第28話 ケモミミの妹が出来た


 魔幻4018/10/20――専用に設えられた天幕の中、アニェス様が女児をご出産あそばされた。


 お産に立ち会うことが許されたのは正体を知っているわたしとサニアの2人だけ。他の人間に明かすつもりはないらしい。


 前世のわたしは産婆だったのだろうか。特にビビることもなく、思いの外スムーズに作業することができたと思う。


 それにしては妊婦の経過を知らなかったんだけど? まぁ、種族が違ったんだから仕方ない……コレってアニェス様のチョンボじゃない?


 どうやら獣族の血が入った亜人族は人族と比べて妊娠期間が短いらしい。普通の人族は10ヶ月ほど掛かると言うのに、その不自然に誰も気付いた様子は無いから良かったけど。


「シキ様? 何ですかソレは?」

「尿道カテーテルです」

「にょーどー……何?」


 軽々スポンと産んでみせたアニェス様だったが、やはり出産のダメージはあった。パメラほどではないが最大HPも少し目減りしたと言う。


 サニアの回復魔法でHPを回復しても体力が戻るわけではないのか、ぐったりと疲れて眠るアニェス様の珍しい姿が見られた。


 HPって体力じゃないの? ステータスが後付けだからかな?


「どこに何を入れようとしているのです!?」

「だから、尿道に――」

「やめなさい! 無礼過ぎるでしょ!」


 すぐには動けない様子だったのでカテーテルの出番だと思ったら、頭の固いサニアに止められてしまった。


「お〜、よちよち。きっとお乳はいっぱい出まちゅよ〜。良かったでちゅねぇ〜……わたしの時とは違ってね」

「ぷぴー……ぷぴー……ぷぴー……」

「むぅ……なかなか図太い赤ん坊だね」


 アニェス様と同じ金色の産毛に包まれた獣耳と尻尾が生えた赤ん坊はイニェスと名付けられた。安直なネーミングセンスだと思う。言いにくいし舌噛みそう。


「シキ。そなたの腹違いの妹だ。面倒を見よ」

「それは構いませんけど……MP過回復の実験していいですか? わたしの臨床データが有れば――すみません!」


 結構ガチで睨まれた。仕方ないから鑑定まで……いや少なくとも3歳までは待ってやるとしよう。


 アニェス様の産休はパメラと同じ2週間を予定。その間、天幕内のお世話はわたしとサニアだけで回すことになる。


 まぁ、パメラには世話係なんて居なかったけどね。こんな恵まれた環境でピーピー寝やがって……鼻からコショウ吸わせてやろうか。


 イニェスがわたしのように大人しいとは思わない方がいいだろう。



**********



 翌日、タイムリーな知らせが舞い込んだ。元盗賊のニンニンジャーを使って秘密裏に進めさせていた運河が開通したのである。


「やりましたよアニェス様。これでお風呂を沸かすのが楽になります」

「うむ、苦しゅうない。サニア、湯浴みの用意をせよ。イニェスをこれへ」

「何故……秘密裏に進めたのですか?」

「ダイヤモンド狂いが絶対に反対しますもん……もう出ないのに」

「……普通に流されていましたが?」


 そうとは知らずにマグマの小道を掘っていた連中が流されたらしいけど、流れは速くないし深さも大したことないから大丈夫……のはず。


 とにかく、これで重量のある荷物を一挙に敷地まで搬入できるようになった。馬車でチンタラ運んでくるより絶対に効率がいい。


 天幕から出て運河の様子を見に行くと、腕組みして水面を見やるカリギュラが居た。


「おじさん。筏の用意はできてる?」

「シキぃ……ギルが流され……まぁ、いいか。それはそうと、コレって筏だったのか? 俺ぁ、てっきり敷地の防壁を修理すんのかと……」


 横並びにロープで括られた丸太は先端が妙に尖っている。敷地を囲む防壁は半分くらい根っ子に呑まれて倒壊していたから、そっちにも人手を割く必要はあるだろう。


 そういうつもりで作ってくれたのね。まぁ、水に浮かべて棒で押すだけだから問題ないよ。


