第32話 筋肉って……イイね!


 わたしが愚かだったよ。なんて頭デッカチで分からず屋のお子ちゃまだったのか。


 物攻の大小なんて意味無い? 攻撃力とは無関係だから鍛えても無駄だと?


「あはははははっ! チャンチャラおかしいよね! 見よ! このシックスパックを!」


 今日も今日とて腹筋がピクピク喜んでる! もっと負荷をくれと叫んでいる!


 イイよイイよ〜。筋繊維ミチミチ言わしてイイよ〜。


「ドゥン、ドドゥン、ドドゥン♪ ドゥン、ドドゥン、ドドゥン♪ 」


 どこからともなく結果にコミットする曲が流れてきて〜。


「タ〜タラッタラッタタタタ♪ タ〜タラッタラッタタタタ♪ 」


 魔法で作った向かい風に吹かれてなびく黒髪! 魔法で作ったサンオイルにテカる筋肉! 素晴らすぃ〜い!


「さぁて、本日の成果は――おおっ!」



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4020/1/8 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:890/995

 MP:1032550/1090250

 物理攻撃能力:680

 物理防御能力:695

 魔法攻撃能力:1090250

 魔法防御能力:1090249

 敏捷速度能力:985

 スキル

 『愚者LV6』『魔術師LV6』『死神LV2』『女教皇LV3』『法王LV3』『家政婦の凄技LV3』『料理人の鉄腕LV4』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV2』『ベビーシッターLV5』『マスキュラーLV4』『野生児LV3』

――――――――――――――――――――



「あ〜! 惜しいぃ〜!」


 フィジカルが! どれもこれも! あともうちょいじゃないかぁ!


 何がもうちょっとなのかは謎だけど、何となく区切りが悪い気がする。


「あっ! 猪豚はっけーん!」


 逃げる猪が「――照明!」視界から消える前に「――オラァ!」ボォンっと首を飛ばして「――血抜き! 解体! ウェルダン!」マンガ肉に齧り付く。ちゃんと塩化ナトリウムをまぶしてあるから普通に美味しいジューシージビエ最高。


 樹海0ゼニー生活を始めてからというもの食べ物に恵まれてる気がする。自然の恵みを魔法で搾取して得た糧が筋肉に変わっていく実感が確かにある。


「シキ〜! 帰るぞぉ〜!」


 はぁ? 帰る? 何処に? ここがわたしの縄張りでホームだけど?


 就寝中の虫には嫌な思い出があるので家もちゃんと拵えた。隙間風の無い荒屋程度の簡素なものだけどこれで十分だ。


 何が鉄壁の防御陣地だバカバカしい。虫が入って来なくて、燻製とか干し肉を保管できれば生きていけるでしょ。


「アニェス様が茶菓子の用意してるってよ〜!」


 はぁ? 菓子だって? 草ドラゴンの生き血をガブ飲みして以来、わたしは甘いものが大嫌いになったんだよ。お茶会でも一切口を付けてなかったでしょ。


 アニェス様だってわかってるはず。これだからムサい男ってのは……テキトーな嘘つきやがって。


 よく考えたらいい。樹海は食べ物の宝庫だ。何回か妖月モンっぽい木にも出会したけど魔法でサクっと倒せた。


 もうすぐ暗季が明けるから例の尻叩き団が来るんだろうけどさ、わざわざ顔合わせる必要ある? 無いよね?


「カルラが困ってんだ! ペットなんたらがもう無ぇんだと!」


 それは申し訳ないが気分じゃない。こっちは美尻が裂けるかどうかの瀬戸際なんだ。


 ダイヤモンドラッシュと一緒さ。化学繊維の夜明けは幻だったってことにしといてよ。


「シキ〜! 何処にいる!?」


 カリギュラ……今までありがとう。わたしは樹海ここで生きていくから。


「膝、大事にしてね?」


 わたしは猿のように木を駆け上がり、川向こうまで渡したワイヤーロープの滑車に掴まって――、


「あ〜〜あぁあああああ〜〜あぁ〜ぁぁ……ぁぁぁ……」


 新たなる狩場を目指し、樹海の奥地へと足を踏み入れた。フロンティアは目の前だ。



**********



(別視点:シグムント)



