第8話 魔法という技術
「あっははははは! やっぱりね! おかしいと思ったんだ!」
自分へ頭を下げる者に便宜を図るなんて、そんなの神様がやることじゃない。
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暦:魔幻4016/9/28 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:52/90
MP:82693/83720
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:72
スキル
『愚者LV4』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』
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たぶん丑三つ時?
暗さ加減が変わらないから前世の時間感覚が壊れ始めているけど、とりあえず日付が変わってからも魔法を使いまくって謎解きに集中した結果、MPを1000ほど費やすことになった。
とはいえ、タネも仕掛けも、魅せ方すら知らずに舞台へ上がるマジシャンは居ないのだから、これは必要な出費だ。
「単位あたりの魔法に掛かるコストに個人差は無い……たぶん。ただし、使い方次第で大きく変化する……むぅ」
拝みながら使うというジンクスが生まれるのも当然だ。
だって、距離に応じて消費MPが変わるんだから。同じ『ウォータ』でも頭を下げて目の前に出すか、突き出した手の先に出すかでコストが違う。
「たぶん脳みそからの距離……かな? 頭下げた分だけ手元に近くなるもんね」
また、1回の『ウォータ』で生み出せる水の量はイメージ次第で変えられる。MPの消費量はイメージに引きずられて増減する。
500mlの水を5回出すのと2.5Lの水を1回出すの。これは当然な気もするけど、どちらも同じ消費量だった。
「これに気付くまで結構ムダ打ちしちゃったなぁ。あ〜、もったいない、もったいない。MPもったいないオバケが出ぇるぅぞぉ〜」
消費MP1以上の魔法じゃないと目に見えてステータスに表れないので実験にならない。この単純な事実に気付いてからは随分と捗った。分量を増やせばMP消費量も増えるので計算上の誤差を小さくできる。
「お辞儀ウォーター5Lのコストが2。そしてぇ〜……――ウォータ」
顔を上げて視線を前に。右手を突き出し、その先の空間に焦点を合わせて『ウォータ』を唱えると――、
「同じ5Lでも39MP……距離エグイなぁ」
5メートルくらい先の空中にイメージどおりの水の玉が現れ、河原にバシャンと落ちた。
同じ魔法を少し離れた場所に顕現させるだけでコストが約20倍に割増しされるってことだ。
遥か遠くから大魔法を連発してきたっていう妖精族はどんだけ大きなMPを持っていたのかな? 最年長の妖精族が何歳なのか気になるところだね。
「問題は属性別の違いか……よくわからんよコレは」
まともな神経なら魔法の試し打ちなんて考えもしないだろう。計算上、最大MP1500の平民は日々の回復量が3程度しかない。
一方、最大MP8万超えのわたしは毎日150以上も回復できる。このアドバンテージは殊更に大きい。
「火と風はMP消費が小さいんだよ……小さすぎるぐらい」
指先から火炎放射器。やってみましたとも。
川に向かってデカい『ファイア』を出してみたのだけど、1分くらい出し続けて消費したMPはたったの2。
行使時間に連れてコストが急上昇するような事も無く、『ファイア』はMPを消費しないと言ったカルラの見解は感覚的には正しいように思う。
「ファイア……ファイア……ファイア……うーん? あっ、もしかして……――火炎放射器」
10メートル先にある空間の一点から湧き出した大きな炎が水面を舐める。
やっぱりだ。イメージさえしっかり持っていれば呪文は何でもいいらしい。
山火事に注意しながら遠隔で『火炎放射器』を1分ほど放ち続けてみた。
「へぇ……魔法の発生点までの距離が変数なのかな?」
今度は消費MPが10に増えた。起点からぐるりと360°旋回させてもコストは変わらない。
「へへへっ……これは使える」
犯人がわたしとはバレず、MPもほとんど消費せず、きちんと火加減すればお手軽にメイデンの鷲鼻とレナードのチョビ髭を焼けるわけだ。
いや、別にやらないけどさ。イザとなったらできるってのが重要だと思うんだよ。
「水魔法と土魔法のコストは大きいよね。火や風に比べると……うーん……」
初級土魔法『ストーン』は壁のヒビ割れを直せる。その用途がショボい想像力しか持たないパンピー特有のものであることは明らかだが、ヒビというのは壁の隙間、すなわち空間である。
「ヒビに土を充填? いや、違うっぽい……繋ぎ直す感じ?」
手を突き出して『ストーン』を唱えても空気中に石や土は生じない。割れた石を手に持ってやってみると石の割れ目が塞がった。
「あー、なるほど。魔法の原理は不明だけど、無から有は生じないか」
それはあってはならない。神様が最優先で潰しておくべき可能性だ。
「…………――ファイア」
水に指先を浸けて水中で『ファイア』――不発。水の中で燃える炎がイメージできないからだろうか?
