第11話 働き方改革
蛇口をひねってホーローのベーシンで顔を洗い、ナイロン製のブラシで歯を磨いてから、いつもどおりパメラに朝食を飲ませる。
シリコーンチューブ越しの口移し。色々と試してみたが、結局これが1番だった。固いものでも噛み砕くだけで食べさせられるんだからお手軽だ。乳歯はすり減ってるかもだけど。
寝返りと関節の曲げ伸ばし、お風呂では全身のマッサージを続けているが、使わなければ衰えるのが筋肉というもの。顔色はそれなりだけど、パメラは随分と瘦せてしまった。起きてからもリハビリが大変になりそう。
「んん~。本日も晴天なり」
今日もいい天気だ。暗季だから太陽は出ていなくとも、朝日の無い夜明けにも大分慣れた。天の月々が良く見える。
「……もう1年か」
キツかったけど過ぎちゃえばあっという間だった。わたしの計算が正しければ、あと半年もせずに目を覚ますんだからチョロいもんよ。
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暦:魔幻4017/9/24 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:225/320
MP:2452/83720
物理攻撃能力:92
物理防御能力:98
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:238
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV2』『サウザンドスラッシュLV8』『ディッシュポリッシュLV5』『ボーンプーラーLV4』『ギャベッジダンパーLV4』『オムレッツLV1』
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厨房の業務を通じて覚えた家事スキルはどうでもいいとして、パメラの介護が筋トレのような効果を発揮したのか、育ち盛りのわたしのフィジカルはこの1年でかなり成長したと思う。
オッパイは全然だけど背は伸びてきたし、物攻・物防は100の大台に差し掛かり、敏速に至っては200を超えた。ステータス持ちの同年代が居ないからこれが高いのか低いのかは謎だけど……もう虚弱ではないよね。
今後に更なる期待が掛かるスキル『魔術師』のレベルは1つ上がったところで伸び悩んでいる。生活必需品メインでたくさんの物品を作っているのに上がってくれないのは何故だ。
「シキ! おはよう!」
「おはよ。いい朝だね」
ポールのアドバイスに従って『ちゃん』付けをやめたギルバートくん5才が現れた。呼び捨てなんて生意気だと思いつつ、文句は言えないのがツラいところだ。
「いつも悪いね」
「修行の一貫だから、気にしないで」
相変わらず言葉数は少ないけど、ちゃんと考えながらしゃべるように心掛けているらしい。
何を考えてるかって? 自分のセリフがクレバーでウィックでスマートに聞こえるかだってさ。
ぷぷっ! ウィックじゃなくてウィットだから。面白いから教えてあげないけど。
「いや、ホント助かるよ。わたしってひ弱だからさ。ギルが居なかったら大変だもん」
「そ、そう? えへへ……気にしないで」
素直な笑顔はまったく変わらないね。ほっぺのお肉がちょっと落ちてカリギュラに近づいてるかな? 最近は『気にしないで』がマイブームらしい。それ微妙じゃない?
ギルバートは両肩に担いだ天秤棒を下ろし、4つの水桶から荒屋の玄関先に設えた大きな水溜へ補水してくれた。
「庭師小屋の分は?」
「もう1回汲んでくるつもりだったから、気にしないで」
これがわたしのMPに余裕がある理由。川の上流まで届く水道を幼児1人で作るなんて荷が重すぎた。
土木工事のすべてが魔法で片付くわけじゃないし、MPに任せて強行すればパメラの二の舞。そうはならなくても終わらない作業に苦しみ続けていただろう。
「えっ!? スッゴ~い! ギルぅ~、ありがと~!」
「えへへ! 気にしないでシキちゃ……シキ」
カリギュラがギルバートの修行に水汲みを取り入れたので便乗した。木製に見える水溜は木目を貼り付けたホーロー。荒屋の水道は壁を貫通してここから引いているだけだ。
ホーロー製の水溜は正体を隠して庭師一家にも進呈した。
何ヵ月経っても痛まないし水漏れがまったく無い。シキは木工の天才だと言ってヒラリーは喜んでいるから、ギルバートをこき使っても問題ない。
「また水桶が大きくなってるし、天秤棒って普通は1つだよね?」
「この方がバランスよく鍛えられるんだ」
