第25話 灰燼の跡に遺るもの


 主戦場となった前庭にやって来ると、亜竜の遺灰と屋敷の撤去作業が始まっていて、半分焦げたパラソルの下で丸テーブルを囲む2人の姿があった。


「……げっ」

「シキ様。ご挨拶を」


 アニェス様とシグムントがティーカップをソーサーに下ろしてわたしを見ている。なんか試されている気もするけど、わたしはレベル6の愚者なのだ。


「アニェス様に置かれましてはご機嫌麗しゅう。お気に入りのマントも見つかったようで何よりでございます」


 盛り髪が復活している。ここまでの道中で探りを入れた限りでは、サニアはアニェス様の正体に気づいた様子だったが、普段は見かけない大勢の男たちが働いている現場で催されるお茶会だ。秘密は秘密のままなのだろう。


「…………」

「シキ様。続けてご挨拶を」

「メイド長に置かれましてはご機嫌――「シキ! ふざけるんじゃない!」……助かって良かったですね」

「ぷふっ……男性向けの口上もご同様で結構です」

「サニアさん? 今、笑いました?」


 メイデンもポーションをもらって事なきを得たらしい。アニェス様は褒めていたし、こうして給仕を任せている事から見てもそれなりに認めているのだろう。正体を教えたか否かは……まだわからない。


 眉間に深い皺を寄せたシグムント。きゃつも遺憾ながらわたしの命の恩人である。わたしに『何者だ』と尋ねるのだから転生者ご本人ではないだろうが、『絶対切断』については改めて聞かなければいけない。運が良ければもらえるかも。


「……旦那サマに置かれましては相変わらずご機嫌麗しゅう。昨晩はお楽しみですか? アニェス様は間もなく臨月ですから……まさか……サニアさん?」

「無礼過ぎです! 何をおっしゃっているのですか!」

「顔が赤いですよ? まさか……狙ってんすか?」

「シキ様! 冗談はそのくらいに!」

「ほう……サニア? そなたはそれが望みか?」

「アニェス様! お戯れを!」

「うほんっ……サニア殿。旦那様に対してそのような……無礼ですよ?」


 こういう話って楽しいよね。アニェス様は妊婦だし、メイデンはババアだし、わたしは幼女だから、イジられるのはサニアだけ。あー、楽しい。


「シキ様! ご挨拶を! ちゃんと!」

「ご機嫌よぅ」

「…………座れ」

「はい? 申し訳ございません旦那サマ聞き取れませんでした。何かおっしゃいましたか?」

「座れ!」

「はい、わかりました」


 シグムントは鳩の緊急連絡を受けてやってきたわけではなかった。わたしの誕生日に現れた人月の蝕を見て、猛烈に嫌な予感がしたから別邸を訪うことにしたらしい。


 急なことであったし、蝕だったので供回りも連れずに単騎で駆けてみれば、ヒョッコリーの街は1発目の『ブレス』で大騒ぎになっていた。


 ヤバいと思って守備兵に出動を命じ、自分は別邸への道を駆けてみれば、今度は上空を切り裂く『ブレス』を目撃。この時点で竜だと確信して、終わったと思ったとか。


「シキ。そなたも何か言うべきことがあろう?」

「…………」


 アニェス様にしては珍しい助け舟を出してきたな。実は満更でもなかったとか? シグムントが脂ぎった中年デブだったら女帝の矜持が大変なことになりそうだもんね。


「助けてくれてありがとうございました」

「ん」

「助けようとしてくれてありがとうございました」

「……ん」


 やめろよ。何泣きそうになってんだよ。心底パメラに惚れてたのはわかったからさ。


 前庭の中央は3発目の『ブレス』によって扇形の盆地になっていて、1発目の『ブレス』が生んだ小道に繋がっている。


「遅ればせながら移設した。遺体もそこに移した」

「お墓を荒らしたんですか?」

「……すまなかった」


 屋敷のあった方から張り出す土手――伏した亜竜が顎を乗せていた辺りに盛り土がされていて、その頂上にはパメラの十字架が立っていた。


「竜討伐の誉れを得た今、誰に遠慮することも無かろうよ」

「ああ……そうだな」

「あの草ドラゴンはニセモノだったのでは?」

「アレは真の竜であった。妾はそう申したはずじゃ」

「……草ドラゴンを倒したのはわたしですよ?」

「そなたは何もしておらぬ。シグムントはそなたの尻を拭いたのだ」


 アニェス様? それは公正じゃないですよ?


