第23話 亜竜討伐
自由落下するパイルバンカーは自然の風を翼に受けてギュンギュン回転し、巨大な竜の頭上に迫る。
3発目の『ブレス』は発射間際。庭園で暴れる木竜の群れも見える。
今再びの咆哮を止めようとでも言うのか、誰かが本体を目指して戦っているようだが、とてもじゃないけど間に合わない。
「当たれ! 当たれ当たれ! 当たって~っ!」
ここで下手に魔法を使って魔法攻撃として判定されても困るし、もうMPがほとんど残ってない。
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暦:魔幻4018/9/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:288/560
MP:980/83720
物理攻撃能力:170
物理防御能力:190
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:520
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV1』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』
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なので、高空から『ホバークラフト』でゆっくり降りることをわたしは諦めた。
たぶんMPが足りなくなるし、ちょうど良さそうなスキルも生えている。
ただの大の字じゃなくて……えっと、たしか……こうだっけ?
お腹を大きく前に出し、肘は伸ばさずに腕を広げ、足を伸ばしてリラックスさせ、顎は少しだけ上げる。
フリーフォールのアーチポジションを維持し、落ちていく体をコントロール。
こんな所でスカイダイビングの経験が活きるとはね。前世のわたしグッジョブ。残念ながらパラシュートは無いけど。
「――っ!」
パイルバンカーの落着とほぼ同時――扇状に拡がる赤い炎が前庭を舐めた。
直後に響く轟音と衝撃波に四肢が痺れて、紅蓮を追い掛け追い越す土埃が竜と屋敷を丸ごと覆い隠す。
「…………ゴクッ」
直撃かどうかはわからなかったけど『ブレス』は妨害できた。魔防の高い竜がパイルバンカーの影響を受けた事から察するに、最初の賭けには勝てたみたいだ。
魔法で生み出した炎と真空波は魔法攻撃と見做されて通じなかった。ならば魔法で製作した物体を魔法で投擲して行う物理攻撃はどうなのか。
突き詰めればどちらも同じ物理現象。そこに本質的な違いは無いようにも思えて、どっちに転ぶかわからなかったから。
「死んでて! お願いだからっ! ――全力ホバー!」
煙が晴れるまで待ってられない。真下に向けて風をぶつけて急減速。
舞い上がった土埃を吹き飛ばしながらステータスを思い浮かべて、減っていくHPとMPを監視する。
「ひぃやぁあああああああああああああ〜っ!」
本当にギリギリ。レベル1のスカイダイブでは落下姿勢を維持するだけで精一杯だった。
ポイントを選んで降下する余裕なんか無い。
**********
パメラのご加護だろうか。わたしは無事に着地した。
「はあ〜っ! はあ〜っ! はあ〜っ! はあ〜っ! はあ〜っ! ンスゥ〜……はぁあああああ〜〜っ」
竜本体の頭の上に。
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暦:魔幻4018/9/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:255/560
MP:48/83720
物理攻撃能力:170
物理防御能力:190
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:520
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV1』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』
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もうお風呂を沸かすだけで魔力欠乏は必至だけど問題ない。
「…………勝った」
パイルバンカーは見事に竜の頭部を貫通し、頭頂を大きく陥没させて地面に縫い止めていた。
回転とネジの効果だろう。表皮の木目は鳴門の渦巻きのように螺旋を描き、突き立つ十字架を中心に赤い血の池ができている。
「木のくせに鮮血とか……マジでキショいな草ドラゴン」
『最愛の母パメラ』の墓碑銘からは返り血が滴り落ちて、絵面が一気にシュールになったけど――、
「ふぅううう〜……」
兎にも角にも――、
「ポール〜! 勝ったよぉおおお〜っ!」
無事に残っていた庭師小屋の方に向かって叫ぶ。
まずはポールに伝えたい。この勝利を。この感動を。
竜を足蹴にバンザイするわたしの眼下、地に伏した本体の鼻先には未だブスブスと燻るマグマ溜まりが残されている。
「ふふふっ……無様だな草ドラゴン」
自分のスキルの残り火で自分の鼻を焼いてちゃ世話ないよね。頭まで火が回る前にここから降りなきゃいけないけど、もうちょっとこうしていてもバチは当たらないでしょ。
物理に弱くてノロマなニセモノとは言え、竜を倒しちゃったわたしは立派なドラゴンスレイヤー。
勲章でも貰えたならポールのお墓に飾ってあげよう。謙虚なわたしは1流のお茶菓子が食べられればそれで文句は無いからさ。
「……ん?」
初撃の『ブレス』の影響か、広範に燃える庭園の端の方から音が聞こえる。空気を切り裂き、何か重たいものが転がる音だ。
徐々に近づく独特の足音と息遣いは……これは馬だろうか。馬車のものよりずっと速くて激しい。
所々でユラユラ揺れる火災の明かりに照らされて、グネグネ動く大小の木竜が音の出所に殺到し、一拍の後にまとめて首が宙を舞う。
カリギュラ? サニアに治してもらったのかな? でも踏ん張りが効かないから、乗馬は諦めたって言ってなかったっけ?