 俺の個体名はシグムントだ。ただのシグムント。


 ヤマト国でも東方の片田舎にある静かの海に面した漁村の出。


 鑑定を受けてみればステータスに剣術スキルがあって、村では他に居なかったから人神様に選ばれたのだと思った。


 両親が止めるのも聞かずに漁船の櫂1本を背負って村から飛び出し、キョウの都まで続くと聞いていた街道をひた走り、道中の盗賊を殴り倒してスキルレベルを上げた。


 我ながら馬鹿だったと思う。その街道は確かに都まで続いていたが、すべての街道は元を辿ればそこへ繋がるに決まっているのだ。


 山中で道に迷って野垂れ死にしそうなところを運良く師範代に拾われたから良かったものの……あの時は本当に死ぬかと思った。


「シキは何処か?」

「姫さん……面目ねぇ。見失った」

「たわけ。すぐに追え」


 パメラが産んだ鬼子はとんでもない鬼才だった。


 予定日が新月に重なりそうだったので気を揉みつつ構えていれば、よりにもよって人月の蝕。馬番を丸め込んで本邸を抜け出し、1人街道を駆けて別邸へ赴き、そっと離れを覗いた時にはもう産まれていた。


 その時はホっと息を吐いて会わずに帰ったが、ザビーネの目を盗んで次に別邸を訪ねた時、初めてちゃんと目にしたアレはまったく泣かず、ちっとも笑わず、蝕のような漆黒の瞳が俺を見たのだ。


 品定めされているような怖気を感じて思わず後退ってしまった。アレを素直に可愛がるパメラはどうかしていると思ったが、女とはそういうものなのかと深くは考えなかった。


 パメラを襲った魔力欠乏の経緯についてはよくわかっていない。


 今だにパメラの虚偽申告だと言い張るレナードとメイデンが何かを隠していることはわかっているが、追及しても何とも言えない妙な気配を発して同じ言い訳を繰り返すのみ。2人は別邸の維持に欠かせない人材であったため踏み込めずに、今に至る。


「樹海の奥地へ分け入っただと?」

「御当主……分け入ったなんてもんじゃねぇ。川を飛び越えて未踏域に突っ込んでっちまったみてぇだ。ロープは向こう岸から切られてやがった」


 10歳の俺は普通の山で遭難して死に掛けたんだぞ? 6歳の女児が……樹海の未踏域に? 単独で?


「師匠! 早く! 早くシキちゃん追いかけないと!」

「お、おう……はぁ〜……追いつけるかぁ?」


 教会の仕置きがあるのではと恐れていたようだが、年少者が多少かぶいたところで……いや……アレの場合はあり得るのか?


 パメラはアレに魔力を吸われたのではないかと思ったことすら……だが、あの不気味な赤ん坊を抱いて微笑む彼女には他の何とも違うがあった。


 俺はそれに甘えたのだ。この女なら大丈夫。任せておけば上手くやると――浅はかにも。


 中途半端な男だという自覚はある。いくつかの武勲で調子に乗って、貴族の身分を得てみたものの肌に合わない。婿に迎えられて早々に勃発した妖精族との戦争を思えば、ひょっとすると義父殿はあの侵攻を読んでおられたのではないか。


 戦死された先代も庶出の婿養子だった。先々代も同じく。キョアン家は女系一族なのだ。


 しかし、そこの家長に収まったとはいえ俺自身は漁師の倅に過ぎない。パメラは戦災孤児だと聞いていたし……それでなんであんなのが出来る?


 人神様の下された罰だったのか。パメラを軽んじる俺への罰であったのに、俺はそれすら彼女に押し付けて逃げたということか。


「カリギュラ」

「…………」

「頼む。馬鹿娘を連れ帰ってくれ」

「……おう、任せろ」


 無謀なマジシャン・ヤークトに付き合ってくれた戦友の1人だ。誰より信頼している。間もなく視察団が到着するし、そうでなくとも俺には無理だ。


「そなた、何をしておる?」

「アニェス……殿?」


 恐ろしい。俺は娘が恐ろしい。


 しかし、アレが居たからこそ俺は足掻けた。


 ヤマト国の伝手を辿り、未開の入江の越え、危機の海を渡り、さらに東の、そのまた東、遥か東の最果ての地まで足を伸ばす時間を得た。


 1年に渡る長期不在のアリバイづくりに手を貸してくれたミッタライ王には大きな借りが出来てしまったが、それよりも遥かに大きな、一生掛けても返せぬ恩義の主が鷹揚に、尊大に宣じる。


「疾く、行け」


 ああ……さすがは世界の果てに座する女帝だな。


 いずれの月の蒼光も届かぬ荒野――荒れ果てたその地平を望みながら多種族を束ねる彼女が、なんで俺なんぞに。


「アニェス、ありがとう」


 キョアンもピックミンも小さい。そこで蠢めく者らもまた小さいが、さらに小さな俺は己れの小ささと併せて、世界の広さを知ったではないか。


 樹海の奥地? 人族の未踏域?


