第86話 戦勝と休息と若気の至り


「あっ! サニアさーん! 無事だったんですね! おかえりなさい!」


 パンツァードラッヘをコンテナに仕舞い込み、アニキンと共に何食わぬ顔でグラーフ・キョアンへ戻ったわたしはいい笑顔でサニアの無事を祝う。


「……ご心配をお掛けしました。ズビィ!」

「ホントですよ。ずっと辺りを探し回ってたのに見つからないし。酷いことされませんでした?」

「いえ別に。ズビィ!」

「そんなに泣き腫らして……相談するなら早めにお願いしますね? 日数が経つと堕ろせなくなっちゃうんで」

「何の心配をしているんですか!? これはアレのせいで――ズビィ!」


 アチラコチラでズビズバと鼻をかむ音が聞こえる。


 自ら放った鎮圧剤の被害者たちだが、残念ながらパンツァードラッヘは水中でも活動可能な気密仕様なので効果は無い。


 ホント、そこにこだわっておいて良かったよ。鉄壁の箱に立て籠もる人間が相手なら、わたしだったら隙間からガスを注入して鎮圧するからさ。


「ズビィ――ン!」

「旦那サマ? いらしてたんですか? 何しに?」

「……ズビィ!」

「突発性の花粉症ですか? スギ花粉だと樹海で厳しいですよ?」


 パンツァードラッヘを中破させられた腹いせからムカつくシグムントをイジって遊んでいると、「ザニア〜!」ゴンドラからイニェスが飛び出してきた。


 サニアに抱きつき、鎮圧剤を食らった面々に負けず劣らずの勢いで大泣きしている。何やら満ち足りてるっぽいサニアも、イニェスの突撃を鷹揚に受け止めて頭を撫でていた。


 鼻水を啜る鉄面皮はいつもより柔らかい感じで、何となくイラっとしたわたしは実務を優先した。緩いホームドラマに付き合ってられるか。


「アニキンは積荷を始めて。回収したジャンクの目録も作っておいてね。ニンジャー使っていいから」

「へい、お嬢」

「マシロ〜! ちょっとコッチに来て!」

「はーい! すぐ参ります!」


 シグムントは少数精鋭で来ていたので運送屋を任せることもできない。他の兵はラモン領で足止めを食っているとの事で、だったらこれ以上ここに留まっても無意味だ。


 残された魔月モンのジャンクは別の方法で回収することに決めて、とりあえずグラーフ・キョアンで撤収しよう。


「シグムント。何故来たかは問わぬが、来たならば決めよ。此奴をどうするか?」

「陛下ではないか……ズビィ! 何故帰られぬ? ズビィ!」

「キョアン卿……貴公に恩赦を与える。代わりに余を匿え」

「どういう意味――ズビィ! どういう――ズビィ! ですかな?」


 王国軍に反乱の兆しあり。


 歩兵連隊の介入によって魔月モンとの戦争が空振りに終わり、ゴラムの介入によって歩兵連隊への攻勢も封殺された王国軍に損耗は無く、同時に得たものも無い。


 結果、徴兵した平民50万は無傷で残り、逃げ出した40万を無視したとしても、健気に残った10万にすら約束の恩賞を支払うことはできないらしい。


 残されたものは有るか無いかもわからない曖昧な負債と、キョアン家およびゴラムの脅威と、平民たちの行き場の無い不満だ。


「敵はトッロイム・エッグザミン公爵だ。ヤツは爵位相続を許してやった恩を忘れ、余を亡き者にしようと突撃を仕掛けてきた。すべての責を余に擦り付け、王座を簒奪する腹づもりであろう」

「自業自得で――ズビィ! ありませんか?」

「シグムント。小さく情けなくとも正当な王である。絶好の御輿と心得よ」

「ズビィ! ふむ……ズビィ! 国軍すべて敵に回った王都への帰還がお望みか? ズビィ! アホ臭いですぞ?」

「この際だ……細かな無礼は目を瞑る。余の王権を盤石とせよ。さすれば侯爵位を与えるぞ?」


 ピックミンの爵位に興味は無さそうなシグムントだが、無能な上に怠け者な王様ピクミンは使い勝手の良い駒には違いない。


「ミニオン・シス・ピックミンの名に置いて命じる。余を戴いて王都へ入城せよ」

「承った……ズビィ――ン! あ〜……鼻水が止まらんから、暫し待たれよ。5年くらい止まらんかも――ズビィ!」


 5年? たぶんテキトーに言ってるんだろうけど、ピックミン相手にそんなに時間を掛けるつもり?


