第12話 介護1年3ヶ月、ある日の夜


 3ヶ月後、働き方改革は成った。


 男衆は山に入って竹を伐採し、川の上流へ向かって森を分け入り、水源となっている湧水の1つを運良く発見。勢い余ってそこから直接水道を引いてしまった。


 ミネラルを含んでいるからか魔法で出す水より旨い。ポールは大喜びだし、お茶がイイ感じに淹れられてメイデンも満足した。


 レナードだけは例の例例例を連呼しているけど誰も相手にしていない。


 みんなが時間に追われてあくせく働く姿は何処か懐かしく、交代で週休2日を手に入れた使用人たちは概ね好意的に新たな働き方を受け入れている。


 パメラの覚醒予定まで2ヶ月を切り、わたし個人のモチベーションも高く保たれていた。


「――っ!!!」


 そんな時だ――荒屋が放火されたのは。


「誰だぁあああああ――っ!!」


 即座に魔法で窒息消火。水溜から引いた水を噴霧して鎮火したが、荒屋のボロい外壁は半分くらい黒焦げになった。


 幸いパメラは無事だったけど、元の荒屋のままだったら危なかっただろう。


「今すぐ名乗り出ろ! 誰がやった!?」

「シ、シキ? 血相変えてどうした?」


 訪問客の無い日は広間が使用人たちの食堂になっている。そこへ乗り込み、わたしは叫ぶ。犯人に『火炎放射器』を見舞ってやるために。


「お母さんはもうすぐ起きるんだ! 邪魔するなら殺してやるから出てこい! 4歳児にビビってんのか!?」

「はぁ? いきなり何よ? ちょっと頭が切れるからってチョーシ乗ってんの?」

「せっかく落ち着いたんだから大人しくしようね? 賢いシキならわかるでしょ?」

「ざっけんな! この中に人殺しがいるんだぞ!?」

「――シキ!!」


 メイデン……コイツが1番怪しい。自分で手を汚すことは無いにしても、わたしの改革後も裏でコソコソやってるのは知っている。


「メイド長! 荒屋が放火された!」

「……荒屋ではなく、離れと言いなさい」

「どうでもいいだろ、そんなこと!」


 喚けば喚くほどに周囲の人間たちの視線が冷たくなって、見かねたポールに広間から連れ出された。


「パメラは? 無事だったか?」

「……うん」

「不幸中の幸い……って言っていいのかわからんが、あれじゃ下手人は見つからない」


 ポールが犯人じゃないことはわかる。怒りに任せて動いても、どうにもならないことも。


「この件はオレに預けろ。パメラは……動かせねぇだろうから、オマエはしばらく離れから出るな。カルラには俺から言っておく」


 冷静な語り口にわたしの頭も冷えてきた。犯人に報いをくれてやるためにはこれじゃダメだ。


 ポールに背中を押されて屋敷を出て、暗季の夕暮れ時を帰途につく。


「……晩ご飯の用意しなきゃ」


 パメラは何も知らないのだから、このまま知らない方がいいのだろう。


 いつもどおりに食事をさせて、お風呂に入れて、今夜は一緒の布団で寝よう。


 気持ちを落ち着けるには自分を俯瞰するのが1番。ステータス様々だね。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4017/12/29 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:244/355

 MP:4444/83720

 物理攻撃能力:104

 物理防御能力:114

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:244

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『サウザンドスラッシュLV9』『ディッシュポリッシュLV7』『ボーンプーラーLV6』『ギャベッジダンパーLV7』『オムレッツLV4』『屑野菜スープLV3』『配給パンLV2』

