第6話 生活魔法
パメラが倒れて3日後の朝を迎えた。
「シキ、出来たよ」
「ありがとう、カル姉さん」
カルラに頼んで1番小さいサイズのメイド服をさらに小さく仕立て直してもらい、いつもの半袖短パン(ギルバートのお古)から着替える。
あー、感無量だよ。
わたしは今世に産まれて初めてのスカートを履いて、美幼女の名に相応しい女の子っぽさを演出できている。これからは傷んだザンバラの髪もちゃんと整えて伸ばしていこう。
ただ、1つ文句があるとすれば――。
「乳袋のトコ、もっとゆったりさせて?」
「……お前さんのマセっぷりは化け物かい?」
「わたしは爆乳美少女メイドになるから。もう確定してるから」
「ははっ。まっ、その調子で旦那様までビビらせちまったんだから当然か」
シグムントには話を通した。これでレナードに文句を言われる筋合いは無い。誰も見たことも聞いたこともない3歳児ハウスメイドの誕生を祝おうではないか。
「カル姉さん、いいえ、カルラ先輩。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「……猛烈にギルの将来が心配になってきたよ」
カリギュラの庇護下から屋敷で働くカルラは別邸で最も自由な立場のメイドだと言える。
もちろんヒラリーの義娘としてのしがらみはあるし、庭師一家も決して裕福なわけじゃないけど、新米メイドのわたしが手本にするとすれば彼女を置いて他に居ない。
そうは言ってもパメラにはわたししか居ないんだけど、どこの世界でも親の介護は子供の仕事でしょうよ。シグムントのは絶対にしてやらない。
「お母さん、いってきます」
静かな寝息を立てるパメラに一声かけて気合を入れ直したわたしは荒屋の引き戸を開けて外に出て、即座に回れ右してショボい戸板の開閉を繰り返した。
「……何してんの? 行くよ?」
「先輩。よく考えたら、ウチには鍵もありません」
「今さらじゃない? これまで何事も無かったわけだし……」
「むぅ……不審者が開けたら串刺しになる仕掛けを考えなきゃ」
「やめろ」
あー、チートが欲しい。『錬金術』とかあれば鉄壁の荒屋に改造できそうなのに。
とりあえず荒屋のリフォームを優先課題に据えて、さあ、生活魔法をゲットしに行こう。
**********
顔面神経痛の前兆を感じながら、わたしは貼り付けた愛想笑いをキープする。
話はまったく進まないまま、かれこれ1時間……たぶんそのくらいの時間が経過していた。消えちゃった『忍耐LV6』が頼みの綱だよ。
「はぁ……ご当主は何をお考えなのか」
3歳児を1時間も立たせといて、自分はふかふかのソファーに座ってヤニを蒸かすチョビ髭爺ぃは似たようなセリフを繰り返している。シグムントからこの別邸を任されている家令のレナードだ。
「3才の幼児にメイドが務まろうはずもないではないか。ましてやスクロールを賜らせるなど……常軌を逸しておる」
それもう6回は聞いたよ? 全校集会の校長先生より話が長いし、内容も全然まとまってないじゃん。コイツ仕事できねぇな。
「わかっておるか? 本来ならパメラは死罪、お前は奴隷に落ちる。これが当たり前なのだぞ?」
はいはい、わかってますって。
余計なことしゃべるなってんでしょ? その馬鹿みたいな報告をシグムントが信じてるって? マジにそう思っちゃってるとかウケるんですけど?
そんな心配しなくても、すぐにはどうこうできませんから安心してください。すぐにはね。
「……幼子に諭しても意味は無いか。はぁ~……ご当主は何をお考えなのか」
はい、また元に戻った。7周目に突入しました。老いさらばえた脳内でわっかりやすい思考が無限ループしてるね。コイツのステータス気になるなぁ。
神様? なんで知力のパラメーターが無いんですか? 脳みその萎縮とともに減っていく数字を知ることも時には必要で……あっ、そっか。
ステータスの機能自体が知能に依存してるのかも。
普通の子供は10歳程度まで育ってないとインストールできなくて、この爺ぃの脳内ステータスがわたしの理解とはまったく違っちゃってるとすればどうだろう?
脳裏に浮かぶ数値がバグるんですね? OSが壊れてちゃ、どんなに優秀なアプリもまともに動かないみたいな? あるいは脳みそが数字を正しく認知できないとか?
