第9話 劇的ビフォーアフター
キャベツを刻みながらちょくちょく口に放り込み、今日もわたしはHP回復に努めていた。
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暦:魔幻4016/10/0 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:62/91
MP:212/83720
物理攻撃能力:35
物理防御能力:43
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:78
スキル
『愚者LV4』『魔術師LV1』
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「オマエ、つまみ食いすんなよ」
「ゴクン……してないよ」
わたしは鑑定前なのでMPがわからない。だから魔法を使う仕事はできない、ということになっている。
ポールの手伝いはメイドたちみんなの狙い目。今まではメイデンの手の者を順繰りに充てがうサイクルが出来ていたのだけど、最近の奴らは落ち目だ。
「今、なんか飲み込んだろ?」
「唾だよ」
誰がやっても角が立つ。だったらソッチ方面の進展があり得ない人間を充てればいいじゃないかと、カルラがわたしを推薦してくれた。
そりゃそうでしょうよ。3歳児に欲情する男なんか……世の中には居るのかもしれないけど、少なくともポールに幼女趣味の気は無いということで、ほぼ全員の納得を得てわたしが抜擢されたわけだ。
食べ物に近づけるならわたしにも文句は無いので、これはウィンウィンの状況というやつだね。ポールがどうだかは知らないけど。
「今日は満月だよね?」
「おう。絶品オムレッツ食わせてやるから、いつ食うか考えとけ」
「やった~!」
毎月0日、満月の日には、いつものパンと一緒に特別なご馳走が振る舞われる。
わたしの大好物になったオムレッツはポールの得意料理の1つ。実家に代々伝わる秘伝の卵料理とのことで、絶妙な加減に焼き上げられた卵は外がフワっと中がトロっと、砂糖を使わず女子ウケする味に仕立ててくるからズルい。
そういえば……はて? パメラと半分こした時に見たあのトロっと感……ずっと前にもどこかで見たことがあったような? 味や舌触りに覚えは無いんだけど……前世の何かで……ん~?
「まっ、人月に感謝しとけよ」
常日頃から妙だと感じていたステ暦の変な日付はどうやら月齢――月齢0で満月じゃ真逆だろうとも思うけど、最も大きく真ん中に浮かぶ人月の満ち欠けを基準にしたものらしい。
そもそもアレらは本当に月なのか? だって満ち欠けのタイミングが全部ズレてるし、常に同じ位置で止まってるし、人月の自転は目に見えて速い。
デ〇スターとか、そういう類いの巨大兵器だと言われた方がしっくりくる。そのように考えると落涙は宇宙人の侵略と取れなくもないからロマンがあって面白い。
「なんで人月が大事なの?」
「人月教会の説法、聞いたこと無いか? 月の大きさは神々の力関係そのもの。特に満月は、そんだけ人神様が下界を見てくださってる証なんだと」
「わかった。だからメイド長も大人しいんだね?」
「はぁ〜、シキよ……いいか? 人月ってのは泣かないんだ」
「らしいね。だから何?」
「オマエもそういう女になれってこった」
「意味わかんない。わたしほど泣かない子供は滅多にいないよ?」
そういうわけで、人族は5つの月の中でも一際大きな人月に誇りみたいなものを抱いているらしい。5種族の中で最弱のくせに。
人月が満ちる日には善行を成すのが良いとされていて、その流れで使用人も美味しいものにありつけるというわけだ。神様が見てるからシグムントも予算を組む。人神様にガン見されてるから。
あれ? でもアイツ……満月の夜にも夜這いに来てたよな?
