第84話 一騎討ちを控えて


(別視点:サニア)



 地面を斜めに掘っただけの塹壕のような牢にはカンテラが1つ吊るされていて、暖色系の灯りが冷たい土を照らしている。


 痛恨の失態を演じた私は囚われの身となった。


 敵が魔月モンと王国軍だけでないことは予想できたはずだが、自分が狙われる可能性を失念して手柄に固執するとは暗部失格。


 まぁ、裏稼業から足を洗って成り上がるための手柄だったので初めから失格上等なのだが、こんな失敗を仕出かすようでは話にならない。


「わかりやすい武器以外は残してるのに、自害しないんですか?」

「何故そうするとお思いですか?」

「恥ずかしくていらっしゃるかと」


 複数人の手練れがアリの腹の下にしがみついているとは露知らず、無様にも至近距離から毒矢を受けて、次いで背後から不意打ちを食らってしまった。


「随分とお粗末でしたから」


 組み立て式の小さな椅子に腰を下ろし、覗き込むように視線を合わせる1人の男が居た。


 どちらかと言えば文官に近い穏和な雰囲気を放ち、抑揚が少なめの淡々とした口調は私のイメージする帝国軍人のものではない。


 良くて朴訥、悪くすれば弱腰とも見えるそんな男が、言葉の端々に『死ね』という含みを持たせてしゃべるから気味が悪い。


「死ぬにしても今じゃありません」


 命知らずの奇策を指揮した男だ。マイセン辺境伯家に仕える参謀らしいが、当主を含む部隊を囮に使ってでも私の身柄確保を優先した臍曲がり者である。


「あるいは恐怖に耐えかねて、とか」

「聞こえませんでしたか? 今じゃないと言いました」

「貴女には同情してますから別に止めませんよ?」


 そうまでして得た情報源わたしを使わず、武装解除と最低限の拘束だけに留める意図は状況の変更によるものだとして、自害されて困るのは変わらないはず。


 この男と話していると自死を選ばない私が非難されているように感じて、せっかくの糸口を自ら断ち切ってしまいたくなる。要するに馬が合わない。


「小官もご同様です。まさか閣下が人質に取られるとは思わず、失態を演じてしまいました」

「その竜族は私との一騎討ちがやりたいのでは? 何のことやらわかりませんが、今ここで死んではご迷惑でしょう」


 竜族と正面切って戦えば間違いなく死ぬが、この男にとって勝敗はどうでもいいことだろう。ただし、それは私と辺境伯を交換してからの話だ。死なせて相手の逆鱗に触れれば人質の命が危ういのだから。