「レナード様に言って舟番を何人か選んでもらって? 立ち往生してる荷馬車がいるはずだから早めにね? あっ! アニキン!」


 ひと仕事終えて休憩していたアニキンはすぐさま走って来て、わたしの足元に片膝を突いて平伏した。


「へい、お嬢」


 お嬢って……まぁ、アニキンとその子分5名はわたしの奴隷扱いになっちゃったから仕方ないか。


「ゴニンジャー連れて街道を一巡りしてきて。行商人が居たらもうすぐ舟が来るって伝えて。荷卸しの準備だけさせといて」

「かしこまりやした、お嬢」

「舟って……コレは筏だろぉ?」

「おじさんも早くしてね。わたしは忙しいからさ」

「…………」


 荷運び用の舟なんか後回しだ。アニェス様におねだりして注文しておいた金属素材がようやく届く。


 これで作れるものの幅が大きく広がるのだから、描き溜めた図面を見直してイメージを膨らませておこう。



**********



 出産から2週間が経過し、宣言通りにアニェス様が動き始めた。『面倒を見よ』とか言っていたのにイニェスを片時も放そうとしないのは何故だ。


 なんかもう首が座って動きまくってるんだけど? ちゃんと効いてくれるかなぁ……ひ弱補正。


「アニェス様? 本当にアレを優先しなきゃいけませんか?」

「当然であろう。時計係のような暇な凡愚を作ってはならぬ」

「他にも色々と作りたいんですけど……」

「疾く仕上げよ。これより妾は授乳に入る。サニア、誰も入れるな」


 こんな事になるなら時計なんて教えなきゃ良かったな。鉄砲とかグライダーとか……他にも個人的に試したいものが……ちっ。


 金属素材を得たわたしが最初に作らされようとしているものは時計。


 ちゃんと長針と短針がある本格的な振り子時計だが、動力源は運河に流れ込む川の水を利用した水車なので大型化しないと最低限の精度も得られない。


 時計に欠かすことのできない『調速機』と『脱進機』は簡素なものにする予定だし、原理の上でも形状は縦に伸ばすことになる。アニェス様の注文も1度にできるだけ大勢が見られるものをとの事だからコンセプトは時計塔だ。


 構造はそれなりに複雑で、デカい分だけ部品の製作誤差が大きく影響する。誰かに手伝わせようにも単体の部品図すら理解されないし、わたしと同じように魔法を使える人間も皆無だった。


 基本的に力仕事と流れ作業でしか役に立たない。周りに凡愚しか居ない。困ったもんだよ。


「頭が固いとダメだね。中級魔法を覚えちゃってる人は特にダメっぽいし……先入観っての?」


 おそらく魔族の仕掛けた罠だろう。上位のスクロールでパッチを当てると既存の魔法に脳みそが囚われてしまうのかもしれない。やはり常識的な何かに染まる前の子供を教育すべきだ。


 ギルバートは脳筋の道をひた走っているのでもう手遅れ。今のところ可能性がありそうなのはイニェスと、カルラのお腹にいるポールの息子(わたしは男の子だと信じている)だけ。


 後者はまだ産まれてもいないし……気の長い話になりそうだね。


 できるだけひ弱なうちにMPブーストも掛けてやらなきゃいけないんだけど……とりあえず3歳までは待ってやろうか。



**********



「アブァアアアアア――ッ! アンキャア――スッ!」


 イニェスちゃん……怪獣かよ? 生後1ヶ月のくせに超動くし。


 アニェス様は役人たちと会合を持つため街まで出向いている。イニェスはお留守番。サニアは護衛としてアニェス様に同行したので、獣耳と尻尾を持つ赤ん坊の世話ができるのはわたしだけとなった。


「居ない居な〜い……ば――」

「バゥワァアアアアア――ッ!」

「コイツ……もういいや。――ウォータ、ウインド」


 赤ん坊のギャン泣きを聞いて集中力をすり減らしながら、水球を風で宙に浮かべて操作する訓練を開始。


 泣く子をあやすことが子守りじゃないもん。何故、泣き止ませる必要が? 周りの大人が迷惑するからだよね?


