第22話 法王の目覚め


「うっ……」


 重い。全身が重くて動けない。


 何があった?


 たしか『ブレス』を緊急回避して、それから……ダメだ。思い出せない。


 ステータスで状態の確認を。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/9/15 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:52/560

 MP:38205/83720

 物理攻撃能力:170

 物理防御能力:190

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:520

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』

――――――――――――――――――――



 ああ……HPが1割切ってる……ピ~ンチ。


 しかもジワジワ減ってるみたい。出血しているかもしれない。早く止血を。


「……おじさん?」


 瞳を開ければ重かった理由がわかった。カリギュラがわたしに覆い被さっている。


 頭からダクダクと滴る血がわたしの髪の毛に染み込み、大きな掌を枕にした後頭部にはヌルリとした感触があった。


「シキ様……ご無事ですか?」

「サ、サニアさん……おじさんが……」

「失礼いたします」


 サニアはカリギュラを退かしてわたしを引っ張り出すと、負傷箇所を確認して「――ヒール」を唱えた。


 HPの減少が止まり上昇に転じたが、サニアの『ヒール』はなかなか終わらない。


「サニアさん。わたしはもういいですから……おじさんの傷を治して」

「まだです。動かないでください」


 HPは150くらいまで持ち直した。すぐに死ぬことは無さそうだからやめてと言ってもサニアは魔法を止めない。


「地面が柔らかくて助かりました。いえ……不自然なほど柔らかいですね。これも貴女の仕業でしょうか? 本当に不気味なお方です」


 毒舌混じりに指摘されてお尻を包むモチモチ感に気が付いた。さすがはわたし。咄嗟に魔法を使ってたみたい。道理でMPもガッツリ減ってるわけだ。


 何とか直撃は免れたようだけど、余波だけでかなり飛ばされたのか、遠くに赤々と燃える業火が見える。カルラたちは無事だろうか。


「……パメラ様は1年以上も持ち堪えたとお聞きしました。すごい事だと思います」


 急な話題転換に戸惑いながらも、淡々と魔法を行使する言外の圧力に黙るしかなかった。


「私には何もできませんでしたから……」


 サニアの母親も魔力欠乏で亡くなったそうだ。その時の自分はまだ幼く、眠る母に縋り付いて泣くことしかできなかったと。


「アレは止められません。できるだけ遠くへお逃げください。貴女なら足手まといが居なければ可能なはずです」


 HPは300の超えた。もう十分だ。


「ダメです。HPが多いに越したことはありません。逃げた先で、すぐ食べ物にありつけるとは限りませんよ?」


 見ればサニアもボロボロだった。片足の膝から先が捻じれて変な方を向いている。


 自分に魔法を使ってと言っても無言で返された。HPは既に400もある。ほとんど完治したと言っていい。


「……サニアさん?」


 サニアはお辞儀したままでわたしのお腹に頭を預け、静かな寝息を立てていた。


「……なんで?」


 その寝息はパメラと同じ――魔力欠乏だ。わけがわからない。


「そやつがそう望んだのであろう」

「アニェス……様?」


 不安定な足場でスックと立つアニェス様の盛り髪は解けていて、重力に従って下に流れる金髪は地面に引きずりそうなほど長い。


 頭部にピンと立つのは三角形の耳2つ。髪と同色のモフモフした毛に覆われたキツネみたいな獣耳だ。


 いつも羽織っているマントは失われていて、お尻で揺れるフサフサの尻尾も見える。


「……獣族?」

「たわけ。妾を獣風情と同列に見るでない」


 アニェス様は亜人族だった。


 獣族の血も入っているだけで、曾祖父母の代から続く生粋の亜人族らしい。


 盛り髪は耳を隠すため。マントは尻尾を隠すため。


 派手な宝飾品は他者の深読みを誘うためのブラフであり、それらすべては正体を隠すための手管だった。


「言うたはずじゃ。シグムントに乞われて参ったと」

「な、なんで……敵なんじゃ?」

「蛇の道は数あれど、公とならば人族会議が黙っておらぬ。反逆と見做されよう」

「反逆って……人族会議に?」

「いずれのルートもキョアンの家格では到底届かぬが……それでも彼奴は手を伸ばした。故に妾も興が乗った」


 胸元から取り出したのは水色の液体が入った小瓶。


 アニェス様は3本の下級ポーションの蓋を開けてサニアの口に突っ込み、少々強引に嚥下させた。


「……こやつめ。妾を欺いておったか」

「アニェス様は……なんでここに来たんですか?」


 シグムントの立場を守るために妊娠までして、妾の誹りを受けてでも。


「これは妾の嫉妬である」

「……嫉妬?」

「この世に妾と比肩せし女在りて、其が凡庸な弱者であるなど罷りならぬ。確かめねばなるまい」

「……何をですか?」

「決まっておろう。パメラが真に弱者であったのか否かだ」


 ここに来た時、アニェス様は失敗は許されないと言っていた。


 でも、その時には既に失敗していたはずだ。間に合わなかったのだから。


「――」


 ガバっと顔を上げて鼻をヒクつかせたアニェス様は指を立てて「――ファイア」を唱えた――不発。


「次が来る……気性も竜であったか。妾としたことが抜かったわ」


 2発目の『ブレス』の予兆を感じ取り、1度見ただけでわたしの推測と検証手順も理解している。


 ホント……とんでもない人だね。


 周囲のムカつく人間ばかり見て、どうやらわたしは最も身近で大切な人を見ていなかったらしい。


 改めて見渡せば、メイデンやレナード、気を失った使用人たちも近くに転がっている。ステータスを虚偽申告していたらしいサニアは適量のポーションを飲んでもまだ起きない。


 間もなく『ブレス』が降りそそぎ、全部まとめて消し炭になる。


 こんな時、パメラならどうするかな?


 どれだけ考えてもわからない。まったく以って想像も付かない。


 だって、わたしはパメラじゃないもんね。


 わたしは1人『ホバークラフト』でその場を離れ、木々のまばらな林に向かって飛んだ。


「さあ、パメラ。見せてみよ。そなたが何者であったのかを……」


 アニェス様が何か言った気もするが、急いでいたのでよく聞こえなかった。



**********



 パメラのお墓にやってきたわたしは「――墓荒らし」魔法で土を吹き飛ばし、墓荒らし対策として埋没させた装甲板を剥き出しにした。


「まさかわたしが荒らすことになるとは……――成形。ごめんね、お母さん……――成形。あとでちゃんと元通りにするからさ」


 とりあえずパメラに謝りながら、時間が無いので作業の手は止めず、十字架と結合した装甲板を大きなお椀状に成形した。


 底の中心付近にスリット孔を開けたどんぶりをひっくり返したような形状。噴射ノズルのつもりだけど、肝心の推進剤が竜に独り占めされている。空気だけでもイケると信じよう。


 墓石をよじ登り、十字の交差点を跨ぐようにしがみ付いた。なんて罰当たりな娘だと、わかっているけど仕方ない。


「ふぅううう〜…………シキ・キョアン! ミラクル急造ロケット! ――行きま~すっ!」


 全力全開の風魔法で空気を上から下へ引きずり下ろし、噴射ノズルのスリットへ流し込んで圧縮していく。


 魔法で強制的に生み出された高圧が墓穴に満ち、強烈に押し上げられたなんちゃってロケットはケイカル板でテキトーに組み上げた発射台を爆散させると同時に、わたしを乗せて打ち上がった。


「ぐぅううう……っ!」


 黒ひげ危機一髪かよ。我ながら大丈夫か?


「――上がれ上がれ上がれ上がれ上がれ!」


 加速のGに耐えて魔法を連続行使。残されたMPを最大限有効に使うためにも、動かす対象までの距離は小さく、可能な限り手数を増やして出力をひねり出す。


 進路上にある空気中の分子を連続的に高速移動させて圧縮し、噴射ノズルのスリットへ押し込み推進力に変えて、同時に生まれる高密度の風を風防代わりに身を守る。


 よし。ぶっつけ本番の魔法『黒ひげ危機一髪』が安定した。次だ。


「――拡声器!」


 声の波長が空気に乗って増幅されるイメージ。できるだけ広範囲に拡がるように。狙うは眼下。竜の根っ子の包囲網。


『おい! 草ドラゴン!』


 根っ子は足音や振動を拾ってわたしとポールを追いかけてきた。だったらこの大声の出所もわかるはず。


『わたしはここだ! お前の敵がここにいるぞ! こっち向け! この草ドラゴン!』


 地表を狙って口元で渦巻いていた焔がこちらを向いた。狙いどおりだけど直に食らうわけにはいかない。


 避けるしかない。ちょっとした手品で騙す。きっと上手くいく……はず。


「――音チャフ」


 地表はドンドン遠ざかり、屋敷にボディープレスをかまして押し潰す竜の全身が見えた。首をもたげて仰角を修正しているようだが、腹這いで寝ているんだからそこまで高くは上がらない……はず。


 だったらわたしは上がるだけだ。魔法があるから高いところも怖くない。上がったんだから下りることもできる……はず。


『バーカバーカ! 竜のくせに飛べないんだろ草ドラゴン! 悔しかったらわたしを墜としてみせろ! 大雑把なヘッポコブレスなんて! 当たらなければどうということはない!』


 既に通り過ぎた辺りの空気を振動させて囮とした。これで『ブレス』は狙いが逸れる……はず。


 竜が鳥目であることを祈ろう。


 ヤバいかな? 効果範囲もわからない。もっと高く。できるだけ高く上がって距離を稼ごう。


『ほれほれ! さっさと撃ってこい! ビビってんのか!? ピッチャービビってるぅ〜! ヘイヘイヘイ!』


 早く撃ってくれ。距離が開くと囮魔法のMP消費がバカにならな――来たぁあああ〜っ!


