第17話 地震からの襲来
わたしがイヌ科の獣族だったら尻尾をブンブン振り回して、ネコ科だったらゴロニャ~ンって喉を鳴らして仰向けになっていたと思う。
「美味しかった……あのクリーム最高だったぁ~」
心なしかHPも大回復しているような気がするよ。
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暦:魔幻4018/9/15 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:450/560
MP:48050/83720
物理攻撃能力:163
物理防御能力:185
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:499
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『オムレッツLV9』『栄養満点屑野菜スープLV8』『豆ポタージュLV7』『長持ち配給パンLV3』『蒸かし芋LV8』『TボーンステーキLV5』『絶品ポテトチップスLV1』
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おお……ホントに回復してるよ。やっぱり女の子には糖質やカロリーという名の好敵手が不可欠なんだ。
生クリームとバターの中間みたいなアレ……なんて言うんだろ? 今度ポールに教えてもらおう。
「また食べたいなぁ〜。どうにかして明日も食べられないかなぁ〜」
パウンドケーキのふわふわ生地とまろやかクリームが織りなす絶妙のハーモニー! お口の中が宝石箱や~!
はて? 何かから引用したような気もするけど……マロ……なんとかマロ……なんでもいいか。
「夕食当番も日蝕で臨時休業だし~。最高の誕生日だなぁ――わっ!?」
アニェス様にお礼を言って庭で別れ、いい気分で土蔵に帰ってゴロゴロしていたら、突然の衝撃に下から突き上げられた。
「――」
直感した――地震だ。
即座にベッドの下へ避難。前世の記憶をたどるまでもなく体が勝手に反応した。
「……結構長い」
これほど大きな地震は初めてだけど初めてじゃない。大地が揺らぐこの感覚には明確な覚えがある。
「震度6強ってとこかな? うわっ、本棚が! ていうか……耐えられるかマイホーム? 耐震も免震も非対応だけど……」
あえて声に出して冷静さを保ちながら、地震発生時の対処を整理しておこう。
「とりあえず身の安全を確保。火を使っていたら消す――消火。ドアや窓を開ける――分解」
魔法で燭台の火を消し、ベッドから1番近い壁の一部を崩しておく。
「靴を……――浮遊、牽引。揺れが収まったらガスの元栓とコンセント……は無いか。避難時は落下物に注意……布団でもかぶって逃げよう」
そうこうしている間にも土蔵の崩壊は進み、壁はヒビ割れ、天井の破片がボロボロ落ちてフローリングに転がった。手抜き工事の代償だ。
「やれやれ、次は基礎工事からちゃんとやろ」
それにしても長い地震だ。止まったと思ってもすぐに再開するので逃げるタイミングが掴めない。
屋敷もヤバいかもしれない。アイツらが地震への対処を知ってるとは思えないし、蝕だから火も多用しているはず。
「シキ! シキっ! 返事しろ!」
おっ。ポールが来てくれた。まだ揺れてるのに動き回ると危ないよ?
「ポール〜! 中にいるよ〜!」
「いるよじゃねぇ! すぐ出てこい! 捕まるぞ!」
はいはい、まったく心配してくれちゃって……ん? 捕まるって何?
