第93話 発見、変な山


「暑い……蒸し暑い」

「お嬢。できれば……」

「わかってる。わかってるって」


 エアコンを付けとけば良かった。帰ったら追加しよう。


 未開の入江の半島から東へ飛んで海を越え、見渡す限りの鬱蒼とした密林を眼下に収めたティルトローター機『プラトン』は豊かの海の西岸を目指していた。


「ところでアニキン? なんでプラトンなの?」

「……ポッと思いついたんでさぁ」

「ふーん……まぁ、アニキンの機体だしね」


 前世の記憶にもある名前は大昔の偉人のものだ。たしか哲学者だったと思う。


 わたしはその方面に興味が無かったんだろう。哲学というものの詳細は知らないが、何の生産性も見込めない思考ゲームだと理解しておこう。


「ラング山は東岸にあるって話だけど、具体的にどの辺り? 豊かの海って広そうだよ?」

「「「さあ?」」」

「うすっ、腹減ったっす」


 イエローにレーズン入り配給パンを投げつけて、卓上の地図に目を落とした。


 北から順に南東へ向かって晴れの海、静かの海、豊かの海と名付けられた3つの大海が海峡を挟んで斜めに連なり、静かの海の南側に未開の入江、もっと南に神酒の海がある。


 今、上空を飛んでいる熱帯雨林は未開の入江、神酒の海と豊かの海の間にあるのだが、豊かの海の下半分は地図に記載されていない。


「ラング山も載ってないし」

「ブツの仕入れ先は隠しとくもんでさぁ」

「だよねぇ。手掛かりは例の海峡だけで――あっ、海だ!」


 地平線に海が見えた。沿岸を時計回りに飛ぶようアニキンに指示を出し、とりあえずヤマト国の船団が遠征時に通るという海峡を探すことに。


 目標物の無い洋上を飛び続けるわけにもいかない。GPSが欲しい。


「お嬢、鳥が上がってきます。デカいです」

「獣族か!?」


 ブルーの報告を聞いて銃座に飛びついたレッドがガトリングレールガンの引き金を引いた。弾は出ない。


 まだ電源入ってないから。勝手に先制攻撃しようとしたのもマイナスポイント。やっぱりレッドは落ち着きが無いね。


「お嬢、やはり鳥科の獣族です。もう獣化して……やる気と見ていいでしょう」


 双眼鏡で確認したブルーの目付きが鋭くなった。冷静に見えるけど撃つ気まんまん。レッドより先に撃ち落としたら評価が上がるわけじゃないよ?


 鳥科の獣族か。見てみたい気もするけど今はギン族が優先だね。


 ただ、いい機会でもあるし、飛行能力を確かめるぐらいはしておこう。


「アニキン、少しずつ増速。相手の速力を確かめたい」

「へい、お嬢」


 さて、大きな鳥はどこまで航空機について来れるかな?


「時速250。遅れ始めました」

「はい、減速して。追いついてきたら急上昇」


 さて、大きな鳥はどこまで高く上がれるのかな?


「高度3000。上がってきません」

「はい、水平飛行に戻して。ゆっくり高度を下げて。お次は旋回性能いってみよう」

「「「…………」」」


 あっははは! すべてにおいて完全勝利! 空はわたしのフィールドなのだよ鳥科の!


「もういいや。テキトーに振り払って」

「へい……お嬢」

「アイツ……もう飛べねぇんじゃねぇか?」

「鳥のプライドはズタズタだろうな」

「……ぅすっ」


 獣化後の鳥獣族はまんま大きな鳥だったね。普段は直立二足歩行って話だし……どういう理屈で変身するの?


