第83話 嘘か誠か


 ラップトップの画面には笛を加えたSHIKIが居て、備え付けの各種センサーを被験者に向けていた。


 まずは王様ピクミンから質問開始。


「『はい』か『いいえ』で答えてください」

「そなたは誰だ? どうして戦場に童女が居る?」

「シキ・キョアンと申します。キョアン伯爵の隠し子です」

「卿に隠し子が? 知らぬな」

「第1問、自分にも隠し子が居る」

「居るわけがない。隠す理由も無い」

「『はい』か『いいえ』で答えてください」

「……いいえ」


 SHIKIは『アウト!』とばかりにピーッ!っと笛を吹いた。


「それは嘘です」

「なっ!? 何を根拠に!」

「これは面白い。たしかにそういう報告もあったが……何処に隠された? 何なら当方で匿いますぞ?」

「第2問、王国軍50万は魔月モン軍団に勝てると思っていた」

「当然である。はい」


 SHIKIは笛を吹かず、しかし、呆れ顔で肩を竦めるジェスチャーを繰り出した。


「なんだコヤツ。無礼な」

「本気でそう思ってらしたと。はい、ありがとうございました。アニェス様、こんな感じです」


 アニェス様は満足げに頷き、王様ピクミンを睥睨して告げた。


「問おう。そこな男は王国の者か?」

「無礼な。違うと言っておるだろう。いいえ」

「嘘じゃないです」


 鼻を鳴らしたアニェス様、今度は辺境伯を睥睨して告げた。


「問おう。そこな男は帝国の者か?」

「いいえ」

「……ウソじゃない!? なんで!」


 バカな。生首のように頭だけ地面から生やした男は確かに辺境伯と一緒に捕まえたのに。嘘発見アプリにエラーでも出たか。


 わたしに斜め下向きの流し目を送ったアニェス様、変わらず辺境伯を睥睨して告げた。


「……問おう。そこな男は辺境伯領の者か?」

「いいえ」


 SHIKIは『アウト!』とばかりにピーッ!っと笛を吹いた。


 帝国の人間ではなくて、辺境伯領の人間である。


 そんな言葉の綾レベルの小ちゃい齟齬が生んだささやかな正直さが、嘘発見アプリの判定を潜り抜けたとでも言うのか。


 自分の領地は帝国領じゃないと本気で思っているということだが、なんて自己中心的なジジイだろう。


「アニェス様、こっちが拉致加害者です」

「1つ、提案がある」


 嘘がバレたことなど何でもないと言うように、偉そうな感じを崩さない辺境伯はアニェス様を見上げて宣った。


「シキ・キョアン嬢を孫の婚約者に迎えたい。さすればキョアン伯爵の国盗りを支援する」

「なぬっ!? この……貴様っ! 国とは我が国のことか!?」

「死に体の王家に用は無いのでな。無罪放免であろう? さっさと逃げ帰ればよろしい」


 まぁた政略結婚のお誘いだよ。正直言って1回でウンザリなんだけど?


「儂としては北の防波堤が堅固であればそれで良いのだ。何なら南に目を向けてもらっても一向に構わん。教会の相手は面倒なので任せるがな」

「ほう……国盗りの対象は帝国も含むと申すか」

「あの玉竜はキョアン家の持ち物であろう? 敵うわけがないではないか」


 辺境伯ってたしか侯爵位と同等だったと思うけど、高位貴族がこんなことをポロっと言っちゃっていいの?


「今の発言は本気ですか?」

「はい」

「攻めれば降るとの意か?」

「はい」


 SHIKIの判定は白。マジで言ってるよこのジジイ。


 祖国への忠誠心なんか欠片も持っていない、と言うか帝国が祖国だなんて思ってないんだろうな。


「サニアさん……捕まったメイド服の女性ですけど、無事に返してもらえますか?」

「はい」


 これも嘘じゃないらしい。


 ここまでの会話で知りたかったことは大体わかったし、自分の命と天秤にかけてまで拘る理由は無いのだとか。


「あの竜族から的にされている女だ。矛先が変わる前にさっさと手放すに限る。そんな事よりあの玉竜だが、儂に譲る気は無いか? 言い値で買うぞ?」

「……アレを得て何とする?」

「何とでもできる……ぐふふふ」


 辺境領主の鑑みたいな貴族だ。悪ぅ〜く笑う辺境伯の顔を見た王様ピクミンは開いた口が塞がらない。国権を担う王族からすれば途轍もなく嫌な人間だろう。


「愚かなりマイセン! その反意! 余がグラン帝へ知らせてやろう! 貴様は終わりだ!」

「何のことやら、儂は何も言っておりませんが? そもそも王家の鳩伝を受け取るのは誰だとお思いで?」

「バカめっ! 忘れたか! 間もなく人族会議だ! その場で直接ぶち撒けてくれるわ!」

「これは驚いた……まさか行かれるおつもりか? アンタにとっては証人喚問みたいなものですぞ?」

「無礼な! アンタとは何だ貴様!」


 王様ピクミンと腹黒辺境伯の口喧嘩を無視して考える。ゴラムが齎してくれたこの状況を都合よく利用できないだろうか。


「…………あはっ」


 できる。頑張って東西を侵略するより断然楽チンな方向に持っていける。ゴラム、グッジョブ。


「アニェス様〜。わたしもう眠いです〜」

「……ふむ。中尉」

「はっ!」

「あとは任す。よしなに」

「はっ! このザンジバルにお任せあれ!」


 スペック、キャデラ両曹長を手招きし、ザンジバルを操縦して適当に休ませるように告げて、わたしとアニェス様はグラーフ・キョアンへ向かう。


「あっ。そういえばイニェスはどうしてるんですか?」

「厳に隔し離して寝かした。腹案があるなら手早く申せ」


 これはいけない。サニアが居ないとアニェス様のスペックはかなり落ちるみたい。貴重なお時間が怪獣に削られるから。



**********



 明くる日の朝、王国軍が攻めてきた。王様ピクミンを取り戻そうとしているらしいが、本当にそうだろうか?


