第87話 心強き銭ゲバ


 第二次魔月モン戦争の終結から半年と少し。


 わたし的には一大イベントだった初めての誕生パーティーが恙無く終了した頃、人族の極一部の人々にとって無視できない特大イベントが幾度もの延期を重ねつつ迫っていた。


「人族会議? ヤマト国でやるんだっけ?」

「な〜んか揉めてるみたいですよ。こっちは鉄と銅の仕入れだけでも大変だってのに商人ギルドもそっちに流れて……クソったれ」


 飛行船ではまったく役に立たなかったモモだが、地に足が着いて暫くすると調子を取り戻し、貴人公人商人防人なんでもござれの八方美人で八面六臂の活躍をしていた。


 本当にそれで良いのか? 後になって困らないか? ちょっとした詐欺になってないか?


 駆け出しの商人なんて皆そんなものだと言って平たい胸を張るのだけど、彼女の場合ベテランになっても同じことをやっていそうな気がする。


「どっちの王様ピクミンが行くかってこと?」

「新しい方はまだ認められてないんじゃ? よく知りませんけど」


 わたしも詳しくは知らないが、エッロイ、もといマッスル卿の後釜で公爵位を継いだ貴族があの時の国軍を率いて王都入りし、王女を妃に迎えて国王を名乗り始めたとか。


「王子様とか居なかったの?」

「姫ばかりらしいですよ。この国の王位は男じゃなきゃ継げませんから」


 あちらが言うには先王は半年前に戦死し、殺ったのはシグムント・キョアンであるとのことだ。たしかに上空から突き落とした張本人ではあるが、パラシュート付きスカイダイブへの挑戦に背中を押しただけである。


「古い方もタダ飯食ってるだけだよね? 何の役にも立ってないし」

「新しい方が何言っててもダンマリで、ちょっと不気味なくらいだって小耳に挟みました」


 営業担当ニンジャーとして商人ギルドとの窓口を任せた彼女の情報網はちょっとしたもの。商人たちの口から漏れ伝わる話を繋ぎ合わせて嘘と真を選り分ける能力は秀逸だ。


 抱える案件も多岐に渡るが、その中でも特に重要で、かつ手に余る大仕事がシキ鉄道の路線延長事業である。


「どこまで出来てるんだっけ?」

「関所までは何とか。イアン領の方もイゲートの街までもうすぐです」


 東側はイアン家の文官筆頭であるバトラーが率先して動き、多少強引に領主を説得して残りの工事を自領の公共事業として引き継いだ。


 出資元が増えたことでキョアン家-商人ギルド-イアン家の3者間で駆け引きのようなものが始まっている。


 当然ながらキョアン領内でも急ピッチで工事が進められた。


 ヒョッコリー発の鉄道網はパメラ運河の河口から川に沿って西へ伸び、キョアン領内で最大規模を誇るマッコリーの街で枝分かれして、南と西の関所まで続くのだが――、


「3方面とも、ここから先は正直言って厳しい……クソったれ」


 西は昔から仲が悪くガラも悪いギャン伯爵。南はつい先日武力衝突したばかりのラモン侯爵。イゲートから東は他国の領土になるので安易には進めない。


「西と南はゴリ押しでも進めますけど、その場合は全部キョアン家の持ち出しになります」

「それは現実的じゃないよね。軍事費と工費のダブルパンチになっちゃうし」

「人数が増えれば維持費も嵩みますから」


 強制労働させるのはいいが、そうやって働かせるにも先立つものが必要になる。


 彼らは未だ正規兵ではなく、捕虜に毛が生えたような立場であるから何とか回っているだけで、実のところ3万超えの兵力はキョアン家の身の丈に合っていないのだ。


 そうした世知辛い背景もあって、シキちゃん歩兵連隊で採用した階級制度が物議を醸している。階級に直結した極めて明朗な給与体系が好遇に見えるらしく、我も我もと羨む凡愚が後を絶たない。


「元捕虜向けに帰郷政策を打ち出しても誰も帰りたがらないんです。中には家族を呼び寄せようとする輩まで……クソったれ」

「は? それは無理じゃない? 封建制なのに転出なんて認めちゃダメでしょ」

「暗季にコッソリ逃げるんですよ。農民は滅多にやりませんけど……隣の畑は青く見えるってヤツで」


 手形を持たずに関所を躱して他領へ入るわけだから密入国みたいなものだ。先祖伝来の土地持ちの豪農ならいざ知らず、その下で働く小作人などは失うものも無いので稀にやるらしい。


「そんなもん受け入れてたら大変なことになるよ。旦那サマはどうするって?」

「来るものは拒まず、去る者は追わず……ですって」


 線路を通すにしろ、他領民の流入を差し止めるにしろ、結局は現地の領主に協力してもらうのが1番なのだが――、


「「クソったれぇ〜」」


 そのために必要となるものが政治力。今のキョアン家に欠けているものと言えるだろう。


 シグムントはあの通りなので論外。


 ザビーネは田舎貴族の殻を破れず、その割にやる事が大雑把なので問題を増やしがち。無能な働き者と化している。


 すべてはアニェス様の手腕に懸かっているのだが、サニア拉致事件を通じて教訓を得たのか以前よりも育児イニェスに時間を割くようになった。


「シキ様、とりあえず南です。帝国までササっと通してきてください」

「どんだけ距離あると思ってんの?」

「ムサイ砂漠よりマシでしょ?」

「資材は?」

「現地でテキトーに略奪してください。あっ。身バレしないようにお願いします」

「何それ? 無理だから。ただでさえ飛行船で手一杯なのに」

「グラーフ・キョアンは1週間くらいで造ってたじゃないですか。ちょちょっと変えるだけなのに時間かけ過ぎじゃありません?」


 あんな気球モドキと一緒にしてもらっちゃ困る。


 現在、わたしのメインタスクとなっているグラーフ・キョアンの改修作業だが、改修とは名ばかりのほとんど新造に近い大規模な改造を施しているのだ。


「フレームの強度計算からやり直したんだから。わたしが居なくても動かせなきゃいけないし、魔法無しで飛ばすとなると別モノだよ。ジャンクも足りないし……ねぇ? 魔月モンってギルドに発注できない?」

