第4話 MP過回復検証
あれから1週間が経過した。
昨日から暗季に入り、半分になった人月の光に薄っすら照らし出されて青く染まった世界の中でも、鬱蒼とした草木の生い茂る裏山は特に暗い。
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暦:魔幻4016/9/23 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:70/88
MP:1024/1024
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:1024
魔法防御能力:1023
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』
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HPは8割っと。そろそろいいかな? まだヤバいかな?
できるだけ働かずにダラダラ過ごしてHP回復に努めたが、これ以上の自然回復は難しそうだ。土蔵の掃除もやってないし、そろそろメイデンがキレる頃合いでもある。
「え〜い! イッたれ! グビっ! 甘ぁ〜い!」
下級ポーション(水色の小瓶)を飲み干し、薄いシロップのような甘さに感動した。
カリギュラが言っていた大ダメージは心配だけど、どのくらい大きなダメージなのかわからないことが問題だ。
よく言うでしょ? わからないことは恐ろしいって。
だからこそ、リスクを取って知りにいく姿勢が大切だと思うわけ。別に甘いポーションが飲みたいわけじゃないよ?
「油断するな……わたし。寝るな……わたし」
今回は特に何も感じないけど、また残りHP2とかだったら打ちどころ次第で死んじゃうからね。気絶してもいいように秘密基地でスタンバってますとも。
大木のウロを葉っぱで隠しただけのここは珠玉のプライベート空間。裏山に見つけたわたしの秘密基地だ。ポーションが高価で危ないシロモノであることを知ったわたしは、その隠し場所をベッドの下からここに変えた。
「……うん、大丈夫。んじゃ、ステータスいってみよう」
数分後、体に不調は無いことを確認して、恐る恐るステータスを思い浮かべると――。
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暦:魔幻4016/9/23 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:70/88
「ノーダメージか〜い!」
MP:2024/2024
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:2024
魔法防御能力:2023
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『探究心LV1』
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あまりにも拍子抜けでステータスにツッコミを入れてしまった。
「これはどういうこと? 初回特典の瀕死プレゼントだった?」
カリギュラの説明によれば、MP過回復によるHPダメージがヤバいことは世間一般の常識。この結果が真実ならそんな常識は生まれないはずだ。
ブツブツ呟きながら考えを巡らせるけどやっぱりダメ。河原で集めた平たい石を尖った石で削ってメモメモ。
鉛筆と消しゴムと自由帳が欲しい。はて? それはどんな物だったかな?
「むぅ……わたしは特別じゃない……はず」
転生者の先輩方は小ちゃい頃からドキワクだったろうさ。自分のチートを探究心いっぱいで検証したでしょうよ。「時よ止まれ!」とかやってたんだろうね。
しかし、わたしの『探究心LV1』はそんな動機で生えたわけじゃない。
「もう1本……イッとく?」
いや、待てよ。下級ポーションは大したことなかった。なら……中級イッとくか? 桃色で如何にも甘そうだし。
「いやいや待って。待てよ、わたし」
それはテンプレってやつじゃん? 瀕死フラグでしょ? 残りHP2の未来が透けて見えるよね?
神様は公正だ。わたしはそう信じている。
世界の法則がグダグダで上手く回るわけがないし、たとえステータスから小数点未満を端折るような神様だとしても、そこには必ずルールがあるはず。重力加速度[1G=9.80665m/s^2]みたいな。
おおっ!? なんかスゴそうな知識がポッと出た!
下級ポーションをクピクピ飲みながら仮説を立ててみた。やっぱり頭脳労働には甘いものが不可欠だよね。
「うーん。ありそうなのは……耐性の獲得」
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暦:魔幻4016/9/23 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:70/88
MP:3024/3024
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:3024
魔法防御能力:3023
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『探究心LV1 → 信仰心LV1』
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ほら、やっぱり。神様は見てるんだよ。頭の中を勝手に覗いてスキルに反映してきたし。
のぞき趣味な神様に『信仰心LV1』が揺らぐけど、そこは置いておくとして、やはり下級ポーションのMP過回復はノーダメージだった。
「でも、それなら耐性スキルが生えてもよさそうだよね。ゲームだと定番だし」
こうなってくると、どうして最初の1本で死に掛けたのかが謎を解く鍵になりそう。
1本目:8 → 1008=瀕死
2本目:1024 → 2024=ノーダメージ
3本目:2024 → 3024=ノーダメージ
1本目のポーションでわたしの最大MPは120倍以上に跳ね上がった。2本目は2倍に増えた。3本目は1.5倍。
この違いは明らかだ。最大値が増えるほど過回復1000の倍率はドンドン下がっていくんだから。
そもそもMPはポーションを飲まなくても日々ちょっとずつ過回復してる。ポーションのダメージ量は、一挙に、または短時間で過回復した量に関係することは間違いない。
過回復量あるいは元の最大値に対する過回復率に依存した変数ってことかな? でも、それにしちゃあ、どんだけ飲んでもHPに響かないんだけど?
