第88話 押し売り知的財産


 要塞中央の工廠に鎮座する漆黒の船体が陽光を浴び、流線形の輪郭がスラリと長く光っていた。


 グラーフ・キョアンMK-2の完成である。


「おおっ! ついに出来たか!」


 新しいオモチャを与えられた直後のイニェスみたいに興奮するシグムントを見ているとつくづく思う。


「男っていくつになってもガキンチョなんじゃないですかね?」

「功績は認めますが口を慎みなさい」


 わたしはそう思えるのだけど、同じ女でも男の評価は人によってマチマチなようで。


「すべて御当主あっての賜物なのです。よく覚えておくように」


 船体の周りを走って全景を見て回るシグムント。


 ゆったりと椅子に座ってきゃつの姿を目で追うザビーネは頬を赤く染めている。


「……スミマセーン。かしこまりました〜」


 臨月に入って大きく膨れたお腹を撫でる顔は慈母のように柔らかいが、わたしに向き直った瞬間にガラリと変わった顔付きは能面のようだ。


「なんか……すみません……はい、すみません」


 能面にもいろいろな種類があったと思うけど……アレ何て言ったっけ? 無表情なお面の中に色んな表情を醸し出すアレだよ。怖いからやめて。


「この子が産まれたら、貴女が自ら識術講義を行いなさいな。鑑定直後のステにすべて網羅されるよう取り計らいなさい」

「……かりこまりました」


 それは無理だけど、鑑定直後に習得させるベーシック識術パックのラインナップでも考えておくかな。


「それで……ザビーネ様? 例の件ですけど……」

「試験的に導入した技術者集団の公認でしたか。キョアン家の軍属とするなら構いません。人事権も貸し与えましょう」

「ありがとうございます」


 グラーフ・キョアンの改修に半年もの時間を費やした合理的な理由はちゃんとある。後続の姉妹船建造を見据えた実践教育を含めて計画したためだ。


「戦場で有用な識術を会得した者は別です」

「わかってます」


 キョアン軍の中に技術士官の枠組みを新たに設けて、歩兵連隊と同様の階級制を敷いた錬成部隊を創った。


「ポーションの優先使用権も戦時下は除きます」

「戦時下こそ後方支援の重要性が跳ね上がるかと思いますが……いかがでしょう?」


 今後の要塞工廠では彼らが大量生産に従事してくれる。足りないMPはポーションで賄い、マシロの管理によって最大MPの平均値は徐々に増大している。


「……臨機応変に融通します」

「ありがとうございます」


 この人、何処となくヒラリーに似たトコがあるんだよね。常識に囚われる辺りはレナードにも似てるし、キョアン伯爵家の家風を体現したような人なのかも。


 そういう意味では完全な保守派なのだが、イケイケドンドンのシグムントに合わせて慣れない改革に四苦八苦している印象を受ける。


「ザビーネ様の出番はまだまだ先だと思いますよ?」

「どういう意味?」

「変わり切った後の世の中で活躍なさればいいと思います」

「偉そうに……知った風な口を慎みなさい。20年早いわ」


 20年かぁ〜。その頃にはザビーネと同じアラサーだね。


 前世ではその何倍も生きたような気がするんだけど、全然想像できないや。



**********



「皆様、急な召集にも関わらず応じてくださり、感謝申し上げます。これより魔幻4021年9月の御前会議を始めさせていただきます」


 人月教会のテルル網に正式な通達があった。なし崩しに居座り続けるイリアを通じて得られた情報だ。


 人族会議は魔幻4021/10/5から開催されることに決まったらしい。場所はヤマト国のキョウの都だ。


「アニェ暦で表しますと10月11日です」


 すっかり調子を取り戻し、若干筋肉質になったレイモンドが司会を務めて始まった毎月恒例の御前会議。最奥の雛壇にはシグムントとザビーネとアニェス様が横並びで座っている。


