第89話 そうだ。鉱山に行こう
グラーフ・キョアンMK-2を見送って暇になったわたしは、魔術師LV8の副作用を遺憾無く発揮した。
飛行船づくり、もう飽きた。
アニェス様はイニェスに掛かり切りだし、サニアの邪魔が入らない今こそ新しいことに取り掛かる頃合いだ。
「この世界には重油が無いんだよ」
「獣油ですか? 普通に使ってますけど?」
「獣じゃなくて、重ね」
無知な原始人に核融合リアクターなんてバラ撒いて大丈夫?
比較的クリーンな核エネルギーだから安全性は高い。そうは言っても
「モモは聞いたことない? 燃える水とか燃える石とか、とにかく地中から出る燃える何か」
「意味不明です。シキ様におかれましては毎度のことですけど」
地球では当たり前にあった地下資源がムンドゥスには無い。
利活用はさておき石油や石炭に代表される化石燃料の存在くらい認知されていて然るべきなのに、深く井戸を掘って油田が発見されたことも無ければ、地震などの自然災害で天然ガスが噴き出した事例も無い。
どれだけ調べても、歴史上、本当にまったく、皆無なのである。
石油はプランクトンが堆積し、地中で長い年月をかけて生成される。石炭は植物が枯れて堆積し、これまた長い年月をかけて生成されるという説が有力だった。天然ガスは動物や植物がバクテリアに分解されて作られたメタンが主成分である。
それらがまったく無いなど、あり得るのだろうか。
「ちなみにさ、鉱山が何処にあるか知ってる?」
「有名なのはコペ島ですね」
中央大陸の西海上に浮かぶ巨大な島だ。既知の海の北、中央の入江の西北西に位置しており、島と呼ぶには大きすぎる丸い陸地である。
「採掘される鉄はナニワ連合の主力品目です」
「それなんだけど、他に鉄鉱石の産地は無いの?」
「一応ありますけど人族領域の産地は何処もショボイんです。量は少ないし品質も悪いから商売になりません」
コペ島と似たような鉱山もあるにはあるが、それらは人族領域の外側。
1つは竜族の聖地とされるティコ山。もう1つは獣族のとある部族が棲みつくラング山。
「竜族の聖地は厳しそうだね」
「ラングの方は商売にしてるらしいですよ。鉄以外にも色々と採れるって噂です」
「噂って? 直接じゃないの?」
「例によって亜人族経由です。そのルートも大国が独占してるんで、だから実質ナニワ一強ですよ……クソったれ」
「大国って何処?」
「カイゼル6割、ヤマト3割ってトコですかね」
相変わらず都合のいい所だけ他種族と交流しているようだ。
「その獣部族と直接交渉できない?」
「そりゃ儲かるでしょうけど人族会議が黙ってませんって」
そんな勝手をやろうとしたら人族への反逆だとか言われるんだろうけど、どうして他種族と争うなんて前提があるのだろう。
転生神はムンドゥスの世界観を6種族が覇を競い合う異世界と表現していたが、わざわざ争う理由も無い気がする。
少なくとも妖精族には他者と争う能が無い。人族が勝手に敵視しているだけで、どの種族とだって仲良くした方がメリットは大きいに決まっている。
「それにラング山ってめちゃ遠いんです。豊かの海の対岸って話ですよ?」
「獣族の領域をマルっと越えなきゃいけないのか……って、あれ? なら亜人族との商売はどうやってるの?」
「販路って意味ですよね? さあ?」
「え? モモも知らないの?」
人族と亜人族は普通の商人が知らない謎の交通網を通じて通商しているのだとか。
アニェス様も言っていた蛇の道ってやつ? 比喩じゃなくて本当にそういう道があるのかな?
