第30話 変革とお仕置きの足音
わたしは6才になった。
「あ〜。あ〜う〜」
因みに今日はアニェ暦の上では9月14日である。
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暦:魔幻4019/9/15 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:675/850
MP:812380/1090250
物理攻撃能力:315
物理防御能力:360
魔法攻撃能力:1090250
魔法防御能力:1090249
敏捷速度能力:780
スキル
『愚者LV6』『魔術師LV6』『死神LV2』『女教皇LV3』『法王LV3』『家政婦の凄技LV3』『料理人の鉄腕LV4』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV2』『ベビーシッターLV5』
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1月から8月までの各月の日数は31日、28日、31日、30日、31日、30日、31日、31日――、今月9月はアニェ暦の30日で終わるはずで、月々の日数は毎年変わらないのではないかと予想している。
前世と同じだと思うんだよねぇ……たぶん。
「あぁ〜……ゔぁあああああ〜!」
いよいよステ暦が何なのかわからなくなってきた。
満月が月齢0であることを無視すれば太陰暦――のはずなのだけど、月の満ち欠けを数えておきながら月次の変わり目をわざわざズラしている。そのせいで見かけ同じ日付が複数生じるわけだが、転生神のやる事なら何かしらの意味がある……はず。
「ウニャアアアアアア――っ!」
「ぶぇええええええええ〜っ!」
ふっ……『ベビーシッターLV5』のわたしを舐めてもらっちゃ困るよ、君たち?
毎日のMP回復量2180を活かし、イザという時に備えて常時8割をキープしつつ様々なものを作ってきた。
2人の怪獣を世話しながらだよ? 個性的な赤ん坊のせいで大変だったし、苦労した分だけレベルだって上がるさ。
耳を隠す帽子をかぶったイニェスは妙にフィジカルが強くて、すぐカールを殴って泣かすし。下睫毛の長いカールは首が座ったばかりで……って、それは関係ないか。
「コイツらは絶対に転生者じゃないな」
カルラは今年7月に男の子を出産し、子供は亡き父親に
ポールとわたしの切なる願いが叶った形だけど、イザ返すとなったらちょっと寂しい気分になったよ。
いや……別に『ミラクルチ〇ポ』は要らん子だったけどさ。
「何やってんだシキ! メッチャ泣いてんだろ!」
「あっ。工場長、お疲れ様でっす」
時計塔から午後5時の鐘が鳴って暫し、定時に続々と帰宅してくる面子の中にカルラの顔が見えた。
「どう? 上手く回ってる?」
「ああ、特に問題無し。物凄い速さで反物が――」
「フシャアアア――っ!」
「ゔわぁあああああ〜ん!」
「よかった。PETチップは足りてる?」
「お前さん……よく普通に話できるな?」
内職の機織りは機械化に成功した。ついでに綿花を使った紡績を廃止して化学繊維に変えてやった。
「カールの世話ありがとね。あとは引き取るから」
「むぅ……カールめ。ママ抱っこですぐに泣き止んだね」
カルラとヒラリーの2人には内職を通じてその手の知識があったので機織り工場と紡績工場の運用管理をお任せしている。
魔術師は新しい何かを生み出すスキルだったのだよエッヘン! 軌道に乗ったら何故か飽きちゃうんだけど……スキルの副作用だと思っておこう。
「綿花は仕入れ値が高いらしいからレナード様も大喜びだけど……大丈夫かアレ? 凄すぎねぇ?」
「わたしは全然平気だけど……作業員のMPはちゃんと管理した方がいいよ?」
「それはもちろん。全員が平等に過回復できるようにシフト組んだし」
原材料である熱可塑性樹脂の生成は今のところわたしにしかできないけど、そこから先は専用の機械設備と既存の魔法で何とかなった。
樹脂を液体状に溶かして小さな穴の開いたノズルから押し出し、空気で冷却して固めつつ引っ張りながら巻き取る事で細くて長い糸になる。
一般的には溶融紡糸という製法で糸を作るのだが、電力が無い分を火魔法と風魔法で代用してラインを回しているから半ば人力。
「完全自動化とは言えないし、生産速度もまだまだ遅いよ」
「……まったくお前さんは。アタシが言いたいのはそういう事じゃなくてさ」
「じゃあ、何が大丈夫じゃないの?」
「目ぇ付けられるんじゃねぇかってこと。本邸とかに」
イニェスの顔を見に来た時のシグムントは妙にやつれていたけど、何が問題なのかわからんね。儲かるならいいんじゃ?