レナードの中では儂凄ぇえ〜ってなってると。なるほどなぁ~。
「儂は先代様がご健在の頃よりキョアン家に仕えておるが、その儂の長い経験に照らしてもこれは異例中の異例であってだな……そも、このような事例は前例が無く、慣例の上でも――」
例例例例うるさ~い。もしかして〇〇例って言いたいだけ? だとしても7回目なんだけど?
あまりにも退屈だからステータスでも見て時間を潰そう。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/27 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:63/90
MP:83650/83650
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83650
魔法防御能力:83649
敏捷速度能力:70
スキル
『愚者LV3』
――――――――――――――――――――
神様? 愚者レベルが上がったんですけど……これって正解ってことでいいんでしょうか?
**********
雇い主に逆らう気概も無いくせに散々引っ張られた挙げ句、結局レナードは嫌々ながらスクロールを渡した。
生活魔法を覚えれば最低限メイドとして認められる……はずだ。
「やっぱり時間が掛かったねぇ」
「HPも減った気がします」
メイドの多くがわたしという面倒事を嫌がったために、目論見どおりカルラが指導係に付けられた。
「ホント……図太い子だよ」
我ながら天晴れだと思う。この状況を針の筵だと捉える神経を『愚者LV3』が許さないんだから仕方ないよね。
「コレ、どうすれば?」
顔面神経痛の果てに入手したスクロールは『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』と書かれた4つの巻物。
「普通はスクロールを開いてステータスを思い描けばスキル欄に加わるんだけど……お前さんの場合どうだろうねぇ」
カルラの言うとおりに『初級火魔法』のスクロールを開くと、紙面いっぱいに変な模様が描いてある。その模様を眺めながらステータスを思い浮かべただけでスキル欄に『初級火魔法』が追記された。
ナニコレ? こんなお手軽でいいの?
「スクロールの紋様が消えたってことは、習得できたってことでいいんかね」
「なんで消えたんです?」
「なんでって言われてもねぇ。スクロールってのはそういうもんさ」
1回こっきりの使い捨て。例によって人族にスクロールは作れず、魔族の国から輸入されているのだとか。
「争ってるのに変じゃないです?」
「5種族それぞれに得意分野としがらみがあるのさ。魔法は元を辿れば魔族の秘法だったって話だし、人族の奴隷はほとんどが魔大陸に輸出されるから」
魔族の国は別の大陸にあるそうで、そこには他種族の国は無いから近くに外敵が居ない。落涙のモンスターは別として。
「なんで奴隷を欲しがるんです?」
「魔族同士じゃ子供ができないんだと。種馬にしろ借り腹にしろ人族が最適だから、減りすぎると奴らとしても困るわけ」
だったら魔族=亜人族じゃないかと思えば、産まれる子供は100%青い肌と青い血を持つ純然たる魔族になるらしい。
魔族のDNAはメッチャ強いってこと? それとも人族のが弱いのかな? カルラは「デーエヌエー?」って首傾げてるけどさ。
「見た目が1番近いんだよ。美醜の感覚も人族と同じだから……お前さんも奴隷落ちしてりゃあ、いい値が付いたかもねぇ?」
「ヤバ……先輩が敵だった……」
「はははっ! やっとシキから1本取れたよ!」
まあ、そういうわけで、妖精族が侵攻してきた際に魔族は人族の味方をした。
もちろん後方から支援する形ではあったけど、10年前に魔大陸から大量のスクロールが供給されたことで市場価値が下がり、今でも捌き切れないほどの在庫を抱えた商人は多くいると言う。
「あのチョビ……レナード様はなんで渋ってたんです?」
「さあ? 生活魔法なんて捨て値同然だと思うけど……ボケてんのかもな」
老害ボケ爺ぃの塩対応は忘れることにして、他の3つのスクロールもインストールした。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/27 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:60/90
MP:83657/83657
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83657
魔法防御能力:83656
敏捷速度能力:70
スキル
『愚者LV3』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』
――――――――――――――――――――
この4つを引っくるめて生活魔法と呼んでいるが、実際のところは一般的な属性魔法の初歩らしい。初歩であるからショボ過ぎて家事に役立てるくらいしか使い道が無いと言う。
だからって俗称が生活魔法とは短絡的だと思ったものの、カルラが実際に使って見せてくれた魔法の用途は実にショボかった。
「魔法を使う時はイメージを固めてから呪文を口に出すんだ。こうやって指を立てて、お辞儀するように……――ファイア。ほら出た」
目の前で立てた人差し指に100円ライターくらいの火が灯る。これが俗に言う火種魔法。
「前髪、燃えちゃいますよ?」
「あとは大きさとか持続時間に合わせて魔力を注げばいい。あっ。ステのMP残量を見ながら……あーと、ステは10才の鑑定で……まぁ、とりあえず教えとくか」
竈門の火種として指先から『ファイア』を出し、ジョッキ5杯の水を『ウォータ』で生み出してお茶を挽き、洗濯物を早く乾かしたい時には『ウインド』で微風を送って、『ストーン』を使うのは屋敷の壁に入ったヒビ割れを直す時だけ。
ペコペコお辞儀しながら行使されるそれらの魔法は、わたしから見れば奇跡のような超常の力だった。
火種は何が燃えてるの? その熱量は何処から来るの?