「お命を盾に脅しても止まらないみたいですよ?」

「…………」

「陛下の仇とか叫んでますけど……まだご存命なのに変ですよね?」

「…………」


 泣きそうになってるからこの辺でやめてあげよう。


「あーっ! ゴラムだ〜!」

「「「「「――っ!?」」」」」


 何故か飛ばずにガションガションと歩いて近づくゴラムを指差して叫ぶと、敵味方の別なくザワッとした。


「わーい! ゴラムだ〜!」

「「「シキ様ぁあああ――っ!」」」


 無邪気な子供を演じてSHIKIが動かすパンツァードラッヘに駆け寄っていくと、味方から悲鳴が木霊した。


「こーんにーちは〜!」

『童に用は無い! メイド服の女はまだか!? 我はあの女との一騎討ちを所望する!』


 もちろん、わたしが『拡声器』と『変声器』を使って1人2役を演じているのだけど、遠目に見ればわからない。これで誰もわたしがゴラムの中の人とは思うまい。


「あの人たちの中に居ないかなぁ〜? もしかして見つかったのかも〜?」

『何ぃ! あの雑魚どもに紛れているだと!?』

「「「違!? 違違違っ!」」」


 チガチガ慌てる王国軍の方を指差し、小声でSHIKIにこっそりと命令。


「あの集団に向かって走って。ただし追いつかないように。近くに居なくなったら翼を展開して待機」

「イエス、マスター。自立機動、疾走、レディ」

「ゴー」


 SHIKIの練習も兼ねた壮絶な鬼ごっこが始まった。


 歩兵は即座に回れ右して全力疾走。騎兵は興奮して暴れる馬を御せずに落馬し、痛みと愛馬を無視して走り出した。


 パンツァードラッヘは広い歩幅を存分に活かして大きくストライドを刻み、SHIKIの制御に応じて理想的だが機械的なフォームで淡々と走る。もうすぐ追いつきそうだ。


「音チャフ使えば声も出せそうだけど……普通にビビってるからいいか」


 大軍を率いて先陣を切り、並足でパカパカ進んでいた騎兵もやっぱり落馬して最後尾に回り、馬に逃げられてヤバいくらいの泣きっ面になっていた。


「く、来るなぁあああ〜!」


 鎧の意匠が派手だから貴族かもしれないが、真後ろに迫るゴラムは竜族なので人族の身分制度は通用しない。


「ヒィイイイイ――うぐっ!?」


 SHIKIの駆るパンツァードラッヘは競歩のような感じにまで減速しているが、それでも追いつきそうになって、貴族っぽい男のマントを踏みつけたところで一時停止した。


「イヤァアアア〜っ! 足を離せ〜! この下郎がぁ〜!」


 落馬して歩兵に変わったことで脚の短さを露呈した貴族っぽい男だったが、マントをバージンロードを歩く花嫁のスカート並みに引き摺っていてはそうなるのも当然だ。


 あの小太りの顔……何処かで見たことがあるような……誰だっけ?


 まぁ、それはともかく、駆けっこの相手として人族では役不足が否めない結果だ。


 何せパンツァードラッヘは大きく、手足が長くて相応にパワーもあるので体格の違いがモロに出てしまう。


 大きいことは良い事だ、などと大艦巨砲主義に毒された軍事オタクのようなことを言うつもりは無いが、サイズはそれ即ち物理的なパラメーターの優位となって現れるはず。


 もしもSHIKIがステータスを得たなら、ボディーを入れ替えるたびに能力値が変化するのだろうか? なかなか面白い想定だが――、


「たぶん装備品と同じかな」


 パンツァードラッヘに搭乗してもわたしの物攻は変わらなかった。


 転生神がどのように生命とそれ以外を仕分けているかは不明だが、わたしの創造物であるSHIKIがステータスを得ることはおそらく無いだろう。


「よし、終わった」


 自分で考えて貴族っぽい男のマントから足を退けてやり、逃げる王国軍を弄ぶようにダッシュとストップを繰り返したSHIKIのお手柄。


 抑止力とはこうでなくてはいけない。細かな計算を放棄させるほどの強烈な変数であることが重要だ。


 朝イチで始まった王座争奪戦は勝者を出す事なく終了した。王様ピクミンにはビックリするほど人望が無かったようで、本人も含めて誰も救援だとは思ってない。


「はい、お疲れさん。――トォウ」


 グライダーを展開して待機する棒立ち状態のパンツァードラッヘに風魔法を行使し、丘向こうに居るはずのアニキンへ機体を送り返して、わたしはトテトテ可愛く走って皆の元へ。


「ゴラムってカッコよくない?」

「「「いぇ〜……」」」

「それ、『はい』って意味でいい?」

「「「……いぇ〜」」」


 おかしい。この口語表現は残留しているのに、ムンドゥスにはキムチが無い。材料は普通にありそうだから、本場のご出身だけどキムチ嫌いの変わり者が転生してきたのかな?


 ちなみに御手洗さんは流石だった。ヤマト国の主食は米で、郷土料理には醤油と味噌を使った品々を多く残してくれている。


 それ自体は素晴らしいと思うのだけど、同じくらい切実にキムチが無いことを残念に思うわたしも居る。前世のわたしはよほどの飽食家だったのかな?


 前世と言えば……御手洗さんは自分が『御手洗マコト』だったって覚えてたってことだよね? 前世のわたし……名前は何?


 ダメだ。思い出せないや。


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