第18話 とあるチート能力
血まみれのポールを抱いて飛んだ。
林の中には網の目のように蠢めく根っ子があり、随所に現れる小竜の群れから逃れるには高度を取るしかなかった。
群れ――そう、群れなのだ。最初に遭遇した大きな竜も何匹か居て、屋敷を覆い尽くし、今も敷地に伸び拡がる根っ子にすら魔法が効かない。
「ポール! しっかり!」
「へへ……まさか……空を飛ぶ日が来るとはねぇ……いい気分だ」
飛んでいると言ってもあくまで『ホバークラフト』の延長に過ぎないから、これ以上に高くは上がれない。樹上数メートルを維持して無理に飛んでいる感じなので、たまに樹木の合間から飛び出してくる竜を避けなければならなかった。
「痛くしてごめんね……回復魔法も練習しておくべきだった」
「オマエはホント……どんだけだよホント……マジで死ぬかと思った……」
焼灼止血で外傷の出血は止まったが、肋骨の骨折と内出血はどうにもならない。呼吸音がおかしいし、喀血もあるから片肺の損傷は確実だろう。
「ホント……スゲぇよ……パメラは鼻高々ってか……ガフッ!」
「ポール! あとちょっとだから頑張って!」
わたしたちは庭師小屋を目指している。屋敷から見て逆方向に逃げてしまっていたし、高度を上げた『ホバークラフト』では速度を出そうとするとバランスを崩して墜落してしまう。
「ぜぇ……ぜぇ……シキ……ケフケフっ! HPが100を切った……」
「ポール! ダメだって!」
「こりゃ……保たねぇ……だから……聞いてくれ」
またか。またパメラの時と同じか。イザという時にわたしは役立たずのままか。
ポールの目蓋は落ちかけているが、その奥の瞳は見たこともない真摯な光を湛えている。
「…………うん」
ポールのためにできることをしよう。後悔も無念も、わたしの感傷はわたしだけのもの。今は邪魔になるだけだ。
「カルラの胎に……オレの子――ガクッ」
「おい死ぬな! 言いたいことはわかったけども! まだ他にも色々とあるでしょ!?」
「アホ……ジョークだって……」
思わずツッコんでしまった。死に掛けててもこの調子とはさすがだけど、今じゃないよね?
「ホントすまねぇとは思う……オマエにしか頼めねぇ……託したからよ……産まれたら伝えてくれ……」
「わかった。必ず伝えるよ。何を伝えればいいの?」
「あー……でも、娘だったら嫌われるか……。そうなると……そうだなぁ……いつか……オマエが惚れた男に……うん、それがいい……」
「ポール!? しっかりして! まだ何も聞いてない!」
ポールの目はわたしを映しておらず、ここではない何処かを見つめてポツポツと独り言ちる。
「男の子と女の子で内容が違うの!? 何をどう伝えればいいの!?」
ここで前後不覚に陥ってもらっちゃ困る。助けてもらって、最後に頼りにしてくれて、勘違いから遺言も聞けずに終わるなんて嫌だ。
「……ったくよぉ〜。散々期待させといて……使いモンにならねぇんだもんなぁ……」
「泣かないでポール……わたしに何を伝えて欲しかったの?」
「親父……アンタの気持ち……やっと……わかった……すまねぇ――ゴボッ!」
血の塊を吐き出したポールは白目を剥いて痙攣し始めた。
せめてカルラに会わせてあげたいけど、下から首を伸ばしてくる竜を避けるたびに行き足が落ちる。とても間に合いそうにない。
「ポール……助けてくれてありがとう」
「ムスコよ……オ……の夢……託した……ぞ――」
「……何とか上手く伝えておくよ」
ポールが息絶えたその時、暗い触の空に一陣の風が吹いた。
火災の黒煙が流れて、屋敷を挟んで逆方向に裏山の頂が見える。
あれ? でも……あんな形だっけ?