「おお……なんかスゴい」
その騎兵、どうやら単騎らしいがメッチャ強い。同時攻撃を仕掛けた3匹の木竜(大)を横薙ぎの一刀で両断して突っ込んでくる。
明らかに刀剣の間合いより広い範囲を切り裂いていて、まるで無双系のアクションゲームみたいだ。
ん? そう言えば……木竜はまだ動いてんの?
「…………――わっ!?」
油断した。本体が沈黙しても他は動くのか。
足首に絡みついた根っ子に捕らわれて天地がひっくり返る。
「――このぉ!」
焦ったわたしは根っ子に向けて至近距離から『火炎放射器』や『ウインドカッター』をばら撒くが、わかっちゃいたけど全部無効。
「うわぁあああああ〜! やめろやめれやめて!」
根っ子は何本も伸びてきてわたしを雁字搦めに縛りつけ、十字架の天辺よりも高く吊り上げた。
これが使用人たちの言っていた根っ子に捕まった状態か。ひ弱なわたしじゃなくても逃げられんよコレは……って考えてる場合じゃない! 植物を殺せる何かを!
フェノキシ系、ウレア系、有機リン系、ジフェニルエーテル系、トリアジン系など、様々な農薬や除草剤の構造式をイメージするが、近場に材料は無いし残MPは雀の涙。
逆さまで宙吊りにされて頭に血が上り、首に巻きつく根っ子の絞め付けはジワジワ強くなって、HPと一緒に集中力も持っていかれる。
「く……そぅ……」
朦朧とした意識の中で『もうダメだ』とありがちな事を思った時、下方から響く裂帛の声を聞いた。
「秘奥――絶対切断!」
鋭い風切りの音を載せた斬撃は複数の木竜を斬り伏せて尚止まらず、わたしと十字架の間に割り込んで、纏わりついて離れなかったすべての根っ子を半ばから両断した。
血の池に向かって落ちながらそちらを見やると、馬を咥えて高々とカマ首をもたげる木竜の下、燃える芝生を踏み締めて片刃の長刀を振り抜き、残心している男が居た。
「――ぐっ!」
血の池はさほど深くはなく、バシャンと落ちたわたしは血溜まりの底に肩をぶつけて悶絶したが、痛がっている場合じゃない。
根っ子や木竜が十字架に向かって伸びてきていた。身動きを封じる拘束を解いて早く逃げなければ。
竜の鮮血に浸って藻掻くわたしは血まみれ。迫る敵は飛ぶ斬撃に切り刻まれて十字架にも触れられずにいるが、あちらも多数の木竜に囲まれていた。
「クソ……クソ野郎……っ!」
髪から滴る血の雫が鼻筋を伝って流れ、わたしの唇を濡らす。とても気持ち悪いが、しかし――、
「なんで! なんでこんなに甘いんだっ!」
ステータスを見て、わたしは真実を悟った。
憎たらしい転生神はやはり公正であったのだと。
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暦:魔幻4018/9/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:198/560
MP:29294/83720
物理攻撃能力:170
物理防御能力:190
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:520
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV1』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』
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食事に混じったわたしの血がパメラを殺した。だから『死神』が生えたに違いない。あつらえたようなスキルじゃないか。
貴族家の当主でありながら単騎で駆けつけた馬鹿なシグムントは、絶叫しながら秘奥とやらを繰り出し続け、パメラの墓標を守ることに必死だ。
「あー……クソっ」
まったく、嫌な血の繋がりを感じさせてくれる。どちらも遅すぎるんだ。
「ゴクっ……ゴクっ……ゴクゴクっ……ゲプっ」
はぁ……甘いものが嫌いになりそうだよ。
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暦:魔幻4018/9/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:187/560
MP:140361/140361