「いいえ。閣下は命を惜しむような方ではありませんし、貴女から必要な情報が得られるとも思えませんので」


 捉えどころの無い男だ。一重ひとえの垂れ目には覇気が無く、何を考えているのか見えてこない。


「だから勝手に死ねと? どうせなら解放してくれませんか?」

「それはダメです」


 辺境伯を無事に取り戻すことが目的ならもっと積極的に私の自由を奪い、自害の可能性を潰そうとするはず。


 辺境伯を死なせてでも飛行船の情報が欲しいなら徹底的に拷問し、短時間で吐かせようとするはず。


 その竜族を脅威と捉えているなら伝令を走らせ、帝国から軍を呼び寄せるはず。


 この男は参謀を名乗りながら、そのいずれも行わない。私を拉致した手際から見て無能とは思わないが、状況への対応が中途半端なのだ。


「1つだけ、お聞きしてもいいでしょうか?」

「立場は逆ですが、いいですよ。何ですか?」

「何故、私から情報が得られないと思うのです?」


 この男は見ていたはずだ。飛行船から降下した私の姿を。


 あれほどの威容を衆目に晒しているのだから、その概要程度であれば手札として小出しにしても問題ないと、そのように思っていた。


「バランスが悪いんです。アレもコレも、貴女も、どうにも穏やかでない」

「戦争です。誰が穏やかなものですか」

「居るんじゃありませんか? すべてを足蹴にして穏やかでいられる……そんな誰かが」


 危うく顔に出てしまうところだ。


「空飛ぶ船の詳細を指してのことなら、私はしゃべりません」

「それは比較的どうでもいいのですが……やはりバランスが悪い」


 焦りを無呼吸で飲み込み、無表情の変わらないやり取りに努めた。


「では……ゴラムという竜族のことですか? 私が知っているとでも?」

「さて、どうなんでしょう? というかアレは何なのでしょう? 貴女はご覧になっていないのでわからないのでしょうが、途轍もなく穏やかでない何かとしか」

「こんな所に竜族が居れば、穏やかじゃないに決まってます」

「それもそうですね。やはり貴女からは何も得られそうにありません」


 軽く嘆息して立ち上がった男は牢を離れ、地面の蓋を開けて外に出ると、地上から差し込んだ日光が再び遮られ、地下には私とカンテラだけが残された。


 目の届かない場所に見張りを置かず、捕縛対象とやり取りするのは自分のみ。これは上策だろう。おかげで女の武器が封じられて状況把握にも難儀する。


 土の壁に耳を押し当てて音を拾えば地上の人間は多くないことがわかった。せいぜい20人程度だろうか。


 穴の出口付近に2人の見張りが立ち、それ以外は近くで野営しているようだ。


 逃げられそうで逃げられない。わざと配置を偏らせて逃げ道を作ってあるのはそういうことだ。


「竜族との一騎討ち……なんで私が……」


 誰に言われるまでもなく、死ぬ気など無い。


 聞くところによればその竜族はまともじゃない。どうして私に目を付けたのか知らないが、敗死が確定している一騎討ちなど願い下げだ。


 だがしかし、あの男は何のためにその情報を与えたのだろう。


 一方で私という人間を見切ったかのように何も聞かず、ただ自害を薦めるかのような言動にも苛立ちが募る。


「猶予はあと2日……」


 普通の暗部ならサクっと死んでみせるのだろうが、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。


 何としても今の境遇から抜け出して、日の当たる場所で生きてやる。



**********



(別視点:マシロ)



「――と、以上が魔月モン戦の顛末です」


 一応は戦勝の報告でもあるのに、本陣に並ぶお偉方の顔色は冴えない。


「その戦いの最中にサニアさんが拉致され、ジャンク漁りの最中にさすらいの竜族が現れて行方不明のサニアさんに一騎討ちを挑み、断ったらまとめてチュドンだと脅されてます」

「「「…………」」」


 困り果てた様子で冷や汗を垂らす伯爵はウンともスンとも言ってくれない。


「アニェス様は引くようにと仰せです」


 ブンブンと首を振る参謀たちは引くに引けない状況を自ら作り出していた。ここへ来る途中、行く手を阻むラモン軍に『そこ退け』とばかりに襲い掛かる軍勢を見かけたが、あれはたぶん――、