いや、違う。燃焼の3要素が揃わなければ火は生じない。これは摂理だ。
「…………――ストーン」
今度は川底の石を拾ってイメージどおりに土魔法を行使すると、水中で小さな爆発を生じた。
燃焼を広義に捉えてイメージし、アルカリ金属と水の急激な酸化反応であれば魔法で再現できた。これも摂理だ。
「川の石に……ナトリウム? 多少は含まれてるのかな?」
土魔法が肝になりそう。
「…………――ストーン」
今度は水に土魔法。ゴポゴポ湧き立つ泡が流れる。
「――ファイア」
直後に火魔法。ボブっと鳴って水面が爆ぜた。
先ほどと同じ水素の燃焼だが、こちらは水を水素と酸素に分解してから熱を加えた結果なので過程が違う。
「…………――ウインド」
水中で風魔法。川の流れが一部逆流して渦を巻く。
流体にだけ作用するのかな? あー、塵サイズの微粒子にも有効か。
洗濯物を乾燥したいなら『ウインド』じゃ効率悪い……あっ、でも時間あたりの消費MPは少なくて済むか。
メイドの知恵ってのも案外バカにできないものだ。
「なぁんだ。属性魔法は本質的にどれも一緒。魔族がわざと分類した……たぶん」
魔法というのはこの基礎が、つまり初級スクロールの教えるコツがすべてだ。それ以上のお高いスクロールはパッチを当てているに過ぎない。
「だから、ほら……――ウインドカッター」
風魔法で空気中の分子を操り、小枝の周りに一瞬で局所的な真空を作ってやれば、あとは反動で起きた衝撃波が小枝を断ち切る。見た目には風で切ったように見えるだろう。
カリギュラの剪定魔法は庭木の周りで小さな真空の領域を連続的に創り出していたわけだ。
「検証終了。わたしの仮説は――」
火魔法:任意の物質を振動させる。
水魔法:任意の物質を結合させる。
風魔法:任意の物質の移動させる。
土魔法:任意の物質を分離させる。
同じ原則に則って定義してみた。
これなら属性別のMP消費量の差異にも説明を付けられるが、実際のところは属性なんて種別自体が無いのだろう。各種スクロールの内容もこの定義のとおりではあり得ない。
窒素分子を振動させても火は生じないのだから、可燃ガスの分子を作るか持ってくるかしなければならない。初級火魔法のスクロールには最低でも『ファイア』を使えるだけのコツが盛り込まれているはず。
「みんな無自覚に複合して使ってる。MP消費量は対象のモル数? 分子量かな?」
魔法の影響を受ける物質の質量に比例すると考えて良さそう。
「距離は……うーん……まだわからんね」
装置も触媒も無しにこんな現象を引き起こす技術を絵に描いて伝授するとは。魔族ってのはヤバい連中だ。
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暦:魔幻4016/9/28 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:50/90
MP:81565/83720
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:72
スキル
『愚者LV4』『魔術師LV1』
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おおっ! 魔術師とな! これは正解っぽい!
