第2話 超回復


 あっという間に2年が過ぎた。


 今日はわたしの誕生日。ちょうど3歳を迎えたところだ……と思う。たぶん。


 わたしの中の違和感は増すばかりだった。


 どうしてかって? 1番大きいのは7日前に夜が明けて以来ずっと昼間ってところかな。こういうものだと理解できても納得はできない……みたいな?


 この奇妙な感覚は説明しづらい。転生者としての本能がこれは違うと喚いているのかもしれないが、前世のモヤっとした知識は解消の糸口にならなかった。


 東から昇った太陽は西へ沈み、空に浮かぶ5つの青い月は定位置でクルクル回り続ける。


 四季の移り変わりは無くとも太陽の有無が寒暖差を生み、ひと月の中に明季と暗季があり、明暗季を12回ほど繰り返して1年が経つ。


 暦を数えてみれば1年は365日なのだが、先月は8/28から始まって8/28で終わった。


 神様? 同じ月初めの日付が毎年違うのは何故ですか? 普通に毎月1日から始めればいいんじゃ?


 繰り返される明季と暗季が暦とズレているから異世界の太陽暦ってわけじゃない。ならば太陰暦かとも思ったが、何かが決定的に違う気がする。


 とりあえずはステ暦とでも名付けておこう。


 人類は昼夜の境目をステ暦の『昼』『夜』で認識しているのか、時間を計るアイテムは精度の低い砂時計ぐらいしか無く、なんとカレンダーも無いためスケジューリングの概念が極めて希薄だ。


 周囲の大人たちを見ればステータス上の『昼』は仕事に追われ、『夜』は睡眠を含む私事に勤しむのだけど、明季はどっちも昼間で、暗季はどっちも夜中。


 そういう諸々を誰も変だと思ってないから疑問に思わない。曖昧な前世の記憶を頼りにアレコレ質問しても、おバカな子供の戯言としていなされるだけ。


 もう何が普通で何が変なのかわからなくなって、頭がおかしくなりそうだった。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4016/9/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:59/85

 MP:8/8

 物理攻撃能力:25

 物理防御能力:31

 魔法攻撃能力:8

 魔法防御能力:7

 敏捷速度能力:58

 スキル

 『忍耐LV6』『話術LV4』

――――――――――――――――――――



 とりあえずステータスは順調に成長してる……と思う。常に腹七分目であること以外に文句は無い。たまに五分目を割り込みそうな時はとてもツラい。あー、腹減った。


 ともあれ、もう直立二足歩行で走り回っても変じゃない。生意気な言葉をペラペラ吐いてもおかしくない。3歳児とはそういうお年頃だと、わたしはそのように思うわけで。


「料理長。腐ったミカンが混じってました。倉庫の棚卸しをしましょう」

「シキ……またオマエか」


 厨房を取り仕切る料理長のポール。下睫毛が長くて甘いマスクのちょいイケオヤジはメイド連中に密かな人気がある。まだ独身なのが不思議なくらいだ。


 てっきり見た目どおりのチャラ男かと思いきや、周囲から疎まれがちなパメラにも分け隔てなく接する公平さを併せ持ったチャラ男だった。


 もっと早くコイツに取り入っておればもう少し良いものが食べられたのに、気付くのが遅くなってしまったことは悔やまれる。


「腐ったミカンは早めに処分すべきです。他が腐る前に」

「あっ! この子は! また厨房に入り込んで!」


 来たよ、おつぼね様。メイド長のメイデンだ。


 クソ野郎の淫行から年若い部下を守るどころか放置し、挙句の果てにやっかみ女の筆頭として裏から周りを焚きつける枯れかけた独女。髪には白髪が混じり始めているけど、きっとまだ処女に違いない。


「勝手にお屋敷をうろついて! パメラは何をやってるの!?」

「お母さんは裏山の川で20枚ものシーツを1人で洗濯してます。あまりにも非効率でビックリですが、メイド長のご指示では?」

「相変わらず口の減らない子だこと! 人月の蝕に生まれたってだけでも気味が悪いのに! まったく誰に似たのか!」

「さあ? お母さんではないでしょうからダンナサマでは?」

「――何を言っているの?」


 ちっ……しくった。敵意を煽った上に余計な情報まで与えてどうする。どうもシキちゃんは脇が甘くていけない。


 そもそも3歳児に理解できる案件じゃない。わたしはパメラが街へ買い出しに行った帰り道、どこからともなく現れた謎の暴漢に襲われて出来た子供だと、そういう事になっている。