これは聞いてみるしか無さそうだ。
**********
「蛇の道が何処にあるかじゃと?」
素直なわたしは1番詳しい人に尋ねることにした。
アニェス様は亜人族の中でも相当に偉い人なのだから、何か知っているに違いない。
「はい。具体的にどうやって交易しているのか教えてください」
「…………」
大雑把な地図上で見ても明らかだが、ラング山は馬車や船で行き来できるような場所じゃない。
ヤマト国の大港から静かの海に出たとして、その南東にある豊かの海へ抜けるには非常に狭い海峡を通らねばならず、そこは獣族領域の真っ只中なのだ。
彼らにとっても海を隔てて東西を行き来できる陸路の要衝となる。人族の商船が横切ることを見過ごすとは思えない。
「故に、越えてくるのであろう。腕づくで」
「え?」
ヤマト国は艦隊を差し向け、獣族や獣月モンの襲撃から商船隊を護りながら海峡を越えて豊かの海へ入り、ゴリ押しで対岸にたどり着き、亜人族の仲介人と交渉し、積荷をして、またゴリ押しで海を渡る――、という大遠征を数年置きにやっているらしい。
「ギン族は特異な獣族じゃ。他部族の干渉を良しとせず、されど力無き故にカゲンの庇護を求める」
「ギン族って言うんですか? カゲンってアニェス様の国ですよね?」
「ただ1人の守人の存在を頼みとする度し難き愚物の群れなれど……相応の益があるなら妾とて否やは無い」
相変わらず言い回しがわかりづらいが、アニェス様にしては歯切れの悪い物言いだった。
「守人ってなんですか?」
「ラングの山はその者にのみ、門戸を開くのだ」
ラング山とは円周状の山脈の総称であり、外縁へ向かうほど標高が高くなっていて、その門を通る以外に鉱山内部へ入る術が無いのだとか。
何それ? 意味わかんないけどメッチャ面白そうじゃん。
**********
「――と言うわけで、行ってみようと思う」
ニンニンジャーから向けられる『マジかコイツ』という視線。久しぶりの感覚だ。
「ラングマウンテンにぃ〜、行きたいか〜!」
「シキ様、ちょっと落ち着いて。何言ってんの?」
「そうだ。ラング山に行こう」
「だから、何言ってんの?」
「モモ? 今、というかこの先、1番のネックは何かわかる?」
「ゼニーですね」
「違うから」
人族会議との交渉が上手くまとまったと仮定して、その後のキョアン領が辿る道は1つしか無い。
副次的には観光事業もアリだろうが、あくまでも屋台骨は技術力を武器とした製造業。製品の輸出で勝負することになる。
製造業で必要になるものは何か? もちろん原材料だ。
「資源の獲得競争は待ったなし。せっかく技術があっても地力の無さで足元を見られて食い潰される未来が見えるよ」
「なるほど……それで化石燃料が重要となるわけですね。さすがシキ様。常人離れした先見の明、お見それしました」
「まぁ、それは望み薄だけどね」
改めて調べてみたが、採掘される金属資源の分布が変に偏ってるし、ダンゴムシSHIKIが掘り進める地下からもレアメタルの類いはほとんど見つかっていない。
ひょっとして大昔に掘り尽くされてたりするのかな? 例えば魔月人にさ。星が枯れたから月に移住した、とかだったら浪漫があって面白いよね。
「いっつも思うけどさ、マシロはシキ様を持ち上げすぎでしょ。中身はすぅ〜ぐ調子に乗っちゃうお子様だよ?」
「ゼニーしか見てないモモにシキ様の偉大さはわからない。ゼニーと結婚すれば?」
「レズの上に小児性愛趣味の変態様はこれだから。あっ。マゾもだっけ? 女として終わってない?」
「シキ様……鞭が足りないみたいです」
「はいはい、喧嘩しないで。そういうわけで、ここからは二手に分かれるよ」
飛行船の技術を公開するということは魔月モンの残骸が持つ価値もすぐに理解されるだろう。
昨年の落涙で真新しいジャンクがそこら中に埋まっているはず。化石燃料が無いと仮定すればリアクターは計り知れない資源となる。
「マシロとモモは商人ギルドを動かしてジャンク屋ギルドの立ち上げ。市場の枠組みを先に創っちゃえばコッチのもんだから」
「さすがシキ様。妙案です」
