第29話 納期を守れ、カレンダーを見ろ


 レナードに物申す。


「なんでまだ来ないんですか!」

「12/23必着じゃ」


 だから、今日がその12/23じゃないか。もうすぐ午後6時――『夜』に入るし、必着なら遅くとも今日の『昼』のうちに届かなきゃおかしいでしょ。


 明暗季はステ暦の日付とリンクしていて、23日は太陽が隠れて暗季に入るギリギリのタイミング。これを逃せば次の夜明けまで2週間も待たなきゃならない。


「2度目の12/23じゃろ……たぶんじゃが」

「……あー」


 ステ暦のせいかよ! 本当にわかりにくい暦だな!


 昨日は魔幻4018/11/22(1回目)で、今日は魔幻4018/12/23(1回目)だった。本来なら資材搬入は今日の『昼』時点で済んでいるはずだったのだが、変な暦のせいで商人側に納期の誤解が生じているらしい。


 同じ月に同じ日付が2回も巡ってくる事が――有ったり無かったり。そんなだから、こんなおかしな事態になる。しかも今月再びの23日が有るか無いかはわからないだと?


 カレンダーを作らなきゃダメだ。ステ暦以外のわかりやすい暦が絶対に必要である。


 レナードの老いた脳みそでも理解できるように噛み砕いて、前世のカレンダーについて説明してあげた。


「――と、こんな感じのものなんですけど……聞いたことありませんか?」

「……予め1年分の日付が記載された表? 何を言っているのかわからんな。ステの暦が間違っているとでも言いたいのか、バカバカしい。そのような世迷言を申しておると……教会の仕置きがあるぞ?」

「教会のお仕置きって何ですか?」

「鞭打ちの刑じゃ」


 不信心の人間を改心させるために行われる刑罰らしい。丸出しのお尻を木製の細い棒で力一杯叩かれる。不信心の程度によって仕置き棒の種類と回数が変わると言うのだが――、


「3回で尻の皮が捲れ……大の男が失禁……悶絶しながら気絶。失神中に叩かれることはなく……目覚めると同時に再開される。最も軽い仕置きで……12回じゃあ〜」

「……ひぇ〜」


 そんなトコで公正にやんなよ。これだから宗教法人は嫌いなんだ。


 ステ暦を貶めることなく、商人が自ら進んで導入し、さらには広めてくれるようなカレンダーにしなければ、わたしが尻叩きの刑に処されてしまう。



**********



 単純にカレンダーだけなら不完全でも作ることは容易だ。


 横軸に31列、縦軸に12行のテーブルを用意して、ステ暦の月が切り替わった日を月初めとし、1日目から順番に数え始める。商用目的で使う分には十分に事足りるだろう。


 でもなぁ、納期を曖昧にボカせる方が売り手としては都合が良さそうなんだよね。時計係を導入する前の方がサボり易かったのと同じ。


 カレンダー自体はおまけ扱いにして何か他の価値を持たせなきゃいけない。商人が飛び付くような物珍しさがあって、みんなが欲しがる安価なアクセントが無いと普及しない。


「カレンダーに付きものと言えば……絵とか……写真とか?」


 例えば綺麗な風景、可愛い動物、ウィットに富んだフレーズなど、月替わりの楽しみがあるからカレンダーは捲られる。それが必須というわけでもないけど、そういう凝ったものの方が人気が出ることは確かだ。


