第26話 財政難につき、内政を


 亜竜の討伐から20日間が経過し、暗季が明けて屋敷の再建に向け本格的に動き出そうかというところで、キョアン伯爵家からとある通達があった。


 当主じゃないの? シグムントが直接指揮を執る現場へ命令?というか決定事項のお達しが届くとはね……。


 きゃつの立場はこういう感じなのだなとわかる一幕だ。


「なりません! 許してはなりません、それだけは〜!」


 戦場で用いられる簡易天幕での生活にも慣れてきた頃、ようやく更地になった屋敷跡ではレナードの叫びが木霊している。


「先立つもの無くば減らすが道理よ」

「ここを放棄すれば街道の再整備も不要となる。遺憾ながら理に適った決定と言わざるを得ない」


 この別邸は迎賓館のようなもので、伯爵家が本邸に招きにくい賓客をもてなす目的で維持されてきたらしい。一方では近隣の町村の中でも貧しい平民向けの出稼ぎ先として、公共事業の側面も持っていた。


 ここヒョッコリー地方は元を辿れば例の『スキル強奪』のチート持ちが生まれた貴族家の領地であり、後年キョアン領に編入されてからも山間の立地と交通の便の悪さから他と比べて平民の生活水準が低く、領主にとっては王家から押し付けられたお荷物に他ならない。


 とは言っても、パメラを囲っていた頃は肩身の狭いシグムントの安地であり、特にあの荒屋はきゃつにとって安らぎの庵だったのだとか。


 だったらもっと金賭けろよと言ってやると、ぐぅの音も出ずに肩を落としたので、きゃつの自由になるお小遣い自体が少ないのだと納得してやる事にした。


『法王ⅬV2』は心にも無い優しさをひねり出してくるから困りものだが、この気持ちがパメラの望みとあらば仕方ない。


 斯く言うわたしにとっても、転生後の5年間を過ごした色んな意味で思い出深い場所であることは確かだが、そんな別邸は竜災害で物理的に壊滅し、のみならず伯爵家の今年度予算の支出先一覧からも抹消されようとしていた。


「……残された使用人たちはどうなりましょう?」

「本邸に人手は足りている。申し訳ないが解雇という形になろう」


 別邸? 要らなくね?


 メイデンは今さらのように使用人たちの再就職を案じているみたいだけど、本邸では元々そういう意向があったらしいよ。


 まぁ、貧乏貴族が別荘を持つなんて贅沢な気もするし、この機会に無くそうって判断も理解できるよね。


「旦那様! 何卒! 何卒ご一考のほどを!」


 レナードとメイデンのウン十年はここで終了した。


 碌に教養も持たない田舎者に必要な教育を施し、限りある機会を逃さず賓客を満足させて別邸の存在価値を示し、必要な店費にキョアン家の承認を得る。


 想像するだに大変そうだが、こうなってしまっては別邸そのものが負債の山だ。


 屋敷を新築するにしてもタダではないし、ヒョッコリーは環状街道の外側、樹海近傍の外れに位置する陸の孤島だ。自然豊かで風光明媚と言えなくもないが、今は竜災害によってどこもかしこも荒れ果てている。


「む~……ここを足掛かりに樹海を切り取れれば……あるいは~……」

「それですぞ旦那様! 要塞といたしましょう! 前線基地として残して頂きたく!」

「いや、ダメだな。攻勢どころか……守備兵すら足りん」


 人族と妖精族の領域を分かつ樹海だが、その奥地には多数の妖月モンが根を張っている。


 樹海は年間通じて降水量が多いため火を放って焼き払うことも不可能。通常の樹木に擬態している妖月モンも多く居て、動き出すまでは見分けることも難しい。


 踏破するだけでも困難を極める樹海は妖精族にとって格好の防波堤であり、人族にとってはひたすら邪魔な壁だ。


「しかし、困ったのう。間もなく産まれよると言うに……産屋が消されてしもうては少々不便よな」

「本邸に離れを設けるつもりだ。邪魔は入らんように取り計らう。サニア?」

「はい、委細承知しております……が、旦那様? 奥方様が相手となれば、私では如何ともしがたく……」


 シグムントの正室ザビーネ・キョアンは当たり前だがキョアン家の直系。側室のナナリー・S・キョアンはピックミン王家の遠戚。本邸に置いてはあらゆる利があちらにあると言っていい。