ここだって一応キョアン領だし、領内に綿花の産地は無いはずだし、ポロシャツは安くて着心地いいし、誰も困らないよね? アニェス様は忙しそうだけど嬉しい悲鳴でしょ。
最近のアニェス様はヒョッコリーの街まで出向く機会が多い。役人連中との会合が増えているらしいのだけど、わたしは特に何も言われていない。
それとも何? これが嵐の前の静けさってヤツなの?
「……武器とか要るかな?」
「やめろ」
知識チートの波に乗り始めた飽きっぽい
わたし以外には解除できないセーフティーの実装が最大の課題だ。
**********
「サニア、人払いを徹底せよ」
「はい」
「近づく者あらば処分せよ」
「……はい」
旧屋敷跡地に建設されたニュー屋敷は耐震・免震に対応した安心設計。
ケイカル板の色合いのせいで白亜の小城のように見えるが、一皮剥けば金属素材の合金を取り入れた次世代装甲板も仕込んである。防御力は増し増しだ。
「……何ですかコレ?」
「シキ様はお静かに」
その地下深くにあるこの空間はシェルターになっていて、イザとなれば通風ダクトを遮断して完全なる鉄壁の箱となるように作った。
秘蔵のお御足ブロマイドでレナードを説得し、奴隷連中を全投入して掘り下げた地下空間はかなり広い。
大容量の水タンクと酸素ボンベ、汚水処理装置、非常用食糧備蓄庫を備え、ちょっと美味しくなるようにアレンジを加えた『超長持ち配給パン』で頑張れば300人が3ヶ月籠城できる優れものにしておいた。
外周隔壁は亜竜の『ブレス』にも耐えられるように設計したので、ちょっとやそっとの攻撃ではまず破られない。まさに最強の盾と言えるだろう。
ご開帳したらドン引きされたけどね……作れるなら作っちゃうのが魔術師ってもんなんだから、しょうがないじゃん。
「では、私は扉前にて控えております」
「サニアさん、わたしも連れてってくださ――すいませぇん」
おう……わたしの『愚者LV6』が雰囲気に呑まれたよ。
なんだい? このピリピリ感? 集まった面子もいつものお茶会と違うし……これは嵐が来たか?
アニェス様のご命令で参集したのは、わたし、レナード、メイデン、カリギュラと、隔壁扉の外側で見張りに立つサニア。
それに加えて、久しぶりの登場となるシグムント、ヒョッコリーの守備兵長、商人のエッチゴーヤ、さらに見たことのない人間が数人混じっている。
みんな真剣……顔がマジ……ヤバいのかな? 何がヤバいのかは知らないけど。
こんな時こそ仕事をしてほしい『女教皇』なのだが、どうやらレベルが足りずに無力化されているようだ。
「王家が動き始めた」
口火を切ったのはシグムント。端的すぎて解りにくいその言葉にみんなが息を飲んでいる。
言っちゃダメかな? 『だから何?』ってさ。
「思っていたより早かった」
「こちらが早過ぎたのだ。妾が御し切れなんだ故に……」
「シキ様……街役場のハッサンと申します。以後、お見知り置きくださいませ」
「……えっ? わたしですか? これはどうもご丁寧にこんばんは」
「「「…………」」」
初見のわたしへの態度が……なんだコレ? ひょっとしてビビってんの?
