第90話 大型ヘリ(改)、名前は未定


 キョアン領を大きく分けると西から順にモッコリー、マッコリー、ヒョッコリーと続くが、東へ向かうほどに標高が高くなり、ヒョッコリー地方はその半分以上を山岳地帯が占める。


 複雑に入り組む山岳にぶつかった偏西風が上昇気流を生んで西の平野に雨を降らせ、モッコリーとマッコリーは雨量の多い農耕に適した土地柄として古くから発展してきた。


「まあ、妖精族の雨魔法も大きく影響して余計に複雑な気候になってるんだけど、要するに空気中の水分の多くをキョアン領と樹海で吐き出してるってことなんだ」


 したがって、イアン領には平地が多いものの降水量はさほどでもない。


 ヒョッコリーから続くなだらかな土地は高原に該当し、東向きのカラッとした爽やかな風とは別に、多くの清水の流れが領地を潤している。


 それらの川は合流を重ねて南へ向かい、最終的には獣族領域の南方にある熱帯雨林から続く大河へ流れ込む。


「一方でヤマト国の水源は東南の森林地帯。これも獣族の領域だね」

「そっちの水もここいらには流れて来ないと。で……この砂漠が出来たってわけですか」


 わたしたち『ラング山に行き隊』は以前に試作した大型輸送ヘリに少し改造を施した航空機に乗り込んでヒョッコリーを立ち、現在はムサイ砂漠上空を飛行しているところだ。


「お嬢、これが飛行機ってヤツでいいんですか?」

「ちょっと違うかな。飛行機とヘリコプターのいいトコ取りって感じ」


 前世の正義の軍隊ではオスプレイの愛称で親しまれ、ヘリコプターと同様の垂直離着陸能力を持ちながら、それを上回る速度を有するティルトローター機。全長20m、最高速度550km/hr、総重量15ton、最大積載量は約10ton。


 本家では様々な運用上のデメリットから事故が相次ぎ、社会問題にまで発展した曰く付きの機体だが、今回の遠征には最適と言えるだろう。


「シキ……この雨は……もしかして……?」

「たぶんね。わたしも想定外だよ」


 フロントガラスには雨粒がバチバチ当たり、両翼のプロペラに流された水滴が渦を巻いて後方に流れていく。


「商人の間でも結構な騒ぎになってるらしいね」

「オアシスが随分と様変わりしたと聞いてます。儲けてるのも居りゃ、大損してるのも」


 最近になって砂漠に雨が降るようになったらしい。


 おそらく樹海で継続している乾燥作戦の影響だと思われるが、集落を狙った局所的な降雨に勘違いした妖精族がサボりまくって、上空の空気が湿ったまま東へ流れるためだろう。


 隣国の気候すら変える妖精族の大魔法。やってることは単純だけど恐るべしだね。


「売れ筋商品は多少変わるだろうけどさ、雨が降っただけで大損ってなんで?」

「キャラバン狙いの連中が活発になってんでさぁ」

「日雇いの傭兵じゃ歯が立たねぇらしいですぜ? だったよな、ブルー?」

「ああ、あの国の盗賊……特に砂モグラ団はヤバい。自分らが盗賊だと思ってないから始末が悪い」


 砂モグラ団? ほんわかした可愛いネーミングだね。


「盗賊じゃないの?」

「盗賊です。ムサイ国の中でも荒くれ者の集まりでして、数によっては国軍も逃げ出す一大勢力ですよ」


 やっている事は盗賊そのものだが、砂モグラ団はその事実を認めていない。


 なら何なのかと問われれば多種多様な自称やスローガンがあるそうで、『憂国の志士』、『誇り高き遊牧民の末裔』、『大砂漠の自警団』、『打倒王権』、『目覚めよムサイ』、『鬼畜ヤマト死すべし』などなど。


 ニュアンスとしてはレジスタンスやテロリストに近いだろうか。パブリックエネミーというヤツだ。


「普通の盗賊団なら内側から崩す手もありますが、ヤツらの場合はクセが強すぎて搦め手も通じないんだとか」

「母体は遊牧民族なの? そうなると……たしかに厄介かも」


 ムサイ国の歴史を紐解けば、現在の王政に大きな歪みがある事は明らかだ。


 ヤマト国と同じくらい若い国であり、初代ムサイ王は獣族の土地を切り取って国を築いたマッコト・ミッタライのおこぼれに預かる形で建国に漕ぎ着けた。


「それまでは砂漠に国なんて無かったんだから。割を食ってる人間も相当数いるっぽいし、反発があっても仕方ないと思うけどね」


 何と言ってもムサイ国は人族領域で最大の奴隷の出荷元なのだ。どういう人達がそうなるのかは想像に難くない。


 御手洗さんが現代日本人だったなら奴隷制度を推進するとも思えないので、おそらくは彼の死後、状況が変化して今のような世情になったと思われる。


「お嬢。間もなく砂漠を抜けます」

「さて、もうすぐヤマト国だね」

「早っ! 速ぇ! まだ2時間ほどだぜ!?」

「飛行時間だけならもっと短い。飛行船の3倍以上の速さだ」

「これでものんびり飛んでるんだけどねぇ」


 コンパスと六分儀を使って天測を終えたブルーが地図上に現在地をプロットし、操縦桿を握るアニキンが針路を微調整して予定コースに乗せた。


 月と地平線の位置関係から座標を導き出し、地図との整合を取りながらゆっくりと進む。ヤマト国から先の獣族領域は地図の精度もガクンと落ちるから距離や地形の確認も兼ねて。