 まぁ、きゃつがどんな風に王様ピクミンを利用しようと、やるべき事は決まっているから別にいいか。


 シキ鉄道の次なる進路はグラン帝国の北方、辺境伯領だ。サニアをくっころレイプしようとした報いはしっかりと受けてもらわないといけない。


 道中でジャンクも回収できるし、砂漠に線路を通すよりは費用対効果が期待できるだろう。



**********



「「「「「エイ! エイ! オー!」」」」」


 シグムントのお願いを聞いてあげて、低空を維持してゆっくりと飛ぶグラーフ・キョアンは悠々とラモン領の上空を征く。


『戦は終わりだ! 全軍、撤収せよ!』

「「「「「イェイ! イェイ! ウオーッ!」」」」」


 その威容を目にして勝手に勝ち戦だと理解した兵士たちは勝ち鬨を上げ、わたしの『拡声器』に乗せて発せられたシグムントの撤退命令に易々諾々と従った。


「ゴラムには負けたんですよね?」

「……ズビィ!」

「え? 勝ったんですか?」

「負けてない。勝ち逃げされただけ……ズビィ!」


 ものは言いようだね。わたしとしてもパンツァードラッヘの欠点が多く見つかったから別にいいけど。


 本格的な飛行ユニットを装備しよう。全身から振動剣が飛び出すギミックを仕込んでも良さそう。ロケットパンチはやり過ぎかな?


 あと、見た目にも重大な欠陥がある。今さら気付いたところで遅いような気もするけど、竜族なのに尻尾が無い。


 誰も気にしてなさそうだから、しれっと追加しておこう。


 帰ったら改造しなきゃ。夢が膨らむね。


「それにしても、シキよ。とんでもないものを作ったな?」

「これは失敗作です。帰ったらスクラップにします」

「何!? それはダメだ! キョアン家のフラッグシップとする!」

「フラッグシップって……海も無いのに?」

「この空が我らの海ではないか! ぐっふふふ! ズビィ!」


 フラッグシップを名乗るならフラッグじゃないシップも必要だ。つまり飛行船団を作らないといけないのだが、わかっているのだろうか?


「飛行船団! イイ! 是非とも作れ! すぐ作れ!」

「え〜……めんどくさ〜い」

「最高級の菓子を手配してやろう」

「ご存知ない? わたし、甘いものは嫌いです」


 小さい頃の好物を一生モノだと誤解する。子供に興味の無いダメな親の典型だ。別にいいけど。



**********



 明季の終わり、夕焼けの赤い射光を漆黒の船体が遮って、樹海要塞の真ん中に着陸したグラーフ・キョアンを大勢の人々が歓声を持って出迎えた。


 偉そうにカッコつけてマントを翻し、後ろにアニェス様とサニア+イニェスを連れてタラップを下りるシグムントは片手を上げてご満悦だ。


 そのニヤけた面がムカつく。風魔法で顔面の皮膚バタバタさせてやろうか。ついでにアニェス様とサニアのスカートもバタバタさせてマリリン・モンローにしてやろうか。


 はて? マリリン・モンローって誰だっけ?