「それは儲かりそうだからやります」
わたしは男ニンジャーを連れてラング山の獣部族にご挨拶だ。鉱山の門も気になるし、何故そのギン族だけが出入りできるのかにも興味がある。
「シキ……ボクも連れて行ってくれないか……?」
「え? フロスも行くの?」
「獣族の社会に興味があるんだ……。そのギン族が亜人族の庇護下にあるということは……ちょうどいい足掛かりになるかも……」
獣族とのファーストコンタクトになる。わたしが交渉するつもりだったが、まともに話を聞いてもらえるかはわからない。
妖精族が同行しているなら先方の見方も変わってくるかもしれないし、フロスの目的を思えば縁故を結んでおくべきはむしろ彼の方だろう。
「運が良ければ……亜人族にも会えるかもしれないしね……」
「たしかに亜人族のネットワークは気になるね。味方に付ければ可能性がぐっと広がる。いいよ。一緒に行こう」
「ありがとう……」
みんなは知らないけど、こっちにはアニェス様っていう切り札もある。イザとなればお名前を使わせてもらおう。
本国でどういうお立場かは知らないけど、あの女帝っぷりは何処でも健在だったはず。その仲介人とやらも無視はできないだろう。
「ですがお嬢? どうやって出向くおつもりで? かなりの遠出になりやす」
「ヘリで行けばいいよ。大型のがあったでしょ」
「いえ、そうではなく。アニェス様がお許しになるとは思えねぇんですが?」
「内緒で行くに決まってんじゃん。わたしはマシロとモモに同行して各地のギルドを巡るからバレないし」
首を傾げるみんなにニヤリと笑い、インカムに向かって「ヘイッSHIKI!」と告げると――、
「はじめまして! わたしはシキ・キョアンです!」
コツコツと足音を刻み、背後のコンテナから銀色の戦闘服が現れた。フルフェイスの奥から発せられるわたしそっくりの肉声にギョっとする面々。
「あっははは! 見て見てスゴいでしょ! わたしとまったく同じ体格の
人間そっくりの骨格フレームに人間そっくりの筋肉を纏わせ人間そっくりの皮膚で覆った傑作である。パンツァードラッへMK-2『ツヴァイ』の10倍の時間を掛けた力作である。
自然な動作を演出するため電磁収縮筋のみで駆動する筐体は徹底的な軽量化が為され、パラジウムリアクターの静粛性も相まって極めて静か。心臓の鼓動すら発しない清楚で物静かなお嬢様に仕上がった。
「顔を見せて」
「はーい!」
ヘルメットのバイザーが上がるとその奥には――、
「「「「「――ヒッ」」」」」
黒目の中心が赤く光る両眼を三日月形に細めて、歯を剥き出しにした満面の笑顔があった。超怖い。
「テンション上げすぎ。表情筋の通電ゲインをゆっくり絞って」
「はーい!」
「もうちょい……も〜うちょい……はいストップ」
うーん……微妙。
SHIKIにとっても慣れない制御だから仕方ないのだが、つくり笑いの作り物っぽさが半端ない。
「わたし超カワイイよ! カワイイでしょ! おいイエロー! カワイイって言え!」
「う、うすっ?「言えよ!」……う〜すっ……カワイっす」
こんな能動的にしゃべるようには設定しなかったんだけど……なんで? 今のは全然わたしっぽくないし、マリオネットSHIKIの自己学習もまだまだってことか。
「マシロとモモにはマリーちゃんと行動してもらうから。これでわたしの不在はバレない。うん、完璧だね」
「「…………」」
始めは不自然だろうが経験と学習を重ねることで徐々に改善していくはず。ただし細かいメンテは必要になるかもしれないから、マシロには関連する識術を覚えてもらおう。
「ねぇ……シキ様……ねぇってば」
「モモ? なんか質問でもある?」
「マリーちゃんの胸……盛り過ぎじゃない?」
「は? そんなことないよ」
失敬な。たしかに8歳児にしては大きめだけど、
誕生日を迎えて『育ち盛り』のレベルも1つ上がってるし、伊達に毎晩マシロの豊胸マッサージを受けてるわけじゃないもんね。
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