それで草ドラゴン? お前の最大MPは……まぁ、いいか。
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク……」
余計なことを考えている暇は無い。ダメージ計算なんかどうでもいい。とにかく飲みまくれ。コイツと互角の魔攻に至るその時まで。
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク……ゲェ〜プっ!」
急げ。さもなくばシグムントが死ぬぞ。
「ゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴクゴク……ゴクンっ!」
わたしの命とお前の魔力――どちらの限界が先にくるのか知らないが、チキンレースといこうじゃないか。
**********
日付が変わって翌深夜、図らずも、わたしはまたもや残りHP2で生き残った。
「もう上がらないね……これがお前の最大値か」
どうでもいい事だが、追加で変なスキルが生えている。どこかで聞いたことがあるような気もするけど思い出せないし、名称から効果がまったく想像できない謎のスキルだ。
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暦:魔幻4018/9/16 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:2/560
MP:1055777/1055777
物理攻撃能力:170
物理防御能力:190
魔法攻撃能力:1055777
魔法防御能力:1055776
敏捷速度能力:520
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV2』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』『スカイダイブLV1』『ドランクドラゴンLV1』
――――――――――――――――――――
シグムントの悪足掻きはまだ続いている。その優しさと甲斐性をパメラが生きてるうちに見せてあげれば良かったのに。
「お母さんは……強すぎたんだね」
きゃつにどんな事情があるのか知らないけど、大の男が甘えちゃうんだもんな。わたしも他人のことは言えないけどさ。
パメラの十字架は変わらず大地に突き刺さり竜を繋ぎ止めているが、陥没した頭部は樹木の傷口が塞がるように盛り上がって、螺旋の杭の根本は既に取り込まれている。
血は流せども、植物の形質も有する亜竜の真骨頂はこのしぶとさか。弱点らしい弱点が無く、踏まれても踏まれても再生する。ある種の雑草魂なのかもしれない。
「そろそろいいかな。憐れ草ドラゴン。勝負ありだよ」
お前の敗因は魔攻を活かすスキルがブレスしか無かったこと。口を閉じた状態でも使える小技があったなら、わたしのHP2を吹き消せたかもしれないのに。
「秘奥ぅ――絶対切断! 絶対切断! 絶対切断〜!」
「あー、もう! うっさいな! 時間稼ぎご苦労ぅ!」
絶対に切れるらしい飛ぶ斬撃がビュンビュン飛んできて危ないので、シグムントの周囲に「――キャンプファイヤー!」下から上に立ち昇る火柱を5本ほど立ててぐるぐる旋回させてやった。
「よーしよし。木竜はしっかり燃えてるね」
どうして魔防は魔攻よりも1だけ低いのか。
その疑問の答えとなる仮説を既にわたしは用意していた。
もし魔攻と魔防が同じだったなら、まったく同じ最大MPを持つ者同士が対立した場合、いつまで経っても決着が付かない千日手になってしまう恐れがある。
最大MPの低い方が相手の血を摂取することで、拮抗するまで互いに奪い合うことすら可能なのだから、そうした状況は十分にあり得るだろう。
転生神は、そのような形で時間を無意に浪費して、生きとし生ける者の戦意が削がれる可能性を潰したかったのではなかろうか。
その裏にある目的を邪推したくなるほどに、この1の差は作為的に過ぎるステータスの特徴と言える。
「植物は火に弱い。常識だよ」
瀕死のわたしは湯水のようにMPを注ぎ込んで風を纏い、チート臭い物理攻撃の止んだ空中に浮き上がると、眼下の亜竜を火に焚べた。
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