第15話 お茶会


 予想の斜め上を行く嵐の襲来に皆が慄いている――かと思いきや、ほとんどの使用人にとって日常は何も変わらなかった。


 アニェスの身の回りの世話は専属侍女のサニアが一手に引き受け、別邸の使用人は貴賓室への立ち入りを禁じられ、直接に何かを命じられることもない。


 屋敷をうろつき庭を散歩するド派手な貴人の異様さに目を瞑れば、特に実害は無かったのだ。



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 暦:魔幻4018/5/14 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:325/530

 MP:25977/83720

 物理攻撃能力:140

 物理防御能力:157

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:462

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV8』『超速ディッシュポリッシュLV6』『超速ボーンプーラーLV4』『超速ギャベッジダンパーLV4』『オムレッツLV8』『栄養満点屑野菜スープLV7』『豆ポタージュLV6』『配給パンLV9』『蒸かし芋LV6』『TボーンステーキLV2』『ポテトチップスLV8』

――――――――――――――――――――



 暗季が1つ過ぎ去って、アニェスの正体を色々と想像するメイドたちがヒソヒソやっている頃、わたしは少し困っていた。


「シキ様。アニェス様がお呼びです」


 サニアはわたしを様付けで呼び、必ず敬語を使ってくる。


「サニアさん、本当にやめてください。はっきり言って迷惑です」

「アニェス様のご指示ですから」


 自己紹介を素直に受け取るなら、サニアは本邸で働いていたメイドの1人であり、シグムントの命令でアニェスの世話役として別邸送りになってしまった不遇の人だ。


「ご本人は不本意そうに見えるんですけど? 目が笑ってないし、ちょっと怖いです」

「旦那様のご命令ですから」


 ややこしいのはアニェスにとってサニアが腹心の部下、あるいは気の置けない間柄というわけではないという点だろう。


 サニアが本職のメイドか否かは別の問題としても、あの自称女帝の世話を『彼女に従え』という雑な命令だけ与えてたった1人に任せたシグムントが悪い。


「庭園へお越しください」

「ポテチ……食べます?」

「結構です。お仕度を」

「うへぇ……」


 貴賓であるアニェスの前に着古したメイド服と芋汁の付いたエプロンで出るわけにはいかない。それで既に1回𠮟られている。サニアに。


「サニア殿。アニェス様がシキに何のご用事で?」


 来たよ、お局様。お馴染みメイド長のメイデンだ。まさかコイツの存在を有難いと思う日が来るとはね。


「庭園に茶会の席を設えたので来いとの仰せです」


 なぬっ!? それはアレか? お茶菓子をご馳走してくれるってこと?


「なりません。シキには仕事が残っています」


 あー、やっぱメイデン邪魔だなぁ。わたしのティーパーティー行きを邪魔しやがって。


「アニェス様曰く、妾の言葉はシグムントの言葉と心得よ、との事にございます」

「妾がそのようなことを!? 旦那様の威を借りるにしても度が過ぎます!」

「メイデン様のご指摘はごもっとも。私も同意見でございますが、その旦那様から直々に命じられております」


 消極的なサニアと苛烈なメイデンの応酬はお互いの不本意を隠しもせずにしばらく続き、最終的にサニアが競り勝った。勝っても嬉しくなさそうだ。


「……何かのっぴきならない事情があると受け取っても良いのですか?」

「詳細はお答えできませんが、アニェス様は本邸でもあの調子でございました」

「何ということでしょう……今回ばかりは理解できません」

「ご安心ください。私も理解できておりません」


 サニアはメイデンに向けるものより堅い敬語で『清潔な服に着替えてから来い』と告げて、ひと足先に庭へ向かった。


「シキ……勘違いするんじゃないよ?」

「はーい。わかってまーす」


 まっ、着替えなんてギルバートのお古しかないんだけどね。



**********



 明季も半ばに差し掛かり、燦々とした陽光が天頂から照りつけている。


 この時期になれば暗季の冷え込みは立ち消え、気温はぐっと上がり、暖かい陽気は春を通り越して初夏と言ったところか。


 まぁ、春も夏も無いんだけどさ。こんな暑いのになんで外?