「我が軍の気勢が見えなんだか? 彼らに、もういいから引けと言えるか?」


 キョアン家麾下の兵は本陣の守りに当てられた5000ほどで、前線に出ている兵はそのほとんどが先の戦で得た捕虜たち。


 伯爵はシキ様の金言を受け売りして『家族を救え』と檄を飛ばし、捕虜の中から志願兵を募った。


 そうして集まった兵はなんと25000。キョアン兵と合わせれば3万の大軍だ。歩兵連隊と同じく急場凌ぎの混成軍だが、連隊のように統率できているわけではない。


「たったの一千で魔月モン300を殲滅しただと? 何の冗談だ」

「本当のことです」

「……魔月モンはもう居らぬと申すか? その竜族はよくわからんが、敵が潰えたならどう矛を収めるかが問題だ。下手をするとこの場で反乱が起こるぞ」

「そう言われましても、主戦場の平原にはゴラム……さすらいの竜族が出没しますから」


 サニアを出せと騒いだ挙げ句、ピックミン王と辺境伯、ついでに拉致の実行犯を捕まえてきて私に押し付け、一騎討ちを3日後に指定して消えた彼の方がよほど厄介だ。


「そちらはどうするつもりだ? その、なんだ? その飛ぶやつ「グラーフ・キョアンです」それで飛んで逃げるのか?」

「無理です。ゴラムの飛行速度には敵いませんし、炭化ケイ素被膜ではあのブレスを防ぎ切れないと思います。水素は可燃ガスですから一溜りもありません」

「……つまり?」

「一騎討ちは避けられません。旦那様から見て、サニアさんは勝てそうですか?」

「それこそ無理だ。暗殺ならともかく、面と向かっての一騎討ちで勝てるわけがない。もしそうなったら……シキのことだ……手を出すに決まっている」


 シキ様をゴラムと戦わせるなんて、そんなことはあってはならない。


 あの脅威的な『ブレス』の一撃を思えば、今のゴラムの魔攻はひょっとするとシキ様すら凌ぐかもしれないのだ。


「今日から数えて2日後だったな? サニアの行方は?」

「わかりませんが、今ごろ実行犯が自供しているかもしれません」

「参謀? 竜族1人、何とかならんか? さすらいの……という事は引き込む目もあるかもしれん」

「最も話の通じない種族です。同じはぐれ者でも妖精族とはわけが違います」


 ゴラムを陣営に引き込む? その発想は無かったけど、たぶん無理だろう。最強を目指して強者を探し求め、ぶっ殺して回っているとか馬鹿すぎて笑えない。


「そんな竜族は聞いたことがない。大陸北方に突然現れたのも不可解だ」

「武者修行にしても、やるなら南からでしょう。因縁の深いサザンから巡れば良いものを……なんでわざわざ北に飛んできたのか?」

「魔月モンを追って……あるいは閣下の竜討伐の噂を聞きつけて……などはあり得ましょう」

「竜族は竜を狙うものですからな。それなら、まぁ、考えられないことも無い」


 竜族の中でも竜を狩った人間は特別だそうで、そうする事で得られる特殊なスキルを持つ竜族は生き神のように扱われるらしい。


「なるほど。竜族の中でも王族のようなものか」

「血統ではなく完全なる実力主義とのこと。極まればムンドゥス最強とやらを目指す個体も出る……のでしょうか?」

「竜族そのものに影響力がある流れ者か。是非とも調伏しておきたいが……何か策は無いか?」


 ゴラムは竜族の中で成り上がったの? その過程で性格が捻じ曲がって……あの人が環境に左右されるとは思えないけど……何があるかわからないのが人生か。


 既に妖精族を取り込んでいる手前、伯爵の意向を受けた参謀たちは本気でゴラム対策を検討し始めた。


 どの程度の速さで飛ぶのか? 『ブレス』の射程は如何ほどか? 私にも色々と質問が飛んできて、どうやら引き返すつもりは無さそうだ。


「数的優位は無意味でしょう」

「被害が増すだけか。では一騎当千の精鋭で当たるべし」

「ならば伯爵閣下と振動剣装備の精鋭500が妥当でしょう」

「待て、ラモン軍が邪魔だ。速度重視。騎兵のみで編成すべきだろう」

「馬は100ほどしか……さらに絞り込まねば」

「必要ならラモン軍から奪えば良い。重装騎兵の馬は粒揃いだ」

「待て待て、鹵獲して慣らす暇など無い。今は時が惜しい」

「あの……アレは使えませんか?」

「むっ……アレか?」

「竜族に効くか?」

「感覚は人族より鋭敏なはず……ひょっとするかもな」

「一騎討ちを望む相手に卑怯では?」

「竜族ってだけで卑怯だ。問題ない」

「サニア殿が現れ、シキ様が手を出す前、開幕と同時に食らわせ、一気に畳み掛ける。これしかない」

「風向きも重要だ。総員に作戦を徹底させねば」

「トドメを刺すなら目か口か尻の穴だ。喉の逆鱗に触れてはならん」

「鎧を着ておるのだろ? ムシ捕り網で拘束した方が早くないか?」


 参謀たちの言うアレとは、先程もラモン軍に大打撃を与えていた鎮圧剤の事だ。要塞に作り置きしておいた在庫をすべて持ち出してきたらしい。


 ゴラムには効果覿面だと思う。だって、彼は鼻炎持ちだったから。


「よし! 騎馬100を選出しろ! 工兵もだ!」

「「「はっ!」」」

「刻限がわからん! 今日、明日中に駆け抜けるぞ!」


 若干卑怯な創意工夫を凝らした策に自信を漲らせる面々は早速準備に取り掛かった。


 涙と鼻水を滴らせながら網に絡まるゴラムの姿を想像し、私も何となく勝てそうな気がしてきて、最強になり損ねた彼をどうやって説得しようかと考え始めるのだった。


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