「離れって……また荒屋ですか?」

「シキ様はお口を閉じておいてください」

「放火されるかもしれませんよ? 最強装甲板で目張りしますか?」

「「…………」」


 何処の誰だろうとアニェス様が負けるとは思わないが、出産中となれば話は別だろう。何せ、亜人族であることがバレただけで詰みだ。


 壁に耳あり障子に目あり。正体を知っているのがシグムントとサニアだけでは、本邸内で隠し通すことも難しい。


「ザビーネ様とナナリー様は仲良しですか?」

「ああ。ザビーネがナナリーを軽く扱うことは無い」

「なるほど。時と場合によって側室の方が強くなると。たぶん、お家のためですよね?」

「……貴様は本当に5歳児か? いや、もう今さらか……その通りだ」


 さて、ここでわたしの都合を考えてみよう。


 アニェス様がこのまま別邸を離れて本邸に行くことは、たぶん無い。何故ならば、この女帝の性格からして子供は死んでも産むけど、そのために頭を下げることも決してないから。


 その場合、アニェス様が取る道は1つ。本国、すなわち亜人族の国への帰還である。亜人族の中でも相当に高位のお方であろうこの人が、単身で人族の国に潜入するか? 絶対、何処かに手駒が潜伏している。


 人族については大体わかった。習慣や文化のほぼすべてがわたしの理解の範疇、つまり前世の世界と同種の人間的なセンスで以って、ムンドゥスの環境に合わせて発展したものである。


 対して、他の種族も話題には上がるのだけど、謎な部分が多すぎて想像も付かない。戦争や薄っすい商売以外に交流が無いから情報がほとんど無いのだ。


 そんな人族の領域の中にポッとお出ましになったアニェス様は亜人族でありながら、人族の文化にも造詣が深いようだ。


 5種族が混じった亜人族、しかも高度な国際感覚を併せ持つであろう人物から直接学ぶ機会は、この世界を生き抜く上で値千金の大チャンス。


 こんな辺境貴族のしょうもない財政事情で不意にしていいわけがない。


「旦那サマ。キョアン家はこの土地を放棄するんですよね?」

「やむを得まいな。周りは山ばかりで農耕にも適さない土地柄だ」

「じゃあ、アニェス様に残っていただいても問題無いですよね?」

「それは……そうかもしれんが、食糧の配給も無くなるのだぞ? ヒョッコリーで集めた人足たちも撤収することになろう」


 そりゃそうでしょう。屋敷の撤去工事が終わって仕事が無くなれば彼らが居残る理由も無い。


「溶けて無くなった街道を通れるようにすれば商人も来られますよね?」

「……冷たいようだが、別邸ではなくなったここにキョアン家が行商を寄越すことは無い」


 シグムントよ……お前は何か勘違いしているぞ。商人はお貴族様の命令に従って動くのではなく、自分たちの儲けのために動くのだ。そこに金儲けのネタが転がっているなら、誰から何を言われずとも勝手にやってくる。


 わたしへ流し目を送ったアニェス様は淡々とお茶を飲んでいるから、勝手に進めて問題ないだろう……たぶん。


「別邸は潰してもらっていいですからぁ、アニェス様がお残りになるってことだけは認めてもらってください」

「……貴様、何を企んでいる?」

「え~? 別に……何も? 波風立てず無事にお子様を産めるならいいんじゃないですか?」

「…………」


 シグムントは決裁書にサインするため本邸へ一時帰還した。


 持ち主の居ない空き地となるこの場所は真の意味で陸の孤島を化すわけだが、わたしの錬金術があればかねなんかどうとでもなる。きんは材料が無いから無理だけど。


 MPと同じく、より多きを望めば切りが無いものの筆頭であろうから、何より加減が大切になる。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/10/7 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:455/630

 MP:1090250/1090250

 物理攻撃能力:220

 物理防御能力:280

 魔法攻撃能力:1090250

 魔法防御能力:1090249

 敏捷速度能力:620

 スキル

 『愚者LV6』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV2』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV8』『料理人の鉄腕LV2』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV1』

――――――――――――――――――――



 墓所の整備以外ではできるだけ魔法を使わずに過ごしてみたけど、こうして少しずつ増えていくMPに大した価値を見出せなくなっていた。


 やはり使い方を研究し、さらには何かを創造し、わたし自身の地力を上げるために活用すべき。


 そのために必要となるものは安定した生活環境であって、先立つものはやっぱり金銭というわけ。どこの世界も現実が世知辛いのは同じだね。


「レナード様? たしか、ご懇意の商人が居られましたよね? ほら、あの半被の御仁ですよ」

「先代様よりお預かりした別邸が……儂の別邸がぁ……」

「ちょっと、話を聞いてください。その商人に渡りを付けてくれないと」

「ぬぅううう~! このような恥辱に塗れて……生き恥を晒して居れようかぁ~!」

「ちょ!? ダメダメ!」

「家令殿! 落ち着かれませ! カリギュラ!」

「メンドくせぇなぁ~」


 家令の意地が暴走したのか、懐剣を抜いたレナードは自害を図り、カリギュラとメイデンに止められた。


 その夜はカリギュラ秘蔵の樽酒が振る舞われ、風前の灯火となった元別邸に居残るすべての元使用人は元家令のクソ長い愚痴に付き合わされて、ゲンナリと朝を迎えることとなった。