「写真か……そういえば見ないな……」


 カメラでも作るか。現像まで漕ぎつければ写真付きカレンダーの量産も可能でしょ……たぶん。


 とりあえず、フィルムのご先祖様を作ってみた。


 写真乾板。感光材料の一種。写真乳剤(光に感光する物質)を無色透明のガラス板に塗布したものだ。


「ガラス乾板だと脆いけど……どうせわたししか使わないからいっか」


 19世紀のスタジオカメラを参考に作った箱を据えて、黒い布をかぶって構えると、レンズ越しにひっくり返った内職中のカルラが見える。


「先輩! あんまり動かないで!」

「機織りしてんだ。そりゃ動くさ」

「そんなもん後で自動化するから! とりあえず動かないで!」


 早く仕上げなきゃ年が明けてしまう。カレンダーを配るのは年末って相場が決まってるんだ。再来年まで待ってられるか。


 カルラじゃちょっと物足りないのでホンチャンの被写体はアニェス様でいくつもりだけど、とりあえずは写真として定着できるか試すところからだ。あー、忙しい忙しい。


 現像のために作った小さな暗室で作業していると――燦々とした光が差し込んだ。


「クラァ――っ! ギル! 勝手に入るな!」

「えっ!? 小ちゃいダイヤ見つけたからシキちゃんに――」

「まだやってんの!? 暇人かバカヤロー!」


 水底に沈んだ旧鉱脈にはチラホラと砂粒の如きダイヤモンドがまだ見つかるそうで、愚かなことに潜ってでも採掘する人間が後を絶たない。


 舳先の尖った筏に刺さって死に掛けた馬鹿もいるが、パメラ運河への侵入禁止を謳った立て看板が見えないのか。


「ギル……次、勝手に暗室に入ったら……絶交だから!」

「うん、ゴメン……グスッ」


 少し邪魔は入ったが、陰陽の逆転したネガ画像が得られた。


「よし。これを2倍……いや、3倍に引き伸ばそう」


 次は印画紙へのプリントだ。銀塩写真の原理上、ポジ画像は通常の現像プロセスを2回重ねることで『ネガのネガ』として得られる。


「おお〜っ……ホントに出来たよ。命名『機織りする女』……なんてね」


 ムンドゥス初の写真はいきなりカラーで誕生した。


 いや、わたしが知らないだけで世の中には既にあるのかもしれないけど、少なくともレナードは首を傾げていたから一般的ではないと思われる。


「アニェス様〜。コレ見てください」

「――っ! ま、まさか……シャメルか!?」

「……写メる?」


 メールも無い世界で生まれるはずの無い死語に首を傾げていると、どうやら魔族の国にはそういう文化があるらしい。


「よもや……魔道具を作りよったのか?」


 魔族には他種族に無い特殊な能力があって、魔道具と呼ばれる不思議な術具を生み出すことができるのだとか。


 文化? 能力? というか……それは技術だよね。


 因みに、メチャクチャ高価だけど売り出しているらしい。その『シャメル』もそうした魔道具の1つであり、掌大の箱を用いて眼前の時を切り取り、中に収めることができるのだとか。


