第19話 作戦決行、幼女が1人で


「ほらほら、みんな! もっとちゃんと密着してよ! 隙間があったら効率悪いんだってば!」


 作戦名『人間たたみいわし』――たたみいわしがどんな食べ物だったかは朧気だけど、小魚を寄せ集めて乾燥させた保存食だったはず。


「嫌よ! なんでこの女と腕組まなきゃいけないのよ!」

「おい、お前ら! 竜が居るんだ! わかってんのか!?」

「そんな噓つきなんか竜のエサでいいでしょ」

「同類だと思われたくないしぃ~、どっちにしろ打ち首じゃん?」

「いい加減にしろダメイドども! シキの言うこと聞けよ!」


 1枚の平たい板みたいになってくれれば全体を1つと捉えて魔法を行使できるし、MPの消費も抑えられるはず、と思ったのだけど、コイツらはシラスではないので素直に延されてくれない。


 はて? イワシじゃないの? 落ち着いたら『料理人の鉄腕LV1』で再現してみよう。そういうスキルかは知らんけども。


 主に若手メイドがウザい。執事や従僕、御者、下男、森番などの男性使用人は根が真面目だし、普段から合理的に動くのだが、何故かメイド連中のいいように転がされるのが常だった。


 緊急時にも関わらず我儘な女どもは論外として、ただし、協力的な男性陣が手放しで有難いかと言うと、そうとも言い切れない。


「シキ……言いにくいんだが、本当にポールも連れてくのか?」

「連れてかなきゃダメだよ。じゃなきゃカルラが動かないもん」


 そこは譲れないポイントだ。ポールの亡骸を目にしたカルラは『何を満足そうに逝ってんだバカ』とおでこをペシっと叩いて気丈に振る舞っていたが、やはりショックは大きいのか遺体の傍から片時も離れようとしない。


「早く埋めてやりたいのは山々だが今は無理だ。死体ははぐれモンを呼び寄せるから連れてくのも反対だ」

「はぐれモンが出ても逃げ切れるよ。馬車より断然速いから」

「ヤツらは鼻が利くし、街まで引き連れてくわけにはいかない。ヒョッコリーの兵隊さんは10人ばかりしかいないんだ。大目玉じゃ済まない」


 正論だけに始末が悪い。常識に則って哀悼の意を表しながらも、カルラの悲しみに共感はしていない。


 モテない男の典型みたいなこのムッツリ野郎は狩人で森番のマッカラン。限りある肉の供給元なので媚びを売った時期もあったが、クソ生真面目なコイツの固すぎる堅実さは腹ペコ状態の猫かぶりシキちゃんが匙を投げたほどだ。