「――」
違う。アレは裏山じゃない。遠近感の崩壊が招いた錯誤だ。
事実と観念が一致せず、受け入れがたい現実の擦り合わせ作業に集中力を削がれて『ホバークラフト』が消えかけた。
「ポールぅ……! やっぱ死んでる場合じゃないよぉ……!」
子供に何をどう
眼下に広がる根っ子や大小の木竜。
地上から見ていては地中や木陰に紛れてわからなかったが、上から視野を広げて見れば一目瞭然だった。
その出所は1つ。屋敷より背の高い巨大な竜に繋がっている。
コイツらは群れではなく、1匹の竜の末端なのだ。
「くっ! 危なっ!? チクショウ! チクショウっ!」
その証拠に、煙が晴れて赤く光る8つの目に見られた瞬間から、木竜の攻撃が激しさを増していた。
早く根っ子の包囲網から脱して高度を下げ、本体の視界から隠れなければいけない。
**********
ギリギリのところで木竜の顎を躱し続け、どうにか林からの脱出を果たしたわたしはポールの遺体を抱いて庭師小屋の玄関先に滑り込んだ。
多くの使用人が身を寄せている。飛んできたわたしを見て愕然としている者たちもいたが、気にしてる場合じゃない。
「おばさん!」
「シキ!? アンタ、大丈夫だったかい!?」
ヒラリーの背中を見つけて声を張ると駆け寄ってきた。イの一番に確認すべきことがある。
「カルラは何処!? 無事!?」
「ああ、無事さ。蝕で帰って来てたんだ。今は中でギルの面倒を……ポ、ポール!? ポール! アンタ……何を死んでんだい! このバカ野郎!」
ポールの襟首を掴んで揺さぶるヒラリーはカルラとの関係を知っていたのだろう。
妊娠は知らなかったけど、わたしですら付き合ってる事までは気付いてたんだから。カリギュラには言えそうにないので、まずは義理の母に。ありそうな話だ。
「ポールは……わたしを助けるために……」
「カルラに……いや今は……ホント、バカな奴だよ……」
ヒラリーはポケットからハンカチを取り出して物言わぬポールの顔に被せると、祈りの所作で別れを告げた。何度も馬鹿馬鹿と言いながら、目には涙が溜まっている。
「……おじさんは?」
「剣を背負って行っちまったよ。今ごろ前庭で振り回してるだろうさ……膝も曲がらないくせして竜を相手に……あの人もバカだ」
ポールの包丁は根っ子を断ち切っていた。魔防は高くとも物防はそれほどじゃないのかもしれないが、いくらなんでも無茶だ。
裏山から屋敷に迫る竜の本体は少しずつ前進している。今も続く断続的な地震はアイツが1歩を踏み締めるたびに起こる衝撃が伝播したもの。人が剣を振ってどうにかなるとは思えない。
「おじさんは何か言ってた? 避難指示とか……」
逃げてきた使用人から事のあらましを聞いたカリギュラは本邸に伝書鳩を飛ばして、シグムントに救援を要請した。
本邸から別邸までは馬車で2日ほど掛かる距離だそうで、兵を率いてくるとなるとそれに加えてさらに4日。今日は蝕なので鳩の連絡を知るのも遅れるため、援軍の到着は7日後と見込んでいる。
「……遅すぎるよね?」
「だから、蝕が明けたら徒歩で街まで避難するんだ。屋敷の馬車は燃えちまったらしいからね。あの人はそのための時間稼ぎをするって出てったんだよ」
「こんな時まで蝕が怖いの? 今すぐ逃げればいいのに」
「ゲン担ぎだけじゃないよ。暗い街道には盗賊が出るし、夜行性のはぐれモンも怖い」
蝕なら盗賊も大人しいはずだから暗季よりはマシだが、獣月のモンスターと通常の獣の混血種である『はぐれモン』も丸腰の平民にとっては脅威となるらしい。
だから別邸を訪れる行商人は毎回明季を選んで出入りしていたのか。
「おばさん……ちょっとコッチ来て……」
ヒラリーを他から引き離して育苗棚の裏手に隠れ、こっそりと耳打ちした。
わたしの『ホバークラフト』なら街まで一気に運べる。馬車以上の速度で突っ切れば、はぐれモンが出ても問題ないはず。
「アンタの魔法で飛べるって?」
「飛ぶんじゃなくて浮いて移動するだけ……と言うか、静かに……」
ただし、ここに居る全員は運べない。同じ魔法であっても同時に行使できる数には限りがある。体重や体型もバラバラでは余計に難しい。
おそらく、まともに制御できるのはわたしも含めて4人まで。それ以上は事故の元だ。
「はぁ!? 魔法を同時に4つも使うなんて聞いたことないよ! ステも知らない内から無茶してこの子は! パメラみたいになりたいのかい!?」
「だから……っ! 静かに……っ!」
ヒラリーはこういうトコがあるんだよなぁ。空気読めないって言うか、自分や周りの都合を無視して『こうじゃなきゃなりません』みたいな。
わたし、カルラ、ヒラリー、ギルバートで4人。ヒラリーがギルバートを抱っこしてくれればもう1人運べるかもしれないけど、それはそれで問題が生じる。
「ね、ねぇ? シキ? ちょっといいかなぁ?」
ほら、こうなった。若手メイドの1人がキショい笑顔で話しかけてきた。2代目パメラだ。
背後にはメイデンに反発していたメイド連中が遠巻きに控えている。2代目パメラは誰が相手でもこういう扱いをされる運命らしい。
あれ? ところでメイデンは?
