第82話 渡る世間は嘘ばかり


(別視点:マシロ)



 ゴラムが戻ってきた。手首から人間をぶら下げて。


 やはり全身鎧を着ていたようだけど、翼まで鎧で覆われているのはどういうこと? あんなのだったっけ?


『黒き兵士よ! まぁだカメムシに手こずる雑魚どもよ! いつになったら終わるのか!? メイド服の女も見つからんし! この血の滾りをどうしてくれる!』


 翼の羽ばたき方も前と違う気がする。妙にカクカクしていると言うか、何処となくグライダーっぽいような……まさかね。


「ゴラム!」

「マシロ様! お下がりください!」

「お前たちが下がれ! 振動剣を収めなさい! 私が説得するから!」

「せ、説得? アレを?」


 抜刀して構える兵を下がらせ、ヘルメットを脱いで手を振ってみた。


 頬の刻印は消えてるけど気づいてくれる? 他種族との懇意が知れるとそれはそれで困るのだが、気付かれないまま『ブレス』で一網打尽にされては敵わない。


「貴方は本当にゴラムなの!?」

『む? むむっ!? あーっ! これは懐かしい! お前はマ――え〜……あの時のチビか! わっははは!』

「チ……誰がチビだとコラぁ! 私よ! アグラットよ!」

『おおっ! そうだった! マグリットか! 随分とデカくなったな! 乳が! わっははははは!』

「アグラット!」

 

 名前は忘れられていたが、どうやら面影くらいは覚えてくれていたようだ。あり得ないくらい大きくなったゴラムが私の前に降り立った。


 何これ? 竜族ってこんなに大きくなるの?


