第13話 マイホーム


 1週間後、明季に入ってすぐにシグムントが来た。


「貴様……なんだコレは?」

「母のお墓です」


 多少は情もあったのか、パメラの死去を知って訪ねてきたらしい。墓参りくらいは許してやろう。


「だ、だが……こんな……」

「まさかとは思いますけど……墓石に触れませんよね?」

「ぐっ……!」


 ここしばらくは庭師小屋で厄介になっていたからちょうどいい。


「荒屋がお墓になってしまったので住む場所が無くなりました」

「…………」

「代わりに土蔵をください」

「……蔵をか?」

「先日の放火事件はお聞き及びかと思います。わたしを襲撃した犯人も見つかっていません。犯罪者と同じ屋根の下で寝起きする度胸は持ち合わせていませんので」


 倒れる前のパメラがわたしのために掃除してくれた場所だ。わたしがサボっている間に。


 今度はあの土蔵をリフォームしよう。


 シグムントは一言「許す」と告げて、庭師小屋の方へ立ち去った。カリギュラから裏を取るつもりだろうが、すべて事実だから覆りようがない。


「さぁて、忙しくなるなぁ〜……って、まだMPが足りないか」


 今度は自分の身を守るために、精々頑張るとしよう。



**********



「千切りキャベツ〜、上がったよ〜」


 どうでもいいことだが、『サウザンドスラッシュLV9 → 超速サウザンドスラッシュLV1』になった。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4017/12/7 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:260/370

 MP:1249/83720

 物理攻撃能力:111

 物理防御能力:118

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:303

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV1』『ディッシュポリッシュLV8』『ボーンプーラーLV7』『ギャベッジダンパーLV8』『オムレッツLV4』『屑野菜スープLV4』『配給パンLV3』

――――――――――――――――――――



 どうやらスキルはレベル10になると進化するらしい。


「…………」

「おい、シキ……御当主がお見えになってんだ。キャベツの千切りだけってのは……どうよ?」

「おじさん、失敬ですよ。特製ドレッシングも付けたじゃないですか。ふわっふわキャベツの食感をお楽しみください」


 今日はポールが休みで料理担当はわたし。レナードは外出していて、メイデンも体調を崩して寝込んでいる。しかも恒例の煤払いの日だ。


 突然の来訪に割ける人手は無いという論理でゴリ押して、長テーブルの上座の前には山のような千切りキャベツが鎮座していた。


「せめてオムレッツくらい出せよ。お前さん、作れんだろ?」

「今日は半月です。いいことしても誰も見てくれません」

「「…………」」


 シグムントに気を使って屋敷まで付いてきたカリギュラは冷や汗を掻いている。


「母に食べてもらおうと思って必死に覚えました。もはや永遠に果たせぬ夢ですが、世の中こんなもんですよね」

「「…………」」

「あっ、そうだ。お墓にオムレッツ供えてこよっと」


 卵をふんだんに使って勝手に作った大きなオムレッツはポールほどではなくとも、なかなかの出来栄えに仕上がった。


 十字架の根元に皿ごと供えて手を合わせ、屋敷へ戻るとキャベツをシャクシャク貪るシグムントが居た。


「……まだ居らしたんですか?」

「…………シャク」

「シキぃ! いい加減にせんかい!」

「そんなにオムレッツが食べたきゃ母にお願いしてください。お人好しだから分けてくれるかもしれません。では、わたしは煤払いに戻ります」


 あっははははは! 悪幼女シキの爆誕だ! ひれ伏せオラ! ぶっ殺すぞ!


 MPが溜まるまでは虚勢を張って自己防衛するしかないのだ。早く物理的な防御陣地を築かなくては恐ろしくて夜も眠れない。



**********



 どういうつもりか知らないが、シグムントはそれから3日が経っても別邸に逗留し続けていた。


 そろそろ年末の忙しい時期じゃないのか? どうでもいいけど。


「シキ……オマエ、なんでオレを呼ばなかった?」

「母の埋葬ですか?」

「それもだったな……だけど違う。旦那様がいらしてんのに週休も無ぇだろ。知ってりゃあメイド長だって……這ってでも起きてきただろうに」

「一派のメイドが報告するものかと。うっかりしてました」


 休日の夜、カルラと2人でパメラの墓参りに向かったポールは見た。


 墓前であぐらを掻いて座り、オムレッツを頬張るシグムントの姿。とても声を掛けられず、こっそりとその場を離れたらしい。


「お供え物に手を出すなんて罰当たりな。母なら許しちゃうでしょうけどね」

「オマエの気持ちはわかるけどよ……泣きながら食ってたぞ? もう許してやれよ」

「わたしは母の涙だけでお腹いっぱいです。雇い主に公私混同されては困ります」

「オマエ……益々アレな感じになったな?」


 知ったことか。犯人を見つけるまで他のすべてはどうでもいい。


 あの時、何故ビビって目を瞑ってしまったのか、悔やんでも悔やみきれない。


 子供だから仕方ないと言えばそれまでだが、精神まで肉体に合わせて幼児化しているとしたら由々しき事態だ。



**********



 以前、1人で水道を通そうと画策して断念するまでに集めた資材を土蔵へ運び込んだ。ギルバートが。


「ありがとうギル。助かるよ」

「いいよ。気にしないで。他には何か無い?」

「ん~……今は無いかなぁ~」


 ギルバートよ。とても助かっているので有難いのだが、目指す男の方向性がズレてきてないか?