あえて言おうか。カスのような魔法と侮って、まったく使いこなせていないと。
「言いにくいんだけど……シキは魔法を使わない方がいい」
「MPですか?」
「不意に大きく消費しちまうこともある。アタシら大人でも毎回使う前にMP残量を確認するんだから、鑑定まではやめときなよ?」
「ちなみに、さっきの魔法で消費したMPを教えていただいても?」
火種魔法にMPの消費は無く、お茶挽き魔法1回分が1MP。乾燥魔法と左官魔法は洗濯物の量とヒビ割れの範囲による。
洗濯物の量って……そりゃそうでしょうよ。
他にも使い道が無いわけじゃない。しかし、あまり多用し過ぎると回復が追いつかなくなる。それが最大MP1500の、平民の限界なのだとか。
「アタシはそんくらいだけど……結構デカい幅があるんだ」
カルラの集めた情報によれば、800台前半から1700台まで、平民の最大MPには大きな開きがあった。
平民の間でも回復率に差があるのかな? それが才能のように……いや、なんかおかしい。
たしかに回復率の違いは生涯MP量に大きな格差を生むだろうが、日々のMP回復に1番効いてくるのは何と言ってもその時点での最大値であるはず。
もっと言えば、どれだけの時間をMP満タンの状態で過ごしたかによる。
「先輩……メイドの仕事はメイド長が割り振るんですよね?」
「そうだな。家令の指示も入ってるだろうけど……って、何書いてんだ?」
落ちていた小枝を拾い、地面を使って計算してみることにした。
「わたしの回復率0.2%を正として5日で1%……この係数は摂理だと仮定……」
前々から考えていたけど、情報が少なすぎて意義を見出せなかった。
「誰もが生まれた時点で公正公平……すべてが1だと仮定して……」
カルラの大雑把な情報からそれなりの確信を得た。平民の最大MPの大きな違いは誤差の範囲を超えている。
それは何故か。
「幼少期の過回復継続時間を変数とした指数関数式とすれば……ちっ。関数電卓が欲しい」
「お、おい……シキ……?」
「初期MP値1……5日毎の回復率が1%……鑑定まで10年……うげぇ……730乗……はぁ」
長い長い時間をかけて、ひたすら1%を掛け続けていけば――。
1×(1+0.01)^(365×10÷5)=1427.59
「あー……疲れた……」
10歳の誕生日きっかりに鑑定。直後から魔法を使い続けた場合を想定すると、おおよそ普通の平民の最大値と近似する。
こういう法則を想定すれば年齢を重ねるほど1日あたりの増加量に大きく影響し、例えば9歳で魔法を得てしまうと最大MPは700にも届かない計算だ。
仮説だけど、いい線イってるんじゃない?
[MP自然回復式:∫(x)=a(1+r)^x]
∫(x)=指数増殖の関数
a=初期量(誕生時1であると仮定)
r=回復率(0.2%/Dayであると仮定)
x=時間間隔の数
どうですかね神様? 貴方へのリスペクトを元に解いてみました。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/27 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:58/90
MP:83671/83671
物理攻撃能力:33
物理防御能力:40
魔法攻撃能力:83671
魔法防御能力:83670
敏捷速度能力:70
スキル
『愚者LV4』『初級火魔法』『初級水魔法』『初級風魔法』『初級土魔法』
――――――――――――――――――――
いや、愚者レベル上げられても……これって不正解ってことなんでしょうかぁ?
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