神様、クソ野郎にはちゃんと天罰をお与えください。わたしがそうだって? いやぁ~、照れるなぁ~。
「オムレッツは帰ってから食べるから、この容器に入れといて」
「なんだコレ? こんなの見たことねぇぞ?」
「河原で拾った」
シリコーンの開発過程で出来たプラスチックを使った弁当箱。フタの縁に付けた溝へシリコーンのパッキンを嵌めることでシール性も高い自信作だけど、バスタブ製作の練習で作ったミニチュアを少しイジっただけだ。
定番のホーローも考えたんだけど、アレって中身は鉄やアルミ……金属だからね。そこいらの土や石にはあまり含まれてなかった。それに金属って重いし、ひ弱なわたしの場合はMP消費よりも持ち運びが難点。
大物を作るには向かないということで、プラスチック製の母材にシリカを主成分とするガラス被膜でコーティングすることにした。珪素なら何処にでもあるし、ホーローの芯が金属なのは釉薬を高温で焼き付けるため。魔法を上手く使えば加熱無しでもイケると思ってやってみたら出来た。
「シキ!」
「うぇ……メイド長……お疲れ様でっす」
「真面目にやってるだろうねぇ? えぇ?」
「モチのロンです」
スタタタタタタっと包丁が霞む早業でキャベツを千切りにして次の玉へ。ポールの指示がザク切りだろうと手数で働いてる感を演出した。
「アンタ……何か忘れてやしないか?」
「はい? 何のことでしょう?」
「蔵の掃除だよ! いい加減におし!」
ちっ……覚えてやがったか。このまま自然消滅するかと思ってたのに。
せっかくの厨房担当なのに、メイデンが背後から睨みを利かせているせいでつまみ食いもできない。
満月の日だってのに……善行しろよ、神様が見てんぞ?
メイデンの鋭い視線を背中に浴びながらキャベツ10玉を千切りの山に変えたところで、中途半端にしていた仕事を済ませに土蔵へ向かう。
「あとで取りに来い……」
「はーい……」
ポールと目配せしてオムレッツの予約を確認し、メイデンの眼光に押されるように厨房から追い出されてしまった。
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暦:魔幻4016/10/0 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:65/91
MP:232/83720
物理攻撃能力:35
物理防御能力:43
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:80
スキル
『愚者LV4』『魔術師LV1』『サウザンドスラッシュLV1』
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神様? 千切りですか? 敏速80以上で千切りしたからですか?
満月デーだけあって良く見てくださってるようで、恐縮です。
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暗季のムンドゥスでは月明かりが頼りだけど、屋内は外より暗い。明季と比べれば真っ暗と言っても過言ではなく、壁の各所に設けられた燭台の灯りが無ければまともに動けやしない。
「怖っ……だから3歳児にやらすなよぉ……」
朽ちかけた土蔵は壁の燭台も腐れ落ち、中は墨汁みたいな闇を湛えていて、如何にもホラーな感じになっていた。
「せめて明季まで待ってくんないかなぁ……はぁ」
あまり人が寄り付かない場所だとしても別邸の敷地内。できれば魔法は使いたくないのだけれど、こうなったら仕方ない。
「――照明」
荒屋で作業中に使っている照明魔法。普通は目標を目掛けて飛んでいく『ファイアボール』を滞空させておくだけの魔法だ。
「…………」
すぐに魔法を消して扉を閉めた。もうここに来なくていいことに安堵しながら、わたしは荒屋へ向かう。
メイデンの命令に従って来たのだから、掃除を早めに終えてサボる分には問題ない。今のうちにパメラをお風呂に入れてあげよう。
玄関の引き戸を通り過ぎ、裏手の壁に手を当てて「――分解」壁の一画が崩れてわたしがギリギリ通れる程度の穴が空く。
「ただいま、お母さん。一時帰宅したよ」
レンズみたいに丸みをつけた天窓ガラスが月明かりを取り込んで拡散し、薄ら青い光に満ちるワンルーム。
荒屋の外観はそのままに内装は大幅な改装を施し、床や壁はケイカル板に置き換えた。あとは壁紙を貼れば完成だけど、どんな柄にするか決まらないから保留で。
