第35話 困ったことに……


「兄者、この木の実、美味しいね」

「そうだね……。ボクの分もお食べ……」

「仲良きことはええことじゃ〜」


 2世や3世との会話はとても勉強になった。


 普通の妖精族は植物のように光合成により栄養を摂取できるため明季は食事をほとんど必要としない。


 暗季に入れば食事もするが非常に小食で、あまり食べているようには見えない3世は大飯食らいと揶揄されている。


 他種族と同じく、動けばそれだけ空腹感が増すため基本的に運動を好まず、動物を狩ることはせず、集落の住民はみんな揃ってベジタリアン。


「卵は食べるの?」

「鳥の巣を見つけたら食べるけど……ボクだけかな……」

「ゲテモノ喰いじゃしのぅ。ワシゃ別にどうとも思わんがのぅ」


 肉食は妖月モンを彷彿とさせるため忌避しており、アイツらに対してそれ以上の関心は持ち合わせていない。集落の周りに居て邪魔だったら駆除するような対象だ。


「父者は何歳なの?」

「数えとらんのぅ〜」

「最大MPはいくつ?」

「ん〜? どうでもええじゃろぅ〜?」

「ねぇ、教えて? MPはいくつ?」


 しつこく問われて観念した2世は面倒臭そうに宙を見上げ、「ヒィフゥ……ヒィフゥミィ……」と指折り数えて――、


「あ〜……目がチカチカするのぅ〜。もうどうでもええじゃろぅ〜」


 ステータスを確認して目がチカチカするほどの桁数ってこと? 血ぃ吸ったら死ぬかもな……猛毒だと思っておこう。


 人間がパッと見て把握できる数には限りがあるし、前世のとある部族の言語体系には3より多い数を『たくさん』と表現するものもあるのだと聞いたことがある。


 2世は天文学的な大量のMPを無意に溜め込んでいて、その事をもったいないと思っていない。そもそも魔法にそこまで興味が無い。


 他の妖精族のご老体も似たようなもので、樹海を維持する目的でたまにとんでもない量の『ウォータ』を遥か上空に行使して雨を降らせるくらいだと言う。


「わざわざ数えんでも魔力くらいわかるじゃろぅ。じゃからMPなんぞ見んでええんじゃ」

「感覚的に自分の魔力がわかるの? どんな感じ?」

「ん〜? あ〜……なんじゃ〜……こう……フルフルっと」

「ふるふる?」

「ミョンミョンと来てぇ〜……こう……なんじゃ〜……モワァ〜ンと」

「みょんとキテ……もわん?」

「そうじゃ。フルフルっとミョンミョンのモワァ〜ンじゃ」


 ボケが進行しているのか、本当にシックスセンス的な何かがあるのかは知らないけど謎すぎる。


「兄者のMPは?」

「ボクにはステが無いんだ……。だからわからない……」

「もう10才は超えてるのに?」

「鑑定してないから……。スクロールも貰えないし……」


 変種だから迫害されているということらしい。


 妖精族の集落近くには聖域と呼ばれる森があり、そこにはとても大きな巨木があって、その根元で祈りを捧げればステータスを得られるのだが、聖域に立ち入るには妖月教会の許可が要る。


 転生神は『いずれかの教会で祭壇に祈りを捧げれば良い』と言っていたけど、妖精族の場合は妖月教会という組織が管理する巨木がそれに当たるのか。


「……理不尽だよ」

「仕方がないんだ……。ポーションを売るのもスクロールを買うのも……全部教会を通じてだから……」


 寿命が長くて数が少ない妖精族の既得権益か……死ぬほど堅そうだね。


「聖域の森にさ……こっそり入っちゃえば?」

「無理じゃ。最長老が結界を張っとるからのぅ」

「父者がこじ開けてよ」

「無理じゃ。最長老の結界はあらゆる魔法を無効化するからのぅ」


 2世の解りにく〜い話を頑張って聞いてわたしなりに意訳すると、『結界』というのは『対魔法防護結界』の略称であり、つまるところ行使中の魔法のことだった。


 行使者の制御下にある魔法はより高い魔攻を持つ者にしか干渉できない。例えば2世が展開している風の結界にわたしの魔法をぶつけたところで無効に終わる。


「最長老は妖精族最強じゃ。逆らう者なぞ居らんのぅ」

「教会も最長老が牛耳ってるから……どうにもならないんだ……」


 妖精族の最長老。レナードが足元にも及ばない特大の老害に違いない。



**********



 2人の妖精族と出会って数日が経過したある日の早朝。


「「――なっ!?」」


 ややこしいのが来たよ。なんで来ちゃうかな。


「父者……! 父者……!」

「ん〜……なんじゃもう昼か」

「じ、じじ人族……! 人族……!」

「コレコレ、慌てるでない。すぐ朝餉じゃて」

「妖精族! 高位か!?」

「ヤベェ! シキが対魔結界の中に居やがる!」


 カリギュラと……シグムントまで? 何しに来たの?