 亜竜討伐の手柄は多少誇張されて全部シグムントのものになるらしい。わたしとしては納得できない。


「ここからが本題じゃ。コレに見覚えは無いか?」


 アニェス様が卓上に置いたものは平たい石だ。火に炙られてかなり掠れているが、表面に文字のようなものが見える。


 日付と……数字の羅列? 汚い字だなぁ……なんで石にメモなんか…………ん? 石にメモ?


「それと同様の石が、灰となった竜の腹の中から幾つも出てきた」

「……腹の中?」

「暦と数字。何かの覚書きにも見える」


 これはわたしのメモだ。MP過回復の変化傾向を調べるために集めたデータ。


 昔は紙やペンも使わせてもらえなかったから、こうやって平たい石を尖った石で削ってゴリゴリと……あー、懐かしいなぁ〜。あの秘密基地は今どうなって――、


「あ――っ!」


 草ドラゴン! お前! わたしの秘密基地だったのかぁあああ〜!


 なるほど。それで愚者が……全部わたしのせいってか? レベルアップのタイミングに転生神の悪意を感じるよ。


 アニェス様の鋭い眼光に促されて、わたしは2年前の失敗談を開陳した。


「土蔵に……ポーション?」

「メイド長。レナードを呼んできてくれ」

「はい、旦那様」


 事実確認のためにメイデンがレナードを呼びに行くのを待って、ジュースだと思って秘密基地でこっそりと飲んだことを打ち明けると、再びアニェス様の真紅の瞳がギラリと光る。


