第14話 メガ盛り貴婦人


 4ヶ月後、早くも状況が動いた。シグムントがまたやらかしたのだ。


「なんでめかけが別邸に来るのよ?」

「公妾って話だけどさ……だったら本邸で養生してればいいのに」

「正室や側室もいるからでしょ。パメラの時と違って隠せないし」

「ここだけの話さ……旦那様って酷くない?」

「え? 今さらかよ? でも美形で金持ちだから許せる」


 メイドの井戸端会議は働き方が変わっても相変わらずで、最近はその話題で持ち切り。もはやわたしの出自ネタは過去の話になりつつある。

 

 年末年始の視察以降、音沙汰が無かったから少し不気味に思いつつ、パメラの死を悼んで喪に服しているのかもと、僅かでも考えてしまった自分を殴ってやりたい。


「去年の12月に来たばかりなんだって」

「えっ!? それは奥様方もキレるよ……」

「本邸に置いとけるわけないよね。無事に産めるとは思えないし」

「血の雨?」

「そこまではしないでしょ。ストレス掛けまくって死産に追い込むぐらいじゃない?」

「ひぇ~、貴族のドロドロ怖ぁ~い」


 アニェスというその女を本邸で巻き起こるであろう諸々から逃がし、無事に子供を産ませるための安地としてこの別邸が選ばれた。


「レナード様がブチ切れてた。今回のはシキの雇入れより酷いって」

「どうせ面と向かってじゃないんでしょ?」

「当たり前じゃん。家令はご当主の……何だっけ?」

「長かったから覚えてないよ。でも、たしかに酷いと思う」


 シグムントはその妾に専属の侍女を付けて寄越すつもりらしい。レナードが命じられたアニェスの待遇は貴族と同等の貴賓扱い。侍女の人事権は与えられず、自前の財布を持たされた彼女が自ら差配する。


「それって、つまりどういうこと?」

「ここの使用人とは別口ってことよ」

「普段は仕える相手が居ないアタシらと、旦那様が認めた主の身近に侍る余所者。どっちの立場が強いと思う?」

「うげっ! レナード様とメイド長のピンチじゃん!」

「屋敷が荒れるのは間違いなし。ウチらにも飛び火しかねない」


 メイドの噂話をどこまで信じたものかは慎重に吟味すべきだが、その情報網に引っ掛かると面倒なことは間違いない。それがわからないシグムントではないだろう。


 つまり、今現在メイド連中の口伝くちづてに流れている情報は知られても困らない程度の些細なことで、特に隠すつもりはないのだ。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/5/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:368/515

 MP:21329/83720

 物理攻撃能力:138

 物理防御能力:152

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:456

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV6』『超速ディッシュポリッシュLV4』『超速ボーンプーラーLV3』『超速ギャベッジダンパーLV4』『オムレッツLV7』『栄養満点屑野菜スープLV6』『豆ポタージュLV5』『配給パンLV8』『蒸かし芋LV5』『TボーンステーキLV1』『ポテトチップスLV7』

――――――――――――――――――――



「ポテチ揚がったよ~」

「やりぃ! 私コレ大好き!」

「シキは料理上手になったよねぇ」

「将来はいい嫁になる」

「貴族の妾だったりして……なんてね」


 メイド連中の餌付けは済んだ。超速サウザンドスラッシュはレベル6に上がり、薄切り芋を揚げるだけで作れるポテトチップスのパリパリ食感は既製品の域に近づいている。


 この系統のお菓子でさぁ……何だっけ? スゴく美味しい粉があったような?


「ハッピー……ハッピー……むぅ」

「どしたのシキ?」

半被ぱっぴ? 東方の商人が着てるやつ?」

「この辺じゃ見ないよねぇ。欲しいの?」

 

 違う。次の餌付けのネタを考えてるだけ。ダメだ。思い出せない。


 砂糖は貴重品だし、ポテトチップスを超えるしょっぱい系となると……うーん。


 そこで13時の鐘が鳴り、メイドたちは各々の仕事に戻っていった。


「シグムント……バカめ」


 ここが安地だって? 


