第10話 優しくてクレバーでウィットに富んだスマートな筋肉


 長かった暗季がようやく終わり、今日からまた長い明季に入る。



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 暦:魔幻4016/10/8 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:58/93

 MP:105/83720

 物理攻撃能力:35

 物理防御能力:43

 魔法攻撃能力:83720

 魔法防御能力:83719

 敏捷速度能力:80

 スキル

 『愚者LV5』『魔術師LV1』『サウザンドスラッシュLV3』『ディッシュポリッシュLV2』『ボーンプーラーLV2』『ギャベッジダンパーLV2』

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「あ〜、嫌だなぁ……煤払い〜」

「オマエは厨房担当だからな?」

「え〜、料理長ぅ〜。オムレッツ作ってくださいよぉ」

「今日は半月だ。次は3週間後だな」


 この日ばかりはみんなが厨房担当を嫌がる。


 暗季の間は屋敷中の燭台を灯していて、その燃料は獣油を使うのが一般的。そこから出る大量の煤が壁や天井が汚すから、明季に入った日には煤払いをやるのが恒例行事になっている。


 厨房では普段から火を使うので特に煤が多く、油分と混ざってベッタリとこびり付いた煤は払うだけじゃ済まない。


「毎回パメラの担当だった。文句1つ言わず真面目にやってくれるから助かってた」

「うっ……」

「アイツは人月みたいなイイ女だ。オマエにもそうあって欲しいもんだ」

「ううっ……」

「これ、メイド長には言うなよ? あと……カルラにも」


 コイツ……段々とわたしの扱いに慣れてきてるな? パメラを引き合いに出されるとわたしは弱いんだ。


「はいはい! やりゃいいんでしょ、やりゃあ!」

「オヤツは出してやる」

「サー! イエッサー!」

「なんだその掛け声? まぁ、やってくれるんならいい」


 水道が全然進まないよぅ! MPが足りないよぅ!


 荒屋より標高が高くてメイド連中に見つからない最短ルートを川まで通すべく計画しているものの、材料を少しずつ揃えるだけでMPが枯渇する。


 3日に1度はお風呂も沸かしたいし、厨房の仕事は結構大変だしで、なかなか綱渡りな状況が続いていた。


「なら始めるぞ。ハタキやらホウキは役に立たんから……ホレ。これに灰付けて擦れ」

「はーいはい、竈門の灰ね。りょ~か~い」

「高いところはオレがやるからよ」


 タワシと灰袋を手に持ち、ポールと手分けして壁を擦る。洗剤とか色々と作れそうだけど、屋敷のために浪費するMPなんか持ち合わせてないもんね。


 あっ。シャンプーとリンス、最低でも石鹸は欲しい。モコモコ泡風呂かぁ……むぅ……水も結構使いそう。


 この世界にも石鹸はある。ヒラリーが内職で作っているが、あれは貴族向けの売り物。わざわざ香り付けして綺麗に包んだものを屋敷が買い取る形で出荷される。


 仲介役のレナードは儲けの一部を着服してるに決まっているし、メイデン一派はおこぼれに預かっているだろうけど普通は縁が無いものだ。


「シキ」

「何〜?」

「これ……使え」

「……わかった」


 ポールが手渡してきたものは件の香草石鹸。ポケットに忍ばせても何も言わないところを見るに、煤払いに使えという意味ではなさそう。


 チャラ男だけあって粋な計らいをするじゃないか。恩着せがましくないのがカッコイイと勘違いしそうになる。


 おのれ、女の敵め。シグムントほどじゃないけど油断ならない相手だ。


 それにしても、パメラってモテるよね。



**********



 仕事終わり、カルラに誘われて久しぶりに庭師小屋へやってきた。晩ご飯を食べさせてくれるって言うなら這ってでも行くさ。


「シキちゃん! いらっしゃい!」

「こんばんは、ギル。相変わらず元気でいいね」


 ギルバートは以前にも増して「シキちゃん、シキちゃん」とうるさくなっていた。最近は遊んでやってないから欲求不満なのかもしれないけど、わたしにガキンチョの相手をしている暇は無いのだよ。


