第16話 お茶会じゃなくて
アニェス・グウィンとは何者なのだろう?
もちろんシグムントの妾という立場を指しての問いではなく。
「おじさんはグウィンって知ってる?」
「あの姫さんの家名だったか? シキも気になんのかよ?」
かつてシグムントはわたしに『何者だ』と尋ねたが、幾度かのお茶会を重ねて、わたしがアニェスに抱く印象はそれに近いものがある。
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暦:魔幻4018/9/10 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:370/555
MP:44900/83720
物理攻撃能力:162
物理防御能力:183
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:496
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『オムレッツLV9』『栄養満点屑野菜スープLV8』『豆ポタージュLV7』『長持ち配給パンLV3』『蒸かし芋LV8』『TボーンステーキLV5』『絶品ポテトチップスLV1』
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別邸に迎えられてから4ヶ月半の時を過ごし、使用人たちの間でアニェスは『姫様』として定着していた。
過去に別邸を訪れたどの貴族より優雅で尊大で、どう見ても辺境貴族の妾に収まる器ではない。きっとやんごとなき事情があるに違いない。
キョアン伯爵家は何か大きな政略の渦に巻き込まれているのではないか、というのが大方の見解だった。
「触らぬ姫に祟りなし……だぞ?」
「敵を知り己を知れば百戦危うからずだよ」
「小難しい言葉知ってんのはいいがな……知らぬが仏ってのも知っとけ」
まず、アニェスは転生者ではなさそうだ。
少なくともわたしと同じ世界、同じ時代の生まれじゃない。生まれと言うと変な感じがするし、具体的に何が違うとはっきりしているわけではないのだけど、こればっかりは直感としか表現できない。
「グウィン……グウィン……いや、聞いたことねぇな。この王国にそんな家は無かったはずだ」
「よその国は?」
「他国の貴族家まで全部網羅してるわけじゃねぇが、有名どころは知ってるつもりだ」
カリギュラは大陸西方にある大国の出身。あちこちの傭兵団を渡り歩き、国を股にかけて活躍する大きな旅団に在籍していたこともあるらしい。
傭兵にとって貴族は上客。顧客の名前ぐらいは把握していないと商売にならないし、権力争いに巻き込まれないためにも国ごとの勢力図は知っておく必要がある。
「長い物に巻かれるんだね?」
「まぁ、そうなるわな」
「一人称わらわ。会ったことある?」
「無ぇよ。王族ならああなのかもしれんが……もしそうならキョアン家は終いだ」
アニェスのお腹は目に見えて大きく膨らんできていて、妊娠自体を疑っていた使用人たちは当初とは別の意味で警戒を強めていた。レナードに至っては頭頂部の薄いバーコードも作れないほど抜け毛が進行しているから面白い。
どこぞの王女様を妾扱いして孕ませたかもしれないシグムントの運命なんか知ったこっちゃないけど、今すぐ潰れてもらっちゃ困るのは確かだ。
「あと10年保てばいいよ。ダメでもわたしの鑑定まで持ち堪えればそれでいい」
「お前さん……相変わらず容赦ねぇな?」
10歳になったら鑑定を受けたことにして、そうすれば大手を振って魔法が使える。平民にしては大きすぎるMPを隠し玉に、程よく加減した真・生活魔法を武器にすれば何処でも生きていけるだろう。
「……アニェス様の実家で雇ってくれないかな?」
「お国ってのは怖いんだぞ? 特に中央の大国とは関わらねぇ方がいい」
「人族会議?」
「おう、その主要国な。あの姫さん……ひょっとするとマジモンかもしれん。出自によってはこの国自体がヤバい」
人族の国は大小含めてたくさんあって、この大陸の真ん中あたりに団子状態で固まっている。
キョアン領が属するこの国、ピックミン王国(古本を読んで知った時には何故か爆笑してしまった)は名前のイメージ通りの小さな国。
「国王は会議のメンバーだったはずだが、発言力はほとんど無ぇんじゃねぇかな?」
「国連の中でも発展途上国みたいな感じ?」
「発展……途上? これ以上に発展する余地があんのか?」
人族国家群の外側にある国は何処も小さい。北の妖精族、東の獣族、南の竜族――それぞれの勢力圏と国境を接しているため地政学的な問題で矢面に立つことが多く、中央からすれば盾にもできる便利な存在だ。