 忘れているのか、甘く見ているのか、見誤っているのか知らないが、わたしの内心も計算に入れるべきだ。


 パメラと大差ない境遇のくせに、桁違いの厚遇を受ける女の存在を許すとでも? バカにするなよ?



**********



 数日が経過し暗季に入りかけた頃、西の地平線にしぶとく居座る夕陽の光を浴びて1台の馬車が敷地へ乗り入れ、屋敷の正面玄関に横付けした。


 休日の人間も含め、別邸の使用人が勢揃いで立ち並んでいる。出迎えではなく様子見だ。職場に嵐を運んできた妾がどんな女か、品定めに来ているだけ。


 まず最初に馬車の扉を開けて降りてきたのは噂にも登場した専属侍女。黒くて大きな四角いカバンを持ったメイド服の若い女だ。


 服装の意匠はわたしが着ているものと同じだが、両手に黒い革手袋、足元を見れば編み込みのロングブーツが覗く。


 おいおい、明らかに雰囲気が違う。こんな侍女なら1人でも脅し効果は十分だろう。


 あれは侍女というより傭兵カリギュラに近いのではないか。別邸の木っ端メイドたちは若干ビビっている様子で、女の鋭い眼光を正面から受け止めているのはメイデンだけという体たらくだ。


「お手をどうぞ、アニェス様」


 脇に退いた侍女が差し出す手を取り、ゆっくりと優雅に降りてきた女はこれまた奇抜な装い。


 薄手の赤いロングドレスは胸元が大胆に空いて豊かな双丘と深い谷間を強調し、体中のアチコチを貴金属の装飾品で飾り立て、大きなファーの付いた布団みたいなマントが肩からふくらはぎまで覆っている。


 キャバ嬢かよ! キャバ嬢って何だよ!?


 嫌でも目に付く巨大な頭部は盛りすぎなほどに盛られた盛り髪のせい。センター分けの長い前髪が蟀谷こめかみから耳に掛けてを覆い隠し、後頭部へ回り込んで何処かへ消えている。


 頭の長さを倍増させる盛り髪にも無数の小さな宝石が散りばめられ、金色の巻髪の中で星のように瞬いていた。


 決めた。シグムント殺す。


 こんな女にこれだけ貢ぐ金があるなら、どうしてパメラにひもじい思いをさせたんだ。その盛り上がった金髪に『火炎放射器』くれてやろうか。


 2人を下ろした馬車はすぐに動き出し、御者ぎょしゃの男は「家令殿! よしなに!」と叫んで、逃げるように夕日へ向かって走り去った。


「……アニェス様。ようこそいらっしゃいました」


 隠しきれない内心を押し殺してアニェスの前に進み出たのはレナード。家令はそういう立場だし、無責任な本邸の御者から名指しされては仕方ない。


「当方、キョアン家の別邸を任されております、レナードと申します」


 お辞儀と一緒に下げた視線は大粒の宝石がギラギラ光るネックレスと、それを下から押し上げる巨乳に釘付け。さすがのわたしも今回ばかりはレナードに同情を禁じ得ない。


「サニア」


 アニェスはレナードの礼には応じず、侍女に一瞬目配せして――、


「よしなに」


 と言って、お辞儀のままカチンと固まるレナードの横を通り過ぎた。


 何それ? さっきの御者への意趣返し? レナードぷるぷる震えてるけど?


 盛り髪を抜きにしても長身のアニェスは、燃えるような真紅の瞳で睥睨するように使用人たちを見渡して、わたしのところで視線をピタリと止めた。


「シキ・キョアン。前に出よ」


 この一言で場が凍り付いた。さすがのメイデンも反応できない。もちろんわたしは動かない。


 キャバ嬢だって? バカ言うな。この妾はヤバすぎる。本当に妾なのかも怪しくなった。


「それはどなたのことでしょうか? そのような来賓はお迎えしておりません」


 慎重に言葉を選んだメイデンも無視するアニェスは、わたしから視線を外すことなく続けた。


「ステータスを持たねば真名も知らぬが道理か。わらわの個体名はアニェス・グウィン。女帝の称号を持つ者だ」


 家名がある妾なんて珍しい。その後のは意味不明だが、只者でないことは明らかだ。


「ステータスは人の真実を語る。そなたの個体名はシキ・キョアンである。さもなくば人月は永久に陰ろう」


 この別邸どころかキョアン家そのもの、ひいてはこの世にとっての賓客であるかのような態度だ。


 この女……ひょっとして転生者か?