――――――――――――――――――――



 あっ。明日は満月か。


 空を見上げれば、もうほとんど満ち切った人月が叢雲に霞んでいる。


「神様……ちゃんと見ててくれるかなぁ……」


 ステータスを眺め、空を見上げていたわたしは気付かなかった。


「イギャ!?」


 横合いの藪の中から飛び出してきた何かが、わたしの顔面を強かに殴りつけた。


「――ひっ!」


 痛くて怖くて不覚にも目を瞑り、蹲っている内に襲撃者は反対の藪へ分け入り、ガサガサと蠢めきながら暗闇へ消えた。


「んくっ……ぺっ!」


 口に広がる血の味とジャリジャリした歯触りが気持ち悪くて吐き出すと、小さな歯がコロリと地面に転がる。


「…………クソっ!」


 あー……乳歯で良かった。


「うぇっく……ひっく……うぅうう〜!」


 早く大人になりたい。



**********



「…………よし」


 パメラの胸に顔を埋めて泣き虫シキちゃんをねじ伏せたわたしは、シリコーンチューブに食用油を塗ってパメラの鼻の穴に挿入。もうこの操作には慣れっこだ。


 パンを少し口に含み、真空魔法瓶に入れておいた屑野菜スープを啜って噛み噛み。


 強制的に抜歯された歯茎に沁みる。いつか絶対に仕返ししてやるからな。


 胃に直接入るんだから味はわからない。血生臭くても大丈夫でしょ。


 何度か噛み噛みとブチュルルルを繰り返し、いつも通りの分量を食べさせたところで――、


「うぅ……」

「――え?」


 パメラが呻めき声を上げた。


 嘘!? 計算間違ってた!? それとも回復率が――いや、最大MPの聞き間違い――いやいや割合だし……なんで!?


「お母さん! お母さん!」

「あぁ…………シキ……?」

「お母さーん!!」


 わたしは痩せ細ったパメラに精一杯の力で抱きついた。これじゃただの子供だけど仕方ない。


 やっぱり神様は見てくれてた! スゴいよ! こんなことってある!?


「ずいぶん……力が強くなったね……」

「うん! もう物攻100あるよ! たぶん!」

「ふふ……あぁ……よかった……」


 もう大丈夫だ。きっと全部上手くいくと、そう思えた。


「――あっ」


 その時、パメラは天井を見つめて少し大きな声を発した。


 様変わりした内装を見て驚いているのかと思ったけど――違う。


「…………シキ」

「何? どうしたの?」


 パメラはわたしの頭を掻き抱いて、静かに呟くように優しい声を搾り出す。


「ありがとね……全部、感じてたよ……」

「お母さん?」

「シキはホントにスゴい子……自慢の娘よ……ちょっと怖いくらい……ふふっ」


 嫌な予感がする。抗えない温もりに包まれながら、どうにもならない悪寒に震えた。


「お母さんが言えることじゃないけど……それでも……私しか言ってあげられないから……」

「…………」

「傲慢な人になっちゃダメ……。人神様の贈り物は……あなたのものじゃないからね……?」

「ねぇ……お母さん」

「旦那様とレナード様……あと、メイド長の言うことを良く聞いて……」


 なんだそれ? 何を言ってる?


「お母さん! 何言ってるの!? アイツらのせいで……こんなっ!」

「ギル君と仲良くして……カリギュラさんとカルラは……きっと助けてくれるから……頼っても平気……料理長だって……たまにオヤツをくれるでしょ? だから……何にも無くって大丈夫……」


 それじゃ……それじゃあ、まるで――、


「誰かのために……何かをしてあげて? あなたはきっと……たくさんの人を助けてあげられるもの……」


 まるで遺言じゃないか――。


「シキぃ……! ごめんねぇ……!」

「お母さんっ!」

「私は……あなたに何も……あげられなか……った――」


 わたしを弱々しく抱く腕の力が解けて、空気と一緒にナニカが胸から抜け出す音がした。


「あ……ああ……」


 魔幻4017/12/29――この日、わたしの転生先として選ばれた女性は20年の生涯に幕を下ろした。


「あぁああああああああああああああああああああ――――っ!!!」


 長い睫毛に煙る黒瞳からは光が失せて単色に塗り変わり、頬へ流れた涙が代わりとばかりに、月明かりに青く光っている。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4017/12/29 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:164/355

 MP:4454/83720

 物理攻撃能力:104

 物理防御能力:114

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:244

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『サウザンドスラッシュLV9』『ディッシュポリッシュLV7』『ボーンプーラーLV6』『ギャベッジダンパーLV7』『オムレッツLV4』『屑野菜スープLV3』『配給パンLV2』

