第7話 幼女メイドの仕事終わり
カルラからメイドの仕事を一通り教わったところで本日の『昼』の時間が終了した。割り振られた仕事を終えていれば、ここから先は自由な時間だ。
日出と日没の間隔が極端に長く、月は浮き沈みせず、ちゃんとした時計も無いここではステ暦の昼夜以外に時刻の目安となるものが無い。だから、基本的には誰もがそれに従って生活している。
腹時計とMPの回復具合から見て『昼』と『夜』の時間は半々だと思うのだけど、それもハッキリしたものじゃない。『夜』の半分は寝ているし、厳密に言えば同じ初期量aは一瞬たりとも無いのだから当然だ。
「やっぱ時計が無いとやりにくいなぁ……サボり易いから別にいいけど」
今日はざっと見学しただけなので特に何をしたわけでもないのだが、公私の境が明確なようでいて曖昧な職場には無駄が多い。
「みんな時間にルーズなんだよねぇ。なんでポールは延々と少量のご飯を作り続けてるわけ? 食事時を決めちゃえば……あー、いつ?ってなるか」
1日は24時間だと思うんだけど、感覚的に前世の世界と変わらないような気がするだけなので何とも言えない。
まだ厨房に用事があると言うカルラと別れて屋敷をあとにし、庭師小屋へ向かう道の中程、庭木の隙間にのそりとした赤毛が見えた。
「あっ、おじさん。ちょっといい?」
「んお? シキか」
仕事帰りのカリギュラと鉢合わせた。お宅まで行ってしまうとギルバートがウザいからちょうどいい。
「メイド服、なかなか似合ってんじゃねぇか。初仕事はどうだった?」
「別に。今日は見てただけ」
マス3匹を支払った相談はとても安い買い物だった。お腹が空いたわたしにとっては真実の宝物だったけど、我慢しただけの見返りはあったから良しとしよう。
屋敷で働く以上ある程度の嫌がらせは覚悟していたのだが、わたしに対するメイド連中の風当たりが思いの外、緩かったのだ。
不思議に思ってポールに聞いてみると、カルラがメイド服を仕立てる3日間の内にカリギュラは屋敷へ乗り込み、メイデンを筆頭とした一部のメイドたちに忠告してくれていたらしい。
「ありがとうございました」
「あん? 何のことだ?」
わたしに変なちょっかい出したら殺す。シグムントに直訴して許可は取ってあるから容赦しない。
「おじさんは最強だもんね!」
「わはははっ! 何のことかは知らねぇが、あたぼうよぉ!」
権力はレナードの方が上だろうけど、この別邸で物理的に最強なのは間違いなくカリギュラだ。誰が見ても当たり前のことで、その彼からガチで脅されれば性悪メイドなんか黙るしかない。
「「わぁ~はははははっ!」」
使用人たちにとって、パメラが魔力欠乏で倒れた事実は無視できない大事だった。明日は我が身になりかねない大事件で、被害者の虚偽申告なんか腹の内では誰も信じていなかった。
矛先が消えたことでメイデン一派がどう動くか? レナードの進退は? シグムントはこのまま静観するのか?
みんなが神経を尖らせていたところに、てっきりお払い箱だと思われたわたしの雇入れとカリギュラの直訴が重なった。結果、別邸内の力関係が大きく変化し、レナードとメイデンの横暴が弱まったのだ。
普通に働いていただけの大多数の使用人にとっては良い方向に流れが変わり、少なくとも積極的にわたしをイジメる人間は居なくなった。
おかげで心置きなく稼ぎ、パメラを介護し、こっそりと魔法を研究することができる。
ただ、魔法については心配事もあって、これは誰のせいでもないから文句も言えない。
どう考えても、魔攻が高すぎる。
カルラの最大MPが1500ってことは魔攻も1500でしょ? たぶん勘違いだと思うけど消費MP1未満であの火力でしょ? わたしの魔攻は彼女の55倍超だよ? 火種がちょっとした火炎放射器になっちゃうんじゃない?
