第85話 シグムント vs メカゴラム
どうしようかと考えた結果、わたしはゴラムの中の人として、ちゃんとサニアの相手をすることにした。
生のわたしはサニアに敵わない。
もちろんサニアの土俵での話だけど、ある程度まで近づいたなら訓練された技能スキルは魔法に勝る。単純な威力ではなく、速度や精度や駆け引きの面で。
サニアは暗技スキル持ち。いわゆる裏技の専門家として色々と教えてくれた。人を殺すだけなら針の一刺しで事足りる。竜族は別らしいが、それでも急所となる部位はある。
「おー、居た居た。良かった。全裸に剥かれてなくて」
パンツァードラッヘのコックピットに収まり、死角となる丘の頂から光学センサーをニョキリと出してズームアップ。帝国兵の一団の中にサニアの姿を確認した。
「拉致監禁中ニ、精神的マタハ性的ナダメージヲ負ッテイルカモシレマセン」
「おかしくない? ねぇ、おかしくない? 何処でそういう事を覚えたの?」
無事な様子に安堵の吐息を漏らすわたしに対し、SHIKIはサニアがくっころレイプの被害に遭った可能性を示唆した。ホントにやめて欲しい。
「昨晩、アニキンガ、ブラックノヌード写真ヲ見ナガラ、自慰行為ヲシテイマシタ」
「ブフォっ!?」
「イヤ〜! 聞きたくない! 部下のプライバシーの侵害したくな〜い! で? 勝手にチェキ使ったの?」
SHIKIは外部音声にも出力していたのか、コンテナに寄り掛かってインスタントコーヒーを啜っていたアニキンが盛大に咽せている。
「盗賊ノ流儀デハ当タリ前ラシイデス。自慰行為ノ事デハアリマセン」
「これはお仕置き案件だよ。SHIKIに変なトコ見せつけて、しかも余計なことまで教えてさぁ」
「ち、違う! お嬢! それは違うんでさぁ! SHIKIがいつの間にか起きてて!」
必死に言い訳するアニキンは無視しておくとして、そういう事なら救出後のサニアには気を使ってあげないといけない。
「せめて、安全な堕胎術式を教えてあげなきゃ」
「施術ノ際ハ、ワタシニ御用命クダサイ。ゴ自身ノ施術ハ不可能デショウカラ、今ノウチニ学習シテオクベキデス」
「いつかわたしもそうなるってか!? あり得ないから!」
そんなレイプ魔は『死神』レベルをMAXにしてでも消し炭にしてやる。むしろ今すぐあの帝国兵どもを地獄の業火に焚べてやった方がいいかもしれない。
「感音センサーニ感アリ」
サニアと辺境伯の人質交換が始まったようだ。雑音やアニキンの言い訳を除去し、拾った音をコックピット内のスピーカーに出力すると――、
『このザンジバル! 最精鋭たるシキちゃん歩兵連隊のウンタラカンタラ……である!』
『我らは帝国北方方面軍ナントカカントカ所属のウンタラカンタラ……である! 辺境伯閣下の身柄を引き渡せ!』
かな〜り聞き取りづらい肉声のわからない部分はSHIKIがテキトーに変換しているが、300メートル以上も離れた場所から大声でやり取りする原始的な交渉?に溜め息が漏れた。
『そちらが先だ! サニア殿を即刻解放せよ!』
『まずは閣下の無事を確かめる! お姿が見えない限り手綱を解かぬ!』
思惑通りではあるのだけど、前座はさっさと終わらせてくれないだろうか。
サニアが安全圏に入ったら飛んでいって邪魔な帝国兵を追い返し、テキトーに理由を付けてさすらいの竜族は手を引くつもりだ。
次にゴラムが現れるのは再びわたしの都合が悪くなった時だろうが、もしサニアが性被害に遭っていたらゴラムは帝国へ向けてさすらう事になる。
手ぐすね引いて操縦桿を握り、飛び出す時を今か今かと待っていると――、
「2時ノ方角、接近スル未確認飛行物体アリ。映像解析中……完了。マシロノ帰還ト推定」
画面が北の空に遷移して近づくグライダーを捉えた。あの高度だとこちらは見えないはずだが、折悪くマシロが帰ってきたようだ。
「なんか連れてきたね。あれは……」
ゆっくりと滑空するグライダーの下には吊り下げられた人影が見えて、高度を下げながら人質交換中の両陣営の中間に向かう。
マシロはタッチ&ゴーの要領で地表を舐めて飛び上がり、きゃつが地上に降り立った。
『我が名はシグムント・キョアン! 歩兵連隊に命じる! 直ちに人質を解放せよ!』
あの野郎、日和ったか。
と思ったら、直後に帝国兵へ向けて絶対切断が放たれた。
150メートルの距離を一息で駆け抜けた斬撃はサニアを縛る手綱を断ち切り――、
『サニア! 来い!』
あの野郎、ここぞとばかりにカッコつけやがって。
命令に即応して走り出し、到着するや足元に平伏しようとしたサニアをあろう事か抱き寄せて、きゃつが何を言うかと思えば――、
『さすらいの竜族ゴラム! コイツは俺の女だ! 故に一騎討ちの相手は俺がする!』
あの野郎〜、どんだけカッコつけるんだ。その100分の1でいいからパメラにカッコつけたら良かったのに。
拘束を解かれた辺境伯が歩いて近づき、きゃつとサニアの前を横切ろうとすると――、
『貴様は兵を連れてさっさと失せろ! 場合によっては覚悟しておけ!』
場違いに舞台へ上がらされた観客のように目の前を通り過ぎる辺境伯へ、如何にも男前なセリフを放つ。
サニアが受けた屈辱次第では戦争も辞さない感じだが、どうも芝居がかっている。
サニアを俺の女扱いして帝国側に緊張感を与える狙いは? 何を企んでるの?