タイミングを見計らってベッド下から抜け出し、布団をかぶって壁の穴を通り抜けると、そこには――、
「――は?」
木の根のようなものが辺りを覆い尽くし、しかもグネグネ動いていた。夥しい数。逃げ場が無い。
「ナニコレ!?」
「バカ野郎! どっから出てきてんだ!?」
出刃包丁を振り回して根っ子を断ち切り、包囲網を突破してきたポールはわたしを小脇に抱えると、屋敷とは反対の方向に走り出す。
「アレナニ!? わたしはてっきり地震かと……!」
「モンスターだよ! 妖月モンっぽい気もするが……わからねぇ!」
土蔵の古本には落涙で襲来するモンスターの図鑑もあった。
妖月のモンスター――俗に言うところの『妖月モン』は種子の状態で降り注ぐ植物系。墜落地点で発芽して急激に成長し、ある程度大きくなれば動き始めると書いてあった。
「落涙があったの!?」
「無ぇよ! だからわからねぇ!」
屋敷もあの根っ子に襲われたらしい。辺りは微かに焦げ臭く、火災も起きているようだ。
「迂回して庭師小屋を目指す! 他の使用人もそっちに――クソっ!」
植物なのに物凄いスピードで追ってきた。地面を盛り上げ、木々に絡みつきながら根っ子が伸びてくる。
「ポール! 追いつかれる!」
「黙ってろ舌噛むぞ!」
どうする? 木なら火に弱いはず。火炎放射器で焼き払うか? でも周りは林だし、延焼して逆に逃げ場が無くなっても困る。
「――うおっ!?」
足場を激震が襲い、たたら踏んで転倒したポールはわたしを抱きしめて背中から木に激突。おでこに汗の飛沫を感じる。
こんな時になんだけど、カッコイイじゃないか。
「シキ! 大丈夫か!?」
「うん! 大丈ぅ……――え?」
顔を上げたわたしの目に飛び込んできたものは、ポールの頭上でうねる巨大なヘビだった。
地中から飛び出して三日月の薄明かりを遮り、カマ首をもたげるソイツは大きく口を開けて――、
「伏せて!」
「――っ!!」
背中をぶつけた木の根元で丸まるポールを掠めて幹に齧り付いたヘビは、勢いのままに根から引っこ抜き、土砂降りの雨のような土が降り掛かる。
「「…………」」
頭に積もった土を払って見上げれば、地上5Mに持ち上げた木を吐き捨てる瞳の無い樹木のヘビがわたしたちを見下ろしていた。
「竜……だとぉ……!」
ポールが恐れとともに口にした『竜』――それは最強のモンスターの名である。
落涙は発生源の月ごとに様相が異なるものの、大抵の場合は群れで襲来する。
しかし、竜月だけは違う。
たった1匹で堕ちてきて、圧倒的な力で無差別に暴れ回る大型モンスター。
単体で見れば人類にとって最大の脅威であり、それはもはや災厄に位置付けられていて、対応を誤れば国が滅び、堕ちてきた場所に居たなら『運が悪かった』としか言えない。
何故そんなのが地面から湧いて出る? おかしいでしょ。
「うわぁあああああああああああああああああ――っ!」
ポールは逃げた。
涙と鼻水を垂れ流し、家宝の包丁を放り捨て、一目散に逃げ出した。わたしを連れて。
もう、四の五の言ってる場合じゃないよね?
「――浮遊」
「すわっ!?」
「――滑空」
「どわぁあああ~!」
風圧で浮き上がり、進行方向の空気を後方へ移動させることで地面スレスレを滑るように進む。
「無理に立とうとしないで。もっと寝そべる感じ。なるべく広く、背中で風を受けて」
「なんだこりゃ!? なんだこりゃ!? なんだこりゃあぁあああ~!?」
「落ち着けポール。暴れるなポール。制御しづらいから」
ホバークラフトの要領だね。地面から離れるほどMP効率が落ちるから移動するだけならこれが最適。
ポールの胸の上でうつ伏せになって前を見て、木々の隙間を縫うように滑空した。仰向けのポールには後ろを見といてもらおう。
裏山ほど鬱蒼としてるわけじゃないけど、林の樹木に遮られて視界がきかない。別邸の敷地は無駄に広くてもう何処にいるのかわからないが、とりあえずこの場から逃げることを優先する。
「追ってきてない?」
「あ、ああ……シキ……オマエ、これは?」
移動速度が上がったことで諦めたのか、それとも見失ったのか、ヘビ頭も動く根っ子も見当たらない。竜はとにかく狂暴で執念深いと図鑑にはそう書いてあったんだけど、性格にも個体差があるんだろうか。
「逃げ切った……かな?」
「おう……たぶんな」
上体を起こして減速し、魔法を解いて着地する。勢いでポールがすっ転んだのはご愛敬だ。
「今の……魔法か?」
「そうだよ。初級風魔法だよ」
「いやいやいや! オマエ、今、飛んでただろ!?」
「厳密に言うと浮いてただけで飛んでない。わたしはアレを飛行とは認めない」