「さっきさぁ……なんか……ポールの死体と一緒に飛んできてたよね? アレで街まで運んでくれるって……ホント?」
「運んであげるとは言ってない。運べるって言っただけ」
「じゃ、じゃあ! 運んでくれるんだね!?」
「話を聞いて。運べる人数には限度があるの」
コイツ……なんでイジメられるのかよくわかるなぁ。なんか普通にムカつくもん。
もうパメラと比べるのはやめよう。同じ立場に置かれていようとパメラとこの女とではまったく違う。
イジメられメイドは喝采やら称賛やらを織り交ぜながら、話の中身を微妙に変えつつ意味の通らない論理を展開して、最終的に涙ながらの感謝へと持っていった。
「ふぅえええ〜ん! シキが居てよかったよぉ〜!」
「…………」
「ちょ! ちょっとアンタ! 何を勝手なこと言ってるの!?」
やっと事態を飲み込んだヒラリーが顔を真っ赤に染めて口を挟んできたが、自分の迂闊さが愛しのギルバートの生存率を下げたことに気づいてヒステリー寸前。
こっちはこっちで超メンドくさい。カリギュラがとりあえず出陣した気持ちもわかる気がするよ。
「…………」
あと、女の勘って言うのかな。なんかわたし、ピンときちゃったかも。
「ねぇ……ナイラさん」
「ん? なぁに?」
「荒屋に放火したの、アナタだよね?」
「――え? 何のことかな?」
気持ち悪い笑顔のまま一瞬固まったイジメられメイドのナイラは、信じられないほど自然な口調でトボけてみせた。
「わたしを殴って逃げたのもアナタ?」
「……シキ? なんでそんな酷いこと言うの? 君は私をメイド長の横暴から救ってくれた恩人だよ。そんなことするわけない」
たしか昨年の9月だったか。あの時点でこの女のMP残量は50以下だったはず。
ステ暦は日付がメチャクチャなので数えにくいけど、少なく見積もって350日としよう。いや、改革後もちょこちょこ魔法を使って働いていたと仮定して300日としてあげよう。
「ナイラさん……1つだけ正直に答えて。そしたら街まで運んであげる」
「ホント!? なんでも話すよ!」
「アナタのMPを教えて。最大値と今の残量……これだけ」
「え? それだけ? んーとぉ……最大は1480で、残りは300ちょいだね。こんなに余裕があるのもシキのおかげだよ」
それ嘘だよね? 他にも顔しかめてるメイドが居るけど? ちょっとは考えて……考えた結果がソレなの?
カルラ、カリギュラ、ポール。曲がりなりにも私が信用している3人の回復率はわたしと同じ0.2%/Dayだった。
その前提に立つとね、アナタのMP回復量は3/Dayで、300日で900くらい回復してなきゃおかしいんだ。
最大値も高めにサバ読んでた? でもね、実際がパメラと同じだったとしても、450は回復してるはずなんだ。ステータスに見栄を張っても無意味だから、嘘つくにしても低めにだと思うけど。
50日もマージン見込んで計算してあげてるんだよ? 働き方が変わった後に、600以上もMPを何に使ったの?
お前のチンケな想像力で使える魔法なんか高が知れてる。放火以外の何に使った?
500日。全員に過回復の恩恵が訪れるまで待つ必要もなかったな。
「嘘つきめ。お前が犯人だ」
「――えっ? え? え? 何? どしたの急に? 正直に答えたよ?」
「竜を前にして命懸けの割にはしょうもない。お前は筋金入りの、虚偽申告の常習犯。お前の言葉はどれもこれも嘘ばっかりだ」
「嘘じゃない……嘘じゃないのにぃ……なんで信じてくれないのぉおおお~」
ナイラが下手を打ったところで、背後に屯していた若手メイドたちは波の引くように失せた。
あれだけキャーキャー騒いでいたポールの遺体には目もくれず、一塊りになってコソコソと普段通りの行動を取る。
腹が立つ。コイツら……殺してやろうか?
この状況でMPの無駄使いは避けたいけど……あっ。
うっかりしてた。今の残量はどのくらいだろう。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4018/9/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:415/560
MP:43618/83720
物理攻撃能力:170
物理防御能力:190
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:520
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV2』『女教皇LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『料理人の鉄腕LV1』『ミラクルチ〇ポLV1』
――――――――――――――――――――
ポォオオオオオ〜〜ルゥウウウウウ〜〜っ!
「あっはははははははははははははははははははははははは!」
笑いが止まらない。意味不明だった遺言の謎も解けた。
なるほど。実家に代々伝わっていたのは半熟オムレツだけじゃなかったってことか。
腹の底から湧き上がっていた憤怒は噴飯に早変わりし、爽快に笑い飛ばすことで綺麗さっぱり無くなった。
ナイラの本性を見抜いて新たに生えた『女教皇LV1』をねじ伏せ、彼女への罰すらどうでもいいと感じてしまう。
これはたしかにチートだわ。
「はぁあああ~! お腹痛いっ……あははははは! ひぃ〜!」
何よりも、パメラにもらった生活魔法で人を殺せるわけがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます