第31話 ステが先か、筋肉が先か


 極細ワイヤーに捕らわれ、わたしは樹海に連れて来られた。


「おじさん……ナニコレ?」

「お前さんを鍛えてやる。修行だ」


 ちっ……脳筋が邪魔しやがって。隣で腕組んでるギルバートは何? メッチャいい笑顔……ムカつくなぁ。


 色々と考えた結果、視察団が来て、イザ鞭打ちの刑となったら逃げることに決めた。わたしはそのための準備をしなければならない。


「ではカリギュラ殿。後はお願いします」


 わたしを捕縛してここまで運んできたサニアは忍者みたいにシュピンと消えた。ワイヤーの張力で飛んで樹上に上がっただけだ。


「ギルぅー? これ解いてぇー?」

「ダ、ダメ! 解いたらシキちゃ――シキは逃げちゃうもん!」

「わたしのお尻……触る?」

「え? なんで?」


 ちっ! ま〜だガキンチョか! わたしもまだオッパイは武器にならないけど……お尻はかなりイケてると……ちぃ!


「シキ、お前さん、ステがあるそうだな?」

「そうだね」

「色々と言いたいことはあるがぁ……とりあえず今のHPと物攻と物防と敏速を言ってみろ」



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4019/9/19 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:685/850

 MP:814500/1090250

 物理攻撃能力:315

 物理防御能力:363

 魔法攻撃能力:1090250

 魔法防御能力:1090249

 敏捷速度能力:782

 スキル

 『愚者LV6』『魔術師LV6』『死神LV2』『女教皇LV3』『法王LV3』『家政婦の凄技LV3』『料理人の鉄腕LV4』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV2』『ベビーシッターLV5』

――――――――――――――――――――



 バランスが悪いことは自覚しているが、魔法系のパラメーターが高すぎるのはしょうがない。


 敢えて見ないようにしてフィジカルの4つを正直に答えると――、


「全っ然足らん! そんなことじゃすぐに死ぬぞ!」


 大声でダメ出しされた。


「そりゃ6歳児だし」

「ギルと腕相撲してみろ」

「え〜」

「魔法は使うなよ?」


 当たり前だけど、わたしの腕は一瞬でパタンされた。


 そりゃそうでしょ。今やギルバートは長い天秤棒を片手で小枝みたいにビュンビュン振り回すんだから。


「魔法使いはヒョロガリってのが相場だが、お前さんは最低限の体力も無い」

「お母さんのお乳が出なかったからね」

「……覚えてんのか? まぁ、そういう部分もあるが、頭だけじゃなくて体も動かさないと育たないだろ?」

「筋肉が?」

「そうだ。筋肉を付けないとすぐ死ぬ」


 視察団が来るまでの3ヶ月、わたしはギルバートと一緒にカリギュラの指導を受けさせられることに決まったらしい。シグムントはどうでもいいけど、アニェス様まで筋肉修行に賛成しているとなると困ってしまう。


「もちろんギルとは別メニューだ。お前さんは敏速タイプみたいだから、斥候向けの修行にする」

「だったらサニアさんの方がいいんじゃない?」

「それはそうだが、赤ん坊の世話があるから無理だってよ」


 アニェス様はお忙しいので子守りをしている暇が無い。わたしが樹海ブートキャンプに入ればイニェスの面倒を見られる人間はサニアだけだ。


「……たぶんアッチの方が厳しいぞ?」

「……むぅ」

「魔法使いの裏技も教えてやるぞ?」

「ん? 裏技?」


 それはちょっとだけ興味がある。カリギュラが言うのだから実戦向きの話だろう。


「物攻が1000になったら教えてやる」

「先が長過ぎるよ!」


 人族の10歳児なら鑑定時点で物攻1000くらいが平均値。だから、わたしもそのくらいにはなるはずだと言うのだけど、それはおかしいよね。


「わたしは6歳児だってば」

「10才んなったら教えてやるってことだ」

「あと、わたしは女の子だし」


 平均物攻1000は男女の差を均したものだろう。だったら女子の平均値を適用するのが正しいはずだ。


「細けぇこと言うな。1000なんてカスだぞ?」

「大体さ、物攻とか物防って何なの?」

「あん? 何って……何がだ?」

「おかしいよね? 色々とさ」


 カスの3分の1にも満たない物攻のわたしだけど、わたしが持ったナイフの先っちょはカリギュラに刺さるはずだ。


「…………」

「包丁持っても物攻は変わらないよね? でも実際の攻撃力と言うかさ、危険度は明らかに増してるよね?」

「…………」

「ステの能力値に何の意味があるの? ねぇ、おじさん? 教えて?」

「細けぇこと言ってんじゃねぇ! HPと物攻と物防が高けりゃ強ぇんだよ!」


 物攻・物防・敏速と、魔攻・魔防はまったく違う。同じ能力値扱いで並んでいることがそもそもおかしい。


 魔法系のステータスは意味がわかってきたんだけど……他はどうにもなぁ。


「おじさん。ステ教えてよ」

「……弟子が師匠に聞くことじゃねぇよな?」

「ステの数字にどんな意味があるのか調べたいの。――抽出、成形」

「魔法は使うなって言ってんだろぉ!」


 樹海の中に出来たものはジムでお馴染みの筋トレ複合機『マルチホームマシン』だ。ウエイトが石材なので少し大きめになってしまったが――、


「コレ1台でアームカール、オーバーヘッドトライセプス、キックバック、サイドベント、シーテッドロウ、チェストプレス、レッグエクステンション、ローイング。8つのトレーニング種目が楽しめる優れものだよ」