「シキ……ポールの埋葬は私がやっとくからさ。先に行っていいよ」

「何言ってんだいカルラ! そんなことあの人が許さないよ! ポールだってオレに構わず先に行けって言うはずさ!」

「ボクも残ってシショーと戦う! カル姉はボクが守るよ! 「バカお言いでないよ!」――痛い!?」

「お義母さんはギルを守らなきゃいけないじゃないか。バカだから放っといたら親父のトコに行きかねないし」

「え~い、じれったい! おっんだ男のことなんかスパッと忘れな! アンタはこれからが大事なんだよ!」

「ポールはシキを護り抜いたんだ! そのおかげでみんな逃げられるんじゃないの!? あぁあああ~! ポールぅううう~!」


 2本の天秤棒を振り回して意気込むギルバートに拳骨を落として羽交締めにするヒラリーは一刻も早く避難したい。


 ポールに未練タラタラなカルラは少々強引なヒラリーの説得に我慢ならず、ヒステリックに泣き喚く。


 まとまりの無さは徐々に飽和して男たちはイライラを募らせ、メイド同士の二極化が顕著になって、使用人たちはいよいよ分裂した。


「拾った命をドブに捨てるのは勝手だけどさ、アンタら邪魔だから屋敷に戻ってくれる?」

「何よそれ! 根っ子に捕まって死ねって言うの!?」

「こんなのを逃がすために……メイド長が浮かばれない」

「あのババアが火なんか放つから! 一張羅も全部燃えたんだけど!?」

「ビビったバカが逃げないんだから仕方ないっしょ。小便タレは屋敷の便所に籠ってろバ~カ」

「シキ? 離れの放火はメイド長だよ? 私……見ちゃって……それで脅されてたんだもん」

「「「お前は黙ってろ常習犯」」」

「付き合ってられん。シキ、俺たちはお前に従う」

「こんな感じで寝ればいいのか? うわっ、臭っ! テメェのワキ臭ぇ!」

「うるせぇ。もっと隙間なく寄れよホラ」

「シキ……できれば早くして。汗臭くて死にそうだから」


 たたみいわしが幾つ出来るかわからなくなったよ……4枚で収まるかな? ていうか、わたしを巡って争わないでくれる? ウザいからさ。


 数が取り柄の人族だろうと人が集まれば諍いが起こり、集の力を発揮するにも統率と協調が必須とは言え、こんな連中のリーダーを5歳児に任せる大人はどうかしていると思う。


「はぁ……アニェス様が居ればなぁ」


 路傍の凡愚どもを地べたに並べてハイヒールで踏んづけてくれるに違いない。


 あれ? メイデンの末路は聞いたけど、アニェス様とサニアはどうしたの? ついでにレナードも。


「ねぇ、マッカランさん?」

「シキ、俺たちは準備完了だ。さあ、やってくれ」


 地面に寝転びピッタリと寄り集まったムサ苦しい男たちは何かの結晶格子のように規則正しく並んでいる。その真ん中からわたしを見上げて手招きするマッカラン。


 とてもシュールな光景に引いてしまうのだけど、事はそう単純じゃないと思うよ?


「アニェス様は何処にいるの?」

「俺はお見掛けしていない。誰か? 知っている者はいるか?」


 使用人たちは誰もアニェス様の所在を知らなかった。安否不明ってことだ。


「このまま逃げたらさ、わたしたちどうなるのかな?」


 1週間後、シグムントの軍が竜を討伐して――期待できるかはわからないけど、いつか誰かが倒すはず――この騒ぎが終息した時に、アニェス様が生死不明で行方知れずになっていたら。


「現場に居合わせて助かった使用人は間違いなく聴取されるよね?」

「やましいことなど何も無い。相手は竜だ。一介の平民にどうこうできる存在じゃない」

「それは道理だけどさ、お貴族様とか、ましてや王様に平民の道理が通じるの?」

「むっ……」


 使用人たちだってアニェス様が本当は妾なんかじゃなくて、伯爵家が足元にも及ばない高貴なご身分であろうことは察している。


 ピックミン王家は彼女とお腹の御子を何処ぞの敵勢力から匿っていて、隠れ蓑としてキョアン家が選ばれたのでは? もしかして子供の父親は大国の王子様で、ただいま血みどろの後継者争いの真っ最中だったりするのでは?


 知りもしない上流階級の策略・謀略・権謀術数を想像して悦に浸り、如何にも面白そうな井戸端会議のネタに仕立てたメイドたちによる噂話は、アニェス姫様の悲恋と栄達を語るなかなかよくできたサクセスストーリー(近い将来を含む)として昇華されていた。


「王子様が王様に……例えばグラン帝国の皇帝に即位しちゃったりしたら……アニェス様を見捨てて逃げ出した平民の運命は?」

「「「「「…………」」」」」


 マッカランたちだけじゃなく、若手と古参に分かれて喧嘩していたメイド連中も青い顔で静まり返った。


「遅いか早いかだよ。逃げるにしてもアニェス様をお連れして逃げないと、最後には逃げ場が無くなる」


 我ながら知的で冷静な状況判断。少し神経質すぎるかもしれないけど、世の中の無慈悲な現実をよく捉えた秀逸な予防線と言えるんじゃないか。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/9/15 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:413/560

 MP:43810/83720

 物理攻撃能力:170

 物理防御能力:190

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:520

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV2』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』

――――――――――――――――――――



 おっ。女教皇のレベルが上がった。てことは正解なの? 転生神の伏線と理解していい?


