」

「ジャンクの品質もピンキリということですか。たしかにそれは重要な要素ですが、モモ殿の考えておられるほど拙速には動きません」

「……そうでしょうか? 先に枠組みを創った者が勝つのではありません?」

「認められる枠組みであればの話です。おそらく規制が掛けられるでしょう」

「――あ」


 何処の国も欲しがることは間違いないが、他国に先んじなければ意味が無い。


 ジャンク屋という職種やその寄合は不可欠であるし、何をせずとも必然的に生まれるが、その枠組みを決めるのは人族会議の主要7ヵ国だと言うのだ。


「今現在キョアン領で確保しているジャンクも規制の対象になりかねません。いえ、おそらくそうなるでしょう」

「……強制供出させられる?」

「跳ね除ける手としては、飛行船をすべてキョアン家で建造し、7ヵ国の求めに応じて売却するという流れが現実的ですが……原材料は言い値で買わされるでしょうな」

「…………」


 本当に驚いた。ラング山に行くと言い出した時はアホかと思ったが、シキ様が指摘したネックとほぼ同じ問題が早速に浮上したからだ。


「まぁ、ゼニーは天下の回りもの。それでも飛行船の建造は儲かるでしょうし、鉄材の需要が伸びて潤うのはナニワ、カイゼル、ヤマトの3国となりますか」

「もしかして……既に鉄材問屋と?」

「3ヵ国の大店おおだなと10年先までの定額契約を締結済みです。その他の国はジャンク集めに躍起になるとすれば、ジャンク屋ギルドも大国の紐付きになるでしょう。少なくとも3つ以上に割れるでしょうか」

「…………」


 役者が違う。こういう大博打を打つ商人は父も含めて山ほど見てきたが、その程度の勝負は商機を見る目と時の運があれば誰にでもできる。


 この男の凄いところはそんな部分ではない。


 ここに至るまでの20年近い長い歳月を辺境の貧乏貴族の下で耐え抜いた辛抱強さ。まったく芽が出ずに終わるかもしれない中で、初心を忘れず真摯に商売を続けた根気にある。


「残念ですけど、その契約は失敗だったかもしれませんわ」

「そうですか。まぁ……そういうこともあるでしょう」


 この男の商才は人を見る目か。欲が無いわけではないだろうが、それを上手く乗りこなして肥やしにしている印象を受ける。


 父とは根本的に違う、立派な大人だ。


「今後とも、ご鞭撻のほどを。よろしくお願いしますわ」

「はははっ! 貴女のような豪運の持ち主には敵いませんとも!」


 たしかに『豪運LV8』と、そういうスキルを持っている。


 竜のブレスを避け、あの変な子供に拾われたことはその恩恵なのかもしれないが、今後はなるべくスキルに頼らず精進しようと、そう決めた。


「……ん?」

「どうかされましたか?」

「あ……いえ別に」


 節制LV1? 何このスキル?



**********



(別視点:シグムント)