水桶を2つ吊るせる棒を両肩に1本ずつ。水桶1つで25Lとして合計100L。5歳児が100kgの重量物を担いで山道を行き来しているわけだ。
これって虐待じゃない? と思っても口には出さず、とにかく褒める。ギルバートのヤル気スイッチを押しまくる。
「へぇ~! 筋肉はスゴイねぇ!」
「えへへ! 気にしないで!」
何を?とは聞かずに笑顔で流す。ギルバートの自信を喪失させてはいけない。
人力水道が潰えるとわたしが困るから。
**********
「もう嫌! こんなのやってらんないわ!」
「そうですよ! どうなってるんですか!?」
来るべき時が遂に来たかと言う感じ。
「あ、あなたたち……っ! 旦那様から与えられた仕事に文句を言うなんて! いつからそんなに偉くなったの!?」
「はぁ!? 偉いとか偉くないとか! そういう問題じゃないよね!? ねぇ、みんな!」
「……旦那様は関係ないんじゃ? 最近はめっきりお越しになりませんし」
「私は嫌ですよ!? パメラにはシキが居たけど……私は1人だもの!」
とあるメイドのMP残量が50を下回った。そこまで減れば事故を防ぐために魔法を使わないよう管理するのが常識らしいのだが、メイデンが割り振った仕事は明らかに魔法が必須の内容だった。
そのメイド、メイデン一派が息を吹き返した時に槍玉へ挙げられて以来、2代目パメラになってしまったことは不幸だけども、パメラほど我慢強くはなかった。
「ふぅえええええ~ん。嘘じゃない……嘘じゃないのにぃ……なんで信じてくれないのぉおおお~」
「だ、誰も嘘だなんて言ってないでしょう!? 単に回らないのよ! 他にも50未満の使用人が居るの!」
「だったら、なんでメイド長の取り巻きが楽な仕事に回されてるんですか? その女のMPが50未満ってこと?」
「そのとおりよ!」
「「「そんなわけないでしょ!」」」
魔力欠乏から1年も経過したパメラが生存している事実が大きい。はっきり言ってしまえば、誰もパメラが生き延びるなんて思っていなかった。
今やわたしは神童だよ。さすがは貴族の血を引いてるだけはあるって、言っちゃいけない噂話まで聞こえてくるもん。
あり得ない奇跡を起こし続けている4歳児には変な期待が寄せられ、特に若いメイドを中心に反骨精神が拡がりを見せていた。
わたしを敵に回したメイデンの権勢もあと10年、もしかすると、もっと早く終わるんじゃないかと。
「1日の回復量ぐらいわかるもの! みんな2か3ってとこでしょ!?」
1500ならそんなもんだね。パメラは1.7/Dayくらいで頑張ってたけどね。
「あんまりバカにしないでくれます? ウチらだって、わかってて黙ってるんですけど?」
なら、なんで黙り続けないの? ずっとパメラに押し付けてダンマリを決め込んでたクセにさ。
「はぁ……まったく……どうしようもない人たちだこと。わかったわ……今日のところは私がフォローに回ります」
「え? メイド長が自らですか? そこの暇そうなメイドにお命じになればいいんじゃ?」
「――口を閉じなさい。あなたが意見できることではないわ」
「…………」
さすがは20年以上も別邸に君臨し続けるお局様だ。空気に流されただけの平メイドとは言葉の重みが違う。
まぁ、本当にデキる人材なら本邸に呼ばれるだろうけど。
「メイド長、このままじゃ良くないと思います」
おっと、珍しくカルラが発言した。いつもは我関せずで不動なのに。
「レナード様も交えて話し合ってはどうでしょう?」
「それはダメよ。家令殿を巻き込むような話じゃないわ」
うーん……どっちの言い分もわかる気がする。
メイデン自身が若手に舐められているのだから、もうメイド長以下でゴチャゴチャ言っていても埒があかない。
かと言ってレナードを引っ張り出すと、シグムントにバレないように現状を維持しようとして面倒の種を摘み取ろうとするかも。反骨メイドの解雇という形で。
「カルラさんの言うとおりですよ! レナード様にもちゃんとしてもらわないと!」
そうなったらクビになるのはお前らだよ? シグムントが別邸の使用人の数を把握してるとも思えないし、浮いた分の人件費をレナードがどうするかは火を見るより明らかだよね。
「あなたたち……本当にわかって言ってるの?」
「もちろん全部わかってます!」
「こんな理不尽……もう我慢なりません」
アホだわ。どーしょーもないアホだ。
自分と周りが見えてなさすぎ。あー、これはブーメランだね。前世のわたしには。
「シキはどう思う?」
「――へ!?」
カ、カルラぁあああ――っ! 背中から刺してきて、どういうつもり!? 完璧に人ごとだったのに! 変な感じで注目集めちゃったじゃん!