「…………新手の呪文か?」


 これでわたしとカリギュラの筋力を数値化して定量的に比較する。その結果をステータスの物攻と比べれば、筋力=物理攻撃能力なのかを検証できるはずだ。


「アームカールからいってみようか。おじさんは片腕で何キロ上げられるかな?」

「…………」


 師匠の力量を測定しようとするわたしをギルバートはキラキラした目で見つめていた。



**********



「ぬぅあああああ――っ!」

「スゴイね……チェストプレス300kgとか……バケモノか」

「さすが師匠ぅ! スゴイ!」

「ほい、10kg追加」


 わたしは怪我したくないので10kgでやめておいた。異様に気合いを入れて臨んだギルバートは100kgを上げた。この後も頑張ったカリギュラは350kgで音を上げた。


 わたしの物攻が315だから、比例計算すればカリギュラの物攻は――、


「おじさんの物攻って11025?」

「ぜぇ! ぜぇ! そんなに……! 高いわけ……! ないだろ!」


 わたしも思いっきり気合いを入れて頑張ったら15kgくらいならイケそうだったから、ちょっと下方修正して――、


「じゃあ、7350?」

「…………」

「ねぇ? 教えて? 見栄張っても意味無いから正直にね?」

「そんなもんだよバカヤロウ!」


 ふむふむ、つまり筋力と物攻には相関関係があると。筋肉を付けるという大方針に間違いは無いらしい。


「じゃあ、物理攻撃系のスキルって持ってる?」

「…………」

「正直にね?」

「剣術LV9、体術LV8……あと他にも色々だ」

「それってどうやって使うの?」

「どうって……相変わらず変なこと聞きやがるなぁ」


 転生神は言っていた。あらゆる生命は魔力を宿すと。


 人類でも動物でもなく、生命である。


「そこの大っきな木の物防はどのくらいだろうね?」

「はぁ?」


 つまり樹木にも魔力は宿っていると解釈できる。魔力を宿すならMPもあるはずで、もしこの木が鑑定を受けたならステータスの全パラメーターも人間と同じ前提で表示されなければおかしい。


 普通の植物はほとんど動かないから敏速は限りなく0に近いだろうけど、根は土を押し除けて伸びるのだから物攻はある。物防もまた然りだ。


「素手で折れる?」

「無理だな」

「じゃあ、体術を使ったら?」

「……こんな感じか?」


 幹に片手を突いたカリギュラは足を踏み締めて、ゼロ距離でドシンと掌底を放った。中国武術でいうところの発勁みたいでカッコイイ。


 折れはしなかったけど全体がミシミシ軋みを上げて、葉っぱがハラハラ降ってきた。如何にもダメージが入っていそうな感じだ。


「じゃあ、剣術を使ったら?」

「真っ二つになるわな」


 ふむふむ、剣道三倍段みたいな感じ?


 当たり前だけど剣術を使って剣を振ることで攻撃力は上昇する。そして、剣を装備して剣術を使ったからと言って物攻が変動することはない。


「旦那サマとおじさんはどっちが強いの?」

「当然、御当主だ。ミッタライ流の皆伝だぞ?」

「ステータスの能力値に大差無いでしょ? たぶん」

「さぁな……聞けるかよ」

「ちょっと聞いてくるね〜!」

「おい!? 勝手に修行やめんな! コラァ〜!」

「すぐ戻るから!」


 わたしは『ホバークラフト』で敷地へ舞い戻り、シグムントにステータスを尋ねたけど答えてくれなかったので、魔法で足払いを仕掛けて樹海まで運ん……御足労いただいた。


「なかなか転ばないからビックリしました」

「…………」


 思わず『水遁の術』を使うところだったよ。奥の手はイザという時まで隠しておかなきゃね。


「シキぃいいい〜! 何してくれてんだぁ!」

「旦那サマ。チェストプレス350kgです。試してみてください」

「貴様……自分が何をやったかわかって――」

「おじさんは上げましたよ? 自信が無いようなら無理にとは言いませんけど……」


 貴族家の当主を拉致して筋トレマシンに座らせるわたしをギルバートがキラキラした目で見つめている。


「んぬぅおおおおお――っ!」

「……上がりませんね? もういいですよ?」

「シキぃいいいいい――っ!」


 シグムントとカリギュラは微妙な空気になったけど、筋肉の優劣がすなわち物理的な強さの指標ではない。


 にも関わらず、ステータスは筋力を物理攻撃能力として表示しているという謎が明らかになった。


「鎧着ても物防は上がらないんでしょ?」

「ああ! そうだよ!」


 だったら、もうこの数字に意味なんか無いじゃないか。筋トレの成果を見るためのものに過ぎないわけだけど、人によっては究極の自己満足が得られるかもね。


「ギル! 鑑定が楽しみだね!」

「うん! ボク! あっ……俺! 物攻1万を目指すよ!」

「今だって2000ちょいあるはずだから! 常人の倍の筋肉だね!」


 転生神は生きとし生けるものに筋トレをやらせたいのだろうか。


 鍛えた成果を自分のステータスとしていつでも知ることができるというのは、筋トレマニアからすれば素晴らしいことなのかもしれない。


「じゃあ、意味無いってことで……わたしは――」

「修行はやりたまえ」

「……え〜」

「……アニェス殿が何と言うか?」


 アニェス様に言いつけるぞってか? それが貴族の……てか大人のやることなの?


 結局、アレコレと理屈を並べて抗ったところで、カリギュラ式ブートキャンプは回避できなかった。


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