だったら柔らかいカテーテルだって作れそうじゃない? 土壌には珪素、つまりはシリコーンの材料が豊富に含まれているじゃないか。
わたしってばヤッバいなぁ〜。聞いたこともない知識がジャンジャン溢れてくるよ。もしかして前世はかなりのインテリだった?
「ガラスは楽勝。お〜、樹脂っぽいのできた!」
土魔法で河原の小石を分解してSiを選り分け、水魔法でO2と結合しシリコンの主骨格となるシロキサン結合を作り、アレコレと肉付けして弄くり回し、火魔法で加熱やら冷却やら――色々と試すこと数時間。
「やったー! プニプニ〜! あっははははは!」
シリコーンらしき物ができた。火・水・風・土という属性を無視してやり繰りすれば何でもできる。
まさか電子顕微鏡も使わずに0.1nmの原子を知覚し、何の元素か判定し、分子レベルで動かせるとは。
これぞ魔法の真髄。それを最初に教えちゃう大盤振る舞い。会いたくないけど魔族バンザイ。
出来上がったシリコーンを引き伸ばしてみょんみょんしながら、どんな風に成形しようかイメージを膨らませる。
「……尿道カテーテルの内径ってどのくらい?」
前世のわたしも何でも知ってるわけじゃなかったらしい。そりゃそうか。
物質を思いのままに操り変化させる魔法はまさに錬金術そのもの。求められるものは所要MPと、精密で確固たるイメージを維持し続ける集中力。
分子配列の組み換え作業はとても難しいけど、同時にメッチャ面白い。コレがあればチートなんか要らんでしょ。
**********
「ふわぁ〜……むにゃむにゃ……んふふ〜♪ 」
超眠い。HPは5割を切ってお腹ペコペコ。だけど気分は最高潮。
「シキ〜! おっはよぅ!」
「あっ、カルラ先輩。おはようございます。なんでご機嫌?」
「え〜? べっつに〜? でも、そう見えるか? そうかそうか! はははっ!」
わかりやすいなぁ〜。絶対なんかあったでしょ?
まぁ、わたしも良い気分だから他人の幸福を見て羨むようなことは無いさ。今朝はパメラの胃に温かいスープを流し込めたからね。間接口移しだけど。
実際にやるとなかなか上手く入らなかった。シリコーン製のチューブを鼻から食道に通しても背圧?的なもので押し戻されて、漏斗に注ぐだけではスムーズに胃袋へ納まってくれない。
「さあ! 今日も頑張って働くよ!」
「はーい」
とはいえ、状況は格段に改善した。とりあえずパメラの食事はあのやり方でいいでしょ。お次は荒屋のリフォームだけど……どうするかな。
バイタリティーの足らないわたしでは寝たきりの大人を担いで山道を歩くなんて無理。荒屋では体を拭くぐらいしかできなくて、水浴びの機会を絶たれた人間は衛生面で問題がある。
要するにパメラ臭い。本人が聞いたら怒るだろうけど。
「お風呂が欲しいよぉ……」
「気持ちはわかるけどやめときな。後悔するよ?」
屋敷にはデカい浴場もある。もちろん使用人が使わせてもらえるものじゃないけど……わたしだって知ってんだからな?
メイデン一派のメイド連中がたまに使っている。漏れなくレナードの背中を流す作業が付いてくるけど、それでもお風呂は魅力的だということだ。
「…………けっ」
一体どの口でパメラを売女呼ばわりするかね。
シグムントとレナード。わたしならどっちも絶対お断りだけど、どっちか選ばなきゃ死ぬとなったら……むぅ。
「ちっ……クソ野郎……」
「どした? 急に不機嫌か?」
パメラに1票……入れざるを得まい。
一応、わたしという美幼女の父親だけはあるってこと。
悔しいぞ、チクショウめ。
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