「じゃあ違いますね。時を切り取って収めるなんて不可能ですから」

「…………」


 魔族か……やっぱり恐るべしだね。俄然興味が湧いてきたよ。


「これは写真といいます。カメラという道具を使いますが、切り取ってるのは時じゃなくて被写体が反射した光です。極めて精密な絵画とお考えください」

「……ふむ」

「アニェス様の美貌をお写真に収めさせていただいてもよろしいでしょうか? 極めて精密な自画像とお考えください」


 アニェス様は満更でもない感じでポーズを取ってくれた。写真乾板はたくさん用意してあるから今のうちに撮り溜めておこう。


「いいですよ〜! 路傍の雑草を睥睨する感じでカメラを見てください!」


 素晴らしい。アニェス様のお写真を添付した12枚綴りのカレンダーを量産すれば男なら絶対に欲しがる。


「もうちょっとお御足を踏み出して〜……そこでストップ! 凡愚の顔面を踏みしだく感じでカメラを見てください!」


 満更でもないアニェス様を煽てつつ、50回撮影したところで乾板が尽きた。


「すぐ現像に取り掛かりますので! とても重要な工程ですから誰も暗室に入らないようにお願いします!」

「完成したらば疾く見せよ」

「はい!」


 プリントした50枚のお写真を持っていくと、大変お気に召した様子のアニェス様は機嫌が良い。


「褒めて遣わす。カメラとやらの製法は極秘とせよ」

「はは〜!」


 写真はネガさえあれば何枚でも複製できるのだけど、敢えて説明しなくてもいいでしょ。



**********



 女たちの内職天幕の裏手にひっそりと建てられた黒い天幕があった。


 入り口の看板を一定のリズムで叩いて待っていると、中から男の声がする。


「路傍の草は?」

「見ずともよい」


 合言葉を確認してわたしを迎え入れたのはアニキン。薄暗い天幕内で呉座に転がるレッドとブルー。暗室の中ではイエローが作業しているはずだ。


「……レナード様?」

「シキか……」

「なんで居るんです?」

「紙を大量に仕入れたかと思えばこのような……けしからん。まったく……けしからん」

「言ってたじゃないですか。カレンダーですよ」


 アニェス様には内緒で立ち上げた『魔幻4019年度カレンダー製作委員会』のメンバーにのみ開陳した計画である。わたし以外は全員男だ。


「アニキン?」

「へい、お嬢。200部……完成しやした」

「レナード様。コレを上手く使って商人に納期を守らせたいんです。ご協力のほどを」

「そういう事なら協力も吝かではないが……これは異例であって慣例に――」

「アニキン」

「へい、お嬢」


 指をパチンと鳴らせばアニキンの懐中から出たのは50枚の限定ブロマイド。プラスチックフィルムで被覆したから水に濡れても安心。擦りキズにも強い完全保存版だ。


「カレンダーは紙製でして……12枚綴りですが――」

「やむを得まいな。納期は守られるべきじゃ」

「レナード様、コチラをお納めくだせぇ」

「むっ……15種しか――」

「残りは来年の楽しみといたしやしょう」


 レナードとアニキンの間で変な駆け引きが始まった。アニェス様の限定ブロマイドを巡って。


「……年末までに1000部じゃ」

「……へい」


 結局レナードは25枚の限定ブロマイドをゲットし、アニキンはカレンダーの増刷を呑んで今月2度目の23日に備えることとなった。


 それにしても、どうしてステ暦はこうなのだろう。毎月月齢0から始めればわかりやすいのに。



**********



 魔幻4018/12/23(2回目)――朝一でレナードの懇意にしている商人がやってきた。


「では、エッチゴーヤ殿。来年から納期はこのカレンダーで決めますので、よしなに」

「レナードはん……こりゃまた……アニェス様はとんでもないもんお作りになったなぁ」


 魔幻4019年1月 『路傍の草は見ずともよい』

 魔幻4019年2月 『凡愚が妾の時間を無為に浪費するか』

 魔幻4019年3月 『優雅さを身に付けよ』

 魔幻4019年4月 『苦しゅうない。褒めて遣わす』

 魔幻4019年5月 『褒美じゃ。感涙に噎せぶがよい』


 ページ毎に記されたフレーズにしっくりくるポーズをキメるアニェス様のお写真の下に、1〜31の数字が並んだカレンダーを何度も見返す半被を着た商人。


「お茶のお代わりをどうぞ」

「お嬢ちゃん……気ぃつけてや? 濡らしたらあかんで?」

「アニェス様のお言葉によれば、再来年はより解りやすくなるであろう、との事です」

「毎年作る気かいな……」


 ヤマト国出身の商人エッチゴーヤはシグムントの古い友人だそうで、きゃつに命を救われた恩がある。


 ほとんど儲けが出ないにも関わらず義理を通して別邸相手の商売を続けてきたらしいが、今年のダイアモンドラッシュでは荒稼ぎしたはずなので遠慮は無用だ。


「使うてくれ言うんは了解や。それで……全部で1000部あるんやて?」

「何部ほどご入用か?」

「……余所にも回すんやろか?」

「まだ決めておりませんが……余ればそうなりますな」


 ここでエッチゴーヤが単価を尋ねた。まぁ、予想通りだね。


「そうですなぁ〜。遺憾せん1部1部が手作りである故。それにですな、これは他に例が無い画期的な――」

「タダですよ?」

「――なんやて?」

「ですから、無料で進呈いたします」


 目を血走らせたレナードがチョビ髭をピクピクさせて何やら訴えているけど、これは事前に決めていたことだろうに。


 まっ、どうせ欲を出すと思ったから、わたしが給仕に立ったんだけどね。


「カレンダーにお代をいただくほどアニェス様は野暮ではありません」

「こ、これが無料て……ホンマかいな?」


 もちろんお金が取れるほどの良い出来に仕上がってるとは思うよ? でもね……コレで金儲けに走っちゃったら、アニェス様に殺されるからさ……。


「たかがカレンダーです。裏面は白紙ですからメモ用紙にでも使ってください」


 謎の貴人アニェス様の噂を知っているエッチゴーヤは冷や汗を掻いて、若干ビビリながらどうしたものかと頭を悩ませている。


 うんうん、このくらいでちょうどいいね。


 今、この人の頭の中ではアニェス様の裏の意図を読み取ろうと精査会が行われているはず。


 特に意図なんて無いと思うけど……だって言ってないし。


 わたしは目でレナードに催促して話を進めさせた。


「……何部ご入用ですかな?」

「……全部いただきます」


 よーし! これで数ヶ月先の具体的なスケジュールの話もしやすくなるし、他にも何かと便利になるはず!


「それと……時計塔て言うたか? アレは?」

「時は金なり。アニェス様がそのようにおっしゃいまして、頑張って作りました」

「お嬢ちゃんは知ってるんか? アレどうなっとんの?」

「設計図ならありますけど……お高いですよ?」

「……ナンボかわかる?」


 交渉の結果、時計塔の設計図は5千万ゼニーで売れた。分割12回払いになったけど。


 本音を言えば特許を取りたいところだが、この国に知的財産の概念は無いらしいから仕方ない。


 次はゼンマイ式の懐中時計でも作ろうか。売りつけるのは1年後、分割払いが終わってからにしよう。


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