 サニアにイメージを教わりながら何度トライしても再現できない治癒魔法はその筆頭だが、世に溢れるスキルにはわたしの知識チートでは測れない謎がまだまだ多くありそうだ。



**********



 海峡を左方に見て通り過ぎ、そのまま陸地に沿って低速で飛ぶこと――、約8時間。


「お嬢、起きてください」

「むぅ〜……着いた?」


 アニキンとわたしで交代しながら飛び続け、ついにはコンパスの針路が西を向いた。


「なんで!? 戻っちゃうじゃん!」

「確かに陸地に沿って飛びました。このまま行くと豊かの海を一回り……ってことになりそうです」


 南岸はあったらしいが目的は地形調査じゃない。


 アニキンは何処にも円状の山脈なんか無かったと言うし、わたしが操縦していた間も然り。他のニンジャーも見つけられなかった。


「雷雲に覆われて入れない空域とかも無かった?」

「いえ、常時快晴でした。何ですかそれは?」

「なんだ……ラ〇ュタ式じゃないのか」


 ちょっとガッカリしつつ反転180°でヨーソロー。今度は右方に陸地を見ながらゆっくりと低空を飛んだ。


 山脈はある。あるにはあるが、普通の山が連なっているだけで円状じゃない。


 今度は寝落ちせずに自分で確認してみたが、コンパスの針路は北を指し示し、やがて西に向いたところで海峡が見えた。


「なんで!? 無いじゃん!」

「モモはガセネタを掴まされたんでしょうか?」

「でも、アニェス様も知ってたし……え〜? どうなってんの?」


 もう一度戻ってみても景色は変わらず、木々の生い茂る山裾を見下ろし、海際の間近まで張り出す山脈の麓を舐めて、またしても東岸を通り過ぎてしまった。


「お嬢〜。もうその辺に降りましょうよ。その辺にいるヤツに聞けばわかりますって」

「その辺その辺って言うけど、レッド? 獣族の言語がわかるの?」

「すんませんした! わかりません!」

「フロスは色々と勉強してたよね? どうなの?」

「部族?……と言うか種類?……それぞれに違うらしいし……何よりボクらには発音できないんだ……。通訳?……でも居なきゃ細かいやり取りは難しいと思うよ……」


 さて、困ったぞ。そこは深く考えてなかった。


 亜人族を介して交渉するってことはギン族も言葉が通じない可能性は高いし、まずはその仲介人を探さなきゃいけないのか。めんどくさいなぁ。


「鉄の積荷役です。何処かに港があるのでは?」

「だけどよ、波打ち際には何も無かったぜ?」


 山はアチコチにあるのにラング山らしき山は無い。この摩訶不思議をどう見るべきか。


「港か……。上から見てもわからないような地形だと……探すだけで大変そうだね……」

「上から見て……あっ!」


 それかもしれない。大きすぎて全景が見えないからだとすれば――、


「アニキン! 山脈沿いに上昇して!」


 プラトンに到達可能な最高高度は7500m。それで足りるだろうか。


「……あはっ。そういうことか」


 何とか把握することはできたが、限界高度まで上がっても全景が見渡せない。緩くカーブを描く山脈が地平線で途切れてしまっているから。


「……っ! デケェ!」

「これがラング山……桁外れのスケールだ……」

「……うすっ」


 山脈に縁取られた円周の直径はどれほどになるだろう。100km? 200km? 途轍もなく巨大な平野が丸く囲まれている。


 あの平野が全部鉱山? もしそうならスゴいことだよ?


 青々とした緑が茂っているし、わたしのイメージする鉱山とは違うが、あの地下に鉄を始め様々な鉱物資源が眠っているなら埋蔵量は半端じゃない。


「門なんか無いじゃんね」

「地上を行くなら山越えは厳しそう……。搬出用のトンネルがあるのかも……」

「とりあえず、わたしたちには関係無い。直接降りちゃおう」

「それでいいのかな……?」

「山脈の内側に着陸します。レッドとブルーは周りを見とけ」

「「へい、兄貴」」


 この山……と言うか、この景色をわたしは知っている気がする。ハッキリとは思い出せないけど、これ何だっけ?


