第5話 痛恨の愚者
ポーションには糖分も含まれていたのか、今日は腹八分目以上で気持ちのいい朝を迎えられた。
あと、とんでもない副作用に気付いちゃったよ。『早熟LV8』のせいかな? オッパイが張ってる気がします。
おい神様! 早過ぎんだろ!? わたしはまだ3歳児だぞぅ!
今でさえ美幼女なのに爆乳美少女になっちゃうの? えぇ〜、こ〜ま〜るぅ〜。
「へへっ……」
「シキ? ニヤケちゃって……嬉しいことでもあった?」
はい。将来への大きな期待は胸に仕舞って仕舞って。
何はともあれ、昼食後のステータスチェックのお時間です。
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暦:魔幻4016/9/24 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:75/89
MP:82187/82187
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:82187
魔法防御能力:82186
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『信仰心LV1』『早熟LV8』
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MP過回復量が一気に伸びたね。
単位時間あたりのMP自然回復量は最大MPに依存して増加するというわたしの仮説は正しかった。
上がり具合の変化傾向から見て回復率は一定。ザックリ1日あたりの自然回復量は最大MPの約0.2%になる計算だ。
回復率にも個人差はあるのかな? コレってかなり重大な係数だよ?
「シキって、たまに宙を見てボーっとしてるわよね? 子供ってみんなこうなのかしら?」
王侯貴族のMPは平民と比べて大きいらしいけど、この利率が0.1%違うだけでも生涯年収――もとい生涯で消費できるMPの総量には大きな差が生じてしまう。
わたしの0.2%がクソ野郎の血のおかげとかだったら吐き気がするし、そんな不公平を神様が許すとも思えない一方で、軽く無視できる懸念でもない。
「お母さんの最大MPっていくつ?」
「どうしたの突然? 最近は大人しい気がするし……何か悩みでもあるの?」
「お母さんのMPが悩みのタネだよ」
「……ごめんね? 何を言ってるの?」
しつこく食い下がったところでパメラはようやく吐いた。
「1000くらいよ」
「もっと細かく言って。999? 1001? どっち?」
パメラは斜め上の虚空に視線をやって、ピタリと動きを止めた。
ステータスを確認したのだろうが、やっぱり1000はテキトー過ぎる申告だった。
「842よ」
「もう! 全然違うじゃん!」
普通の平民は1500前後じゃなかったっけ? カリギュラもテキトーなんだから。
最大値が1000未満じゃ下級ポーションですら危ないかもしれないじゃないか。せっかく取り置きしてあげてるのに。
「最大HPは?」
「……お母さんの心配なら大丈夫よ。ちゃんと食べてるから」
「最大値! 今のHPはどうでもいいの!」
「えー……最大値こそ無意味じゃない?」
パメラの最大HPは1250。昔は1800くらいあったのだけど、ある時を境に500以上も目減りしたと言う。
「シキを産んだ時よ」
「もうダメ! もうアイツと寝ちゃダメぇ!」
「まあ! この子ったら! どこでそんな言葉を覚えてくるの?」
「ここだよ! このヤリ部屋だよ!」
難産だったから仕方ないと言うパメラはまだ19歳を迎えたばかり。少しやつれた印象は儚げな美しさを底上げしていて、たまに別邸を訪れるクソ野郎は必ず1発ヤってから帰る。
「次の子がわたしみたいに賢くて良い子だなんて思わないで!」
「あなたはマセ過ぎなのよ。何を教えてるんだってみんなに言われるんだから」
「次! クソ野郎が来たらファイアで股間を焼いてやればいい!」
「シキ! いい加減にしなさい!」
クソ野郎のせいでパメラとケンカになってしまい、わたしは日々のMP回復量を聞き出すという目的も忘れて屋外に飛び出した。
お手伝いなんかする気分じゃない。川の仕掛けを見に行こう。
**********
月光を反射して冷たく光る清流は実益を兼ねた遊び場だ。
何人かのメイドがスカートをたくし上げて川に入り、わたしが石を沈めて作った堰の辺りで川魚を探していた。
文句を言ってやるほど暇じゃない。そっちはお前ら向けの囮だから勝手にやってろ。バーカバーカ。
本命は上流のわかりにくい場所に仕掛けたセルビンだ。
「おっ。いるいる」
ヒラリーが花籠を編んでいたのを真似して作ってみた。試行錯誤した甲斐もあって、そこそこのサイズのマスが罠にかかっている。
ペットボトルがあれば簡単に作れるんだけど、アレは小魚しか獲れないからね。
はて? ペットボトルとは一体?
