第20話 家令の意地と女帝の矜持


 小さく身軽な体躯を活かし、次の花壇へ向かって駆け出すわたしは疾風となって――とかだったら忍者みたいでカッコイイんだけど、根っ子を刺激しないようにゆっくり物陰を伝ってくるだけでも子供にとっては冒険だった。


 はて? 忍者ってどんなだっけ? 忍者……ニンジャ〜……ニンニン……ん〜?


 たしか5人組でさ、赤青黄色とピンクと……白色? なんか金ピカなのも居たっけ? とにかくメッチャ派手で元気な人たちでさ……なんだっけ? えーっと…………――あっ! 思い出した!


「さぁ行け♪ 我ら♪ ニンニンジャー♪ 天下無敵♪ 忍ジャパァ〜ン♪ 」


 天下無敵のわっしょい忍者。あの5人組の忍者はスゴく強かった。何と戦っていたのかよくわからないけど、前世のわたしは憧れていたような気もする。


 憧れが短期間で終了した理由は何だっけ? 熱しやすくて冷めやすい性格の飽きっぽい人間だったのかな? いかんよ、わたし。そんなことじゃ大成しないよ?


「何にしても忍者の真似してちゃダメだ。強くて……速い? けど、うるさいし……」


 コソコソと静かに、でも着実に屋敷に向かって前進している緊張感の中で、どうして忍者なんて騒がしいものを連想してしまったのか。前世の記憶はたまにヘンテコなんだよね。


「おっ。人の声」


 カリギュラかな? 忍者ほどじゃないけど随分と騒がしいぞ?


 大人から見れば、今のわたしはメイデンの目を盗んで厨房に忍び込み、ポールにオヤツをせがんでいた頃の3歳児と大して変わらないのだろう。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/9/15 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:401/560

 MP:44140/83720

 物理攻撃能力:170

 物理防御能力:190

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:520

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』

――――――――――――――――――――



 敏速520とはその程度の能力値だと思うから、イザとなったら即魔法で逃げられるようにイメージだけは固めておくとしよう。


 気を散らせてお邪魔になったら大変なので忍び足はそのままで、前庭の開けた場所を囲む植木の裏から顔だけ覗かせた。


「キェエエエエエ〜イ!」


 ん?


「チェアアアアア〜イ!」


 んん!? レナード!?


「オォオオオオオ〜イ! やらしぇはせん! やらせはしぇんぞぉおおお〜!」


 よく見ればカリギュラも居る。不自由な右膝を庇いつつ軸足にして大剣を振るい、間合いに入った木竜(小)の首を斬り飛ばし、迫り来る木竜(大)を弾き返していた。


 黙ったまま淡々と木竜の群れを捌き続けるカリギュラの動きは洗練されていて無駄が無い。安心して見ていられるのだけど、あのレナードが一緒になって戦っているからビックリだ。


 カリギュラを援護する感じで断続的に放たれる『ファイアボール』は全然効いてないけど。


「家令はっ! きゃれぇ〜はぁあああああ――っ!」

「…………」


 家令はご当主の……なんだっけ? 


 話が長くてまったく頭に残らなかった口上とは違い、奇声を発して戦う姿はその答えをこれまでになく明確に示している気がする。


「屋敷は燃えても……か」


 と言うのも、前衛カリギュラ、後衛レナードで支える戦場のさらに後方には、いつも通りのド派手な装いで椅子に座り、丸テーブルでお茶を喫する女帝がいるから。


 逃げてくれないの? だから逃げられないの?


 わたしの中で家令とは家の事務や会計を管理したり、他の雇い人を監督する役職のことだと思っていたけど、レナードの中ではもっと深い意味があったらしい。

 

 さすがアニェス様だね……ああはなりたくないなぁ。


 丸テーブルの周りには気を失った使用人たちが転がされていて、それを介抱するでも竜と戦うでもなく優雅にティータイムを楽しむ。色んな意味でさすがだけど理解できない。


「うわっ……戦闘メイドだ」


 妊婦がこの非常時に何してんだと思えば、木竜や根っ子に完全包囲された屋敷から飛び出してきたのは侍女のサニア。剣も持っていないのに邪魔な根っ子が細切れになっていく。


「お待たせしました。息のある者はこれで最後です」

「ようやった。褒めて遣わす」

「勿体なき。お2人が引き付けてくれたおかげです」


 サニアに背負われていたメイデンが丸テーブルの周囲に加えられた。まさか、逃げ遅れた全員を1人で屋敷内から救出してきたのか。


「しかし、残念ながらメイデン様はもうダメでしょう。魔力欠乏です」

「こやつもようやった。褒めて遣わす」

「いえ、ですから魔力欠乏です」


 メイデンが魔力欠乏? なんでそこまで?


 ヘタレた使用人の尻を蹴飛ばすために屋敷へ火を放ったとは聞いていたが、パメラを魔力欠乏にまで追い込んだメイデンが同じ末路を辿るなんておかしい。わたしには理解できない。


「では、引くとしよう」

「お待ちください。その前に――」


 腰に何かが巻きついて、お尻が上へ引っ張られる。


「ヤバっ!?」


 根っ子に捕まったかと思って身を硬くしたわたしは、植木の中から引っこ抜かれるようにスポンと飛び出して、気付けばサニアの胸の前に吊られていた。


「はわわわ……っ!」

「暴れないでください。余計に絡まります」


 おおっ……糸? 極細ワイヤーかな? わたしは今、どこの何を支点に吊られているの?