 よく似た地形に火山噴火で出来た巨大な凹地がある。地球ではカルデラと呼ばれていたが、これが噴火の痕跡だなんてあり得ない。明らかに大きすぎる。


 よくよく思い返してみれば、ヒョッコリーの山岳も含めてムンドゥスの山は何処か不自然だ。


 富士山のように裾野が広い謂わゆる火山活動によって形成されたものではなく、地盤が隆起したにしては稜線が複雑すぎる。


「うーん……ねぇ? 火山って知ってる?」

「お嬢、後にしてください」

「こう……たまにドーンと噴火するの」


 森の中に着陸ポイントを探して神経を研ぎ澄ませるアニキンは相手をしてくれない。地上からの襲撃を警戒するレッドとブルーも答えてくれない。


「噴火と同時に火山灰を撒き散らして真っ赤に燃えるマグマを垂れ流す。そういう山なんだけど、知らない?」

「イエロー、お相手しろ」

「イエローは聞いたことない? こう……テッペンからドーンと火を噴くの」

「…………工場長っす?」

「ヒラリーじゃない。山なんだってば」


 たしかにギルバートが出ていってから情緒不安定で、腹に溜まったマグマを吐き出すみたいに噴火するけどさ。


 カリギュラも大変だよアレは……って、それはどうでもいいんだった。


「フロスは……たぶん知らないよね?」

「うん……文献にも載ってないと思うよ……?」

「なんでかな? ねぇアニキン? 噂とかでもいいんだけど?」

「お嬢、気が散ります」


 地震があるなら地殻変動もあるはずなのに……なんで火山は無いの? おかしくない?


 この手の自然科学を突き詰めて調べてみても面白そう。前世の知識との齟齬から何らかの真実が見えてくるかもしれない。


「まっ、今はいいや。まずはラング山を徹底的に調査しよう」

「シキ……? ギン族はいいの……?」


 鉱山には入れたんだから、もう用は無いよね?



**********



「それそれそれそれ〜!」


 旋風が土を巻き上げ渦を巻く。『掘削機』でとりあえず地面を掘り返す今のわたしは鉱夫を兼ねた地質学者だ。


「出ないなぁ〜。なぁ〜んにも出ないなぁ〜」


 深さにして10mぐらい掘ったと思う。魔法で土砂の成分を確認しながらやっているけど、掘れども掘れどもただの土。


 多少は鉄分も混じっているが、この程度はその辺の土にも含まれている。鉱床とは呼べない。


「世の中そんなに甘くないか」

「お疲れ様……休憩しなよ……」

「ありがとフロス」


 飽きてきたわたしは引き続き『掘削機』を行使しながらプラトンに戻り、フロスが淹れてくれたコーヒーを片手に一服することにした。


「美味しいの……? 苦いのに……」

「眠気覚ましにちょうどいいから。カフェインにハマると癖になるよ?」

「それは……良くないんじゃないかな……?」


 レッドとブルーはグライダーで周辺を偵察中。


 アニキンはイエローを連れて外縁部の山肌を試掘中。


 かなり派手な土砂旋風に気付いたギン族が現れることもなく、ただただ暇な時間が過ぎていく。


「ちっ……せっかくMP全快してきたのに」

「ごめん……ボクも手伝えれば良かったんだけど……」

「まだ鑑定してないんだからしょうがないよ。ステが無きゃ識術も覚えられないし」


 独立して領内に祭壇塔が立つか、王都の塔を使わせてもらえるようになるかはわからないが、フロスがステータスを得る日はそう遠くない。


「妖精族でも……人神様の神託は下るのかな……?」

「……たぶんね」


 ごめんフロス。そこは深く考えてなかった。


「とりあえず試せばいいよ」

「シキ……そういう考え方は気をつけた方がいいよ……?」

「為せば成る! 為さねば成らぬ! 何事も!」


 いくらフロスでもここは譲れない。トライ&エラーの積み重ね無しに文明は語れない。これは人類史の真実である。前世のだけど。


「そぉれぇ〜!」

「ほどほどにね……」


 失敗して得る教訓こそがイザという時の役に立つのだ。


 わたしは『掘削機』の回転数を上げた。


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