 新別邸、今では白亜城と呼ばれているが、その大広間には主要なメンツが勢揃いしている。ただし、王様ピクミンは覗いて。


 人族会議から見れば主賓、キョアン家から見れば旗頭みたいな人物だろうに、『出立ついでに拾っていけばいい』と極めてぞんざいな扱いを受けていた。


「誤解しようのない日付を選んで来ましたが……随分と強気ですね」

「ヤマト国の暗季明けと同時にか。西方の諸王は暗季の移動となるが……」

「行くしかあるまい。此度の会議、遅参は下策である故に」


 ちなみにわたしはいつものメイド服ではなく、お上品な子供用ドレスを身に纏い、隅っこの椅子に座らされて壁の花となっていた。


 遠目に映る鏡をチラ見すれば流石はわたし。馬子にも衣装じゃないけど、如何にもご令嬢然とした優雅な佇まいの美幼女が居た。流石わたし。


 おいメイデン、お茶がもう無いよ? あっ、無視された。


 お代わり注ぎに来てよ。下手に動くと隣のサニアから指弾が飛んでくるんだよ。


「チキちゃん、ちゃんとお座りしてなきゃダメなんだよ?」

「はいはーい。イニェスはエラいねー」

「フンスっ! でしょ! エラいでしょ!」

「2人とも、お静かに」


 サニアは相変わらずのマヒャドだが、以前にも増してわたしを躾けてくるようになった。アレしろコレしろ、アレするなコレするな。ちょくちょく絡んできてウザいったらないよ。


「技術少尉。キョウの都までどれほど掛かる?」

「はっ。順風満帆で参りまして、5〜6時間で到着いたします」

「「「「「おぉ〜」」」」」


 響めくお歴々を前に、胸を張って応じているのはグラーフ・キョアンMK-2の船長に抜擢された技術士官のサバッハ。


 ヒョッコリーの街の役人ハッサンの息子であり、マシロが目を付けた最初の人材だ。わたしの座学と実践教育を通して、飛行船のことならほとんど理解している俊才である。


「だが、危険ではないか? 兵員は1000ほどしか乗れぬのだろう? 例のレールガンだけでは心許ない」

「MK-2は武装を撤去しておりますから戦闘力はありません」

「むっ……何故か? 国王、もといエッグザミン卿がどう出るかわからぬのだぞ?」

「シキ様のご指示です」


 みんなの目が一斉にわたしへ向いたが、知らんぷりで目を逸らした。


 逸らした先にはフロスがいる。彼の提案だから彼にお任せしよう。


「なんだ? フロス殿の入れ知恵か?」

「えっと……今回は戦争ではありませんから……」

「鉄火場になるやもしれぬと言っておるのだ。イザという時の備えは必要だろう」

「提案します……グラーフ・キョアンを公開しましょう……」

「……公開? ――っ! 自ら手の内を晒すと言うことか!?」

「これは絶対ですが……飛行船を発明したのはサバッハ技術少尉です……。皆さん、忘れないでください」


 少しだけ語気を強めたフロスの圧に重鎮たちが押し黙った。


 やっぱり真面目な顔がカッコイイな。マッスル四天王に習って身体も鍛え始めたみたいだし、イイ感じに男振りが増してるよ。


「サバッハ技術少尉には世紀の大天才になってもらいます……。ご本人も了承済みです……」

「最たる危険はそこな男が請負うか。良い駒である。褒めて遣わす」

「身に余る光栄でございます。シキ様ご成人の暁には、賛美のみお返しする所存です」

「え? 別に要らな――あ痛っ!?」


 指弾のパン屑がほっぺにめり込んだ。サニアめ。わたしの愛らしいほっぺに何してくれてんだ。


「お静かに」

「チキちゃん。シーだよ」

「むぅ……」


 サニアの膝の上から身を乗り出してニヤニヤしながら人差し指を唇にくっつけ、「シー、シー」と繰り返すイニェスがウザい。


「ふむ。シキの存在はキョアン家の急所だ。さしずめ影武者のようなものか」

「左様にございます。如何様にも使い捨てていただいて構いません」


 なんかさ……サバッハから変な忠誠心みたいなものをヒシヒシと感じるんだよねぇ。またマシロの手管かな?