「飛翔魔法なんて上級スクロールにも載ってないはずだ! この世で飛べるのは竜族と魔族とトリ科の獣族と――」
「……結構いるね?」
MPが足りてるならそこまで難しい魔法じゃないと思うけど、魔族としては誰でも気軽に空を飛んで魔大陸まで来られると困るんだろう。
「わたしの魔法は脇に置いてよ。今度こっそり教えてあげるから」
「でもよ……MPもわかんねぇのに……大丈夫なのか?」
「ステならもう持ってるよ?」
「はぁ? まったく、とんでもねぇガキだとは思ってたが……マジで何なのオマエ?」
「ふふふっ。天才爆乳美少女に進化してる最中の天才美幼女だよ」
「ははっ……進化すんの乳だけじゃねぇか」
調子を取り戻したポールは「それがイッチャン大事だけどよ」とチャラいジョークを挟み、常備しているハンカチで顔面を整えた。
「あー、包丁も捨てちまったよチクショウ。あとで絶対回収してやる」
「……ごめんね? わたしも手伝うから」
「アホ、冗談だよ。竜が居んだぞ? 死んだ親父だって許してくれる」
そう言って肩を竦めるポールは近場の高い木によじ登って周辺を観察し、ある方角で視線を固定した。
「何か見える~? さっきの竜は~?」
「見える範囲には居ねぇな。あっちに黒煙が見える……たぶん屋敷だ」
アニェス様にまつわる政略とか謀略の前に、突如として現れた竜によってキョアン伯爵家は潰れるかもしれない。
まぁ、災害対応は行政の仕事だろうし、わたし個人にはあまり関係が無い。この分なら逃げるだけで良さそうだしね。
「ポールぅ~。まずカリギュラと合流しよ~」
「そうだな。今、1番頼りになりそうなのはあの人……ってオマエ呼び捨てかよ……――っ!?」
樹上からわたしを見下ろすポールは、ほとんど飛び降りるように幹を滑り下りてきた。
おいおい大丈夫? 結構高いよ?
「……っ!」
無理やり着地して転がるように足を回すポールの表情は苦痛に歪んでいる。
「――あ」
急接近するただならぬ気迫に、ようやくソレに気付いた時にはもう遅い。
「~~~~!!」
わたしを突き飛ばしたポールの声にならない呻きと、さっきの木と同じ轢音が耳朶を叩く。
「ポール!」
地面から生えた小振りな竜が、ポールの脇腹に喰らいついていた。
「――切れろ!」
小竜の首を狙って魔法を放った。『ウインドカッター』なんて長ったらしい呪文を唱える暇は無い。
「ぎぃあッ……アア~ッ!」
「なんで!? ――切れろ! 切れろ! 切れろ! 切れろ! 切れろ! ――100回切れろぉ!」
竜の首を断ち切るはずの真空の刃――無効。
魔法が不発!? いやMPが減ってるから発動はしてるはずでしょ! 炸裂音もするのに!
「アァアアアアアア――ッ!」
「――燃えろぉ!」
周囲の木が燃えるのも構わず竜の首を焼く『火炎放射器』――無効。
どう見ても木なのに木竜は燃えない。火力が足りないのか。
C2H2を作りO2とともに噴射するイメージ。
「――点火! 焼き切れ!」
徐々に酸素供給を増やし、青い炎で安定させつつ尖らせて、首の皮の1点を目掛けて照射した。
「あり得ない!」
熱とガス噴射圧で鉄をも溶断する『アセチレンガスバーナー』――無効。
「くっ!? 直になら!」
風でも火でもダメなら結合を壊してやる。何で出来てようと分子レベルで分解すればいい。
「――分解! うわっ!?」
表皮に触れて魔法を使った瞬間に弾かれた。
土魔法が無効。これは……まさか。
「…………魔法……防御?」
この木竜の魔防がわたしの魔攻を上回っているとすれば、もう打つ手が無いことを意味している――ふざけるな。
「離れろ! ポールから離れろよ!」
下顎にぶら下がって引っ張る。わたしの短い手足でも抱えられるほどの小さな竜だが、びくともしない。顎門からダクダク流れるポールの血で手が滑った。
「ぬぅおぉおおおおお〜っ! クソがぁあああ――っ!」
脇腹に食いついて放さない竜の口に両腕を突っ込み、鋭く尖った牙に腕の肉を引き裂かれながら――、
「シキぃ――っ!」
火事場の馬鹿力を発揮したポールは腕を犠牲に、それでも半ば食い千切られるように胴体を引っこ抜く。
「切れ! 切ってくれぇえええええっ!」
「あ……あぁああ……」
わたしの手を取り、料理を教えてくれたポールの腕がミシミシ悲鳴を上げている。
料理人にとって手は何よりも大切な――、
「――女と命と舌の次にな」
「うぅ……うわぁああああああああああ――っ!」
竜に傷1つ付けられなかったわたしの風魔法は、その鼻先でポールの両腕を切断した。
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