第24話 燃え尽きて、後日


 天高く渦巻き吹き荒ぶ火災旋風。芯となって燃え上がる亜竜の本体が8つの瞳でわたしを睨んでいる。


 大口を開けて放たれているものは断末魔の叫びか、あるいは繰り返し不発に終わる『ブレス』だろうか。


 魔法行使前に少しだけ過回復の間を置いた。たったそれだけのことで勝敗が決した。


 たとえ格上だろうとMPを喰らう隙さえあれば、ほんの少しの時間とタイミング次第で攻守があっさり入れ替わる。これがこの世界の魔法戦闘というものなのだ。


「本体は炭化。末端も動きが鈍い。もうすぐ死ぬかな」


 まさかポーションの元が生き血とは。


 最大値に差があり過ぎると過回復ダメージで自滅してしまう諸刃の剣だが、おそらく一般的ではないこの情報を軽々しく扱ってはならない。


 魔法頼みのわたしにとってはアキレス腱となり得るし、安易なMPブーストを狙う吸血鬼へいみんに追いかけ回されても困る。


「ふわぁ〜……わたしは眠くて死にそうだよ。HP2だし」


 血中に魔力の原因物質でも含まれてるのかな? もしかすると体液にも? 綺麗なバラには棘があるものだけど、わたしとキスした男は死ぬとか?


 結婚相手が消えたかもね。魔力的に。


 転生前のMPは0/0だったから、普通に考えて死亡後も0/0でしょ? てことは献血元が死んだらポーションも消費期限切れになるの? それとも血ぃ抜いた時点でエナジードリンク扱い?


 どっちにしても長生きの妖精族だからこそ可能な商売だ。自分のMPが売れるなんてバレたら大変だもんね。


「試しに計算してみたけどさ……半年ぐらいかけてコツコツと……ふわぁああ〜……むにゃ……」


 まったく馬鹿な話だよ。純粋に魔力だけでやっていこうとすれば、星の数ほど格上がいる世界に飛び込む無謀をやらなくてはいけない。


 1×1.01^(100×365÷5)=3.52×10^31


 10の16乗で1京だから。31乗って……もはや意味不明な数字だけど、産まれてから1度も魔法を使わず100年生きればこうなっちゃう。


 転生神が何らかの限界を設けている可能性はあるが、物事を公正に捉えるなら、魔力的にエコな生き方をしただけの長寿に理不尽なペナルティーを科すとは考えにくい。


「妖精族……やっぱりわたしの天敵だよねぇ。毎回こんな戦い方じゃ危なすぎるし……おっと、思考回路がサイヤ人になってるじゃん。いかんいかん」


 平均寿命が何歳なのか知らないが、きっと妖精族にとって1万程度のMPは誤差の範囲。富の対価にポーションを卸し、他種族のMP底上げに多少手を貸したところで痛くも痒くもないのだろう。