「……ども。助けに来ました」

「助けに? ご冗談を。お荷物が増えてしまいました。今さら申し上げても遅いですが、邪魔です。邪魔しないでください」


 救出された使用人はメイデンを含めて9人。サニアにはこの後も仕事がある。アニェス様を護衛しながら意識の無い大人9人を移送するという大仕事が。


「膝を擦りむいておられますね」

「途中で転んじゃいました」

「動かないでください」


 わたしの膝小僧にお辞儀したサニアが「――ヒール」と唱えると、傷口が瞬く間に塞がっていく。


「回復魔法!?」

「実は私はメイドではありません」

「それは知ってたけど……でもさぁ……え〜?」


 この時点でアニェス様がVIPであることは確定した。シグムントが貴重な回復魔法使いを護衛として付けたことから明らかだ。


「どうやって運ぶんですか?」

「こうやって運びます」


 9人の男女の身体がわたしと同じように浮き上がった。地面に風は吹きつけておらず、ワイヤーで吊り上げているようだが――これはもしや。


 思いつくチートは『重力魔法』か『魔法創造』くらいだけど……ポールと同じくサニアも転生者の子孫? 前世ネタが通じないからご本人じゃなさそう。


「疾く引く。行くぞ」

「はい」

「ちょ! ちょっと待って! おじさん達がまだ戦ってるよ!?」

「竜と言えど紛い物である。凡俗に足を止める程度の相手よ」

「どういう意味かわかんないよ!」

「ふむ……然れど鼓舞は必要か」


 椅子を立ってその場を離れようとしたアニェス様は足を止めて振り返ると、カリギュラとレナードの背中に向けて朗々と告げた。


「これより引く! 貴公らに殿しんがりを任す! その場に留まり時を稼げ!」


 それは鼓舞じゃなくて死の宣告だろう。カリギュラはもう何時間もああして戦い続けてるんじゃないのか。


「何言ってんだ! ふざけんな! ふざけんなぁ!」


 宙ぶらりんで吊られたまま手足をバタつかせて抗議しても無視された。わかっちゃいたけど子供の駄々はアニェス様には届かない。


「サニアさん!」

「私のコレは受けのスキルです。開けた場所の移動には向きません」

「なんで!? 何でもできるからこそチートでしょ!?」

「ちぃと? 何のことかは存じませんが、私は万能ではありません」


 わたしを含む10人を連れていてはあまり速く走れない。お腹の大きなアニェス様を護りながらでは尚更だと、だから足止め役は必須なのだと言う。


 だったらコレはなんだ? 転生神の加護じゃないのか?


 わたしに絡みつくワイヤーは細く、蝕の空は暗季にも増して薄暗いから余計に見えにくいが、時折り月光を反射して光る線に目を凝らして辿ってみると、上空で浮かぶ何かに繋がっているのが見えた。


 その時、テーブルに残されていたティーカップがカタカタ鳴って、戦場に轟音が響く。


「――っ! おじさん!」


 カリギュラが正面の敵を薙ぎ払った直後、横合いにある植木のレンガを破って飛び出した木竜(大)が芝生を引っぺがして突っ込んできた。


 振り抜いた大剣の軌道に逆らわず、円を描くように上体を入れ替えたカリギュラは紙一重でそれを躱し、片足で高く跳んで剣を振りかぶり、足下を通り過ぎた竜の太い首へ打ち下ろしの1撃を見舞う。


「……スゴイ」


 一刀両断――奇襲を仕掛けた木竜(大)の頭が転がり、反対側の植木に突っ込んで止まった。


「ふしゅうぅ〜……」


 深く長い息継ぎをしながら片手で担いだ大剣の峰で肩をトントン。屋敷の向こう側から迫る竜本体の頭を仰ぎ見て、わたしには視線もくれずにもう片方の手をヒラヒラと振る。


「むぅ……おじさんのくせに……」


 さっさと行けと言わんばかりのジェスチャーがめちゃくちゃカッコイイ。カリギュラってあんなのだっけ?


「行かれよ! 早く行かれませぃ! ここは儂に任せて先に行けぇ〜!」


 テンプレゼリフを叫ぶレナード。死の宣告から益々うるさくなってるけど……もしかして嬉しかったの? 姫様に貴公って呼んでもらえたから? え〜?


 戦う男2人が見せる普段との激しいギャップに頭が冷えた。


 サニアのスキルは風魔法で何かを浮かべてそれを支点にワイヤーを操る類の技巧なのだろう。


 自前の可動支点以外の高所がある場所、例えば屋内や林の中ならかなり応用が効きそうだし、この手のカラクリなら罠を張ったりする方が向いているのもわかる。だから受けメインってことか。


「アニェス様! これ見てください! ――ホバー!」


 わたしは『ホバークラフト』で丸テーブルを浮かせて、できるだけ速く動かしてみせた。


「あっ」


 勢い余って植木の陰に隠れてしまい、魔法の制御を失ったホバーテーブルは慣性に従ってすっ飛んでいく。


「なっ!? ななな……っ!」

「ほう……その歳で魔法を使うか。それも随分と奇っ怪な魔法よな」

「メイド長たちを一纏めにしてくれたら全員一挙に運べます。速さはさっきのテーブルくらいです」


 アニェス様の決断は早かった。視線でメイデンたちを指し示し、わたしとサニアに命じる。


「妾の浮き椅子をこしらえよ」


 人間に乗る気マンマン。この人やっぱヤバいわ。


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