ということで、とりあえずカリギュラの魔法ウンチクを聞きに来たってわけ。他に攻撃魔法を使ってる使用人なんか居ないからさ。
「教えて? 初級火魔法でファイアボールは出せないの?」
「生活魔法を覚えたのか? まぁ、教えてやるが……鑑定までは使うなよ?」
「はーい」
屋敷を焼き討ちしないためにもまずは情報収集。ポーションの時のような失敗を繰り返さないことが大切だ。
「アレは中級だ」
「ウインドカッターは?」
「アレも中級」
どっちも遠くに飛ばすタイプの攻撃魔法。スクロールで中級魔法を習得しなければ使えないらしい。
「でもさ、おじさんはファイアも使ってるよね? 一服する時とか」
「そりゃ初級を覚えなきゃ中級は覚えられんからな」
カリギュラの魔法スキルの構成は『中級火魔法』『初級水魔法』『中級風魔法』『初級土魔法』だと言う。
「ん? 初級火魔法は?」
「中級を覚えたんだから当然だろ」
「でもファイアは初級魔法だよね? なんで?」
「なんでって言われてもな。魔法ってのはそういうもんだ」
イメージを固めて呪文を唱え、魔力を注げば出ると、カルラはそう言っていたし実際そうだった。
スクロールの模様を見てステータスを思い浮かべた瞬間、頭に流れ込んできた感覚的な何かが手品のタネだと思うんだけど、アレが魔法のイメージなのかな? ていうか『ファイア』って呪文なの?
「おじさんのウインドカッターはウインドカッターなの?」
「そうだぞ」
「でも飛んでないよね? 庭木の周りで渦巻いてるよね?」
「そういうイメージで使ってるからな」
「じゃあ、初級風魔法でもそういうイメージで使えるんじゃないの?」
「そう言われてもな……風で切るってのはコツが要ってだなぁ。なんて言やぁいいのか……難しいんだ。中級のスクロールを見ねぇことにはな」
イメージはできてもコツが掴めないと魔法は発動しないってことかな? そのコツを教えてくれるのがスクロールで、スクロールは段階的に難しい魔法を覚えるように作ってある。
「新製品を小出しにする電機メーカーみたいだね」
「なんだそりゃ? お前さん、たまに変なこと言うよな?」
魔族だって儲けなきゃいけないのだろうし、そういう商法は間違ってないし、別に悪いというわけでもないんだけど、なんか納得いかない。
「中級を覚えたら初級が消えたんだね? その時さ、ステのスキル欄はこんな感じになった?」
白紙になったスクロールの端っこに『初級火魔法 → 中級火魔法』と書いてカリギュラに見せた。
「字が書けるのか!? まだ鑑定してねぇのに!?」
「それはどうでもいいから、教えてよ」
普通は鑑定を経てステータスを得ることで文字の読み書きへと至るらしいが、そこは勉強しろよと思う。
生まれた時からステータス持ってるわたしが言うなって? あはは、そりゃそうだ。
「んー……いんや。こういう→は出なかったな」
「ふーん……教えてくれてありがとう」
問題は如何にも作為的なスクロールの製品ラインナップと、ステータスの表記が微妙に他と違う点か。
そもそも魔法スキルにはLVが無いからね……これは怪しいぞぉ? さあさあ、楽しくなって参りました。
魔法のトライアルは夜中にやるとして、とりあえずポールに習った病人食を作ってパメラの口に流し込もう。あー、忙しい忙しい。
**********
「やっぱダメだ……これじゃダメだ……」
わかってたよ。パン粉を混ぜたシャバシャバのスープでもダメだってことは。水もまともに飲んでくれないんだから。
この環境で栄養剤の点滴なんか絶対に不可能。胃腸の衰えを防ぐ意味でも鼻から胃までチューブを通すのが望ましいのだけど、そこそこ細くて柔軟で耐久性のある清潔な管が見つからない。
前世の知識が空回って確からしい方法だけはわかってしまうから余計にツラい。
シリコーンなんて贅沢は言わないからさ、せめて天然ゴムとか無いの? カテーテルがあれば下の世話も楽なんだけどなぁ。
なんて、パメラの食道と尿道に管を突っ込むことばかり考えているわたしだけど、これは冗談抜きで詰んでるんじゃないか?