 

 それじゃあ、ただのいい人だ。


 あー、そういうドラマあったなぁ。はて? ドラマとは……こういうどうでもよさそうな知識はモヤっとしたままか。


「シキちゃん……大丈夫?」

「ん? 何が……あー、大丈夫。犯人は必ず見つけてみせるから」


 ギルバートとは仲良く。パメラの遺言はできるだけフォローしていこう。


「ギル。一緒に悪者を退治しようね」

「う、うん……わかったよ。シキちゃん」

「ちゃん付けはやめたんじゃなかったっけ?」

「あっ! 無し! 今の無し!」


 水道が通ったことで屋敷まで行けば水は手に入るのだが、ギルバートは相変わらず川から汲んだ水を運んでくる。これは何ともいじましい優しさと見るべきで、労働には対価が必要だろう。


「わたしのお尻……触る?」

「えっ? なんで?」

「…………むぅ」


 まだガキンチョか。なんか面白くない。



**********



 とりあえず土蔵の内壁と天井を新品同様に修繕して、土間をケイカル板のフローリングにしたところで小休止。


「明季だからまだいいけど燭台は早めに直さないと。自然光も取り込みたいし、お風呂は必須だよねぇ。水道は……排水管がめんどくさいからいいか。出てすぐ水溜だし」


 これは何だろう。早く装甲板でガチガチに防御を固めた方がいいのに、どうにもやる気が出ない。


「お母さんの掃除……ちゃんとしてるなぁ」


 溜まっていた埃を風魔法で追い出すだけで綺麗になった。あれだけ雑然と積み上げられていた粗大ゴミはほとんど無くなっていて、まだ使えそうな家財類はきちんと整頓されている。


「うん。これはマイホームっぽいよ」


 何処にあったのか気付かなかったが、数冊の古本を残してくれたのは有難い。これで人によりけり偏ったウンチク以外の情報が集められる。読み終えたらインクを除去して自由帳にして使おう。


 ベッドと布団は魔法で修理できたし、前に試作した合成繊維を使えば服も作れるかもしれない。参考までにヒラリーの機織り機でも見に行くかな。


「ちゃんと掃除しとけば良かったかも……そうすれば色々と違ったのかな……」


 メイデンはパメラの仕事を知っていたのだろうか。


 掃除しろと言って厨房からわたしを追い出したんだから、それは無いか。


 誰に見られるわけでもないのに頑張っちゃうパメラが憐れだ。もう少し要領よくできれば結果は違ったかもしれないのに。


「はぁ……誰か……わたしのヤル気スイッチ押してくれない? 無理だよねぇ……」


 自分でも何処にあるのかわからないスイッチを他人に押せるわけもない。


 少なくともマイホームがスイッチじゃないことはわかった。



**********



 やっとシグムントが帰った。年末年始の明季をマルっと別邸で過ごす異様な行動にレナードは戦々恐々としていたが、それも目的ありきのことだ。


 別邸の使用人たちの働き方を調べていたようだから、他でも取り入れようとか考えているのだろう。その辺りの目聡さは為政者特有のものだと言える。


 それにしても貴族ってのは贅沢だ。Tボーンステーキの骨際から5cmも肉を残していた。わたしとしては今世初の牛肉にあり付けたから文句は無いけど。


「蒸かし芋、上がったよ〜」


 料理担当で固定されたわたしのスキルは料理ばかりに偏り始めた。魔術士のレベルは上がっていない。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4018/1/20 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:290/385

 MP:2571/83720

 物理攻撃能力:115

 物理防御能力:123

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:310

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『超速サウザンドスラッシュLV2』『ディッシュポリッシュLV8』『ボーンプーラーLV8』『ギャベッジダンパーLV8』『オムレッツLV5』『屑野菜スープLV5』『豆ポタージュLV1』『配給パンLV4』『蒸かし芋LV1』『TボーンステーキLV1』

――――――――――――――――――――



 初級魔法のスキルが復活していることから見て、魔術士は魔法由来のスキルではないらしい。


 習得済みのスキルが消えたり生えたり、転生神は『己れの指標じゃ』とか言っていたが、この世界のステータスは前世のゲームとは少し違う気がする。


 問題は『愚者』『魔術師』『死神』の3つ。効果によっては人生をメチャクチャにしかねない地雷スキルかもしれない。


「スープも上がったよ~」


 これ以上マイホームに投資するのはやめにして、MPはイザという時に備えて溜めておこう。


 MPの多さが頼みの綱ではやれる事にも限りがあって、スキルの謎は深まるばかりでも今は目の前のことを意識するしかない。大雑把な戦略を立てたなら、あとは状況を見定めながら時を待つのみ。


 業務効率化のアイデアを提供し続けた結果、目論見どおりに使用人の魔法離れは加速している。


 まずは500日、無事に雌伏の時をやり過ごすこと。パメラのMP回復計算をミスったことは気掛かりだが、長めに待つぶんには問題ないだろう。


 犯人は動けないパメラの眠る荒屋に火を放ち、4歳児を闇討ちして逃げるような人間だ。その時になってどう行動するかは見え透いている。


「お菓子、試作したよ〜。命名ポテチだよ〜」


 どれだけの嘘つきが巻き添えを食おうと、わたしの知ったことじゃない。


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