 わたしは子供なので早々に庭師小屋へ撤収してギルバートのベッドを占領して寝たけどさ。明日は朝から忙しくなるからね。



**********



「わぁー! ギルー! 何それキレイだねー!」

「えへへ。裏山で見つけたんだ。シキにあげるよ」

「ホントー? わたし嬉しいなー! ありがとー!」


 ギルバートが見つけて持ってきたものはデカいダイヤモンドの原石だった。もちろん合成ダイヤモンドである。


「うぉおおおおお~! ギル! ギルっ! すぐそこに案内しろぃ!」

「ギルバートくぅ~ん? お姉さんにだけこっそり教えて? ね?」

「キレイだなキレイだなー。そ~れ~――成形。やっぱりダイヤはカットが命だよねー」

「「「「「――キュッ」」」」」


 元メイドどもの喉から変な音が聞こえてくるけど、気持ちはわかるよ。本物ならわたしだって……ねぇ?


 多くはメイデンの一派だった連中だが、業務上過失致死?の疑いで連行されたマッカランの口車に乗らず、はぐれモン向けの囮を免れた元使用人たちは先々に不安を抱きつつも動けずにいた。


 故郷に家族を残して出稼ぎに来ていた者。口減らしのため半ば売られるように奉公へ出された者。抱える事情は様々にあって、別邸が潰れても行く当てが無いので困り果てていたのだ。


 そこに降って湧いたダイヤモンドラッシュ! 竜が暴れて隆起した裏山の地盤に突如として露わになったひとすじの鉱脈がキラキラ光ってる!


 これは掘るしかないだろうと言うことで、男も女も関係無しにツルハシを担いで裏山へ。妊娠初期のカルラだけはアニェス様のお茶会に呼ばれしてしまい、貧乏ゆすりが止まらない。


「ふむ……なかなかに高純度の原石である。妾の眼鏡に適う宝石はそう無いぞ」

「おいくらになりますか?」

「そうさな。小指の爪ほどの欠片で……1千万ゼニーにはなろう」

「イッ!? センマンって……どんくらい……ですか?」

「そう急くな、カルラよ。小石の売値が要点ではない故に」

「そうですよ先輩。ちゃんと加工して、指輪とかネックレスにしてから売れば、その2~3倍で売れますし。ギルの大手柄ですよ?」


 カルラは口をパクパク開け閉めしているが、このダイヤモンドラッシュは長く続かない。今現在、地表に顔を出している表層以外には存在しない幻なんだから。


 地中の見えない部分に魔法は行使できないから仕方ないよね。それにダイヤは希少だから宝石なわけで、魔法で無尽蔵に作れることが判明した瞬間に価値を無くしちゃう。


 地球でも20世紀の後半には人工的なダイヤモンドの製造に成功していた。これらの合成された工業用ダイヤモンドはもはや高価な材料ではなく、金の10分の1程度の価格で取引されていたはずだ。


「ポールの手柄は歴史的な大偉業となるやも知れぬ。すべてはシキの生き様次第となろうがな」

「え~、照れますぅ~。やめてくださいよぅ~。あははは……」

「パメラの名を汚すことの無いよう努めよ。よもや……愚かな商いに傾倒することはあるまいな?」

「もちろんですよぅ~。こんな泡銭なんか有って無いようなものですしぃ~。あははは……」


 ダイヤの鉱脈は一次金を捻出するために仕掛けた苦肉の策だった、という事にしておこう。


 アニェス様の信用を失うと本末転倒なので、もうあれ以上に作るわけにはいかなくなったが、一攫千金の噂が広まるだけでも人は集まる。


 あとは放っておけばレナードがどうにかするでしょ。アニェス様が一言『励め』と言ってやれば、勝手に深読みして別邸を再興しようと頑張ってくれるはずだから、当面の時間稼ぎにはなるよね。


 わたしはわたしで次の商品を考えながら、こじんまりした内政編の行く先を想像するのだった。


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