「アニキンの練習にもなるでしょ。名前も考えておけばいいよ」

「へい、ありがとうございます」

「お嬢! これホントに兄貴のモンになるんすか!? おれにも何かくださいよ!」


 2人で乗るには少し大きすぎるが、約束通りこの機体はアニキンにあげることにした。イザとなったらブラックを連れて逃げられる乗り物として。


「レッドは何が欲しいの? なんかって何?」

「なんか飛ぶヤツっす!」

「なんで? 飛んで何がしたいの?」

「とりあえず飛びたいだけっす!」

「だったらグライダーでいいじゃん!」


 レッドとブルーも『グライダー』を覚えた。アニキンと違って落ち着きが無い2人は秘密をポロっと漏らすかもしれないということで真相は明かさず、錬成部隊と同じように識術講義を通じて習得してもらった。


「お、お嬢……おれの……」

「イエローはちょっと待ってて。普通のじゃ無理だから」

「……うすっ」


 イエローも識術は覚えたのだが、残念ながら飛べなかった。体重が重過ぎてグライダーの羽根が折れるという予想外の結果にわたしも困っている。


 ともあれ、食べ物以外に興味が出てきたのは良い傾向だ。


「緑が増えてきたね」

「そんなに広い国でもないです。都もボチボチ見えるはずでさぁ」

「……ちょっと高度上げようか。一応ね」

「へい、お嬢」


 竜族が現れることは無くとも飛ぶ獣族もいるわけで、普段から獣族を相手にしている国なら防空の備えが無いとも限らない。


 警戒すべきは現国王のカラスマ・ミッタライ。当代最強の剣士という触れ込みだが、国王には本物の『絶対切断』が継承されていてもおかしくないと思っている。


 何でも切れるチート能力……ホントに何でも斬っちゃったり? ありがちな空想設定だけど……例えば空間とか。


 チート能力にも魔法みたいな制限はあるのだろうか。見えないものには無効とか、行使時にMPを消費するとか、そういう理の内にあるスキルか否か。


 ムンドゥスで8年ばかり生きてみてつくづく思う。転生者にチート能力を与えて送り込むのは悪手だ。


 転生神は世界を壊しかねないタブーを自ら犯していることになり、スキル1つで簡単に『俺強ぇえ〜』させてしまうと公正なルールが瓦解する。


「早めに見つけなきゃ……」

「お嬢?」

「いや、こっちの話」


 マッコト・ミッタライは巨竜の首すら一刀で落とした。旧ジアン家の女主人は使いこなせずに自滅した。ポールは『使い物にならなかった』と言っていた。


 チートを得た転生者たちがどのような人生を辿ったのかがわかれば、自ずと転生神の仕組んだ罠やその目的も見えてくるはずだ。


 わたしの今世を占う意味でも早々に他の転生者か、少なくともチート持ちを見つけなければならない。カールの『ミラクルチ〇ポ』は検証したくないので除外で。


「あっ。あれがキョウの都かな?」


 いつの間にか雨が止み、雲の切れ間から降り注ぐ光の下に大きな街が見えた。


 さすがは7大国の一角をなす国の都。ヒョッコリーの街の100倍はありそうだ。


「おそらくそうでしょう。噂通りの街並みです」


 碁盤の目のように整然とした大都市だった。名前の通りに前世の京都を参考にしたのだろうが、四角い街の中央に聳える巨城は江戸城を彷彿とさせる。


「あっ! グラーフ・キョアンですぜ!」

「伯爵様とミッタライ王が懇意というのは本当だったようです」


 黒い飛行船が堀の内側に見える。ブルーの言うとおり城主の許可は得たのだろうが、城内の庭に堂々と着陸させるとは。


「大胆だね……」

「フロス、心配?」

「心配って言うか……反応は気になるかな……」

「ガス漏らすなよ〜」


 見たところ木造の城だ。城下町も軒並み木造っぽいし、水素ガスに引火したら大惨事では済まない。その危険性はサバッハが良くわかっているはずだから大丈夫だと信じよう。


 都を通り過ぎ、街道に区切られた田園風景を眼下に収めて東へ飛び続け、30分もしない内に湾岸が見えてきた。


「おおっ! 海〜っ!」

「うすっ! 海すっ!」

「あれが海……青くて広い……。スゴいね……」


 全員、海を見るのは初めて。わたしもムンドゥスでは初めてになる。


 港町の桟橋に多くの船が着桟し、防波堤の内側には大小の船がところ狭しと浮いている。外洋の航路を行き交う船はどれも帆船だ。


「普通の船を造っても儲かりそうだね」

「お嬢の作る船が普通なわけないじゃないっすか」

「普通の汽船だよ。ものによっては大型リアクター積んでもいいかも」

「キ船ってのが何かは知りませんが、無風で走る船ですか? ヤマト国とナニワ連合はヨダレ垂らして欲しがるでしょう」

「でも残念。近くに海が無いから作れないや」


 ここからは湾岸線に沿って南へ。静かの海と未開の入江を隔てる半島が見えてくればいよいよ獣族の領域に入る。


「レッド、ブルー。念のため鳥型の襲撃を警戒しておけ」

「「へい、兄貴」」


 もちろんイザという時の備えもちゃんとしてきた。


 機体の両側面にはガトリングレールガン2門を据え、格納庫のマル秘コンテナの中身は我らがさすらいの竜族。


 もっとも『ツヴァイ』は何かをゴリ押しする時に使うだけだろうから、ゴラムの出番があるかはわからない。


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