ピックミン王国も妖精族の侵攻で10年前に国力を大きく削がれ、陰日向に支援を受けた後方のグラン帝国に大きな借りがある。カリギュラは当時その帝国が派兵した傭兵団の1つに所属していて、その戦費はグラン帝国 → ピックミン王家 → キョアン伯爵家の流れで供給されていた。
「ピクミンの中でもキョアン領は最前線だよね? トカゲの尻尾?」
「ホンット、お前さんは何処でそういう言葉を覚えてきてんだ? まぁ……そういう向きも有らぁな」
「じゃあ、アニェス様はグラン帝国の人?」
「帝国にグウィンなんて貴族家は無ぇよ。これは間違いねぇ……と思うぜ?」
アニェスはシグムントに招かれたみたいな事を言っていたが、実態は弱みにつけ込んで押しかけたに近かったのか。きゃつは別邸にまったく姿を見せなくなったので確かめようが無い。
「まだ茶会に誘われてんのか?」
「うん。明季に1回ってトコかな」
洗い替えのメイド服を仕立て直してお茶会用に使っている。次こそは何としてもパウンドケーキまでたどり着きたい。
「姫さんの腹の内は読めねぇが……あの侍女にも用心しとけ。ありゃ裏方の人間だ」
「裏方って諜報員? 工作員? わくわくするね」
「暗殺者かもしんねぇぞぉ~?」
「ドキワクだね」
「…………」
サニアの『ビシッ』はパン屑を使った指弾だった。かなり手加減しているらしいけど、地味にHPを削られるのでやめて欲しい。
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午前10時の鐘が鳴って間もなく、アフタヌーンティーのお誘いがあった。まだ午前中なのにアフタヌーンティー。今までになかったことだ。
「今からシキをお呼びで? 勘弁してくださいよ」
「どうせ今日は仕事にならぬ、と仰せです」
「そりゃ……そうかもしれませんがね」
「シキ様、お急ぎください、さあ、お早く」
これから昼時で忙しくなるからとポールは渋ったが、いつになく慌ただしいサニアに急かされ、服を着替えて庭へ向かった。
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暦:魔幻4018/9/15 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:396/560
MP:47390/83720
物理攻撃能力:163
物理防御能力:185
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:499
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV9』『超速ディッシュポリッシュLV9』『超速ボーンプーラーLV9』『超速ギャベッジダンパーLV5』『オムレッツLV9』『栄養満点屑野菜スープLV8』『豆ポタージュLV7』『長持ち配給パンLV3』『蒸かし芋LV8』『TボーンステーキLV5』『絶品ポテトチップスLV1』
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いつもの場所には丸テーブルがセットされていて、優雅な貴婦人がゆったりと椅子に座っていた。赤いドレスにマント、ぽっこりお腹の対比がヤケに様になっている。
どう様になっているかと聞かれると困るけど、この人に限って様にならない格好なんか無いんじゃないか?
「ご機嫌よう、アニェス様。お招きにあずかり光栄に存じます」
「ほう……カーテシーを覚えてきたか。なかなかどうして様になっておる」
「ありがとうございます。本日はパラソルが無いのですか? おや、日傘も無いご様子。サニアさんの不手際で――あ痛たたぁ!」
パン屑が肘膝腰に突き刺さった。
「ふむ、さらに良くなったぞ」
「……恐れ入ります」
サニアさん? 指弾で矯正しないでくれます? HPがもったいないんで。
「不要だ。より大きな傘がある故に」
「はあ、左様ですか。失礼いたします」
テーブルを見れば、わたしのお目当てである鳥籠も無い。着席するついでに給仕用カートをチラ見してもサニアは目を合わせてくれない。
アニェスの機嫌が悪いのかな? 不機嫌な彼女なんて見たことないけど。
「お加減はいかがですか? お腹もかなり大きくなってますね? そろそろ……ですか?」
昨年の12月に来たと聞いている。それで9月にこのお腹だ。シグムントの野郎……即落ちかよ、ふざけやがって。
「うむ、来月ようやくじゃ。シグムントめが渋りよってな。妾を呼びつけておきながら帰れと抜かしよった。3ヶ月も覚悟が決まらずダラダラと……まったく以って情けない」
「……ん?」
「そなたもようよう覚えておけ。男とは存外にか弱い生き物だ」
そういえば、ここに到着した時点でアニェスのお腹はペタンコだった。それで今はこの大きさ……来たのが5月だったから……あれぇ?