 錬成部隊のメンバーはみんな似たり寄ったりの目でわたしを見る。何と言えばいいのか、新興宗教の教祖にでもなった気分だった。


 フロスはそんなわたしを心配して……たぶん心配してくれてるんだと思うけど、顔を合わせるたびに『調子に乗るな』というニュアンスのとても具体的な忠告をしてくるのだ。


「MK-2には戦争に転用できそうな装備を一切積んでいませんが、代わりに情報が満載されております。そこには飛行船に纏わるすべてがある言っても過言ではありません」

「先方の求めに応じて……船内の見学……遊覧飛行……および完成図書の販売を許可してください……」

「それは大盤振る舞いが過ぎるだろう。大空の覇権を賭けて大国が動き出せば一体どうなるか……誰にも予想がつかん」


 陸の守りを無意味にするグラーフ・キョアンの存在は誰から見ても脅威である。


 それを示威して脅しをかければ失脚した王様ピクミンの復権を強引に認めさせることもできるだろうが、同時に盛大な揺り戻しが予想される。


「飛行船の新造を可能とするだけの情報をバラ撒き……キョアン家の有用性を明確にして味方を得ること……。できるだけ多くの国を変革の波に……こちらの土俵に引き摺り込みます……」


 反発をプラスに転じるためには絶対に売れるものを高値で売り、さらには先々の投資に繋げなければならない――、というのがフロスの持論だ。


 考えることが参謀の域を逸脱しているが、これが他種族の視点から人族を学んで得られた着想なのだろう。


「時計塔と同じです。図面があっても容易に造れるものではありません。技術士官の派遣は必須でしょうが、それでも難しいかと思われます」

「うむっ、利は我にありと言うことだな」

「ただし……ポーションと人のバラ撒きは……絶対にダメです……。やるとしても仕向け先を厳選する必要があるでしょう……」


 フロスとサバッハの弁舌に納得した一同だが、「よろしいですか?」と、控えめな声とともにわたしの隣席から片手が挙がった。


 公妾になってからも、いや、だからこそだろうか。裏方に回ることの多いサニアがこういう場で発言するのは異例だ。この場合の裏方とは、要するにわたしの口を塞ぐ役である。


「どなたが帯同されるのでしょう?」


 サニアが視線を配る先にはザビーネとアニェス様が居た。つまりはファーストレディ役を問うている。


「もちろん私が……と言いたいところですが、残念ながら身重では難しいでしょう。今回はお譲りします」


 ザビーネはそのように答えてアニェス様を見やる。


「彼女なら侮られることもありません」

「シグムントが決めれば良い。なんぞ考えはあろう」

「サニアを連れていく」


 珍しくシグムントが即決した。いつもは嫁の意見を聞いてから動く体たらくなのに。


「ついでに側室とする」

「それは早過ぎます。アニェス殿をお連れすれば良いではありませんか」

「否。此度に限ればサニアが良かろう」


 シグムントが芝居がかった演出を付けてサニアを奪い返してみせた理由らしい。


 ピックミンに最も大きな影響力を持つ帝国への牽制として、辺境伯の悪手を捏造したと言うのだ。


「女を拐かされた俺は不機嫌だ。だから今回、グラン帝にだけは鐚一文負けてやる気は無いと、そういうことだ」


 こすい。なんて狡い手を思いつくんだ。


 そんな事のために利用された挙げ句、狡い男の魔手に掛かったサニアが可哀想。


 もう掛かっちゃったんだよね?


「そのお役目、しかと果たして見せましょう」

「うむ、頼んだ」


 女心を弄ぶきゃつめ許せないとか思っていたら、あっさり納得したサニアが理解できない。


 あの時のときめきメモリーを返せとか思わないの?


 内心を窺い知ることはできないが、サニアにとっては玉の輿だからそれでいいのか。


 ともあれ、この流れはチャンス。国賓待遇で迎えられるなら尚のこと。


「わたしも行きた「「「「ダメ」」」」……むぅ」


 御手洗さんが後輩わたしのために残してくれた懐かしの日本食を堪能したかったのに、わたしのヤマト国行きはお流れとなった。


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