「立場の弱い女性、それも成人したての少女を襲うクソ野郎の気性を受け継いでしまいました。申し訳ありません」

「シキ……オマエ、それも大概だからな?」


 もちろん屋敷の大人はみんな知っている。その上でパメラを含む全員が口裏を合わせている。


 この屋敷は領主貴族の別邸。クソ野郎は近隣を治めるキョアン伯爵家の現当主。逆らえるはずもない。


 だがしかし、賢く鋭いわたしが勝手に真実へたどり着いてしまう分には問題ないはず。今後は猫を被ってギャフンと言わせる機会を窺うとしよう。


「料理長。腐れミカンが汁タラタラ垂れ流す前にジュースにでもしちゃいましょう」

「シキ……オマエ、本当に3才か?」

「どうせ倉庫を物色したいのでしょう。卑しい子だこと」

「クソ野郎の娘なので。それはさておき腐ったミ……メイド長? ミカンの在庫を軒並み腐らせた責任は誰が負うのでしょう?」

「それは……」

「とりあえずはオレだな。しゃあねぇ……やるか。メイド長? 何人か貸してくれますか?」

「ええ、もちろん構いませんわ」


 このお局様はポールに弱い。なんだそのキショい笑顔? ワンチャンあるとでも思ってんのか?



**********



「ちっ。あのお局……やりやがったな」


 メイデンはわたしが倉庫へ入ることを許さず、代わりに土蔵の掃除を命じられてしまった。


 もちろん食糧倉庫の物色が目的だったけどさ、万年腹ペコなんだから仕方ないでしょ。


 わたしはクソ野郎に雇われているわけじゃないけどパメラの立場を思えばお手伝いは必須。ムカつくメイド長にも従うしかないわけだ。今はまだ。


「うわっ、虫! 虫ムシムシぃ〜!」


 蔵とは名ばかりの土壁を繋いだだけの箱物には屋敷で出た粗大ゴミなんかが放り込まれていて、その上にモッサリと埃が降り積もり、大勢の小さな隣人たちが巣食っていた。


 こんな場所の掃除を3歳児1人にやらせる人間はまごうことなき敵だ。ブラックリストの上位に載せてやろう。


 メイデンへの恨み節を呟きながら布切れで口を覆って、ハタキを片手に薄暗い土蔵へ突入すること数時間……たぶん2〜3時間。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4016/9/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:47/85

 MP:8/8

 物理攻撃能力:25

 物理防御能力:31

 魔法攻撃能力:8

 魔法防御能力:7

 敏捷速度能力:58

 スキル

 『忍耐LV6』『話術LV4』

――――――――――――――――――――



 HPをゴッソリ削られて腹の虫が泣き喚く。やっぱりメイデンはわたしの敵だ。


 すべて終えるまで何日掛かることか……ニートの汚部屋の方がまだマシだろう。


 はて? ニートって誰だっけ?


「――ん?」


 もう今日は止めにしてポールにオヤツをせびりに行こうとしたところで、土間の隅っこで半分ほど土に埋もれた宝箱を発見した。


 宝箱と言うと少し大袈裟だが、明らかにそれっぽい古びた木箱である。


 どうする?


 開けるに決まってるでしょ。古すぎて鍵も壊れてるし。


「……何これ?」


 箱の中には小瓶がたくさん入っていた。


 透明のガラス瓶には結構凝った装飾が施されていて、もしかすると値打ちものかもしれない。売る当ても無いので別に嬉しくはないのだけど、中の液体はキレイに透き通った水色だ。


 キュポンと栓を開けても変な匂いはしない。飲めるかもと思ってチロっと舐めてみると仄かに甘い。


 謎の甘露――飲む? 飲まない?


「もう無理ぃ〜!」


 甘味なんてそうそう口にできるもんじゃない。クソ野郎の唯一評価できる点はパメラを訪ねる時、たま〜に砂糖菓子を持参することだけだ。


「んッんッんッ……プハァ〜! 甘ぁ〜い!」


 川で冷やしたらもっと美味しい。パメラにもあげよう。きっと喜んで――。


「ア……レ……?」


 眩暈を伴う猛烈な眠気に襲われ、わたしはその場に倒れ込んだ。急速に意識が遠のく。


 ちょっと無鉄砲すぎたか……やっちまったよ。


 はて? 鉄砲って何だろう?



**********



「フガっ!? ゴェホッ! うぇえええ〜!」


 鼻と口に何かが入り込んだ感じがして飛び起きた。


「虫ィイイイイィイ――っ!」


 ホントに入ってたよ! くっそ! マジふざけんな!


 いや、わたしが悪いんだけどさ。


 でも乙女の口に虫って……とりあえずステータス――えぇええええええええ〜!?



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4016/9/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:2/85


「なんじゃこりゃあ!?」


 残りHP2! 転んだら死ぬかも! 慌てるな! 落ち着け、わたし!