他人が受けるダメージをわたしが受けないルールは公正じゃない。だからノーダメージはあり得ない……はず。
「おっ。1ダメージ」
やっぱりだ。小数点未満のダメージ値は存在する。
「チリツモか。うーん……ゴキュ……やっぱ耐性じゃないな」
120倍は別としてさ、2倍に増えるってのも相当なことじゃない?
例えば、最大MP1500の普通の平民が居たとして、MPが尽きかけた状態で中級ポーションを飲んだ時の過回復量は約3500。元の最大値から3倍以上に増えるわけで、この行為が毒を飲むのと同じだとされている。
普通に考えれば未発達な3歳児には覿面だろうに、わたしは『幸運LV1』を授かるだけで助かり、2本目以降は1未満の極小ダメージで楽に耐えてしまっている。カリギュラも耐性なんてものには言及していない。
とすれば、一般的には危険とされるMP過回復ダメージを軽減している要因が別にある。
「大人には大ダメージ……とか?」
現状に合理的な説明をつけるために捻り出した仮説なのだけど、検証の頼りが自分のステータスとカリギュラのウンチクしかないのは困ったものだ。
ちなみに、カリギュラの現在の最大HPは4500ちょいだと言っていた。膝に矢を受けて半分になったってことは現役時代のHPは9000以上。
とんでもないバイタリティーだ。そこが小ちゃくて腹ペコなわたしとの大きな違いで、この状況証拠が考察のポイントになる。
「MP過回復の程度に応じてHPに割合ダメージを与える副作用。ただし、ダメージ倍率にはHP比例の補正が入る……って感じ?」
テンパりシキちゃんが露わになった衝撃の残りHP2事件は[過回復率]が[ひ弱補正]を上回った結果だとすれば、一応のスジは通る。
「どうにか計算できないかな? ダメージが1未満じゃ無理か。時間経過でも勝手に過回復するし……自然回復も有意なデータ点数が少ないしなぁ……むぅ」
はて? 初めて聞く単語の羅列なのに意味はわかる。この変な感覚は隠された転生特典だね。
チートにご執心の先輩方にはわからん程度の些細な違和感に過ぎないし、知識チートの波に乗れるかは前世のわたし次第だけど、断片的な記憶がポロポロっと出てくる程度じゃ厳しいと言わざるを得ない。
「ギルで実験……はダメか」
他人のステータスはどうやっても見られない。ラノベでよくある鑑定スキルとか魔導具などは存在しないらしい。子供の自己申告ではデータとして信頼性に欠けるので、ギルバートを使った人体実験をわたしは諦めた。
別に可哀想とかじゃないよ? 10歳の鑑定イベントまで待ってらんないし。
まだ大雑把な予測だけれども、もう1つの仮説が正しいとすれば、MPに下駄を履かせるなら早い方がいい。ポーションの発見は『幸運LV1』どころじゃない奇跡だったと言える。
「スクロールもゲットしなきゃ。家令のジジイをどうにかしないといけないけど……むぅ」
早期にメイド向け生活魔法を習得する方法を考えながら、わたしは11本目の下級ポーションを飲み干した。
最後の1本はパメラのために残しておこう。
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暦:魔幻4016/9/23 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:68/88
MP:12024/12024
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:12024
魔法防御能力:12023
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『信仰心LV1』『早熟LV1』
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計11000のMPを過回復したところで、HPダメージの合計は2。
「ゲプっ……さすがに飲み過ぎた」
パメラの分を除けば、残りは桃色の小瓶が7本と赤色の小瓶が1本。
「…………味見、味見だけね?」
過回復5000なんか恐るるに足らず。中級ポーションのお味はどんなもんでしょう?
「ゴクゴクゴクっ……プッハァ〜! スッキリ爽やか〜! しっかりした甘さの中に仄かな酸味! 堪ら〜ん!」
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暦:魔幻4016/9/23 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:68/88
MP:22024/22024
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:22024
魔法防御能力:22023
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『信仰心LV1』『早熟LV2』
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やっべ……この桃色って上級ポーションじゃん。
まっ! HPダメージは1未満だったから結果オーライでしょ!
もう飲んじゃえ、ということで、わたしは1人ポーションパーティーを開催した。
上級ポーション旨ぇ〜。手が止まんないよ〜。
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暦:魔幻4016/9/23 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:66/88
MP:82024/82024
物理攻撃能力:28
物理防御能力:35
魔法攻撃能力:82024
魔法防御能力:82023
敏捷速度能力:60
スキル
『忍耐LV6』『話術LV5』『幸運LV1』『勇気LV1』『信仰心LV1』『早熟LV8』
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HPの減り具合から見て、わたしの仮説はほとんど立証されたと言っていい。
[過回復率]と[ひ弱補正]! これが勝利の鍵だ!
困るのは正体不明の赤いポーション。
血のように赤々とした如何にもなヤバさを醸すコレが中級ポーションであるはずがない。小瓶の形状からして他とは違う特別感がにじみ出ている。
「君子、危うきに近寄らず……って今さら?」
生えたばかりの『勇気LV1』では太刀打ちできず、赤い小瓶は大木の根元に埋めて、見なかったことにした。
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