 庭園の一画、周囲をバラの花壇が囲んでいる辺りにパラソルが立てられていて、その下に丸テーブルと椅子が並んでいる。


 多少は涼しそうだけど、どうせなら麦茶がいいな。


「参りましたぁ〜」

「……シキ様」


 最近のギルバートは背がグングン伸びて、古着をわたしに譲っていては布地が足らなくなっていた。


 お茶会のために以前から持っていた半袖短パンに着替えたわたしだが、ギルバートほどじゃなくとも体はそれなりに大きくなっている。


「何ですか、その格好は? はしたないですよ」

「えっ? でも、これが1番キレイな服なんです」


 ほつれた裾や袖の糸を切って着続けた半袖はノースリーブと化して、短パンはゼロ分丈のホットパンツのようになっている。可愛いから何も問題は無いはず。


「淑女の衣装とは思えません」

「わたしは淑女ではありません」

「屁理屈だけは一人前ですね。少しの間で構いません。お口を閉じておいてください」


 物持ちの良さが災いし、美脚が丸出しのヘソ出しルックを叱られた。幼くとも将来が楽しみなエロ可愛さを醸すわたしは罪作りだろうけど、丁寧で慇懃な敬語をキープしつつ長々と説教してくるサニアはかなり面倒くさい。


 タイプは違えど口うるさい部分はメイデンと似通っていて、わたしにとっての現状はメイデンが2人に増えたと言えないこともないのだった。


「以後、お気をつけください。それではアニェス様へご挨拶を」

「こんにちは、アニェス様。お茶会に誘ってくれてありがとうございます」

「全然ダメです。やり直しをオススメいたします」


 この鉄面皮め。表情筋が死んでるんじゃないか? クールビューティーを気取っとけば無愛想でも許されるなんて思うな。愛嬌の無い女はモテないぞ。


「アニェス様ぁ〜! ありがとうございますぅ〜!」


 わたしは可愛い笑顔でやり直しを敢行し、給仕係を勤めるだろうサニアにも「よろしくお願いしますぅ〜!」と表情筋を使い倒した笑顔を向けた。


 大丈夫。愚者レベルは上がっていない。


「気持ち悪いです。おやめください」

「あ?」


 サニアとの間で交錯する視線がバチバチし始めた時、アニェスは卓上に置かれたタワーの目隠し布を下ろした。


 ふわっ! 天辺のアレは……まさか!?


 お盆を3段に重ねた鳥籠のようなスタンドの最上段には、パウンドケーキっぽいデザートが載っている。それだけでも垂涎ものなのに、その上にこんもり盛られた乳白色と言えば。


「クリーム!?」

「ほう……一見してコレを言い当てるとは」


 即座に平伏したわたしはちゃんとご挨拶をやり直す。クリームの付いたケーキのために。


「アニェス様に置かれましてはご機嫌麗しゅう存じます。本日はわたくしのような無作法者に淑女の嗜みへ触れる機会をお与えいただき恐悦至極に存じます」

「なっ!? なな……!」

「ほう……型破りではあるが、礼を失してはおらぬ。座れ」

「失礼しまっす!」


 サニアへ向けて一瞬だけドヤ顔を送ってから顔面をお上品な笑顔に入れ替え、お淑やかにアニェスの対面へ着席したところで、ぐるるるるるぅ〜っとお腹が鳴ってしまった。


 ちいっ! 目覚まし時計は黙ってろ! ご機嫌損ねたらどうすんだ!


「オホホのホ……失礼いたしました」

「どうぞ召し上がれ」

「いただきまっす!」


 ケーキに向かって手を伸ばすが届かない。やむを得ず椅子の座面に膝を突くが届かない。やむを得ず座面に立っても届かない。やむを得ず丸テーブルに膝を突いて「あ痛ぁ!」伸ばした手をビシッとやられた。


「…………」


 アニェスは何も言わずに黙って紅茶を飲んでいる。


 何? 何が起こった? ん? サニアと目が合ったぞ? コイツに叩かれたのか?


 届かないんだから仕方ないじゃ「あ痛ぁ!」再び伸ばした手をまたビシッとやられた。何も見えない。どうなってる?


 お茶会の主が『召し上がれ』って言ってるのになんで邪魔するの?

 

「あーっ! サニアさん!」


 大きな声を発してサニアの背後を指差す。花壇のバラに蜂が止まってただけだ。


 振り向いた隙にケーキを「あ痛ぁ!」こっちを見もせずビシッとやられた。サニアは一歩も動いてないのに、気付けば蜂も居なくなっている。


 アニェスは気付いてないのか? たしかに何も見えないけど、ゲストが痛がってるんだよ? 止めてくれないの?


「むぅ……!」

「シキ様? 何かございましたか?」

「いえ……別に……」


 速すぎて目で追えない打撃を見舞ってくるサニアは躾けのつもりだろうか。わたしは高いところにあるケーキが欲しいだけなのに。


「サニアさん。ケーキを取っていただけますでしょうか?」

「アフタヌーンティーは下から召し上がるものです」


 意味わかって言ってんの? アンタらNoonもわからないくせに午前も午後も無いよね?