水桶に3匹のマスを放り込むと、優越感+達成感で気分が高揚してくる。パメラとのケンカはあっさり過去の事となり、他の使用人に内緒で食べるちょっと豪華な晩ご飯に思いを馳せる余裕が出来た。
ご機嫌なわたしはサビキの要領で釣り糸を垂らして『幸運LV1』を育てながら、ポケットの中の下級ポーションに触れた。
飲んじゃう? ちょうど川で冷やせるし、冷え冷えポーション飲んじゃう?
代わりってわけでもないけど、パメラには2匹あげよう。どうせヒラリーにお裾分けしちゃうんだろうけどさ。ウチの母は人が良すぎるんだよ。
冷たい清水の流れに小瓶を浸けて静置し、疑似餌も付けずに釣れない釣りに興じる。
「ふわぁああ~……ムニャ」
定年を迎えたオッサンのような贅沢な時間を楽しみ、オヤツ代わりによく冷えた甘いポーションを飲んで昼寝に移行した。
常に薄明かりしかない暗季。最初期はまだ温かいので昼寝に最適。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/24 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:75/89
MP:83195/83195
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:83195
魔法防御能力:83194
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『信仰心LV1』『早熟LV8』
――――――――――――――――――――
今さらMPが1000増えたところで大して変わらんね。
**********
「あなた達! どうしてくれるの!?」
「えっ……そ、そんなっ!? どうしましょうメイド長!」
「どうしましょうって……! あなたねぇ!」
甲高い騒めきが聞こえて目が覚めてしまった。
「こんなことになって! どう責任を取るつもり!?」
「責任って……! 他人のMPなんて私達は知らないですし! 把握してたのはレナード様とメイド長だけで……!」
「魔力欠乏なんてあり得ないですよ! ただの貧血じゃないんですか!?」
下流で遊んでいたメイド連中がワタワタしている。何やらメイデンの逆鱗に触れてしまった様子だが、いい気味だとしか言えない。
「とにかく! すぐ仕事に戻りなさい! ああ……旦那様がいらっしゃる日なのに……っ!」
「あの売女が悪いんです! メイド長だって――」
「お黙り! はぁ……とりあえず離れに寝かせておきなさい。カリギュラに知られてはなりませんよ?」
「でも……旦那様がいらっしゃるならバレるんじゃ?」
「パメラの嘘で通すに決まってるでしょ。家令殿も承諾済みよ」
「ステの虚偽申告なんて……下手すると打ち首ですよ? さすがにそれは無いんじゃ……」
「はんっ、むしろちょうどいいんじゃん? やる事は変わんないんだから」
「……だったらアンタが世話すれば?」
「嫌よ、気持ち悪い! イカ臭い人形の掃除なんかまっぴら!」
わたしは水桶を抱えて藪の中に分け入り、メイデンたちに見つからないようにその場を離れた。
**********
カリギュラは門扉から屋敷へ向かう途中の花壇を手入れしていた。ゴツい手と小さく可愛らしい花の対比がシュールだが、今はそれが頼もしく思える。
「おじさん……」
「んお? なんだシキか……――どうした?」
わたしを見た瞬間に顔付きを変えたカリギュラへ、水桶を差し出す。透明な水の中で3匹のマスが狭苦しそうに泳ぎ、口をパクパクさせていた。
「これ……あげる」
「……こりゃ食いごたえがありそうだ」
庭師に転職してもこの男は傭兵だ。庭木の剪定にわざわざ攻撃魔法を使っているのも、庭師小屋の裏で夜な夜な剣を振っているのも、きっと諦め切れないから。
傭兵なら報酬を出せば応えてくれるはずだと、モヤっとした前世の知識とこれまでの人間観察の成果に賭けた。
「魔力欠乏って何?」
「……MP残量が0になった状態のことだ」
カリギュラは何も聞かずに教えてくれた。
「そうなった人間は意識を失って、MPが最大値に戻るまで何をされても目覚めねぇ。ポーション本来の用途はその治療薬だ」
「……ポーションが無かったら、戻るまでどのくらい掛かるの?」
パメラのMP回復率がわたしと同じであれば、概算の答えはもう出ている。およそ500日だ。
「教会は信仰と布施、学者は睡眠の深さと長さ、軍人は気合いだとか言ってやがるが、どれも定かじゃねぇ。経験者で生きてる連中はポーションのおかげで助かったわけだからな」
「そう……だね……」
寝たきりの人間を優しく生かしておける世界じゃない。そんな手間を掛ける余裕があるなら、ポーションを買い与えるのが手っ取り早い。
そうでないなら――、
「……パメラか?」
「……さあ? メイドの井戸端だし」
そうでないなら、衰弱死を待つより他に無い。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/24 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:75/89
MP:83215/83215