「想定外が重なりましたが、何とかなりましたね」


 ゴンドラのカーテンを閉めて操縦席でグイっと伸びをすると、後頭部に感じる柔らかさが強くなった。


 ふと思い出したマリリン・モンロー。マシロのように肉感的なエロス溢れる美女だったと思う。


「ゴラムの脅威は健在だよ。やっぱりあのゴラムだった?」

「わたしの事は覚えていたようですし、おそらくそうなんでしょう。不覚にも……」

「ん? 何かあった?」

「……いいえ、何でもありません。ところでピックミン王の処遇はあれで良かったんでしょうか?」

「……さあ? 旦那サマが決めたことだしね」


 急な話題転換の意を汲んで話を合わせることにした。


 あの王様に余計なものまで見せたくなかったシグムントは『本邸で歓待する』と告げて、マッコリー上空から無理やりパラシュート降下させたのだ。


 王様ピクミンは泣いていた。パラシュートのパの字も知らない人間からすれば死んだと思ったに違いない。


「スカイダイブLV1が生えてるかも」

「ははっ、確かにそうですね」


 バレてはいないようだけど、やはり思うところはあった様子のマシロに申し訳ない気持ちが湧いてきた。


 みんなの中でも特別な存在だったのか、勢いで彼の名前を借りたわたしは紛れもなく愚者だが、やってしまったものはしょうがない。


「シキ様、人が捌けたら地下へ降りましょう。お背中をお流しします」

「いいね。久しぶりのお風呂だ〜」


 要塞地下にはわたしとマシロしか入れない区画がある。そこにはこじんまりした浴場や寝室もあって、心身を休めるための安心快適なプライベート空間だ。


「その……今夜はあの部屋で寝ませんか?」

「……いいよ」


 専用区画の最深部。SHIKIの遠隔監視も届かない秘密の小部屋はマシロのために整えた密室だった。


「愛してます……シキ様」


 また調教スキルのレベルが上がりそうな予感とともに、わたしの前世は絶対に男だと確信しながら優しいキスをする。


 その割にフロスも捨てがたいんだけど、やっぱりマシロが可愛いんだよね。



**********



 やっちゃったよ。


「シキ様、気にしないでください。私はこれで良かったんですから」

「でもさぁ……取り返しがつかないしねぇ……」

「お忘れですか? 誘ったのは私の方です。後悔はありません」


 マシロ、処女喪失。


 お相手はシリコーン製ディルド。


 そうとは知らずに貫いたのはわたしだった。どんな7歳児だよ。


 レベル1とはいえ『性技』スキル持ちがなんと処女。破瓜の赤が頭にこびりついて離れない。


 これは道義的に大きな責任問題である。


「ごめんね? 成人したらわたしの奪っていいから」

「えっ! いいんですか!?」

「……えっ?」

「嬉しい! 2人でいっぱい楽しみましょうね!」


 ヤバっ……てっきり遠慮するものかと……マシロってちょっとメンヘラ入ってんだよねぇ。


「さ、さあ! 仕事だ仕事だ!」

「はい。何から取り掛かりましょう?」


 恍惚とした顔面を瞬時に助手モードへ切り替えてキリっとなった。驚くわたしを尻目にテキパキと身支度を整え、次いでわたしの服を着せてくれる。


 魔族への復讐心はデフォルトなのだろうが、それとは別に変な焦燥感が見て取れるので尋ねてみると――、


「早ければ早いほどよろしいかと思います。私を愛してくださるなら、魔大陸攻略を最優先してください」

「一応聞いておくけど……なんで?」

「んふふ〜……2人だけの秘密ですよ?」


 魔族にも人族と同様の婚姻制度があるのだが、人族のそれとは大きく異なる部分が1つあった。


「――えっ!? それマジで!?」


 極めてジェンダーフリーな制度になっていて、同性カップルの結婚も一般的であり、しかも子供まで作れると言うのだ。


 魔族同士で子供はできないんじゃなかったかとも思うが、一概には論じ切れない複雑な生態なのかもしれない。


「2人の因子を掛け合わせた卵?から産まれる子供はちゃんと2人の子供らしいんです。水槽で育つのは可哀想ですからわたしが産みます」

「……人工授精かな? でも同性間でそんな……ええっ?」

「その技術だけでも早急に奪いましょう。わたしが若いうちに……そうですね……10年後までには産ませてくれると嬉しいです」

「…………」


 とんでもない話になってきた。マシロは朗らかに「先は長そうですね」とか言っているが、目は笑っていない。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4021/3/23 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:1195/1550

 MP:2551250/4793550

 物理攻撃能力:960

 物理防御能力:985

 魔法攻撃能力:4793550

 魔法防御能力:4793549

 敏捷速度能力:1595

 スキル

 『愚者LV8』『魔術師LV8』『死神LV2』『女教皇LV3』『法王LV6』『恋愛LV4 → 恋愛LV5』『剛毅LV4』『スカイダイブLV5』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV3』『ベビーシッターLV5』『ジャンクジャンゴLV6』『調教LV3 → 調教LV7』『概念編纂・転写』

――――――――――――――――――――



 また『恋愛』がレベルアップしてるけど、わたしも本気で考えないといけないのかな? まだ7才の幼女なのに?


 若気の至りでは済まない泥沼に足を踏み入れちゃったかもしれない。『調教』スキルを大幅にレベルアップさせている場合じゃない。


 前世のわたし? 生命科学系の智慧はあるかな?


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