 真っ赤に燃える極太の熱線が下方を通り過ぎた。デカ過ぎて距離感が狂い、まるで直撃されたかのような熱波に晒されながら必死に耐える。


 竜の放った『ブレス』は上空を斜めに切り裂き、雲を消し飛ばしてまだ突き進む。とんでもない射程だ。


「…………マジ?」


 乱気流に煽られながら魔法で姿勢を制御して、とにかく上へ飛び続け、別邸の四角い敷地をスッポリ視界に収めたところで、ようやく初撃の被害を目視できた。


 屋敷から庭園を貫き門扉まで、一直線にマグマの小道に変わり、その先に続く街道も中程まで消えていて、暗い山中には一筆書きの直線火災が起きている。


「もっと高度を取らなきゃ……」


 雲を抜け、もっと上へ。


 位置エネルギーを蓄え、魔法に寄らない物理攻撃を。


 MPを限界まで吐き出し、1撃で倒す。


 太陽を覆い隠す人月は暗い空を一際黒く切り取って、たしかに不吉を予感させる怖さがある。凶兆と見做されるのもわかる気がするし、実際に凶事は起きた。


「誰かのために……何かを……」


 きっとそれはパメラがしたかったことなんだろう。


 本人は虐げられているなんて、思ってもいなかったのかもしれない。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/9/15 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:394/560

 MP:3995/83720

 物理攻撃能力:170

 物理防御能力:190

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:520

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『法王LV1』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』

――――――――――――――――――――



 どこまでも優しくて寛大で、融通が利かなくて偏屈で、誰より強い人だった。


 まっ、わたしは可愛くて賢くて、その上で強いから大丈夫。パメラみたいに頑固でもないし。


「ひゅ〜……ひゅ〜……けほっ……ボチボチかな」


 薄い大気の中、魔法で1気圧を保つのも限界だ。


 そろそろ勝負といきますか。


「パイルバンカーを食らえ……って、当たるかなぁ?」


 上昇のための魔法を消して自由落下を開始。


「――成形」


 噴射ノズルを変形させて杭のように真っ直ぐ伸ばし、重心を下に。


 ついでに螺旋も入れておこう。できるだけ深く捻じ込んでやる。


「あれ? あれれ?」


 十字架が縦棒を中心にゆっくりとクルクル回り始めた。段々と回転速度が増していく。


「あっ、そっか」


 杭の部分にネジを切ったせいだ。このままじゃ目が回っちゃうし、これじゃあ回転方向が逆でしょ。


 回転で貫通力を持たせるのはおそらく有効。軌道修正も必要だからちょうどいい。


「うぅ〜……内臓がヒュンってなるぅううう〜……」


 十字架と一緒に結構な速度で落ちていくわたしは正直なところ泣きそうだった。


 スキル欄の『ミラクルチ〇ポLV1』を思い浮かべて「ぷふっ! ポールあんにゃろ!」気持ちを落ち着けつつ「――成形」冷静に魔法を行使し、十字架の横棒部分を翼に変えて翼角を調整すると回転は止まった。


 燃えるマグマ溜まりの始点を目安に軌道修正を繰り返していると、目標地点で再び焔が湧き上がる。


「3発目!? やらせるか……って、間に合うかなぁ?」


 とにかく凶暴で執念深い竜の気質とはこういう感じか。3発目を準備しているとは思わなかったけど、まぁ、頭の位置がわかりやすくてよろしい……と思っておこう。


 竜の直上。地表がグングン近づいてくる。メチャクチャ怖い。


「――成形」


 翼角を変えてさっきとは逆向きの回転を与える。これで螺旋のネジがちゃんと効果を発揮するはず。


 これ以上は目が回る。わたしの体重も邪魔だ。


 十字架を手放し、落ちてゆく先を見据えながら「――減速! 減速減速減速ぅ! あぁああ〜! MPがぁ〜!」風を操り自分の着地に備えるのだけど、ちょっとヤバいかも。


「パメラのご加護を――っ!」


 今や胡散臭いとすら感じる転生神ではなく、わたしはパメラに祈りを捧げて手足を伸ばし、蝕の空を大の字になって落ちていく。


 思いつきの質量攻撃『パイルバンカー』――最初で最後のこの1撃が、どうかトドメとならんことを。


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