 まずは深呼吸しよ「ヒィイイイイィイ――っ!」わたしは大慌てで土蔵から転がり出るや、地べたに這いつくばって空気と一緒に口内へ飛び込んできた羽虫を吐き出した。


 落ち着け、落ち着けって。こんくらいのピンチは何回かあったじゃん? ほら、風邪引いた時とかさ。だから泣くなって。涙を拭いてステータス見よ? ね?


 パニクったシキちゃんを宥める冷静な脳内シキはいい仕事をした。何とか落ち着きを取り戻し、恐る恐るステータスを思い浮かべる。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4016/9/15 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:2/85

 MP:1008/1008

 物理攻撃能力:25

 物理防御能力:31

 魔法攻撃能力:1008

 魔法防御能力:1007

 敏捷速度能力:58

 スキル

 『忍耐LV6』『話術LV4』『幸運LV1』

――――――――――――――――――――



 虫や草や小石がわたしの物防を抜くことは無かったようだけど、そんな事はどうでも……いやいや! マジで物防に感謝! あっぶない!


 我が身のささやかな打たれ強さに何度か「ありがと! ありがと!」と感謝の言葉を述べて、さあ考えろどうなってる?


 MPが1000も増えてる。魔攻と魔防がMPに依存するパラメーターなのは予想してたけど、能力値も同じだけ増えている。


「…………過回復」


 唐突にMPの最大値が激増したのはアレを飲んだから。ということは、あの小瓶はゲームで言うところのポーション。MP回復ポーションか。


 そんなものがあるなんて知らなかったけど、あっても全然おかしくない。外の情報がまったく入って来ずとも、この世界が危険なことは承知している。


 貴族ならイザとなったら戦わなければならないのだろうし、手早くHPとMPを回復する手段は必須だ。キョアン家は貴族だから別邸に在庫があっても……いやいや、保管が雑過ぎるでしょ? こんなの誰も把握してないって。


「お腹が膨れればHPが回復するってことは……そういう事じゃない?」


 もしかすると、あの宝箱にはHP回復ポーションも混じっているのでは? ポーション飲んでHPを回復すれば満腹になれるのでは?


 備えあれば憂いなし。イザという時に何もできないのでは前世の焼き回しだ。


 賢く鋭いシキちゃんに立ち返ったわたしは再び土蔵へ突入し、ハタキを片手に虫と激闘を繰り広げながら宝箱の中身を持ち出した。


 水色の小瓶12本、桃色の小瓶7本、赤色の小瓶1本――計20本のポーションをゲット。


「HP2だし……スキルに幸運も生えてるし……」


 まだ『昼』だけど今日はもう寝よう。くすねたポーションはベッドの下にでも隠しておこう。


 ここで『幸運LV1』に賭けるのはバカすぎる。



**********



 そして翌朝、ステ暦の上での『夜 → 昼』の変わり目――目覚まし代わりの腹の虫がぐぅと鳴って覚醒すると、わたしはパメラの胸に抱かれていた。


「おはよう、シキ。うなされてたけど大丈夫?」

「うん、お母さん。大丈夫」

「熱は無いみたいだけど……心配ね。今日は休んでなさい」

「お腹空いた……」

「ふふっ。食欲はあるみたいで安心したわ。何か持ってきてあげる」


 わたしのおでこにキスをしたパメラは身支度を済ませると荒屋を出ていった。

 

 さて、毎朝恒例のステータスチェックだ。HP回復してますように。



――――――――――――――――――――

 暦:魔幻4016/9/16 昼

 種族:人族 個体名:シキ・キョアン

 ステータス

 HP:25/85

 MP:1010/1010

 物理攻撃能力:27

 物理防御能力:32

 魔法攻撃能力:1010

 魔法防御能力:1009

 敏捷速度能力:59

 スキル

 『忍耐LV6』『話術LV4』『幸運LV1』

――――――――――――――――――――



 HPは3割か。いつか全快してみたいもんだね。


 虫とケンカしたことで能力値は全体的にちょこっと上がっている。経験値という項目は無いので何がのかよくわからない。


 MPの最大値が2も増えている。3年掛かりで7しか増えなかったものが急成長したわけだ。これはとんでもないことだよ。


「ポーション……どうしようかな」


 1本しかない赤色は如何にもヤバそうなので保留しておくとして、昨日の水色が何なのか気になるところだ。


 まずは情報収集……これ大事。下手すると命に関わるもんね。


 今日は体調不良でお休みだから、つまり何をしていてもいいわけで。


 朝ご飯を待つ間もポーションの甘味が忘れられないわたしは悶々としながら、これを誰に尋ねるべきか、どう聞き出すべきかと考えていた。


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