どうも田舎の役人です。平素より大変お世話になっておりますと――実際そんな事は言っていないのだけど、そういう感じで丁寧に自己紹介したハッサンは、ヒョッコリー地方の現状を掻い摘んで説明し始めた。
「アニェ暦は主に商人たちの間で浸透し、無理を申し上げて増刷いただきましたカレンダーの需要はさらに伸びております」
「それは良かったで――ゴメンナシャイ!」
「現在建設中の時計塔は5つございますが、残念ながら構造を完全に理解できる者がおらず……未完に終わりそうです」
「アニェス様の懐中時計はご存知ですよね? 図面をタダであげますから勝手に量産してバラま――ゴメンナチャイ!」
何がダメなのかわからないが、失言のたびにアニェス様の紅眼がギンッと鳴って超怖い。
「…………オホン。しかしながら、各地で時計係を設けることが当たり前となり――」
ド田舎の変革が既に始まっていたらしいけど、いいことじゃないか。
数ヶ月で終了したダイヤモンドラッシュだったが、その純度の高さから末端価格はかなり上振れした。結果的に資金と人がヒョッコリーに流れ込み、急増した労働力を管理するため時計係が普及して――、
「こん地方の経済活動はえらい活発て言いますか、異様に闊達んなっとります。そこへ安ぅて品質のええ衣類が大量に供給された結果……国中の商人が大挙して押し寄せとります」
シグムントから相談されたエッチゴーヤは御用商人の肩書きをフル活用して何とか商人の群れを捌いていたのだが、それももう限界。
樹海近傍を治める各貴族家の領地を貫通し、王都までぐるりと巡る環状街道はキョアン領の関所付近で大渋滞。他領への流通が滞って苦情が相次ぎ、今、妖精族から攻められたらヤバい地域すら出ていた。
「王家はキョアン領への通行税を引き上げた。キョアン家に対する税も同様だ」
ヒョッコリー地方以外で領内の経済が逼塞し始め、早過ぎる変化に即応できなかったキョアン伯爵家の面目は丸潰れ。
それぞれに足元を掬われる格好となったザビーネとナナリーは社交界で赤っ恥を掻き、色々と知っていたのに報連相をしなかったシグムントは2人の妻の逆鱗に触れてしまったらしい。
「伸るか反るか、進むか引くかはシグムント次第となろう。いずれにせよ……もはや隠し切れぬやもな」
「何をですか?」
「そなたの存在をじゃ」
人の口に戸は立てられない。アニェス様もいつかはその時が来るとわかっていたそうだが、それがあまりにも早過ぎると言う。
「何気無しにやりよることが異端に過ぎる。服を作ると申したであろ? あの物量は何事だ、たわけ。味を占めた平民はもう止まらぬではないか」
わたしのせいなの? ちょびっと軽〜く知識チートしただけだよ? ダイヤモンドもブロマイドも封印したよ?
「そもそも……俺が単騎で竜を討ったなどと嘯いたのが間違いだった」
「他に名のある強者が居らなんだのだ。そなたならもしやと、皆そう思うておろう」
「……本物の竜って言わなきゃ良かったのに」
「「…………」」
「あの被害はどう見ても竜のものでございます。街の者も多くが天を裂くブレスを目撃しておりますれば……他のナニカであった方がマズいでしょう」
もうすぐ本邸から視察団がやってくる。ナナリーの伝手を使って王室付きの高級官僚も同行する公式なものだ。
「さらにマズいことに人月教会の司祭もな。ただの視察と言っているが……おそらく異端審問だ」
「――鞭打ちの刑!?」
「「「「「…………」」」」」
「黙んないでよぅ! 嫌だよぅ!」
3種の権力を寄せ集めたような視察団が来訪するのは3ヶ月後、年末から年始に掛けてとなるらしい。わざわざ忙しい時期に無理をしてでも来るということは、あちらにも相当な焦りがあると思われる。
「年末年始って? 何年何月何日の何時ですか? スケジューリングはちゃんとできてますか? 街道は混み混みなんですよね? わたしの予想ではアニェ暦の12月20日から1月4日までは暗季ですよ? 渡し舟は3ヶ月先まで予約で埋まってますし、パメラ運河の拡張工事も今さら止められませんけど…………ホントに大丈夫ですかぁ?」
「「「「「…………」」」」」
身分とステータスしか見てこなかった自分たちの阿呆さ加減を棚に上げて、便利で快適で健康で文化的な最低限度の生活環境を目指すわたしのお尻を棒で叩きにやってくる。そんな奴らはシグムント以下のクソ野郎だ。
人族にも隠し玉はあるということだから、チート持ちの転生者とかわたしの魔防を上回る魔法使いとかが来たら大変だし、そうじゃなくても寄って集って『絶対切断』を乱発されたら魔法だけじゃどうにもならない。
「……また秘密基地作ろうかな」
「「やめろ!」」
シグムントとカリギュラから全力の待ったが掛かったけど、わたしはパメラじゃないのだよ。理不尽には断固として反抗する。
やっぱり銃火器で武装して……いや、まずは防御陣地を……むぅ〜っ!
尻叩き団が来るまであと3ヶ月。わたしはイザという時に備えるため、緊急避難的なスゴイ戦術を考え始めた。
「NG、TNT、TNX、RDX、HMX、PETN、TATB、HNS……イケるか? 地雷でも仕掛けて木っ端微塵に……いや、それはやり過ぎでしょ。ちゃんと土砂崩れとか自然災害に見せ掛けて……それもパメラが怒りそう。何とか穏便に全部ちゃぶ台返しできるような何かを考えないとお尻がぁ〜……むぅ」
「「「「「…………」」」」」
とにかく! 叩けるもんなら叩いてみろ! その前にもっと酷い目に遭わせて追い返してやるからな!
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