妊婦の詳しい経過なんか知らないけど、たしか10ヶ月くらいじゃなかったっけ?
この世界の人間は妊娠期間が短いの? それとも全部わたしの勘違いで、実は1日の時間が地球の倍くらいあるの?
この手の案件は本当にわけわからんね。
「ふむ……そろそろか」
「産気づきました!?」
「違う。空を見よ」
雨雲でも出たかな?と思ったけど違った。見た瞬間に納得して、うっとりと空を眺める。
「たしかに、これは大きな日傘ですね」
「不気味です……」
「キレイじゃないですか」
「いえ……蝕はもちろんですが、私が申し上げたいのはシキ様が不気味だと言うことです」
「なんだとぅ! シキちゃんの方がキレイならわかりますけど不気味って何!?」
今日の人月は新月。
月齢15なのに新月と呼ばれる摩訶不思議は誰にも理解されず、わたしの中だけの謎となって残っているが、それはさておき、ステ暦の毎月15日は人月が陰るので人族のテンションも下がる。
その人月に太陽が隠れ始めていた。いわゆるダイヤモンドリングができていて、もう間もなく皆既日蝕になりそうだ。
前世で見た日蝕よりもくっきりした光が黒く陰った人月を明るく縁取り、空にくるりとコンパスを走らせたような真円を描く。ムンドゥスの月には大気があるようだから、おそらくその影響だろう。
油断していたところを何者かに殴られて以来、空を見上げる頻度は少なくなっていた。よく見ていれば昨日あたりからその兆候はあったはずだ。
「アニェス様……先ほども申し上げましたが……屋外でなくともよろしいのでは?」
なるほど。これは仕事にならない。人族にとって人月の蝕は凶兆。それが新月と被れば大凶だ。
厳密には『太陽の蝕』だけどね。だって『人月の蝕』って言うと月蝕を指す言葉って気がしない?
この感覚もわたしだけの常識で、ここの人たちはそもそも日蝕と月蝕の違いを理解していないっぽい。月蝕はまだ見てないから何とも言えないけど、たぶん前世の記憶にあるものと同じでしょ。
「天体観測はいいとして、どうして蝕の日にお茶会を? 暗くなっちゃいますよ?」
アニェスはタイミングを見計らってわたしを呼び出したのか、大きすぎる月は太陽をすっぽりと覆い隠してリングからダイヤモンドが消えた。明季にも関わらず辺りは暗くなり、他の4つの三日月がよく見える。
「……ほんに奇妙な子よ。人族は皆、人神の黒瞳を恐れて外に出ぬと言うに」
「キレイですし、そんな珍しくもないのに……なんでですかね?」
この世界の日蝕は前世と比べて頻度が多い。単純に月が大きいから当たり前なのだが、年に2〜3回は見られるありふれた天体ショーだ。
太陽の動きも遅いので一旦隠れたら丸1日は顔を出さない。こうなったら仕事なんか放り出して自室に篭るのが当たり前で、そんな日の夜にパメラのお産を手伝ってくれたカルラはかなり奇特な部類である。
「サニア、用意せよ」
「……帰ってよろしいでしょうか?」
「怖じけるな。ただ星の運行に過ぎぬ。神意など無い」
わたしは人月の蝕――新月の皆既日蝕を選んで産まれた不吉の子。一時期はメイデンの口癖だった。
「何故この日に、と申したか? ――ファイア」
指をパチンと鳴らしたアニェスが『ファイア』を唱えると、薄暗くなった庭園の丸テーブルを蝋燭の灯りが照らし出す。
「そなたの生誕の祝いだ」
サニアが差し出したプレートの上には、これでもかとクリームをふんだんに盛った大きなパウンドケーキが載っていた。
「気ままにせよ。茶会ではない故に」
「いただきまうぅううう〜!」
ナイフとフォークを握りしめ、わたしは念願のケーキにありついた。素手でいかなかったのは最低限のマナーだ。
我ながらチョロいとは思うけど、わたしの中の素直なシキちゃん5才はこの女帝が大好きになった。
アニェス様、これからは心からの様付けで呼ばせていただきます。
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