 その時、時計係の鐘が鳴った。カーン、カーン、カーン……一定の間隔を空けて9回。


 午後3時なら見事にお茶の時間だ。


「……ケーキ」

「サニア。デザートのプレートを――」


 あ〜、アニェス様っていい人だ〜。キャバ嬢とか思ってごめんなさい。


「下げよ」

「はい」

「えっ!?」


 3段重ねを最上段が無くなった。


 何だよ? なんでそんな意地悪すんの?


「…………」


 デザートは給仕用カートの中に隠されてしまった。


 まぁ、いいさ。今日はわたしの料理担当デーで昼ご飯を食べ損ねていたからちょうどいい。


 ケーキは絶対にあとで回収することに決めて、1段目、キュウリのサンドイッチに手を伸ばすと「あ痛ぁ!」またまたビシッとやられた。


 何回か挑戦しては叩かれと繰り返して、素直に「なんで?」とサニアに尋ねると「手掴みで取ってはなりません」と叱られた。なら口でそう言えよ。


「時に、あの時計係とやらはそなたが考案したと聞いた」

「はい、そうで――あ痛ぁ! なんで!?」

「アニェス様がお話されております」


 なんだよ? じゃあ、いつ食べられるの?


「1つ、良いことを教えてやろう」

「何ですか?」

「茶会とは、社交の場である」


 中段、ハムとミニオムレッツの載った温菜プレートがカートの中に消えた。狙ってたのに。


「茶や軽食、菓子、この場に設えたすべては道具に過ぎぬ。3流だがな」

「わたしにとっては超1流です。ケーキをください」

「サニアもなかなかスジが良い。3流の茶葉で3流の茶を挽く。これがなかなかどうして難しい」

「恐れ入ります」

「サニアさん、バカにされてます」


 下段のサンドイッチプレートも消えた。まだ食べてないのに。


「むぅ……お茶しか無い……」

「今日のところはお開きとしよう」


 わたしとサニアをその場に残し、日傘を差したアニェスはバラの花壇を抜けて、背の高い植木棚の向こう側へ去ってゆく。


 もうちょい、もうちょい……今だ! 目標は未だ健在なりぃ〜!


 残り物の回収はわたしの十八番おはこ。お菓子は目の前にある。お茶会が終わったのならアレらは残り物でしょう。


「あ痛ぁ!」


 給仕用カートに飛び掛かったわたしの眉間にビシッと何かが当たった。サニアはその場を動いていない。


「なりません」

「まだまだぁ~! あ痛ぁ! あ痛たた! 何を――痛い!」

「それはアニェス様のカートです。別邸の使用人が触れてはなりません」


 おのれ! なんかの魔法か!?


 こちらも魔法で応戦――してやろうかと思ったが、寸前で思いとどまった。


 まだ犯人の目星も付いていないのに切り札を晒してどうする。時系列から見てアニェスとサニアは真っ白だ。


「仕事の続きがあるのではありませんか? メイデン様に叱られますよ?」

「そのケーキは? どうするんですか?」

「シキ様には少々難解でご理解いただけないかもしれませんが、私はここの使用人とは立場が違います」


 サニアは別邸の使用人ではなくアニェスの侍女。


 レナードはアニェスのためなら金を掛けてあらゆるもてなしを提供するが、使用人ではない人間を養うためにはびた一文出さない。サニアの給金や衣食住に掛かる費用はすべてアニェスが支払っている。


 財布……要するに勘定科目が違うってのは知ってるよ。レナードは巧妙に仕分けしてアニェスの接待費に色々とねじ込んでるだろうさ。それができるから黙ってペコペコしてるに決まってる。


 サニアから見ればアニェスだけが命綱ということになるのだけど、しかし、その綱はわたしの想像以上に太くて頑丈だった。


「つまり、私が美味しくいただきます」

「ズルい!」


 本来ならわたしがアニェスのケーキを食べることは許されない。お零れを得るには彼女をヨイショして恵んでもらうしかないのだが、あの自称女帝が何を好むのかイマイチわからないから困ってしまう。


 でもさ、何も無理してアニェスに取り入る必要はないんだよ。今の人間関係とお金の流れとわたしの目的を考えれば、攻略すべきは1人だけ。


「サニアお姉ちゃ〜ん♡ 生意気言ってゴメンね? ケーキ……一緒に食べよ?」

「気持ち悪いです。お下がりください」


 ちっ……ぶりっ子シキちゃんがまったくの無効だと? マヒャド女め。心が無いのか?


 外堀が深すぎる。正攻法で恵んでもらうしかなさそうだ。


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