第34話 はみ出し者は何処にでも居る


(別視点:ラフレシア2世)



 ワシの名は……ん〜……何じゃったか……あんまり見とうないんじゃが……しゃあない。ステ見て……ん。ラフレシア2世じゃった。


 懐かしいのぅ〜。ワシを拾ってくれた母者の御名前をそのまま頂戴して……母者に2世は付いとったんじゃろか? まぁ、ええわい…………やっぱ気になるのぅ〜。


「父者……」

「どうなんかのぅ? どうだったんかのぅ? 気になるのぅ〜」

「父者ってば……」

「おぉ……済まんのぅ。朝餉にしよか」

「朝餉はもう食べたよ……」

「……そうじゃったかの?」


 この子は誰じゃったかいの…………あ〜、こないだ拾われたワシの子じゃ。


 名前は……何じゃったか……こりゃいかん……子の名前を忘れるほど朦朧したら終いじゃて。


 え〜……ステ見てぇ……意味無いのぅ……どうするかのぅ……困ったのぅ〜。


「ボクはラフレシア3世だよ……?」

「おぉ……3世か。しばらく見んうちに大きゅうなったのぅ〜。元気かの? いくつんなった?」

「知らないけど……10年は経ってるんじゃないかな……?」

「ほぅかほぅか……」

「父者……すぐそこで森火事だよ……」

「ほぅかほぅか……」


 モリカジって何じゃったか……ん〜……何じゃったかぁ〜……ステ見てぇ〜……意味無いのぅ〜。


「早く消さないと大変かも……」

「そうじゃな。その通りじゃ。3世は賢い子じゃ」

「ねぇ……早く消さないと……焦げ臭いよ……」

「……消す? 何を消すて?」

「だから……森火事……」


 モリカジ……もりかじ……もりかじぃ〜……何じゃったかのぅ。


 とりあえず……3世の指差しとる方へ行ってみるかの。なんやら慌てとるようじゃが……モリカジて何じゃろか?


 ずぅ〜と歩いて……歩いて歩いて……はぁ……疲れたのぅ〜……はて? ワシゃなんで歩いとるんじゃっけ? もう帰ろうかの。


「父者……帰っちゃダメ……」

「これこれ。押すな押すな。困った子じゃのぅ」


 3世に腰を押されて藪を抜ければ、目の前で木々が轟々と赤い炎を拭いておった。


「……こりゃ森火事じゃあ〜。3世……なんでもっと早う言わんのか?」

「ボクは言ったよ……」


 消すて火ぃ消すちゅう事かい。3世にはどうにもならんの……可哀想じゃ可哀想じゃ。


「むぬぬぬぬぬぅ〜…………――ウォータ〜」

「…………」

「ふぃ〜」

「…………父者?」

「なんじゃ?」

「消えてないよ……?」

「そのうち降ってくるからええんじゃ」

「あっ……降ってきた……」

「こりゃいかん……ちぃと低すぎたかぁ」


 失敗じゃ失敗じゃ。洗濯物が濡れて……ちゅうか流されんじゃろか?



**********



 ん? 急に暗くなった? もう明季に入ったはずだけ――どっ!?


 上空を見上げれば陽光を遮りながらグングン近づく飛来物。数が多すぎて捉え切れない。


「――ウインド! ノォオオオオオオオオオオオオオオ〜っ!」


 なんだこのスコール!? 雲は!?


 明季の朝日に蒼く染まった快晴の空から突然の土砂降り。夏祭りでよく見かけるヨーヨーみたいなデカい雨粒が真上から大量に降ってきた。


 とりあえず風を纏ってみたけど、風圧で逸れた雨粒が足元のガラス容器を直撃して叩き割り、雨とは思えない水圧を受けた『ホバークラフト』は真下に押し下げられ、連続する打撃に土台の筏が大破しそうだ。