 この天幕は立ち入り禁止で、覗こうものなら『好きにせよ』って言われてる。イニェスが泣こうが喚こうが誰も迷惑しない。わたし以外は。


「フンガフンガ! ピッィエエエエエェ〜!」

「わたしさえ耐えればいいじゃないか。さぁ、集中して練習しよ…………ホントうるせぇなコイツ」


 普通に健康で元気な赤ん坊は放置して、わたしは自分のために時間を使うことにした。内緒で試し尽くし、極めてこその奥の手だ。


 魔法で作った水は物理的にただの水である。ならば魔防の高い相手にとってもただの水だろう。


 つまり、魔法で出した水を使って窒息死を狙う攻撃は物理攻撃に当たるはずだ。


 3つの水球を浮かべてお手玉のようにクルクル回す。


 もう1つイケるか? 真下にはイニェス……失敗したら……すぐ乾かせばバレないって。


「ヨッ! ホッ! よしっ、4つ!」


 どんなに物防が高かろうと酸欠は防御不可の状態異常みたいなもんでしょ? 戦士系と魔法使い系の両方に特効が期待できる攻撃手段だよね。


「そうなると……」


 敏速の高い相手が厄介だ。巨大な水球で飽和攻撃を仕掛けてもいいけど、可能ならコップ1杯分の水で鼻と口を塞ぐだけの運用にしたい。MPは生産に回すべきで、生産性の無い戦闘での無駄遣いは極力避けるのが望ましい。


「空気を直接奪えれば楽なんだけど……これはタブーっぽいんだよねぇ」


 動物を使って実験してみた。真空波で顔面を切り裂くことはできても、顔の周囲に真空を生み出すことはできなかった。呼気から酸素だけを奪うことも同様に不可だ。


 これはおそらく空気だけに限った話ではないと思われるが、生き物が生存する上で当たり前に消費する分を魔法で奪い去ることはできないのではないか。


 まだ仮説……というか転生神案件は仮説でしか語れないけど……ムカつくよホント。


 それが許されてしまったら亜竜の『ブレス』は準備段階でわたしたち全員を酸欠で殺していたはずだから、そこは公正なルールなのだと思っておこう。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/11/20 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:520/700

 MP:845582/1090250

 物理攻撃能力:260

 物理防御能力:320

 魔法攻撃能力:1090250

 魔法防御能力:1090249

 敏捷速度能力:680

 スキル

 『愚者LV6』『魔術師LV4』『死神LV2』『女教皇LV3』『法王LV3』『家政婦の凄技LV1』『料理人の鉄腕LV2』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV1』『ベビーシッターLV1』

――――――――――――――――――――



 時計塔が出来上がって『魔術師』のレベルが上がった。


 家事系スキルが統合されて進化してもできる事は今までと大差なく、テキトーな子守りでも新たなスキルとして認められたらしい。


「鉄砲どうするかなぁ〜。もしかして作らない方が安全かも……いやいや、口の無い妖月モンに酸欠攻撃は効かないでしょ。やっぱり物理で殴って倒せなきゃダメ」


 ひ弱なわたしが物理的な攻撃力を持つことは必須。かと言って何処ぞの国の銃社会みたいになってもらっても困る。


 これまでのパターンから想像するに、わたしの作った鉄砲が元でトラブルが起きて、また誰かが死んだり傷付いたり……そうやって『愚者』や『死神』のレベルが上がっていくんでしょ? はいはい、わかってるって。


 本当に出来の悪いマッチポンプ――未必の故意にすらならなかった自分の迂闊さが招いた不幸を忘れてはならない。


「作るにしてもセーフティーが要るね……ってあれ?」


 随分と静かだなと思ってベビーベッドに視線を落とすと、いつの間にか泣き止んでいたイニェスは真紅の双眸をパチクリさせて宙に浮かぶ水球を見つめ、動きに合わせて手と首を動かしていた。


「これ……面白い?」

「……あ〜♪ 」

「……あっそ」


 魔法に興味を持ってくれるなら重畳。


 3つ子の魂は重要だと思うし、今のうちにわたしの魔法を刷り込んでおいて、これが普通なんだと認識してくれれば後の教育も捗るだろう。


「あっぶ♪ あっぶ♪ あっぶ♪ バブぅ〜♪ 」

「むぅ……泣かなきゃ可愛いじゃないか」


 まったく泣かなかったわたしは最高に可愛い赤ん坊だったに違いない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る