『どうしたゴラム! 早く姿を現せ! 怖じけたか!』
何それ? ゴラムに勝てると思ってんの?
腰を抱かれたサニアは無抵抗にきゃつを見上げて……女の敵め。やっぱシグムント、ムカつくなぁ〜。
ちょっと懲らしめてやろう。
『トォウ!』
アニキンの待機場所から少し離れて飛び上がり、一瞬で肉薄し、きゃつを眼下に収めて羽ばたきながらデュアルカメラをギュピーンっと光らせた。
『メイド服の女! ようやく現れたかと思えば男に縋るとは滑稽な! 何だそのザマは! 腰の砕けた今の貴様に用は無い!』
「さすらいの竜族ゴラム! 俺が相手をしてやるから降りて来い!」
『黙れ! このジゴロ野郎! このまま空から焼き討ちしてやろうか!』
「卑怯者め! 正々堂々と勝負せよ! 降りて来い!」
『竜族は飛ぶのだよ! 頑健すぎる肉体に裏打ちされた圧倒的な膂力! 自由に空を駆ける勇壮なる翼! これぞ最強! それらを十全に活かし、敵を蹂躙して何が悪ぅい!』
「いいから降りて来ぉい! 騙されたと思って降りて来い! 血湧き肉躍るアレが貴様を待っているぞ!」
とにかく降りてきて欲しいらしい。
何か卑怯な作戦でも用意してあるのか「――絶対切断!」「あっ」とか考えているうちに放たれた斬撃がパンツァードラッヘの肩を撫でた。
「右肩ニ重大ナ損傷アリ。右腕、脱落シマス」
「……ウソぉ〜ん」
断ち切られた右腕が地に落ちた。
装甲の隙間を狙ったのはわかるが、アラミド繊維の隔膜を破り、さらにはフレームのユニバーサルジョイントを見事に直撃して破壊するとは。
「さあ! さあさあ! 腕1本取ったぞ! 何ならこのままダルマにしてやろうか!?」
地上から歓声が上がっている。わたしの気も知らないでいい気なもんだ。
「絶対切断……怪しいとは思ってたけど、何かあるね」
「損傷箇所ノ状態カラ逆算中……完了。刀剣ヲ使用シ、コノ結果ヲ齎ラス事ハ、事実上不可能デス」
「どういうこと?」
「最適ナ複数ノモーメントデ、13ノ剪断応力ヲ同時ニ加エル必要ガアリマス」
「……1つの斬撃じゃないって?」
「軌道計算ノ結果ハ、1ツノ真空波デスガ、被弾ニ伴イ解析不能ナ変化ヲ生ジタト推定サレマス」
御手洗さんも妙な技術を残してくれたものだ。
複数の人間が習得していることから、チート能力としての『絶対切断』が継承されたわけではないだろうが、ただの剣技ではあり得ない謎の技能と化している。
「防御策ヲ検討中……完了。撤退ヲ提案シマス」
「わかんないって? 却下。ゴラムを舐めてもらっちゃ困るんだよ」
このまま逃げては抑止力の名折れだ。シグムント1人に負けるゴラムなんて居ちゃいけない。
『天晴れなり! 求めに応じて降りてやる! だが! いきなり出すな! ビックリするから!』
着地して腕を拾い、切られた断面を確認して右肩に押し当てて「――結合」肩を応急修理した。
「なっ!? 何ぃ〜!?」
カメラで目視できる範囲の装甲を適当に継ぎ接ぎしただけなので動かせないが、ビビらせることはできたらしい。
「さて、どうするかな……」
ゴラムのネームバリューを守るためには絶対切断を攻略しなければいけないわけだが、まるで『切断』という結果が先にあるかのような変化をどのように防ぐかが問題だ。
物理攻撃スキルなら一応わたしも会得した経験がある。今は統合されて消えてしまった『サウザンドスラッシュ』は包丁による野菜への物理攻撃と捉えられなくもないが、絶対切断はそうしたスキルとは別物のように思える。
「そもそも剣を振って斬撃が飛ぶっておかしくない?」
「空気中ノ高速移動ニヨリ、ソニックブームヲ生成スルコトハ可能デスガ、人間ノ肉体デハ不可能デス。但シ魔法ハ、ソノ限リデハアリマセン」
「ふむふむ……ひょっとして攻撃判定の閾を突いて……あり得るのかな?」
敢えて名を打つなら魔法剣だろうか。
行使者自身も気付かないほど微量――1未満のMPを消費して限界の壁を超えた事象を具現させる。
ともすれば魔法攻撃になってしまうソレを、物理攻撃の枠に収める微妙な調節が秘奥の真髄であると仮定すれば、魔月モン以上の性能を誇るパンツァードラッヘの関節防御機構が呆気なく突破された理由にも見当が付く。