――――――――――――――――――――



 この世界に神様なんか居ないんだと知った。



**********



 パメラが息を引き取って、どれだけの時間が経ったか定かではない。


「シキ! シキ、居るか!?」


 玄関扉をドンドン叩く音とカルラの大声で我に返った。


 大丈夫。わたしは冷静だ。


「今、開けます。――分解」


 魔法で扉を埋めた辺りの壁と装甲板を丸ごと崩して出入口を確保した。


「先輩。入ってきてください」

「な……なんだこりゃ……」


 リフォーム後の荒屋に誰かを招くのは初めてだ。MPをほとんど注ぎ込んで作った力作だが、無用の長物となった。


「…………パメラ?」

「母は亡くなりました。つい先ほど」


 パメラの身体はまだ仄かに温かいが、涙の跡は既に冷たくなっていて、死者の熱は月光に奪われるように冷めていく。


「埋葬を手伝っていただけますか?」

「シキ……お前さん……」

「この国では土葬なんですかね?」

「今すぐ助けを呼んで――」

「やめてください」


 有象無象にパメラの死に顔を見られたくない。本来ならわたし1人が覚えていればいいことだが、何か作法があるならできるだけフォローしたいとは思う。


 カルラによれば土葬が一般的な埋葬方法。貴族なら先祖代々の立派な墓所もあるが、自宅の無い平民の場合は死亡した土地の邪魔にならない場所に埋められる。


「墓石が置かれれば上等な部類だよ」

「そうですか」


 だったらこの場所でいい。周りから邪険にされて追いやられた荒屋なのだから、今さら邪魔だとか言う人間はわたしが許さない。


「棺は……1番、気持ちよかったのにしよう。――分解」


 床板を塵に変えて地面を剥き出しにし「――破砕」粗めに砕いた装甲板の破片を「――掘削機」風で旋回させて墓穴を掘る。


 できるだけ深く掘り下げた。墓荒らしが居ないとも限らない。ここの人間はそれほどに信用できない。


 穴の底に「――浮遊」風圧で浮かせて下ろしたバスタブを棺桶の代わりとした。


 パメラの遺体を魔法で浮かべるのは何となく嫌だった。手で引っ張って下ろそうとしたのだが、重い。


 寝たきりの時も重かったけど、魂の抜けた肉体は何倍も重い気がする。気のせいだとはわかっていても力が出ない。


「先輩。手伝ってくれません?」

「あ、ああ……わかった」


 パメラはカルラなら頼っていいと言っていた。ならば信用しよう。


 布団を敷き詰めたバスタブの中にパメラを寝かせ、花が無い代わりに毛布で体を包む。暗季でも寒くないように。


「お母さん……さよなら。――埋葬」


 墓穴に土を流し込み、何層かの装甲板で覆って墓荒らし対策とした。


 地上に出来たこんもりとした土の丘を「――圧縮」平滑に均し、ケイカル板で分厚く覆った土台の上に、装甲板の残骸で作った十字架を立てた。


 カルラの背丈の倍くらいある大きな十字の墓石が月明かりに照らされている。


 ちょっと大きすぎたかな? いや、これでも小さいくらいか。


「墓碑銘は……どうしようかな?」


 年月が経っても消えないように、黒光りする炭化ケイ素の十字架の真ん中に「――成形」文字を彫り込んだ。


『魔幻4017/12/29 夜 最愛の母パメラ ここに眠る』


 うん、完璧だ。我ながら最高のお墓。そんじょそこらの貴族なんか目じゃない……たぶん。


 パメラと過ごした荒屋は跡形もなく消え去り、美しい墓だけが遺された。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4017/12/29 夜

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:144/355

 MP:4/83720

 物理攻撃能力:104

 物理防御能力:114

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:244

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV3』『死神LV1』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』『サウザンドスラッシュLV9』『ディッシュポリッシュLV7』『ボーンプーラーLV6』『ギャベッジダンパーLV7』『オムレッツLV4』『屑野菜スープLV3』『配給パンLV2』

――――――――――――――――――――



 おっと、危ない。最大効率で魔法を使ったはずが危うく魔力欠乏だ。


 頼っていいとは言われたものの、そこまで頼りにしてはカルラに申し訳ない。


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