 久しぶりの帰郷となったが、晩餐会に参加しても胃が痛くならない。郷土料理と酒が旨い。


「ガッハハハっ! よう来たシグムント! まぁ飲め飲め!」

「はっ! ありがたく! しかし、それも10回は聞きましたぞ?」


 カラスマ・ミッタライ王。豪放磊落を絵に描いたような大男だ。体格はカリギュラとイエローの中間ぐらいか。


 到着直後から絡まれ続けて肩やら背中をバシバシ叩かれてシンドイが、おかげで面倒な連中の相手をしなくて済むので、そこは耐えるしかない。


「飛行船でビューンと飛んで300匹を1人で片付けたのだろ! 貴様はいつかやってくれると思っておった!」

「恐悦至極ですが、その武功は我が千人隊のものです」

「そうかそうか! 鍛え上げた精鋭を上手く使うたのだな! それも天晴れ! ミッタライ流の誉れよ! ガッハハハ!」


 ほとんどが強制労働中の捕虜だったとは言えんな。王の頭の中では絶対切断が乱れ飛んでいるに違いない。


「して? あのわらわは何処だ? 側室に迎えたと聞いたが、連れて来なんだのか?」

「わらわ? あー、アニェスですか。子がヤンチャでしてな。此度はもう1人の側室を連れて参りました」


 俺の斜め後方に一定の距離を保って立つサニアを手招きで呼びつける。


 なんだその立ち位置は? 要人警護じゃないんだから、もうちょい近くに居てくれ。


「ご紹介します。サニアです」

「お初にお目に掛かります。ミッタライ王におかれましてはご機嫌麗しゅう」

「…………」


 背中の大きく開いた薄手のドレスに身を包み、髪を纏めて化粧をキメたサニアは、サニアとは思えないほどの貴婦人に化けていた。


 ミッタライ王はかなりの好き者だ。噂の大奥には100人からの美女が揃っていると聞く。


 カゲンから連れてきたばかりのアニェスにガン無視されて拗ねていたが、毎年のカレンダーを献上することで機嫌が治った経緯もある。


 サニアに色目を使われると『皇帝』スキルが暴発するかもしれないと気を引き締めていると――、


「……側室だと? 嘘つけ貴様。ぶった斬られたいのか?」


 どっちを?とは聞かないが、サニアの本性を一目で看破するとは。やはり剣王の名は伊達ではない。


「ご賢察のとおり、サニアは暗部の人間でした」

「でした? 今もって現役の殺気をビンビン感じるがな。おい、カーテシーを解くな。毒針出したら殺すぞ」


 帯刀はしていないが、その気になれば素手でも絶対切断を放ってくる化け物だ。極伝を極めた先にある境地らしい。


「今は俺の女です」

「毒女であろうが」

「毒の花も良いものです」


 なかなか痺れる気当たりだな。これは噂だが、本気になれば目から絶対切断を放ってくるらしい。もはや意味不明の化け物だ。


 サニアも呼吸を止めてヒリつく殺気を受け止め、勝手に覚悟を決めている様子。やめろと言ってやりたいが、この女のこういうところは俺も好きなので敢えて止めない。


 数秒か数分か、数人の手練れが勘づき、警戒し始めたところで王は気を緩めた。


 やれやれ。どうにか死なずにやり過ごせたか。


「良い女ではないか。己は素直に斬られるが、貴様に手を出そうものなら首になっても殺しに来そうだ」

「それは言い過ぎでしょう。2人同時に落ちる首なら是非も無い」

「好きにせい。寝首を掻かれても知らんがな」

「それは……どの女でも同じではありませんか?」

「ガハハっ。貴様……なんか変わったか?」


 変わったかと問われれば首肯するしかないのだが、自分でも何が変わったのかよくわからん。


 強いて言うなら此処に来たことで『皇帝』スキルがレベル5に上がったことぐらいか。聞いたこともないスキルだし、効果もわからないので無闇に申告することはないが。


「そうだな……よし、余が手伝ってやろう」

「手伝いですか? 一体何を?」

「サニアとやら。キョウに居るうちに子を孕め」

「……はい?」

「さすれば無事に帰してやる。なぁに、此度の会議は長引く。ひと月近く掛かるかもしれん」

「…………」

「終わるまでにこさえろ。できねば余が手ずから斬り殺す」


 手伝いってそっちの手伝いか。しかもコレ本気だな。


 さすがは剣の腕のみで次期王位を決める一族。


 マッコト様は何事も和を重んじ、無益な争いを嫌ったと伝わっているが……だったらこうはならんだろ? やはりただの伝説か。


 頭のおかしい余興に巻き込まれる方は堪ったものではないが――、


「お心遣い、痛み入ります」

「え?」


 サニアの目がギラリと光って俺を見た。


 まるで戦場を与えられた戦人のようだが、敵は誰だ? 俺じゃないよな?


「まったく肝の座った女だ。男児なら姫を取らせてもよいぞ?」

「願ってもないことです。ですよね……シグムント様?」


 命懸けの夜伽か……俺の方が死ぬかもしれんな。


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