「――成形!」


 筏の一部を変形させてTの字の支柱を立て、横棒に竹とんぼみたいな翼角を付けて「――ウインド!」風を当てて高速回転させた。


 これで揚力を維持しつつ質量のあるブレードの遠心力で雨粒を弾き――、


「うわっ!? しまったテールロータ忘れ……っ! あぁあああああ〜っ!」


 あまりにも即席すぎたヘリもどきはメインローターの回転に本体が追従してグルグル回り、三半規管が狂ったわたしはまともに魔法を行使できずに錐揉みしながら落ちていく。


「……っ! ――成形っ」


 咄嗟に筏の素材を変形させ、全身を丸く包んだところで強烈な衝撃に見舞われて――そこで意識が途切れた。



**********



「珍しいのぅ〜。種1つだけ降るとはのぅ〜」

「…………」


 皺クチャの緑色の肌に白目の無い緑色の双眸。背中から生えているトンボみたいな半透明の羽根も皺クチャで、羽ばたいたとしても飛べそうにない。


「黒毛で黒目で白ぇ肌で……しかも羽根無しっちゅうたら大変じゃて。見た目ほとんど人族じゃもん……可哀想にのぅ〜」

「…………」


 眉毛の代わりに蛾の触角みたいなものをおでこに生やした優しげな人外老人は、見た目だけならピッコロ大魔王の元になった神様に見えなくもない。


 はて? 神様って……転生神の事じゃないよね……他にも居るの? ん〜?


「安心せぇ……ラフレシア3世。ワシゃ集落の連中とは違うでのぅ」

「父者……ラフレシア3世はボクだよ……」

「おぉ……3世か。しばらく見んうちに大きゅうなったのぅ〜。元気かの? いくつんなった?」

「知らないけど……10年は経ってるんじゃないかな……?」

「ほぅかほぅか……」


 どういうわけかわたしはこの老妖精族に助けられ、どういうわけか義理の娘?みたいに扱われている。


 ホントにどういうこと? まったく意味不明なんだけど……。


「父者……妖月モンがすぐそこまで来てるよ……」

「ほぅかほぅか…………なんでじゃ?」

「知らないけど……さっきみたいに4世が襲われるかも……」

「妖月モンに襲われるちゅうんも珍しいのぅ。ちゅうかそんなん初めてじゃよワシ」


 右眼から花の蕾みたいなものが覗いている子妖精族が義理の兄?に当たるラフレシア3世。


 白い肌と白い髪を持ち、顔立ちは人族に近くて、全体的にほっそりしたイケメン。ピンとした張りのある羽根は若さの証なのかな?


 わたしがラフレシア4世で兄者がラフレシア3世。父者と呼ばれているラフレシアはラフレシア2世なのだろうか。


 2世と3世……親子って言うには歳が離れすぎてるよね? パッと見てわかるもんじゃないのかな?


 ラフレシアとは随分と臭そうな一家に加えられちゃったもんだけど、冗談抜きで大変なとんでもない状況になってしまって、シキちゃん持ち前の賢い脳みそが働かない。


「…………おぎゃあ」

「父者……4世が怖がってるよ……。妖月モン……何とかしてよ……」

「コイツら面倒臭いんじゃ〜。どの木がその木なんかわからんしのぅ〜」

「知らないけど……動いてるのがそうなんじゃない……?」


 本には降水量が多いと書いてあったのになかなか雨が降らないし、枯葉剤は妖月モンに効果覿面だったからイケると思ったわたしは樹海のかな〜り奥の方まで進出していた。


 まさか樹海を通り越して妖精族の領域にまで枯葉剤をバラ撒いちゃったのかと不安になったけど『愚者』や『死神』のレベルは据え置き。


 周囲は大きな妖月モンに囲まれている。2人の他に妖精族の姿は見えず、少なくとも集落とやらではなさそうだ。


「結界でも張っとくかのぅ〜」

「…………結界?」

「むぬぬぬぬぬぅ〜…………――ウインドカッタ〜」


 ラフレシア一家を中心に半径50メートルくらいのところで風が吹き始めた。


 なんて言うのかな……のんびりした竜巻みたいな感じだね。自然の竜巻ではあり得ないけど、ホントにこんなので触手が……おおっ?