「シキ・キョアン。前に出よ」


 だとすればチート持ち。その可能性があるなら逆らうわけにはいかない。


 意を決して1歩前に進み出たわたしに対して、何を言うのかと思えば――、


「パメラの墓所へ案内せよ」


 転生者なら、あの墓石を見れば察するだろう。


 シグムントめ。とんでもない爆弾を放り込んでくれた。



**********



 その第一声『サニア、よしなに』の言葉どおり、アニェスは他のすべてを侍女のサニアに丸投げして庭園を歩く。


「あの~? ひょっとして、母と面識がありましたか?」


 1度でも目にすれば忘れないだろうド派手な存在感が、石畳を叩くハイヒールのコツコツ音を引き連れてついてきていた。


 わたしの記憶に無いということは、わたしが生まれる以前に縁があったのか? パメラとは真逆の女……気が合うとは思えないけど。


「女児であるなら花を愛でよ。妾の眼鏡に適う花園はそうないぞ」

「庭師のカリギュラの仕事です。元傭兵のおじさんですけど花が良く似合います」

「路傍の草は見ずともよい」


 どういう意味? 傲慢を絵に描いたような感じで……パメラは嫌だろうな。


 庭を真横へ抜け出して木々の疎らな林を進めば、パメラのお墓が見えてくる。


「着きました」


 太陽はギリギリで地平線に頭頂を覗かせ、お馴染みの月明かりが優勢に辺りを包む。赤い斜光を照り返す漆黒の十字架の影が白い土台を追い越して、地面を細長く切り取っていた。

 

 アニェスは黙ってわたしを追い越し、墓前に向かって歩を進める。


「…………」


 妙なことをすれば『火炎放射器』を使うことに決めている。チート出すなら勝手に出せ。


「――へ?」


 拍子抜けした。アニェスはマントの下から花束を取り出し、普通に供えて人月教会で主流な祈りの姿勢を取ったのだ。


 しばらくすると立ち上がって踵を返し、屋敷の灯りへ向かって歩き始める。


「……何しに来たんですか?」

「そなたは優雅さを身に付けよ。さもなくば凡愚に落ちる」


 いちいち偉そうにお茶を濁されている気がする。わたしが聞きたいのはそういうことじゃない。


「旦那サマのお妾なんて嘘ですよね?」

「妾は紛れもなくシグムントの愛妾。パメラと同じく性玩具として使われる身よ。胎の子も彼奴の子である」

「嘘ですよね? 貴女をオモチャにするなんて男からしたら拷問です」

「優雅にせよと言うに……そなたがどう受け取ろうと構わぬ。好きに理解すればよい」

「わからないからお聞きしてるんです。アニェス様ほどのお方が、なんでですか?」

「彼奴に乞われて参ったのみよ。されど、ひとたび妾が動いた以上、失敗は許されぬ。妾が許さぬ」


 この人は本当にどこぞの女王様ではなかろうか。素直にそう思えるほど唯我独尊な感じ。一人称もわらわだし。


「パメラは死んでおらぬ。妾は女帝の称号に賭けて、それを証明せねばならない」

「母は亡くなりました」


 女帝だか何だか知らないが、転生神にもらったチートで生き返られてやるとでも言うつもりか。マジでぶっ殺すぞ。


 シグムントの嫁にイジメられるって? この人が? 冗談でしょ。


 さっさと本邸に帰れと言っても聞く耳を持たない。


「聡くはあれど小童か。理解の順序が逆さまだ」

「……どういう意味ですか?」


 アニェスの回答はあまりにもぶっ飛んでいて、わたしには理解できないものだった。


「妾はここへ参るがため、彼奴の愛妾となったが故に」


 シグムントに抱かれて妊娠したが、それは目的を果たすために必要な手順だったと言い切ったのだ。


 この人、狂ってるよ。その頭の足らないエピソードが本当ならだけどね。


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