 ムンドゥスの外に比べれば、隣の家の庭のようなものだ。



**********



「クッソォ〜っ!」


 樹海の奥地は半端じゃなかった。わたしの魔法が全っ然効かない。


 妖月モンは魔法こそ使ってこないものの、数十年の樹齢を重ねた個体はそれだけで魔法に対する絶対防御を持つ。


 数も多い。一昨年の亜竜のように1体だけ倒せばいいわけではなくて、アイツ以上の魔防持ちがそこら中に居て、蔓や蔦で絡め取ろうとしてくる。


 木竜よりはノロいから避けられるけど、こりゃ無理だわ。魔法を封じられたわたしがここで生きていけるはずもない。尻叩きは死んでも嫌だけど、このままだとその辺に居る獣と同じになる。


「うわっ……えっぐぅ〜」


 食獣植物とでも呼べばいいだろうか。


 わかりやすい口は無くとも、捕らわれた動物が丸ごと妖月モンの養分になっていることが一目でわかる凄惨な光景があった。


 絡みついた無数の蔓や蔦が肉に食い込み、取り込まれたようにも見える複数の獣の顔が幹から覗く。まだ生きている獣たちは苦しげに呻き、眼球を中から押し出し貫く細い枝の先っぽには小さな花が咲いていた。


 妖月モンを背中に載せてノシノシ歩く大型のはぐれモンも居た。冬虫夏草にとっての虫のように、動物の身体へ根を張ることで使い捨ての足として敏速の低さを補っているのだろう。


 捕まって同じように取り込まれ、トドメを刺されずにアレらの仲間入りをした自分の姿を想像すると、生きた心地がしない。


「コイツら……生かしといちゃダメだ」


 全周から伸びてくる緑の触手を避けるだけ。攻撃手段が無い現状では如何ともしがたい。


「一時撤退して体勢を立て直そう」


 見てろよコノ〜。お前の木目は覚えたからなぁ〜。


 一旦、河川敷まで下がり、パパッと作ったガスマスクで顔を覆い、クソ妖月モンを根絶やしにする物質を生成し、いくつものガラス容器に密封していく。


 2,3,7,8-テトラクロロジベンゾ-p-ジオキシン(TCDD)――化学式C12H4Cl4O2で表されるポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシンの1つ。


 不正確ではあるが、単に『ダイオキシン』と短縮されることもある。


 それを圧縮して封じたガラス容器をテキトーに作った筏に大量に積み込んで、『ホバークラフト』で上空を征くわたしは飛行機の必要性を強く感じていた。


「まぁ、それは追々として……妖月モンども。悪名高きオレンジ剤を食らえ」


 ガラス容器を投下し樹上の間際で「――破砕、拡散」して、上には昇って来ないように散布すると森がガサガサ暴れ始めた。自ら被害を拡大してくれるなら楽でいい。


 前世の一昔前に起きた戦争で用いられた枯葉剤。名目上はマラリアを媒介する蚊や蛭を退治するためとされたが――、


「実際のところは……まぁ、邪魔だからさ」


 ゲリラの隠れ蓑となる森林の枯死と農業基盤の破壊が目的だったと言われているが、非人道的な結果を齎したために後年になって問題視された先進国の横暴の一例だ。


「でもさぁ! お前らはヒトじゃないからなぁ〜! あっははははは!」


 魔法で生み出した薬剤による無差別攻撃――当然ながら物理攻撃として判定された。


 あれほど元気に青々としていた妖月モンの森が茶色く染まっていく様を見下ろしながら、次の枯葉爆弾を投下。


「狩った獲物をギリギリ生かして長期保存だと? ふざけやがって……許すまじ!」


 先ほどの獣たちの姿を思い出して、同じ目に遭う人間を想像して憤怒に薪を焚べていく。


 川の南側に若木が居たということは、落涙が無くとも妖月モンは繁殖するのだろう。これ以上拡がる前にモンスター樹海は駆逐しておきたいけど、如何せん生息域が広すぎる。


「とりあえず……何処まで続いてるか確認しなきゃね」


 細長い川のように茶色く染まった樹海へ降下し、新たにダイオキシンを生成して再び上昇。ついでに半生半死の動物たちを妖月モンの死骸を薪代わりに火葬しておくことも忘れない。


「ナンマイダ〜、ナンマイダ〜……何枚だって何が?」


 魔法で燃やした物質から生じた炎は物理攻撃だから延焼も狙えるはず。


 自ら取り込んだ動物の皮下脂肪がお前らを焼く煉獄に変わるのだよ。


 さて、雨が降る前に行けるところまで行ってみよう。


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