「シキ? 離れの立て付け、おかしくないかい? 扉が開かないんだ」

「あー、そうですね。ボロいから歪んでるのかも。ご用の際は先輩に言付けてください」

「俺が押しても引いてもビクともせん。歪んでるなんてもんじゃねぇぞ?」

「ちょっとしたコツがあるんですよ。まーまー、おじさん。いいから飲んで飲んで」


 カリギュラ、ヒラリー、カルラ、ギルバート。4人家族の団欒に巻き込まれる形で相伴に与り、カリギュラの酒をカリギュラに薦めて、あとは鹿肉を貪る。一家との懇親よりもHP回復が大事だ。


「その……パメラはどうだ? ボチボチかと思ってな……」

「大丈夫、大丈夫ぅ。まだ生きてますよ」

「……飯が喉を通らんだろ?」

「料理長に病人食を教わりました。意外と入るもんですよ」


 魔力欠乏を見たことがあるらしいカリギュラは納得していない様子だけど、そこは各家庭の事情があるから踏み込んで来ないで。お宅の肉はもらうけど。


「実はな……コイツの母親もそうだったんだ」

「親父、シキが大丈夫って言ってんだからいいじゃんか」

「へぇ〜。先輩のお母さんって?」

「俺と同じ傭兵だった。衛生兵でな……」


 回復魔法使いは貴重なので後方支援に徹していたらしいが、MP管理をミスって魔力欠乏に陥り、ポーションが手に入らず衰弱死したと言う。


「責任感の強いヤツでなぁ。あれはカルラの鑑定直前で――」

「親父! お袋の話はいいから! 酔ってんの?」

「だってよぅ……お前さんがドンドンとルリに似てきてよ~ぅ……」

「それ! 10年前からずっと言われてるから!」

「お父さん? 泣いてるの? おなか痛い?」

「ギル。それは泣き上戸って言うんだよ」

「シキ……アンタはホント……それもパメラに教わったのかい?」

「シキちゃん、スゴいねぇ!」

「ギル。これは一般常識って言うんだよ」

「お母さーん! ボクにもちゃんと教えて! イッパンジョーチキ!」

「……どうでもいい常識さ」

「うぉおおお〜ん!」

「親父! うるさい!」


 意外と酒に弱かったカリギュラは何故か「今日は祝いだ!」と叫んで飲み続け、やがて絡み酒にシフトした。


 絡む相手はもちろんわたし。この飲兵衛ウザいなぁ。


「シキぃ~……ウィック! お前さんはウチに来ぉい! ウィック! これ以上は見てられ~ん!」

「なんで? 配給のパンはもらってるよ?」

「まぁ~だ3才だろうが……ウィック! こんなん狂っとる!」

「狂ってるって言われてもなー。メイドの仕事なんて3歳児でもできるってことじゃーん?」

「シキ? 私をバカにしてんのか?」

「いえいえ、もちろん先輩のご指導の賜物ですとも」

「指導ってほんの数日でしょ!? ホントあり得ないから!」

「お母さん! ボクもメイドさんになるぅ!」

「ギル〜? メイドは女の子しかなれないんだよ〜」

「ギルぅ~……ウィック! お前さんはもうちっとシャンとせんかぁ!」

「ちょっとあなた! ギルに絡まないでちょうだい!」


 怒り上戸という感じでもないけどカリギュラのボルテージは上がっていき、めんどくさい暑苦しさでギルバートに説教を始めた。


 曰く、男は強くなければいけない。男は女を守るもの。男なら好きな女は死んでも守れ。


 でなきゃ死ね的な脳筋の論理で熱弁してるけどさ、それは自分の失敗を棚上げにした妄言だよね?


「いいかぁ~ギル? よぉく聞け。シキはなぁ~……コイツぁとんでもねぇタマだ」

「シキちゃんは玉なの?」

「おうよ……しかもツラは親譲り……間違いなく上玉になるぅ」

「ジョーダマって何?」


 やめときなよカリギュラ。それはヒラリーの地雷だよ。


「シキが他の野郎に取られてもいいのかぁ!?」

「ヤロー? とられるって?」

「親父……ギルには早い。まだわからないさ」


 そうだそうだ。カルラの言うとおり、4歳児には早すぎる。


「シキみたいな化け物と比べちゃ可哀想だ」


 おいコラ。なんだその言い草は? こんなにキャワゆい美幼女のどこがバケモンだって? MPか?