 伸びてきた触手が『結界』とやらに触れると呆気なくスッパリ切れた。


 そうか。2世の魔攻は大木にまで育った妖月モンの魔防すら凌ぐのだ。だから、ただの『ウインドカッター』を大きめに展開するだけで即席の防御になる。


 結界と言うと仰々しいけど有難いことには違いない。


「ありがと〜。ありがと〜」

「父者……4世は産まれてすぐ喋れるみたい……」

「珍しいのぅ〜。赤子にしては大きいしのぅ〜」

「知らないけど……種の中で育ったんじゃない……?」

「そういう事もあるんかのぅ〜。ちゅうかそんなん初めてじゃよワシ」


 これってチャンスなんじゃない?


 わたしの中でアニェス様はほぼ人族だしさ、これが他種族とのファーストコンタクトとも言えるよね。


「父者、助けてくれてありがとう」

「スゴいのぅ〜。どうやって言葉覚えたんじゃ?」

「ワタシ、知ラナイコト、タクサン、教エテ」

「ええよ〜。何でも聞いたらええからのぅ〜」


 何故かカタコトになってしまったけど、何でも教えてくれるらしい。


「ここは何処?」

「森じゃ」

「ムンドゥスの……中央大陸の……樹海の……真ん中くらい……」

「わたしは誰?」

「ラフレシア3世じゃ」

「父者……3世はボク……この子は4世だよ……。キミは種から生まれたばかりの妖精族の子供……。だけど集落には住めない……ボクと同じ……」


 しばらく会話してみてわかったこと。


 2世は半分ボケている。対して3世はのんびり口調ながら頭の回転は早そう。こっちに教えてもらおう。


「兄者? 種って何?」

「妖月から溢れる種子のこと……。ボクらはみんな妖月の子なんだよ……」

「――へ? それって妖月モンじゃないの?」

「さっきの会話だけでそこまで……? キミはすごく頭がいいみたいだ……」


 妖月の落涙でムンドゥスに降る種子の中には、妖精族の赤ん坊が入っていることがある。


「へぇ〜!」

「ほとんど妖月モンの種子らしいけどね……。父者……? どのくらい……?」

「わからんのぅ。降種の規模にも寄るしのぅ〜」


 非常に稀なことであり、どの種子がそうなのかを判別できるのは妖精族のみ。


「キミの場合は落ちた時に種が割れたんだ……。それでケガもしてたからね……。父者の回復魔法が無かったら危なかった……」

「父者! ありがとうございます!」

「ええよ〜。何べんでぇ〜も治したるからのぅ〜」


 地上に落下した種子はほとんどが妖月モンとして芽吹くのだが、芽吹く前に焼いてしまうのが他種族の一般的な対処法になる。


 したがって、運良く妖精族の領域に落ちて、早めに拾われなければその子供がムンドゥスに生を受けることは無い。


「ボクは10年と少し前に降って……集落の人に拾われたんだ……」

「10年と……少し?」

「大きな降種が樹海の南の方であったらしい……。ギリギリ人族の領域だね……」


 妖精族の大侵攻……そういう背景だったのか。


 聞けば妖月モンとは違って妖精族には繁殖能力が無いらしい。数が少ない理由も納得した。


 他種族から見れば落涙を利用して戦争をふっかけたようにしか見えなくとも、妖精族にとってそれは『降種』――赤ん坊の揺り籠が混じった恵みの雨なのだ。


 摘み取られる前に回収しようとした結果、人族との戦争になってしまったと。


「……集落には住めないの?」

「ボクらは変種だから……。ほら……ボクは右眼に妖月モンの特徴が出てるし……他の人よりたくさん食べなきゃいけないからね……」

「明季でもたんと食うでのぅ〜。普通は水だけでええんじゃがのぅ〜」

「妖月モンっぽい……。だから嫌われる……」


 ラフレシア2世は3世を引き取り、集落から離れて1人で育てることを選んだ。


「うぅ〜……ぐすっ!」


 ええ話や……思わず涙が出た。


「父者……4世は目から水が漏れるみたい……」

「珍しいのぅ〜。もったいないのぅ〜。ちゅうかそんなん初めてじゃよワシ」


 あと、妖精族は泣かないらしい。


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