爪の隙間に爪を差し込んでギリっとやっても無反応。極度に意識レベルの低い深昏睡には違いない。口に含ませた水もほとんど溢れちゃうし、下手すると窒息させてしまうから無理はできない。
「神様……ペナルティーが重すぎます」
MP全回復で目覚めるなら脳死ってわけじゃないだろうからインプットは知覚できているのかもしれないが、意識的に筋肉を動かせないなら植物状態と大差無い。
さあ、どうする?
もちろん大人しく諦めるシキちゃんではないさ。そして、わたしは愚者なのだ。緊急対応の策は一昨日から実践しているとも。
「お母さん……変なクセに目覚めちゃったらゴメンね? わたしも耐えるからさ……はぁ〜」
上がダメなら、下の口から食べればいいじゃない。
「グスっ……うぇえええ〜ん」
少なくとも水分は摂取できてる…………はず〜ぅ!
こんなこと長くは続かないってわかってるけど、わたしは自分の口を使ってパメラの菊門にスープを流し込んだ。
「チクショウ……! あんの〜……ジジババ!」
レナードとメイデン! アイツら絶対いつかギャフンと言わせてやるからな!
**********
パメラの介護、魔法で何とかならない?
荒屋を出て暗季の夜の森へ入り、裏山の川のずっと下流を目指して歩く。
夜中に暗い森へ分け入る3歳児。イノシシや熊に出くわしたらピンチだけど背に腹は代えられない。誰かに火炎放射器を見られたら絶対に面倒だ。
「この辺でいいかな」
右手を真っ直ぐに突き出して指先を川に向ける。
山火事になったら大変だし、お辞儀しながら至近距離で火炎放射器を使うバカは居ない。
スクロールから得たコツを頭に描き、カルラの『ファイア』をイメージして「――ファイア」と唱えた。
「…………ショボ」
期待はずれもいいところ。わたしの『ファイア』はカルラのと同じくらいのチョロ火だった。
いや、別に火炎放射器が欲しかったわけじゃないよ? それでメイデンたちをビビらせたら面白そうとか思ってないから。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/27 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:55/90
MP:83720/83720
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:72
スキル
『愚者LV4』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』
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カルラの自己申告と同じくMPが減っていない。これまでのパターンからして小数点未満ではちゃんと減っているのだろう。
「魔法はイメージどおりに具現化。消費MPは? 出力が同じなら……水魔法で試そう」
ステータスを思い浮かべつつ、カルラと同じ分量――大体500mlくらい?――をイメージして「――ウォータ、ウォータ、ウォータ、ウォータ、ウォータ」河原にジョッキ1杯分の『ウォータ』を5回連打した。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/27 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:55/90
MP:83717/83720
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83720
魔法防御能力:83719
敏捷速度能力:72
スキル
『愚者LV4』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』
――――――――――――――――――――
「神様! これは公正じゃないよ!」
ジョッキ5杯の水を出す魔法のコストは3MP。カルラは1だと言っていたのに。
「何故? 魔攻が高いと燃費が悪くなる……とか?」
わたしとカルラの違いは?
心身ステ将来性DNAなどなど色々とあるけど、魔法の扱いに関することに絞って考えてみると――。
「もしかして……いや、まさか……え〜?」
お辞儀しながら『ウォータ』を唱えると、まるで巨大な涙のようにボトンボトンと落ちた水が河原の石を叩く。
何度か繰り返した結果、ジョッキ5杯分の消費MPはたしかに1くらいだった。
「神様? 祈り具合で差をつけるのはどうなんです?」
魔法というこの手品には納得できない部分が多い。
パメラを上手に介護するためにも、徹底的に検証してやろうじゃないか。
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