 見上げるほどの巨体が太陽を遮って逆光で顔が見えない。フルフェイスの兜を被っているからどちらにしろ見えないか。


「どうして貴方がここに居るの!?」

『武者修行の最中だ! 世界中の強者もぶっ殺して我が最強となるためにな! わっははははは!』

「そ、そんな……昔の優しくて物静かな貴方は何処に?」

『優しい? 物静か? へぇ〜……わっははははは!』

「何がおかしい!?」

『……わ〜っははははは!』


 ゴラムは何故かず〜っと笑っているが、こんな豪快に笑う人ではなかった。別れてから10年くらい経っているが、年月とは人をここまで変えてしまうものなのか。


『そうだ! 良いことを思いついた! 我はミジンコの習性に疎い! だから、お前に任す!』

「ミ、ミジンコ……」

『コイツらはあのメイド服の女の子分だ! 好きに使え! そして、どうにかしてあの女を我の前に連れてこい! そうすれば、まとめてチュドンは勘弁してやろう!』

「まとめてチュドン!?」

『昔のヨシミだ! ありがたく思え! わっははははは!』

「…………」

『では、3日後にまた来る! 逃げたらチュドンだ! トォウ!』


 3人の気絶した男たちを放り出し、ゴラムは太陽に向かって飛んで行ってしまった。


 ミジンコだとか、チュドンだとか、もう私の知っているゴラムは何処にも居ないのだ。


「マシロ様……今のやり取りは……」

「全員、縛り上げなさい。それからシキ様を呼んできて」

「シキ様は魔月モンを分解中とのことです」

「そう……ならアニェス様を」


 気絶した3人を拘束し、前もって考えておいた偽りの真実をアニェス・グウィンに開陳した。


 嘘は少なめに、自分の生まれは知らないままに、魔族関連の情報も伏せて。


「ふむ……雑多な種族の乗り込む船か」

「その中でもゴラムはリーダー格でした」

「して、何故そなたは漂流しておった?」

「みんなに拾われる前のことは覚えていません」


 私はみんなに救助された漂流者という設定。獣月モンに遭遇してみんなの船が沈み、再び漂流して海賊に捕まったという筋書きだ。


「その中に亜人は居ったか? 申せ」

「人族に近い容姿の獣族が居ました。もしかすると彼女は亜人族だったのかも」


 シキ様以外の人族に私の特異な出生が理解できるはずもない。理解できないものは消されがちな人族社会、下手に警戒されることは避けなければ。


 厳しい嘘が頼りの危ない橋を渡ってヒヤヒヤしたが、アニェスの興味の矛先は私の生い立ちではない様子だ。


「ジョウゲンの生き残りか……? 東に逃れた者らが……いや、しかし……」

「……アニェス様?」

「……仔細は後に聞く。今は此奴らの処遇よな」


 何故かサニアとの一騎討ちを望むゴラムが捕まえてきた3人。私には誰が誰やらさっぱりだったが、内2人はアニェスの頭の中に入っていた。


「本当なんですか? ピックミン国王と帝国の辺境伯というのは?」

「重要人物の容姿程度は把握しておる。もう1人はサニアを出し抜いた下手人であろう」

「たしかに、これはシキ様のお作りになった暗器ですが……どちらの手の者でしょう?」

「死なせねばそれも判ろう。時に、そなた、どこまで飛べるか?」

「旦那様のところまで……ですか?」

「わかっておるなら良い。行け」


 シキ様の元を離れたくはない。


 だが、埒外の暴れん坊と化したゴラムの存在は圧倒的な脅威だ。彼には私の『悪魔』スキルが通用しないから懐柔することもできない。


「旦那様が到着されたとして、ゴラムに勝てるでしょうか?」

「たわけ。来させぬように言うて聞かせるのだ。あのような無頼者に関わらずとも良い」

「出陣しておいてそれは……お立場が危ういのでは?」

「やむを得まい。並みの竜族ではない故に」


 ゴラムの強さが認められた気がして、図らずも嬉しくなってしまった。こんなに迷惑しているのに。


「承知しました。事情を伝えて参ります」

「絶対に来るなと伝えよ。当初の目的は達しておる故に」


 ここはアニェスに従っておいた方が賢明だ。王国と帝国をいっぺんに敵に回しては後が無くなる。本気のシキ様を頼みの綱にしてはいけない。


 ヘルメットを装着し、グライダーを展開して北へ。


「あぁ……私って……」


 ゴラムが追ってきたらどうしようとドキドキしつつ、シキ様に捧げたはずの操が揺らぐのを感じる。


「なんてこと……このアバズレ」


 ゴラムの勇姿を思い出し、気付いた時には『恋愛』のレベルが1つ上がっていた。


「これは……後でキツく縛ってもらわなきゃ」


 間違えてはいけない。私はシキ様を愛しているのだから。



**********



 太陽に隠れて高度を上げ、雲の上を抜けて平原から死角となる丘の裏手に降下すると、予定通りに空のコンテナを積んだアニキンの大伐採丸が待っていた。


 SHIKIに任せて着地し、肘膝を接地した姿勢でコックピットを開き、わたしはパンツァードラッヘから降りた。


「んん〜、空気が新鮮〜」

「お嬢、お疲れ様です」

「どう? バレてない?」

「へい、真相を知るのは手前だけで」


 コンテナを運び出すため、アニキンに協力してもらった。ゴラムの名前を借りる以上はマシロにも秘密にしなきゃね。


「お嬢……例の件ですが……」

「わかってるって。イザって時の……でしょ?」

「ありがとうございます!」


 協力の見返りにアニキンが求めたものは魔力無しで安全に移動できる乗り物。


「2人乗りでいいんだよね?」

「へい、それで十分で」

「そんなに好きなんだ? 嘘ばっかじゃない?」

「……良いトコもあるんでさぁ」