「識術でしたっけ? アレをもっと普及させれば早いのに」

「……それはマシロが取り組んでるでしょ? カルラはPETチップ錬成を覚えたってさ」


 製鉄所も無しに鉄素材を量産しなければならない現状では識術に頼るしかない。古き良き金物屋の匠がいくら頑張ったところで賄える物量ではないのだ。


「私もマシロの講義は受けてますけど、全っ然スキルが生えないんですもん……クソったれ」

「あー……そうなんだ?」


 妖精族のポーション職人のおかげでMPを心配する必要は無くとも、生産者が2人だけではとてもじゃないが追いつかない。


 そこで一計を案じたマシロの捻り出したアイデアが『識術講義』である。


 キョアン家に勤める文官武官やその縁者、領軍から選抜された魔法使いなど、ザビーネに選ばせた人間を対象に極秘で行われるそれは、最近流行りの新魔法を教示するという名目で始まった。


 実際には有用な人材を発掘して適材適所の職場を与えるため、本人にも気付かれないように必要な識術を覚えさせることが狙いである。


「あの子に教わって意味あるんですか?」

「……結果も出てるでしょ? 回数を重ねる毎にさ」


 わたし以外は知らないことだが、誰に何を習得させるかは講師であるマシロに一任されている。だからモモはなかなか覚えさせてもらえないのだろう。


「……イメージだよ。イメージが大切なんだよ」


 講義の終わりには理解度をチェックするための筆記試験を行うのだが――、


「たしかにそんなことも言ってましたけど、なんか胡散臭いんですよねぇ……クソったれぇ」


 解答用紙には予め薄っすらと模様が印刷されていて、末尾の署名欄にはステータスを自己申告で記入しなければならない。ただし、目を付けた人間には予めスクロールが刻まれた答案用紙を配るのだ。


 自己申告はステータスを思い浮かべながら行うものだから、選ばれた人間は署名しながら新たなスキルが生えていることに気付いて大層驚くことになる。


 習得と同時にスクロールの紋様は消えているわけで、元から印刷されている模様の柄が少し変わったところで気に止める人間は居ないというカラクリだ。


「アニェス様はもちろんですけど、新しくお妾になったサニア様。あの2人だけは1回の講義でポンポン覚えるんです。もしかして接待してんじゃないかなぁ〜って」

「……想像力が人並み外れて逞しいね。次はモモも習得できると思うよ」


 贔屓や選り好みは有って然るべき。わたしだってマシロにすべてを教えたわけじゃない。


 強力すぎるものや応用が効き過ぎるものは誰にも渡すつもりはない。例えば『分解』とか。『成形』も使い方次第では危険なので、どちらもそのままでは渡さない。


 ともあれ、このままモモだけお預けされ続けるのは可哀想だ。後でマシロに言っておこう。


「ちなみにさ、モモはどんな識術が欲しいの?」

「ウチはアレです。声がアチコチから聴こえるヤツ」

「……音チャフ?」

「使い方によっては面白いことができると思います」

「ふーん……変声器も要る?」

「何ですかそれ? 「ごにょごにょ」……えっ!? 声が別人に変わる!?」


 亜竜の『ブレス』を避けるためだけに捻り出した『音チャフ』は離れた場所の空気を振動させて音を出す一発芸みたいなものだ。


 わたしにはイタズラに使うくらいしか思いつかないが、ブツブツ呟くモモの表情は真剣そのもの。何を企んでいるのか知らないけど目的は金儲け以外にあり得ない。


「シキ様……グラーフ・キョアンの改修は旦那様の指示ですよね?」

「そうだね。フラッグシップとして恥ずかしくないスゴいのにしろってさ。電線が足りないって言ってるのに早く仕上げろとか……ムカつく」


 よくよく考えればおかしいよね? なんでわたしがきゃつの命令に従わなきゃいけないの?


 絶対切断は攻略済みだし、ってことは間合い次第でわたしの方が強いじゃん。あっ。それは今までもそうか。


「どうして急がせるんだと思います?」

「さあ? なんでだろうね?」

「ちょっと探り入れてみます」


 モモは小鼻をヒクヒクさせてニヤけていた。


 どうしたの? 可愛い童顔が台無しになってるよ?


「おっと失礼……ちょっとお金の匂いがしましてね。ひひっ」

「……儲かるんなら文句は無いよ」



**********



 数日後、鼻息を荒くしたモモは「早く完成させて!」と迫ってきた。


「何? どうしたの?」

「大変! 旦那様が古い方の後見人になったってさ!」


 元々怪しかった敬語も消して、わたしの肩をガクガク揺さぶるモモの目玉には『ゼニー』と買いてある。いやホントに。


「……だから何?」

「人族会議にカチコミだよ! そんで傀儡政権の誕生! からの〜ボロ儲け!」

「ほほ〜う……そういうことか」


 王国内のちんまい権力争いを空からキョアンで捻り潰そうと。


 嫌いじゃない。嫌いじゃないよそういうの。


 そういうことなら足りない電線は封印していた無線LANで補おうか。


 あとイザという時に備えて『ツヴァイ』も完成させておかなきゃね。


 もちろんパンツァードラッヘMK-2の略称だ。何処の国の言語かは思い出せないけど、何となくカッコイイでしょ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る