「えー……あー……お話が難しくてわかんなーい」
「ははっ。お前さんに限ってそんなわけない。ちゃんとあるんだろう? いい腹案がさ」
無茶ぶりぃいいい――っ! ホントに何がしたいの!? クソみたいな取り巻き予備軍の視線が痛いんだけど!
「シキ……何かあるなら言ってみなさい」
「…………」
やめてよメイデン。アンタが乗っかっちゃうのは反則でしょ?
ポールはニヤニヤ笑ってるしさ……これカルラと話ついてんな? いいのか言っても? アンタたち付き合ってんでしょ?
「はぁ……えっと、なら……ご提案まで」
もちろん解決策ならあるさ。抜本的なやつがね。
「みんな……魔法を使うのやめたら?」
「「「「「…………は?」」」」」
仕掛け人のカルラも含めて全員が同じ顔をしている。
こういう顔をなんて言うんだっけ? あっ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だ。
最近になって思い出したけど、鉄砲は前世の世界でメジャーな武器だね。あの威力だと鳩は即死すると思うんだけど……弾に豆って使えるのかな? 無理じゃん?
「火種はMP減らないんだよね? アレは便利だし、好きに使えばいいと思うけど、他は別に要らなくない?」
水は川から汲んでくればいいし、シーツなどの大物の洗濯は明季にまとめてやってしまえば自然乾燥でイケる。
壁のヒビはすぐ直さなくていいんじゃ? 見つけたらとりあえずマークしといて、煤払いの時に全員で分担して一気にやるとか。
「あんなショボい魔法……ホントに必要?」
そこで反論が相次いだ。不思議なことにやいのやいの言っているのは反骨の若手メイドたち。水汲みなんかやりたくないという意見が多数。
「じゃあ、川まで水道を通して勝手に流れてくるようにしよう。最初に作っちゃえば、あとは楽できるし」
「み、水の道を作るって言うの? そんなの無理だって!」
「竹を半分に割って繋げるだけでもいいから。壊れたらすぐ直せるし、どうせ沸かして飲むんだから一緒だよ?」
「お、お客様に出すお茶をそんな……」
「お客はお茶挽くとこ見ないよ? ちゃんと美味しければいいんじゃ?」
もうここまで言っちゃったなら同じことだ。自分たちが如何に非合理で無駄な働き方をしているか教えてやろう。
「時計係を決めよう」
昼時間の12分の1で落ち切る砂時計を作る。時計係は砂が落ち切ったら鐘を叩く。
「昼ご飯は鐘が6回鳴ったら全員で同時に食べる。そうすれば料理長はすごく楽になる」
メイド長は各人の時間割を決めて仕事を管理する。何なら時間割をどこかに貼り出して、今、誰が、何処で、何をしているか全員がわかるようにしてもいい。
「無駄な待ちぼうけが無くなるよ? たぶん1人あたりの実稼働は倍に増える。仕事の全体量は変わらないから、1人1人がとっても忙しくなると思うけど――」
さあ、ダメ押しのメリットを提示しようか。目ん玉飛び出せ、井戸端使用人ども。
「上手く回れば、全員週休2日で働ける」
あはははははっ! そら見たことか!
「ポールだけは別だけど。他に料理できる人が居たらいいね?」
「シキ……オマエ、そりゃねぇだろ?」
「頑張ってわたしを育てたらいいよ」
レベル1のオムレッツなら作れるから。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4017/9/24 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:223/320
MP:2465/83720
物理攻撃能力:92
物理防御能力:98
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:238
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV3』『サウザンドスラッシュLV8』『ディッシュポリッシュLV5』『ボーンプーラーLV4』『ギャベッジダンパーLV4』『オムレッツLV1』
――――――――――――――――――――
なるほどね。これが本当の魔術ってことか。
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