 まだ少し距離があるから膝の悪いカリギュラはいいとして、シグムントの『絶対切断』は対処に困る。物理攻撃だから結界じゃ防げない……たぶん。


 2世は目が悪いからまだ気づいても居ないけど、3世にはしっかり状況が把握できてるし、2世を操縦してテキトーに特大の『ファイア』を出されただけで焼死体が2つ出来てしまう。


 どうする? とりあえず落ち着いてもらおうか。


「――水遁の術」

「「「ゴボッ!?」」」

「何じゃ? どうしたんじゃ3世?」

「父者、わたしは4世だよ」


 3人の鼻と口を水球で覆って冷静になるのを待ちつつ、わたしは2世の説得を開始。


「父者、わたしは人族なの」

「ジンゾク? じんぞく……じんぞくぅ……何じゃったかのぅ?」

「え? そこから?」


 これは時間が掛かりそうだね。



**********



「オムレッツ上がったよ〜」

「何じゃ3世? こりゃ卵かのぅ?」

「4世だから。父者も1口食べてみない?」

「要らんのぅ」

「じゃあ、割る役をやらせてあげる。ナイフで縦に切ってみて」

「割るて……? ふぉお〜。トロっと出よった〜」


 酸欠で失神した3人をカーボンナノチューブ製のワイヤーロープで拘束し、手早く建てた荒屋の中に放り込み、カリギュラの背嚢から野営グッズを拝借して樹海クッキング開始。


 卵は3世がわたしのために見つけてきてくれたものだ。


「「「…………」」」

「3人とも落ち着いた?」


 2世はわたしの命の恩人。まぁ、墜落したのも2世の雨魔法が失敗したせいなんだけど原因はわたしの火葬だし、そのまた原因は妖月モンだから。


「つまり全部、妖月モンが悪いの」

「「「…………」」」


 ダメか……他種族同士ってこんな感じなんだねぇ。


 2世はボケてるって言うか、人生そのものに達観してるトコがあるから『珍しい』と言うだけで特に興味も無さそう。今はオムレッツのトロっと感が面白いってだけで満足してる。


「旦那サマ? 国際色豊かなお茶会ですよ? 人族を代表してちゃんとしていただかないと」

「…………」

「おじさん? なんでムクれてるの? この荒屋が無事に済んでるのは父者の対魔結界のおかげなんだよ?」

「…………」

「兄者もさ。ビビってるのはわかるけど、わたしは味方だから。この2人もわたしを探しに来ただけらしいし」


 ガチガチに凝り固まった頭の固いオッサン2人は置いといて、3世の頭はまだ柔らかいはず。このままじゃ彼はジリ貧だし、それについては本人もわかっている節があった。


「初めてなんだ……こんなに近くで……」

「もしかして、人族って凶暴なイメージ?」


 わたしが2世と話してみて感じたことは、人族と妖精族の間に横たわる決定的な意識の違いだった。2世の時間はゆっくりと流れていて、まるで木と話してるみたいだなと思った。


 寿命の違いが生き方や精神性、死生観にすら大きな差異を生んでいるようだ。


 産めよ増やせよと数を頼りに生き抜く短命種と、自らの因子を後世に遺す術を持たない生への執着が希薄な長命種。


「いつも戦っていると聞いた……ボクにはわからないよ……」


 相容れないと言ってしまえばそれまでだけど、だったら3世の生きる場所は何処にあるのか。


 生まれて間も無い変種の彼にとってこの世界は孤独な地獄に他ならない。唯一の救いは2世の存在だろうけど、3世の気持ちが2世には理解できないのだから。


「戦う理由なんてわたしにもわかんないけどさ……とりあえずオムレッツ食べよ?」


 卵の焼ける匂いを嗅いだ3世のお腹は鳴りっぱなしだ。わたしにはその気持ちが痛いほどわかる。


「わたしの1番の得意料理なの」


 2世のナイフでつつかれ過ぎてスクランブルエッグになってしまったオムレッツの皿を差し出すと、おずおずとスプーンに手を伸ばした3世はパクリと1口頬張った。


「味付けはどうかな? まだ妖精族の味覚がわからないから、ちゃんと言ってね?」

「美味しいよ……」


 3世は触角をぴこぴこ動かしながらパクパク食べ続け、卵2つ分のオムレッツをあっという間に平らげた。


「4世……キミの名前を教えてくれるかい……?」

「わたしの個体名はシキ・キョアンだよ。シキって呼んでね」

「シキ……シキか……いい名前だ……。ボクの名前はラフレシア3世さ……」


 やっぱり3世は普通だ。中身はわたしと何も変わらない。少し年上の少年に過ぎない。


「いいと思うけどちょっと長いし、父者も同じだしなぁ。なんて呼べばいい?」

「3世でいい……」

「ん〜……他にもナンタラ3世が居るかも」

「なら……シキが決めてよ……」

「いいの? じゃあ……フロス。花って意味だよ」

「花……フロスか……」


 右眼の蕾が咲くことはあるのだろうか。


 彼にとってはコンプレックスの塊なのかもしれないけど、不謹慎にも見てみたいと思ってしまった。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4020/1/13 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:800/1020

 MP:1001030/1090250

 物理攻撃能力:700

 物理防御能力:710

 魔法攻撃能力:1090250

 魔法防御能力:1090249

 敏捷速度能力:1050

 スキル

 『愚者LV6』『魔術師LV6』『死神LV2』『女教皇LV3』『法王LV3』『恋愛LV1』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV2』『ベビーシッターLV5』『マスキュラーLV4』『野生児LV3』

――――――――――――――――――――



 オムレッツ作ってあげてる時には気付いちゃってたんだけどさぁ……この歳で『恋愛』って言われてもなぁ……ヤバくない? 


 ポール系のスキルから最終進化?というか派生?したっぽいんだけど……あの野郎……ホント困るよ。


『法王』とは方向性の違う優しさが溢れてきて、彼をどうにかしてやりたいという気分になる。


 どうにかしてやるって、変な意味じゃないよ?


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