 小瓶1本分の回復量をピタリと1000、5000、10000に合わせてくる精製技術は素直にスゴイと思う。


 人体実験して割合計算して水で薄めるだけじゃダメ? ダメなんだろうなぁ……なんで色が変わるのかも謎だし。


「草ドラゴン……お前のおかげで思い知ったよ。色々とさ……」


 後から後から湧いてくる疑問や懸念に頭を回しつつ魔法も行使し続けて、遂に亜竜との死闘が決着を迎えようとしていた。


「もう動けないと思うけど……灰になるまで手は抜かないから」


 人生初の強敵が死にゆく様を見つめて、不思議とアンニュイな気分になりながら、油断せずにジャンジャン空気を送り込む。


 8万程度のMPで調子に乗っていたわたしの浅はかさ、最大値の大小がもたらす恩恵とその無意味さ、魔攻・魔防に勝る相手への対策などなど。


 いずれにしてもこのままじゃダメだ。十全に備えなければ、またイザという時に3人目のパメラやポールを生んでしまう。


 差し当たっては、何でも切れるわけじゃない『絶対切断』の持ち主と和解することだろうか。


「…………生温い」


 和解じゃダメでしょ。ここはやっぱり下剋上でしょ。



**********



 風魔法で少し高めに、いや、かなり高めに浮いて、きゃつを見下ろすことで下剋上してみた。


「「…………」」


 下剋上ってこういう事だっけ? もっとこう……根本的に上位に立たなきゃいけなかったような? なんかもう眠くて頭が回らないよ。


 わたしが本体を焼き、シグムントがしぶとく動く木竜を細切れにして亜竜討伐は終結した。


 本体の死骸は脆くも崩れ落ち、こんもりした灰の山に変わると同時にパイルバンカーの杭も折れて、横倒しになった十字架が灰に埋もれている。


 パメラのお墓……元に戻さなきゃ。MPは爆上がりしたし、今度はもっと大きくて立派な…………あれ?


 宙に浮きながら立眩みを覚えたわたしの視界はぐるりと回り、天空に再び現れたダイヤモンドリングを目にしたところで暗転した。



**********



「むぅ〜ん……」


 気が付けば、わたしはベッドで寝かされていた。見慣れた天井の木目は庭師小屋の子供部屋のものだ。


「シキちゃん!? シキちゃ〜ん!」

「……はぇ? ギル?」

「お母さ〜ん! シキちゃんが起きた〜!」


 ギルバートはバタバタと忙しなく出て行ってしまった。あの後どうなったのか聞きたかったのに。


 ギルバートよ……ちゃん付けはかなり前にやめたんじゃなかったっけ? クレバーでウィットに富んだ男になりたきゃ、ポールの教えは守った方がいいと思うよ?



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/9/18 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:325/610

 MP:1049225/1055780

 物理攻撃能力:200

 物理防御能力:250

 魔法攻撃能力:1055780

 魔法防御能力:1055779

 敏捷速度能力:580

 スキル

 『愚者LV6』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV2』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』『育ち盛りLV1』

――――――――――――――――――――



 育ち盛りってスキルなの? フィジカルが急成長してるから別にいいけどさ。


「ふぅ……んしょっと……」


 どうやら丸2日も寝ていたようだ。


 喉の渇きを感じて身体を起こし、枕元に置いてあった白湯を飲んでひと心地付いたところで、階下からこれまたドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえる。


「シキ! 目ぇ覚ましたって!?」

「あっ、先輩。おはようございます」

「おはようございますじゃない! こっちはてっきり魔力欠乏かと……どんだけ心配したと思ってんだ!」

「魔力欠乏? わたしがですか? あははっ」

「あははじゃないだろ! やっぱり食い物が喉を通らないしさぁ! 死なせたらあの世でパメラとポールに顔向けできないトコだったじゃないかぁ〜!」


 今や最大MP100万超えのわたしが魔力欠乏? まぁ、先天的なステータスについて話したのはポールだけだったから無理もないか。


「ごめんなさい。ご心配をおかけしました」

「はぁ〜……良かったぁ〜」


 パン屑混じりのシャバシャバ屑野菜スープを運んできたヒラリーにも一頻り叱られたわたしは、ギルバートに持って来させた配給パンを浸してパクつきながら亜竜討伐後の顛末を聞いた。


「あの後で何人も死んだよ」

「えっ? 竜が死んだ後にですか?」

「死んだことが確認された……ってのかい? まぁ、自業自得だから仕方ないさ」


 1発目の『ブレス』にビビり倒した一部の使用人が敷地から逃げ出した。街道は途中まで消えていたが、マグマの小道と山火事で視界はそれなりに確保できており、暴竜の近くに留まるよりはマシだと踏んだらしい。


 聞いた限りでは合理的にも思える逃走を提案したのは山番のマッカラン。彼に率いられる形で別邸を出た使用人たちは山越えして街を目指したわけだが、高温で溶けた地面や森林火災の只中を通ることはできない。