「結構あったかいでしょ? 冬はこれだけだと厳しいけど、暗季は冬ほど寒くないから大丈夫」
ケイ酸質や消石灰、木材パルプなどの補強繊維を主原料としたケイ酸カルシウム板は耐火性と耐水性を兼ね備えている。不燃建築材料として耐火効果に優れた板を何重にも重ねてあるから肌寒い暗季も安心快適。
軒天にも使っているので雨水や日差しから家屋を守り、さらに屋根裏を換気する効果があり、さらにさらに火災時の延焼を防止する効果もあるからトチ狂ったメイデンの焼き討ちにも落ち着いて対処できる。
耐水性にも優れていて湿気が籠らずカビも生えにくい。毎日「――換気」空気を入れ替えているし、1年以上引きこもっても変な病気に罹るリスクは減らせるはず。
「誰も来なかった? まぁ、誰が来ても大丈夫だから安心してね」
もちろん強盗やレイプ魔に対する備えも万全。そもそも出入口が無いから、よほどの悪意ある者でない限り訪問を諦める。
玄関の外観をそのままに強度のある鍵を設置する方法が思いつかなかった。だから引き戸は内側から固めて、シキちゃん印の最強装甲版で目張りしてある。ボロい土壁を崩せば現れる黒い壁がそれだ。
「ふふふっ……現時点での魔術師シキちゃんの最高傑作だから。見えない場所への魔法行使はできないことも確認済みだしね」
ケイカル板のさらに外側には厚さ50mmの炭化ケイ素複合装甲で全体を覆ってある。
1400℃以上の高温にも耐え、熱衝撃にも強く化学的安定性も非常に優れていて、ファインセラミックスの中でも高い耐食性を備えた素材。
一般構造用圧延鋼材の曲げ強さが250MPa程度なのに対して、こちらは400MPaを誇る。あと、メッチャ硬い。炭化ケイ素は地球上で3番目に硬い化合物だから。
はて? 地球とは? 前世のわたしが過ごした世界だろうか?
なんと言っても軽いのが長所。比重が鉄の半分以下しかないから魔法で扱いやすい。
ただし、セラミックだけだと脆いから衝撃吸収シリコーンを挟んでミルフィーユみたいに何枚か重ねてある。だから複合装甲と銘打ってみたんだけど、試作段階としては十分すぎるコストパフォーマンスを実現できたと自負している。
換気口は必要なので完全無欠の鉄壁防御とはいかないけど、少なくとも人間の入り込める隙間は無い。製作者のわたしなら丸ごと分解できるけどね。
怖いのはわたしと同じように魔法を行使できる魔法使いの存在だけど、そんなスゴイ人がこの辺に居るとも思えないから平気でしょ。
わたしはわたしを結構スゴイと思っているから。『愚者LV4』の効果なのかは知らないけど、自己肯定感がスゴいんだコレが。
「お風呂沸かすねぇ〜。一緒に入ろ?」
白いフローリングの一画にはプラスチックホーローのバスタブ。そこへ頭を突っ込み、魔法で200Lのお湯を作って注ぎ入れる。
「ケホ……一気に乾燥した」
やはり虚空から湧き出しているのではなく空気中の水分を掻き集めて液化しているらしい。『換気』を使ったつもりはないのに外気が流れ込んでくる。
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暦:魔幻4016/10/0 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:63/91
MP:70/83720
物理攻撃能力:35
物理防御能力:43
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:80
スキル
『愚者LV5』『魔術師LV1』『サウザンドスラッシュLV1』
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「……お辞儀したんだけどなぁ。精製と加熱のダブルパンチ?」
水は普通に川から引いた方が良さそうだね。水道か……MP足りるかなぁ?
パメラをベッドから引っ張ってバスタブへ連れて行き、四苦八苦しながら服を脱がせて何とかお風呂に入れた。
「ふぅ〜……あー、気持ちいいねぇ」
浅めに作っておいて正解。物攻の低さが怨めしいなホント。
「お母さん。土蔵の掃除、代わりにやってくれてありがとう」
愚者レベルが5に上がったのはMPを使い過ぎたから――ではないと思う。
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