 そりゃわかるか。ポーションに詳しそうだもんね。


「ふむ……ではこの数字はなんだ? 申せ」

「わたしのステです」

「――なっ!?」


 生まれつきステータスを持っていたことも明かすと、サニアが「ななな、ななな」とうるさい。


「じ、じじ、人神様の愛し子!? 実在したのですか!?」

「否。其れとは別モノであろう。彼の者らは珍妙なスキルを持つと自己申告した凡愚に過ぎぬ。生まれついてのステータスは持たなんだはずだ」

「アニェス……殿。凡愚とは聞き捨てならん。中には偉人も居られる。マッコト・ミッタライ様が良い例だ」


 急に饒舌になったシグムントによれば『絶対切断』はスキルではなく、400年以上の歴史を持つミッタライ流という東方剣術の奥義らしい。


 その開祖であるマッコト様は中央大陸東方にヤマト国を立ち上げ、その初代国王にまで登り詰め、剣王と呼ばれて国民に愛されたのだとか。


 御手洗マコトさんかぁ……個体名じゃなくて自称かな? たしかに転生者の成功例ではあるね。


 シグムントはその免許皆伝の腕前と数々の武勇を買われてキョアン伯爵家に迎えられた。要するに婿養子だった。


 貴族家の婿養子でお飾りの当主。だからってパメラを蔑ろにした罪が許されるわけじゃないけど、たしかに色々と面倒臭そうではある。


「本邸では騒ぎが起きておろうな」

「……どうだかな」

「よもや……ようやっと庭師の鳩に気づいた頃合いか?」

「鳩番の爺やを誰が信じる?」

「ふむ……もはや落ち目か。小気味よいのう」


 アニェス様の機嫌がいい。いつもより表情が明るくて、シグムントとの掛け合いは自然な感じだ。


「これほどの被害……俺はしばらくヒョッコリーに貼り付けとなるだろう」

「よいではないか。幾許か眉間も緩い。気をゆるりとせよ」


 ナニコレ? もう夫婦じゃん……なんかムカつくなぁ。


「もしかしてぇ、お母さんともこんな感じだったんですかぁ? わたしが庭師小屋に避難させられてる隙にイチャイチャしてたりぃ〜?」

「…………」

「ちっ……違ぇのかよ」

「優雅にせよ。パメラが見ておるぞ」

「むぅ……」

「して? 齢3つにしてポーションをガブ飲みし、幸運にも生き残りよったそなた。MPはどれほどになった? 申せ」

「8万です」

「なぁ!? なななっ! 8……万!?」


 本当は100万だけどね。土蔵のポーションは記録に残っている可能性もあるから嘘は良くない。実際アニェス様の質問への答えとしては嘘じゃないし。


「なるほど……それで初級魔法がああなったのですか」

「それはわからぬ。前例の無いこと故に」

「貴様……その……シキよ」

「アニェス様〜。8万ってスゴいんですかぁ〜?」

「人族ならば王族クラスじゃ。一部、極まった例外はあろうがな」

「その例外って? 100万とかですかね?」

「妾も詳しくは知らぬ人族の隠し玉よ。それより、呼ばれておるぞ?」

「えっ!? ……誰にでしょう? まさか……草ドラゴンの怨霊でしょうか?」

「シキ様。旦那様がお呼びです」

「えっ!? ……すみません旦那サマ。夜伽のお役目なら10年ばかり早いかと存じます」

「「…………」」

「…………木の根元へ埋めたという赤いポーションについてだ。発見した時点で1本のみ。これに相違ないか」

「はい、そうです」


 秘密基地の大木が竜のように変貌した原因はあの赤いポーションしか考えられない。


「寡聞にして知らぬな。妖精族のポーションは上級、中級、下級の3種のみよ。赤のポーションなど無かったはず」

「何故そんなものがキョアン家に……」

「ホント飲まなくて良かったぁ〜」

「「「…………」」」


 何かの拍子に小瓶が割れて木がポーションを吸収し、妖月モンのように異常な成長を遂げたのだとすれば、諸悪の根源は――、


「旦那様。お呼びにより参上仕りました」


 コイツだ。レナードが何か知っているに違いない。


「土蔵にポーションを納めた箱でございますか? 当方も把握しておりませんでしたが……もしや……いや、しかし噂の域を出ず……いやはや、どうしたものか……そも別邸の資産を勝手に着服するなど言語道断の背信であり、前例に照らせば死罪もやむなきことで――」

「凡愚が妾の時間を無意に浪費するか」

「とんでもございません!」


 あの土蔵は屋敷よりも古い建物だったらしい。その屋敷も先々代のキョアン伯爵が敷地ごと別邸として買い取った際に建て直したもので、その時には既に開かずの蔵となっていたため放置されたとのこと。


「おおっ! 蔵と言えば旦那様! 食糧倉庫の中身は無事でございましたぞ! 日頃から万一に備えてひと月は持ち堪えられるよう管理するのが慣例となっておりますれば、やはり先達の知恵というのは――」

「レナード。その噂とはなんだ?」

「おおっ……それはですな、当方が着任した折に小耳に挟んだ当時のメイドたちの噂話でございます」


 曰く、この別邸の前の持ち主は今は亡き貴族家のご令嬢だった。悪辣な手口で家督を奪った彼女は時折り屋敷に引き篭もり、公務のほとんどを臣下に丸投げして遊び暮らしていた。


 いつもおかしな事ばかり口にする変人として近隣では有名な女主人であり、様々なものを蒐集して悦に浸る悪癖があり、その源は領民の血税。


 ありきたりな暗君として評されながら、そんな人間にどうして周りは従っていたのか。


「終い方もまたありきたり。一揆の徒党に討たれたとのことですが――」


 彼女はあるものを質に取って名うての用心棒を従え、周囲を脅迫して貢がせ続け、最終的に怒り狂った近隣住民によって八つ裂きにされた。


「その女はですな……スキルを奪うスキルも持っていたらしいのです」


 この世界のスキルは自ら望んで与えたり預けたりできる。つまり人と人との間でやり取りできるものであって、スキルはあってもMPや能力値が伴わなければ発動すらしない。


「奪うだけ奪って使わず、返すことも決して無かったとのことですから。相当な悪女ですな」


 わたしが『ミラクルチ〇ポ』を持っていても無意味であるのと同じ理屈だが、その前提を知らずに与えられた『スキル強奪』はチートになり得なかったということか。


「所有者が真意を以って願わねばスキルの継承は無いはずだが……ふむ。道理に反して奪われたとあっては、同様に返せるものと信ずるしかないか。愚劣なだけの権能よ」

「まったくですな。晩年の彼女はMPの底上げに心血を燃やしていたとのことですから、ポーションを集めていた可能性はありましょう」

「赤いポーションについてはどうだ? 何か知らないか?」

「いえ、存じません。件の女主人も事実無根の噂程度に思っておりましたのでな。しかしぃ〜……まさか、お任せいただいた別邸にポーションが隠されていたとは思いませなんだ。誠に申し訳なく……うにゃうにゃ……何せ前例の無いことですので……もにょもにょ……慣例に照らせば……ウンタラカンタラ……」


 今、ウンタラカンタラって言ったよね?


 レナードの特に中身の無い言い訳は長く長く続き、なんとなく面白かったので、わたしは初めてコイツの話をちゃんと聞いてあげたのだった。


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