「ふーん……ならさぁ」
魔法剣をただのコケ脅しに貶める方法も。
『おい貴様。先手を譲ってやる。今一度、我の右腕を狙ってみろ』
「既に先手は取ったが……何故だ?」
『いいから! さっきの技が効くか、もう一回やってみろ!』
動かない肩関節を変形させて右腕を真横に伸ばし、風魔法を行使して薄く対魔結界を張ってみた。
「良かろう! その右腕! 今度こそ貰い受ける! ――絶対切断!」
飛ぶ斬撃が吸い込まれるように肩へ直撃し――、
『絶対切断! 敗れたりぃ〜!』
「なぁあああ〜にぃいいい〜!?」
微風が関節を撫でるだけで終わった。切れてない。
「損傷無シ。オ見事デス、マスター」
「あっははは! やっぱりね! 物理攻撃扱いの魔法攻撃だったわけだ!」
絶対切断は狙った対象を『絶対に切断する』イメージを載せて放たれる剣技っぽい魔法。おそらく行使者自身もそうとは知らずに使っている。
「だから炎は切れない! 切るイメージが決まらないから! どうしよっかなぁ〜? 教える? 教えちゃう?」
たぶん知れば使えなくなるか、剣から出るただの『ウインドカッター』に変わるか。
重要なポイントとしては、魔力を応用した技能であるにも関わらず、転生神が物理攻撃として判定しているという一点のみ。
結果的に物理現象の範疇で事実上不可能な事象を引き起こすわけだが、それが有効になるのは対象へ直に接触した場合のみなのだろう。
わたしの結界に阻まれて魔法的な作用が消えた絶対切断はただの衝撃波に変わった。
『さあ! さあさあ! 児戯を打ち破ったところで! 死ぬ覚悟はできたかスケコマシ!』
「ぐぬぬ……っ! だが! 地に降りたな! 勝負ありだ!」
『わっ!?』
シグムントは懐中から取り出した瓶を投げつけてきた。胸部装甲に当たってパリンと割れると、メインカメラとデュアルカメラがホワイトアウト。
「多数ノ飛来物、来マス」
「赤外線センサーに切り替え!」
装甲にカンカン当たってパリンパリンとガラスの破砕音が響く。
「再び飛来物、4方カラ来マス」
首をぐるりと回して確認すると、全方位から近づく2人乗りの騎馬が見えた。
後ろに乗った人間が何かを投擲した姿で――「頸部稼働域ニ制限アリ。飛来物ガ絡マッタト推定」「ヤバ! バレる!」たぶんわたしのムシ捕り網だ。
カーボンナノチューブは頸部関節の駆動モーターでは引きちぎれない。これはマズい。さすがに顔が真後ろを向く竜族は居ないと思われる。
「――分解! って不発ぅ! 見えないし!」
「翼ニモ絡ミマシタ。ピンチデス」
「とりあえず煙幕を吹き飛ばす! 翼をできるだけ動かして!」
頭の上から真下に向けて強めの『ウインド』を放ち、白い粉を散らして視界を確保。翼はゆっくりとぎこちなく動いているだけなので非常に不可解に見えるだろうが仕方ない。
「目が! 目がぁあああ――っ!」
「ヒヒィン! ヒヒィ〜ンッ!」
「しまったこっちに……! ぐぅわぁああ〜!」
「今の羽ばたいてたか!? どうなって……うわぁ〜!」
何やら周りから悲鳴が聞こえるが、とりあえず無視しておく。
全身のカメラを総動員して「――分解! 分解分解!」ムシ捕り網を分解し、何とか首を回して左90°までは持ってくることができた。
「…………勝った?」
土埃が晴れると、顔を押さえたシグムントとサニアが地面を転げ回り、落馬した騎兵は悶絶し、馬は嘶きながら四方八方へ駆け出しているのが見えた。
あの煙幕は鎮圧剤だったらしい。ストックを勝手に持ち出しやがったな。
『えっと……罠を張っていたつもりか卑怯者め! だが策に溺れたな! 貴様らなんぞ殺す価値も無い! 我の完全勝利だ! わっははははは!』
右腕をピンと伸ばし、顔を左90°に向けた変な格好のままで勝利宣言。
『ではさらばだ! トゥオォウ!』
ゴラムの抑止力が保たれるならもう用は無い。
満身創痍のパンツァードラッヘは空を飛び、雲に隠れてアニキンの待つ回収地点へ向かった。
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