 こうしてステータスを確認する余裕ができたのもポールのおかげではあるのだけど、預けられたチートが脳裏で浮かぶたび、変な気分になる。


 死んでからもウィットに富んだセクハラを仕掛けてくるポールの子供……どっち?


「なんだよシキ? アタシに向かって手ぇ合わせてさ?」

「……別に。先輩は気にしないで」


 頼むから男の子であってくれ。すぐに返すからさ。



**********



 竜の視界に入らないよう花壇や庭木の陰に隠れながら、ネズミみたいにコソコソ進む。幸いなことに根っ子は林と庭の境目辺りで止まっていた。


 伸ばすにしても射程があるのかな? だから本体が動くとか?


「それにしても……アイツらマジで最低だなぁ」


 クソ使用人どもはわたしにアニェス様の捜索と救出を丸投げしやがった。


 何が足手まといになりたくないだよ。わたしってまだ5才の幼女なんだけど? あんな大人にはなりたくないね。


「急にポールの墓穴掘り始めるんだもんなぁ。何が愛した女の近くで眠らせてやろうだよ……これから引き払うんじゃないの? あー、嫌だ嫌だ」


 しかし、困ったことにヤツらの自己評価は至極正しい。平民だから情けないとも思わない。クソが。


 変なところで分を弁えている使用人の中には、わたしは将来的にアニェス様の直臣として取り立てられるのではないか、ちょくちょくお茶会に誘われていたのも才覚を見抜いた姫様の青田買いではないかと勘繰る者まで居た。


 アニェス様の背景からお上の都合までを読み切った?『女教皇LV2』のせいだろうか。サニアと同じようにわたしを様付けで呼ぶ連中が増えたのだ。


 わたしとしては全然嬉しくないのに、慇懃さと引き替えに変な責任だけ押し付けられてしまった。


 これがノブレス・オブリージュってもの? たぶん違うよね? だって、わたしは悪漢の子だし、身分は平民だし、そもそも5歳児だから。


 不条理なムンドゥスの人族国家に蔓延る無責任な身分社会に一言物申したいけど、誰に文句を言えばいいのかわからない。


「むぅ……根っ子の端っこ……見っけ」

 

 そろそろ包囲網の圏内だ。魔法が効かないのだから、物攻の低いわたしでは捕まった瞬間に詰む。


 わたしを抱えてダッシュしてくれたポールはもういない。大人の足ですら根っ子は軽く追いついて――って、待てよ? あの時、どうして追ってきた?

 

 ポールが転んで、木竜(大)が飛び出してきて、必死に逃げても追ってきたけど――、


「あれは林の中だったよ?」


 本体の視界には入っていないはずだ。ポールが木に登らなかったら見つからずに……――あっ。


「ホバークラフトで逃げたから追ってこなかった……樹上のポールが見えたから追撃が来た……」

 

 大小の木竜に比べて圧倒的に数が多い蠢めく根っ子は何してる? 全部が木竜だったら逃げ切れなかったのに、獲物を包囲して捕まえるだけ?


「ポール……ちょっと頑張りすぎたかもよ?」


 見えない場所を探るために、のべつ幕無し伸ばしていたとすれば、庭園に根っ子が少ない理由も、林から先に広がらない理由も納得できる。


 この根っ子は竜の触手みたいなものだ。ヒトの感覚器で例えるなら触覚と聴覚を担当しているようだが、地を這う『ホバークラフト』の風圧と移動音は検知できないくらいの感度でしかない。


「抜き足……差し足……忍び足……急ぎはホバーで行きますか……」


 とりあえず目指すはカリギュラが頑張ってるだろう前庭。


「アニェス様……捕まってないといいけど……」


 貴賓室で絡まれてたら最悪だ。火災はわたしが消火するとして、根っ子を千切ってくれる人を連れて行かなきゃいけないじゃないか。


 カリギュラは隠密行動とか苦手そうだもんね。


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