 連続して苦難に見舞われるキョアン領の行く末を不安に思い、本当に危なくなればブラックを連れて何処までも逃げる覚悟だとか。


 奴隷が主人にそんなことを言ってしまえば、普通は大目玉じゃ済まない。信用してくれてるようで何よりって感じ。


 逃げる覚悟か。その発想は無かった。いつか魔族と争う可能性の高いわたしとしても、本気で検討してみていいかもしれない。


「ヘイ、SHIKI」

「イエス、マスター」

「コックピットを閉鎖して、自分でコンテナに入って」

「コックピット閉鎖。自立機動、レディ」


 電磁収縮筋を自動制御することで、ぎこちなくも無人で動く今のパンツァードラッヘは搭載されたSHIKIの肉体とも言える。


 電子の世界から現実に飛び出して経験を積んだSHIKIがどのような変化を見せてくれるのか、今から楽しみだ。


「よしよし。上手く入れた」

「お嬢……こんな箱に押し込めとくのは酷でねぇですかい?」

「SHIKIが可哀想って? アニキンまでマシロみたいなことを……」

「出してやった方がいい。その……なんてぇのか知りやせんが、中身だけでも」

「仕方ないなぁ。今度は小さめのボディーでも作ろうか」


 SHIKIの端末をパンツァードラッヘから取り外し、小脇に抱えて行くことにした。急にラップトップが無くなったらマシロが変に思うかもしれないし。


「マスター、アリガトウゴザイマス」

「……あんまりしゃべるとイニェスに壊されるよ?」

「黙リマス」


 SHIKIが優秀になるぶんには有難いし、細かく動ける自動機械があれば色々と助かる。今も地下空間を広げてくれているダンゴムシSHIKIが良い例だ。


 適当に土埃を巻き上げて目隠ししながら、魔月モン軍団の残骸に隠れてジャンクを回収し、如何にもカメムシの解体作業を見に来た感じで中隊長へ指示を出す。


「じゃ、アニキン。あとは手筈通りに」

「へい」


 大伐採丸を降りて、グラーフ・キョアンへ戻る感じで歩き、あたかもたった今気付いた感じでアニェス様に声を掛けた。


「あれ? アニェス様、どうなさったんですか?」

「シキか。何処へ行っておった?」

「発進準備が終わったんでジャンク漁ってました。あれぇ? この人たち、誰ですか?」

「ピックミンの国王、グラン帝国の辺境伯、次いでサニアを攫った下手人である」


 なんてことだ。3人とも無手で拘束されているが、実行犯の男は装備を取り上げられただけでなく、全裸に剥かれて雁字搦めに縛られている。


 一切の自由が効かないように四肢を背中で一括りにされた感じだ。悔しげに猿轡を噛み締めて地面に頬を擦り付けていた。


 えー……ってことは……サニアも?


 今頃こんな感じで『くっころ』してるんだろうか。あまり想像したくない。


 おっと、いけない。それっぽいリアクションを取らなきゃ。


「ええっ!? サニアさんを拉致った犯人! どいつですか!? 殴って居場所を吐かせましょう!」

「シキ様! 不用意に近づいてはなりませんぞ!」


 わたしと全裸の男の間に立ち、下がるよう薦めるザンジバルの警戒感がハンパない。


「これ……中尉が縛ったの?」

「はっ! このザンジバル! 暗部の技はまったく知りませんのでな!」


 なるほど。知らないからここまで徹底したのか。昇任してあげようかな……いや、それは微妙か。面白いけど。


「……首から下を埋めた方がいいんじゃない?」

「おおっ! さすがはシキ様! その発想はございませんでした!」

「んんん〜っ!」


 早速、小隊長に命じて穴を掘り始めるザンジバル。全裸の男は絶望的な感じで呻き、王様ピクミンは顔をさらに青くして、辺境伯は男からツイっと目を逸らした。


「して、この男、どちらの麾下か?」

「「…………」」

「関わり無くば見逃す」

「知らぬ! 余は何も知らぬ!」

「ピックミン王は嘘をついておられる。その視線の逸らし方……嘘をつく時の貴方の癖だ。よぉ〜く存じておりますぞ?」

「なっ!? この……っ! マイセン卿! 貴公は何を言うか!」

「よもやとは思うたが、まさか国王を奪われるとは……国軍の再建案も大嘘ですか。それとも当方の記憶違いですかな?」


 埋められる配下を無視して、よくわからない口八丁で王様ピクミンに責任転嫁しようとする辺境伯。コイツは相当なタヌキだ。


「些事である。彼の竜族の脅威に比ぶるべくもない」

「そ、その方! キョアン卿の妾であろう! 余に従えば恩赦を与える!」

「そこな男は王国の差し金という意味合いか?」

「否! 余は本当に何も知らぬのだ!」

「嘘は良くありませんな。あるいは臣下が暴走したか……いずれにせよ良くありません」

「きっさっまぁ〜! そういうところが昔から大嫌いなのだ!」


 片や小国の王様。片や大国の高位貴族。互いに立場のある男同士で言い争って埒が開かない。


「アニェス様? コレ、使います?」

「其れはなんぞ?」


 ピクミンはどうでもいいとして、タヌキにはお仕置きしてやろう。わたしは小脇のラップトップを差し出した。


「ウソ発見アプリを組みました。嘘つきがウソつくとピーッと鳴ります」

「ほう、如何にして?」

「呼吸、血圧、脈拍、発汗、視線の挙動、瞳孔や重心の変化などを元に判定します」


 もちろん嘘だけどSHIKIの音声認識はONにしてある。アプリの概要を聞かされて超速でプログラムを組み始めているはず。


「ほうほう……まったく便利よなぁ」

「あはは……あははは……それほどでもございません」


 とりあえずアニェス様の薄ら笑いが怖かった。


 もしかして……気付いてたりする?


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