「はぐれモンに襲われたらしい。山火事とマグマで逃げ場を無くして、山中で散り散りになったとさ」


 言い出しっぺのマッカランは、シグムントの命令で後詰めとして別邸に向かっていたヒョッコリーの守備兵たちと遭遇。運良く生き残り、その証言を元に翌日から山狩りと生存者の捜索が行われたのだが、数匹のはぐれモンと遺留品が見つかっただけだった。


「ナイラも行方不明のうちの1人さ。たぶん……食われちまったんだろうね……」

「そうでふか……もぐもぐ。先輩たちはなんで逃げなかったんでふか? もぐもぐ……ズルルル〜」

「「…………」」


 我ながら図太いと思うけど、死んでしまったものは仕方ない。今は生きている人たちと喜びを分かち合おうではないか。


 それよりさ、何故か愚者レベルが6に上がってるんだけど? わたし……また何かやらかした?



**********



 身体を拭いて洗濯済みのメイド服に着替え、1階の居間に顔を出すとサニアが居た。骨折した足は元通りに治っていて、特に不自由は無い様子。やっぱり回復魔法ってスゴイ。


「シキ様。お目覚めになられて何よりです」

「サニアさんも。おかげ様で助かりました。ありがとうございました」


 あの時、サニアにHPを回復してもらっていなければ亜竜には勝てなかった。彼女は命の恩人であり、今回の事件を解決に導いた陰の立役者とも言える。


「追加のポーション、もらえて良かったですね」

「アニェス様にこっぴどくお叱りを受けました」


 MPを正確に把握していなければポーションの服用は危険が伴う。自分で飲むならまだしも意識の無い人間に飲ませるとなると非常に危うい。


 サニアの本当の最大MPは4800だったとの事で、あの後さらに2本の下級ポーションを飲ませたところで目覚めたらしい。


「中級1本で良かったってことですもんね」

「私も知りませんでした。中級より下級の方がお高いのだそうです。もっとも、アニェス様がポーションを所持されていた事実も私には知らされていなかったのですが……」

「へぇ〜、そうなんですか。まぁ、正直が1番ってことですよ」


 やはりと言うべきか、中級ポーションを水で薄めても下級ポーションの効果は得られないという事なのだろう。人口割合から言っても人族に売るなら圧倒的に需要の多い下級ポーションが割高になるのもわかる。


 パメラが倒れてから夜這いに来たシグムントは下級ポーションですら手に入らないみたいなことを言っていたが、きゃつの理解もそれほど深くはなかったんだな。


「庭園へお越し下さい。アニェス様がお待ちです」

「庭園って……燃え尽きたんじゃ?」

「お早く」

「はーい。でも、ちょっと待ってもらっていいですか?」


 カルラに頼んでポールのところに案内してもらった。


「勝手に使わせてもらったよ。アイツにはこれで上等さ」


 庭師小屋の裏手に埋蔵されたポールのお墓にはパイルバンカーの杭の部分が突き立てられている。長さが短くなっているのは、他にも必要になったからいくつかに分割したのだとか。


「ちょっと変えていい? お母さんのみたいにするから」

「いいのか? なら……頼むよ」

「うん……――成形」


 螺旋の墓石を十字架に仕立て直し、しっかりと墓碑銘も刻んだ。


『魔幻4018/9/15 夜 世界一優しくてクレバーでウィットに富んだスマートな男ポール ここに眠る』


「ははっ……長っげぇ」

「カルラ先輩の好みだもんね。子供は男の子でよろしく」

「……なんだよシキ? アタシらの子に唾つけようってのか?」

「え? むぅ……うーん……ん〜……え〜?」


 男の夢を体現した頭のおかしいチート能力を持つポールの息子。


 興味が無いと言えば嘘になる気もするけど、その素晴らしさを身を持って体験する栄誉はもっと若い子に譲ろうと思う。


 どれだけミラクルなのか……ちょっと怖いし。


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