 

「ボクだってわかるもん! 早くないもん!」

「そうだ! ギルだって立派な男だ! 本能で理解しとる!」

「そうだよ! ボクわかるもん! カル姉のバカ!」

「あ? 誰がバカだって? お前さんに何がわかってるって?」


 そうだよギルバート。何がわかってるか言ってご覧なさい。ほら早く。


「シキちゃんが遊んでくれなくなる!」


 おぅ……意外とポイント突いてるじゃんか。そうさ、大人になると遊びの幅が広がるのさ。特に男女の場合はね。


「ギル! 俺に任せろ! お前さんをモテる男にしてやる!」

「ホント!? そしたらシキちゃんと遊べる!?」

「おう! 朝から晩までシッポリと遊べるぞ~ぅ!」

「あなた! ギルに変なこと教えないでちょうだい!」


 そうだ。ギルバートに変なこと教えるな。世間知らずのガキンチョには20年早い。


 ていうかさ、わたしを餌にしてヤル気スイッチ押そうとしないでくれる? 単純な子供はすぐ真に受けるから。


「いいか! 強い男はモテる! 魔法使いみたいなヒョロガリじゃダメだ! 男なら物理一択だ!」

「ブツリって何!?」

「HPだ! 物攻だ! 物防だ! これが高いヤツは強い! この世の真理だぁ!」

「ブツブツがエラいんだね! どうやったら高くなるの!?」


 ハイハイ。もう何が言いたいかわかった。残念ながら脳みそ筋肉は趣味じゃないんだ。肉を食べさせてくれるならあえて言わないけど。


「筋肉を付けろ! 筋肉はすべてを解決する!」

「わかった! ボク、筋肉になる!」

「……アタシは優しくてクレバーでウィットに富んだスマートな男がいいけど?」

「先輩? それって料理長のことですかぁ?」

「は、はぁああ~? 何言ってんだよシキぃ~? えっ……いや……マジで何言ってんの?」

「わかった! ボク、優しくてクレバアでウィックでシュマートな筋肉になる!」


 おぅ……それは……むぅ……ひょっとして、かなりポイント高い? ギルバートがクレバーに育つとは思えないし、ウィックは酔っ払いの掛け声みたいなもんだし、スマートと筋肉が共存できるかは謎だけど。


「よし! 筋肉はお父さんに任せろ! 明日から修行だ!」

「はい! お父さん!」

「お父さんじゃない! 師匠と呼べぃ!」

「はい! シショー!」


 修行って……どっかの戦闘民族みたいなこと言い出したよ。


 アレ何だっけ? 満月見たら巨大化して暴れたり……仲間が殺されたら怒って変身したり……なんかの玉を集めて生き返ったり? 前世のわたしってどんだけヤバい世界に生きてたの?


「とりあえず獣化後の獣族を目指す! そんくらいの筋肉が無きゃあ竜族とはやり合えんからなぁ!」

「はい! シショー!」


 えっ? 獣族ってそうなの? 狼男的な?


 獣族の中にも色々と種類があるそうで、イヌ科ならイヌ科、ネコ科ならネコ科の部族単位に分かれて独特の社会生活を営んでいる。


 普段は直立二足歩行する獣の姿をしているが、イザとなったら『獣化』というスキルを使って理性を捨てた獣と化し、物攻と敏速にものを言わせて襲い掛かってくる。


 1対1の戦法としてはまず初撃を受け止めて耐え抜き、カウンターで急所を突くのが常道。戦争時はブチ切れた烏合の衆となるため戦術に嵌めやすいとか。


 ちなみにフィジカル最強は竜族。5種族の中でも特にプライドが高く、竜族でなければ人じゃないとガチで思っているらしい。


 空飛ぶ翼を持ち、鉄より硬いウロコに覆われ、鋭い爪と牙はあらゆる鎧を切り裂き貫く。魔防が極めて高いため魔法も効かない最強種だが、何故か幼少期のある時期に大量死するため数は多くない。


 だったらMPと魔攻も高いはずだと思って尋ねてみれば、竜族は魔法を外法だと考えているから死んでもスクロールに頼らず、生来のスキル『ブレス』に絶対の自信を持っていて、実際とんでもない威力の豪火炎を吐くのだとか。


「竜族を相手に死ななきゃ1人前だぁ~! ウィック!」

「はい! シショー!」


 ほろ酔い気分でウンチクを垂れ流すカリギュラの武勇伝を要約すると、そんな感じだった。


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