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:83215
魔法防御能力:83214
敏捷速度能力:62
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『信仰心LV1』『早熟LV8』『愚者LV1』
――――――――――――――――――――
スキルが1つ増えていた。
「愚者……か」
「あん?」
今のわたしにピッタリなスキルだ。
「別に。教えてくれてありがとう」
相応の何かをするまでステータスは教えてくれない。
本当に、神様は公正である。
**********
ベッドで横たわるパメラに背を向けて、わたしはクソ野郎と対峙していた。
「……出て行きたまえ」
この男が来た夜、わたしは荒屋を出て庭師小屋で一夜を明かすのが常だった。
ヤリ部屋に子供は邪魔なだけだよな、クソ野郎。
今夜は眠姦がご所望ですか、クソ野郎。
いつかギャフンと言わせてやるから覚悟しろ、クソ野郎。
「お母さんは寝てます」
「…………」
パメラは同僚から多くの仕事を押し付けられていた。生活魔法のMP消費は大したことなくとも、塵も積もれば山となる。
だから、使用人たちは当日のMP残量を上役に自己申告して仕事を分担するのだが、使用人人事も含めてこの別邸を統括する立場にある家令のレナードは不祥事の責任をパメラに押し付けやがった。
「お母さんが嘘ついてた……ですよね?」
パメラには何のメリットも無い話だけども、MPを多めに申告していたことになっている。
他人から見えないからこそ、ステータスの自己申告には大きな責任が伴うらしい。特に貴族などに対する虚偽申告は死刑になってもおかしくないとか。
「ダンナサマ」
レナードとメイデンは共謀してその馬鹿げた嘘をでっち上げ、このクソ野郎に報告しているはずだ。
「お母さんを助けてください」
「……やめなさい」
クソ野郎の足元に平伏し、つるつるのおでこをささくれた床に擦り付けた。たしか土下座という作法だったと思う。やってる人間は見たことないけど。
「ポーションをください」
「カリギュラか……余計な入れ知恵を」
情報の出所なんてどうでもいいだろ、クソ野郎。
アンタだって人形より人間の方が捗るんじゃないのか、クソ野郎。
「無理だ。貴様に言ってもわからんだろうが……教えてやろう」
ポーションは人族には作れない。この世界でポーションを精製する能力があるのは妖精族のみだが、10年前の大侵攻を境に市場からパッタリと姿を消した。
「今や下級ポーションですら、名立たる諸侯が手を尽くし、亜人族経由でようやく入手できるシロモノとなった。そして、キョアン伯爵家は弱小王国の中の辺境貴族の1つに過ぎん。このことを口外……周りに言ってはならん。よいな?」
偉そうにご高説を垂れているつもりか、クソ野郎。
パメラがこうなったのも、元はと言えば――、
「お母さんを……助けてください」
「……案ずるな。貴様が奴隷に堕ちることも、ここに居残ることも無い。教会へ行けるよう取り計らってやろう」
違う。わたしも同じ穴のムジナだ。
あの下級ポーションを残しておけばパメラを助けられたのに、冷えた甘露はわたしの喉を潤し、MPを僅かに増やして消えた。
結局、わたしは
「お心遣いありがとうございます、旦那サマ」
わたしは土下座と解いて立ち上がり、シグムント・キョアンの眼下で仁王立ちした。
「でもぉ、わたしぃ〜、宗教団体ってあんまり好きじゃないんですよぉ」
「……何?」
「お母さんってば不器用でぇ、弱っちくてぇ、しかもスゴいお人好しじゃないですかぁ? なんたってレイプ魔の子供を堕ろさずに産んで可愛がっちゃうんですから」
「貴様は――」
「あっ。買い物帰りの謎の暴漢の話ですよ? ご存知ですよね?」
「…………」
3歳児らしからぬわたしの言動に顔を青くしているシグムントがいっそ憐れだけど、文字通り自分で蒔いた種なんだから責任取れ。
「これからの女は自立しないとダメ。男に媚びてちゃもっとダメ」
「き、貴様……何者だ?」
おお……コイツ結構鋭いな。物事の本質を見抜く力はあるらしい。
そうです。わたしが転生者です――とか、そんな戯言はどうでもいいんだよ。
わたしが何者か。その答えは、わたしよりもステータスが知っている。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4016/9/24 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:71/89
MP:83235/83235
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:83235
魔法防御能力:83234
敏捷速度能力:62
スキル
『愚者LV2』
――――――――――――――――――――
さすがは神様。まずは愚かな己れを知るところから出直せってことか。
「ポーションはもういいですからぁ〜、わたしをお屋敷で雇ってくださいな♪ 」
レベル2の愚者は直前の自分のセリフを棚に上げ、猫撫で声を発して眼前の
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